法隆寺燃ゆ

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第一章「宿命の子どもたち」 前編

第19話

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 夜具に入っても、弟成は眠れなかった。

 あのことばかりが思い出され、まんじりともできない。

 あの子はいま、斑鳩宮にいるのだろうか?

 多くの女たちに傅かれ、何の不安を感じることもなく、ぐっすりと眠っているのだろうか?

 弟成を蔑んだ目で見ていた女や、彼を突き飛ばした女もいるのだろうか?

 もしかして、弟成がここにいるのを知って、襲ってくるのではないか?

 そんな不安から、弟成はじっとしてられず、夜具をそっと抜け出し、外に出た。

 奴婢長屋の周りを見回したが、静まり返っている。

 夜空を見上げると、天空一面に天の川の水飛沫が飛び散っていた。

 綺麗だ。

 綺麗すぎて、自分との差を見せ付けられるようで、ますます惨めになっていく。

 こんなところ、来るんじゃなかった………………溢れる想いが、いまにも零れ落ちそうになった。

 人の気配に、弟成は慌てて堪えた。

 横目で見ると、三成だ。

 彼は、弟とともに夜空を見上げていた。

 やがて腰をおろした。

 促されるように、弟成も黙って腰をおろした。

 三成が何を言うのか分からなかった。

 こちらから何と訊くべきか迷ってもいた。

 上空の飛沫は、一層増えてゆく。

 堪えきれなくなった彼は、

「奴婢って……、なに?」

 と、切り出した。

 彼にとって、それが一番当たり障りのない問いに思えた。

「奴婢……、それは、俺らのことや」

 兄は、静かに答えた。

 あまりに冷静な答えに、弟成は安心するように次の意味を訊いた。

「俺らって、汚いの?」

「誰かに言われたんか?」

 弟成は答えなかった。

 三成は、彼の顔をじっと見つめた。

 兄に見つからないように、涙を堪えていた。

「弟成、お前は自分を汚いと思うとるんか?」

 目からは、いまにも雫が落ちそうになる。

「分からへん」

 と答えるのが精一杯だ。

「分からへんことはない。お前は良く分かっとるはずや。弟成、俺は汚いんか?」

 弟成は、涙を堪えて三成を見た。

 汚いはずがない!

 兄が、汚いわけない!

 そんなこと、いままで考えたことなんて、一度もなかった。

 首を横に振った。

 その拍子に、涙が零れ落ち、大地に飛沫を作った。
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