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第一章「宿命の子どもたち」 前編
第4話
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厩戸皇子が、推古女帝の摂政という立場のまま亡くなってから二十年余り、斑鳩宮の主は、厩戸皇子の息子である山背大兄に移っていた。
この頃になると、この地に建立された斑鳩寺は、学問寺としての役割を担い、大いに繁栄していた。
また厩戸一族も、その経済基盤をさらに拡大させていた。
因みに厩戸一族は上宮王家と呼ばれているが、これは厩戸皇子が斑鳩に移り住む前に住んでいた宮の名前であって、人々は真名を呼ぶのを憚って、上宮王と呼ぶようになった。
廣成は、その上宮王家に代々仕えてきた奴である。
彼の父である大成が上宮王家の奴長であったことから、次男であった廣成は新しく築かれた椿井の離宮の奴長に選ばれた。
離宮は、斑鳩宮の西に位置する椿井の地にあった。
廣成には、妻の黒女との間に三人の子供がいた。
一番上の子は男の子で、三成と言った。
三成は、産まれた頃は丸々としていて、乳もよく吸った。
黒女が、その膨よかな乳が萎んでしまうのではと心配するほどであった。
そのお陰か、三成は病気らしい病気もすることなく、すくすくと育っていた。
そして、十歳を過ぎる頃には、身の丈は廣成に迫り、力仕事も父親と同じほど遣って退けた。
そのうえ利発で、一を聞いて十を知るとは三成のことを言うのだと奴婢の間で話題になった。
これには両親だけでなく、上宮王家の人々も感心していた。
特に三成に目を掛けていたのが三輪文屋で、彼の推薦で、三成は十二歳になった春から山背大兄の奴となった。
何はともあれ、廣成・黒女夫妻が最も自慢にしている子どもである。
真ん中は女の子で、雪女と言った。
この子は、三成と違って線の細い、ひょろりとした子だった。
また、三成に比べて乳もあまり吸わないので、無事に育ってくれるかと黒女は心配していた。
が、これは三成が異常な食いしん坊であっただけで、他の子どもと比べても雪女は全く丈夫であった。
生来大人びた性格なのか、物心が付いた頃から、母の真似をして父や兄の世話をするのであった。
廣成にして見れば、妻が二人もいるようで、なんとも落ち着かないのであるが、そこは自分の娘だけあって、飯を盛った槲の葉を差し出す仕草は何とも可愛らしいのである。
そして、雪女の母親ぶりは、下の子が生まれてからなお一層強くなり、弟成の世話は殆ど雪女が見るようになった。
廣成も、これで雪女の世話焼きが全て弟成に向いてくれたので、ほっと胸を撫で下ろすことができたのだが、最近はあまり構ってもらえないので、少し寂しい気もしていた。
三成と雪女は二歳しか離れていないが、下の弟成は、雪女と八歳離れている。
雪女の後、廣成と黒女の間に夫婦生活がなかったという訳ではないが、なかなかできなかったので、年のせいにして諦めていた。
しかし、黒女が八年経って身籠ったというので、廣成は驚いたのである。
彼が、黒女の妊娠を知って、「俺も、まだまだ若いということやな」と驚いたのには、このような理由があったのだ。
弟成と名付けられたその子は、三成と違って、ごく普通に成長していった。
生まれた当時は三成と同じか、それよりは大きいと感じたのだが、乳も雪女と同じぐらいだし、成長も他の子どもと変わりなかった。
やはり、三成が少々異常だったのだ。
ただ、弟成はよく泣いた。
昼夜問わずに泣いた。
その都度、黒女や雪女が世話をしてやるのだが、なかなか泣き止まなかった。
これを見た奴婢たちは、弟成を弟女と呼んでからかった。
泣き癖は、大きくなってからも変わらず、雪女の後をちょこちょこと付いて歩くようになっても、ちょっと転んでは泣き、また転んでは泣きで、その度に雪女は、
「一人で起きや」
と一頻り叱るのだが、最後には甘いなと思いながらも起こしに行ってやるのである。
起こした後は、決まって顔一面に零れんばかりの笑みを浮かべるのであり、これを見た雪女は、何との言えない幸せな気持ちになるのであった。
この頃になると、この地に建立された斑鳩寺は、学問寺としての役割を担い、大いに繁栄していた。
また厩戸一族も、その経済基盤をさらに拡大させていた。
因みに厩戸一族は上宮王家と呼ばれているが、これは厩戸皇子が斑鳩に移り住む前に住んでいた宮の名前であって、人々は真名を呼ぶのを憚って、上宮王と呼ぶようになった。
廣成は、その上宮王家に代々仕えてきた奴である。
彼の父である大成が上宮王家の奴長であったことから、次男であった廣成は新しく築かれた椿井の離宮の奴長に選ばれた。
離宮は、斑鳩宮の西に位置する椿井の地にあった。
廣成には、妻の黒女との間に三人の子供がいた。
一番上の子は男の子で、三成と言った。
三成は、産まれた頃は丸々としていて、乳もよく吸った。
黒女が、その膨よかな乳が萎んでしまうのではと心配するほどであった。
そのお陰か、三成は病気らしい病気もすることなく、すくすくと育っていた。
そして、十歳を過ぎる頃には、身の丈は廣成に迫り、力仕事も父親と同じほど遣って退けた。
そのうえ利発で、一を聞いて十を知るとは三成のことを言うのだと奴婢の間で話題になった。
これには両親だけでなく、上宮王家の人々も感心していた。
特に三成に目を掛けていたのが三輪文屋で、彼の推薦で、三成は十二歳になった春から山背大兄の奴となった。
何はともあれ、廣成・黒女夫妻が最も自慢にしている子どもである。
真ん中は女の子で、雪女と言った。
この子は、三成と違って線の細い、ひょろりとした子だった。
また、三成に比べて乳もあまり吸わないので、無事に育ってくれるかと黒女は心配していた。
が、これは三成が異常な食いしん坊であっただけで、他の子どもと比べても雪女は全く丈夫であった。
生来大人びた性格なのか、物心が付いた頃から、母の真似をして父や兄の世話をするのであった。
廣成にして見れば、妻が二人もいるようで、なんとも落ち着かないのであるが、そこは自分の娘だけあって、飯を盛った槲の葉を差し出す仕草は何とも可愛らしいのである。
そして、雪女の母親ぶりは、下の子が生まれてからなお一層強くなり、弟成の世話は殆ど雪女が見るようになった。
廣成も、これで雪女の世話焼きが全て弟成に向いてくれたので、ほっと胸を撫で下ろすことができたのだが、最近はあまり構ってもらえないので、少し寂しい気もしていた。
三成と雪女は二歳しか離れていないが、下の弟成は、雪女と八歳離れている。
雪女の後、廣成と黒女の間に夫婦生活がなかったという訳ではないが、なかなかできなかったので、年のせいにして諦めていた。
しかし、黒女が八年経って身籠ったというので、廣成は驚いたのである。
彼が、黒女の妊娠を知って、「俺も、まだまだ若いということやな」と驚いたのには、このような理由があったのだ。
弟成と名付けられたその子は、三成と違って、ごく普通に成長していった。
生まれた当時は三成と同じか、それよりは大きいと感じたのだが、乳も雪女と同じぐらいだし、成長も他の子どもと変わりなかった。
やはり、三成が少々異常だったのだ。
ただ、弟成はよく泣いた。
昼夜問わずに泣いた。
その都度、黒女や雪女が世話をしてやるのだが、なかなか泣き止まなかった。
これを見た奴婢たちは、弟成を弟女と呼んでからかった。
泣き癖は、大きくなってからも変わらず、雪女の後をちょこちょこと付いて歩くようになっても、ちょっと転んでは泣き、また転んでは泣きで、その度に雪女は、
「一人で起きや」
と一頻り叱るのだが、最後には甘いなと思いながらも起こしに行ってやるのである。
起こした後は、決まって顔一面に零れんばかりの笑みを浮かべるのであり、これを見た雪女は、何との言えない幸せな気持ちになるのであった。
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