桜はまだか?

hiro75

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第4章「恋文」

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「全く情けない! そんなことじゃ、お店を任せられないね」

「すみません、おとっつぁん、金輪際、博奕は止めます。心を入れ替えて働きますから」

「いいえ、駄目ですよ。何を言っても無駄ですよ」

 孝之助を叱り付ける嘉右衛門に、小次郎はやれやれと首を振った。

「おいおい、そういう身内の話は、後にしてくれないかね。こっちも、孝之助に訊きたいことがあるんだよ」

「も、申し訳ありません」

 親子は、そろって頭を下げた。

「それで孝之助よ。これは、おめえのものかい?」

 孝之助は火打袋を手に取り、舐めるように見ていたが、首を傾げた。

「そうかもしれませんし、そうでないかもしれません。貰ってすぐに形に取られたので、あまり覚えてなくて……」

 孝之助の言葉を聞いて、嘉右衛門は、「情けない!」と呟いた。

「それじゃあ、おめえさんはどうだい?」

 嘉右衛門に訊くと、首を横に振った。

「同じような物を、ご贔屓先に配ったのでしょう。特徴がない物ですので、何ともいえません」

 自分は関わりになりたくないといった態度だ。

「そうかい。じゃあ、孝之助よ、おめえさん、これをいつ博奕の形に取られたんでぃ?」

 二月の終わりごろだと孝之助は言った。

「それで、どこの土場でぃ?」

 孝之助は、他の者に迷惑がかかると思っているのか、言い渋っている。

「おう、土場を教えれば、博奕の件は内密にしてやるよ。だが、言わねえようなら……」

 博奕は御禁制である。

 以前の取締りは非常に緩かったが、火付改が創設されてからは、火付け同様、博奕の取り締まりも厳しくなっている。

「言います! 言います!」、孝之助は慌てたように口を開いた、「吉祥寺さんの近くのお武家さんのお屋敷です」

「お前さん、あんなところで遊んでいたのかい?」

「この近くだと、すぐにおとっつあんに知れると思ったから」

 嘉右衛門は、口癖のように「情けない!」と呟いた。

 侍の名は分かるかと問うた。

「確か、真崎様とかいうお旗本と聞いております」

 小次郎が期待している名ではなかった。

(生田じゃあなかったか……、だが、ここでも旗本だ)

 旗本の屋敷は広い。

 高禄取りの旗本になると、拝領屋敷とは別に、抱屋敷というのがある。

 郊外に土地を買って、そこを他の武士や町人・農民に貸し、金を得るらしい。

 主人の目が行き届かず、使用人や中間が胴元となり土場を開くことも多い。

 中には、主人公認の土場もあるぐらいだ。

 上前で、優雅に暮らしているらしい。

(今日日の侍は、金、金、金だな)

 小次郎は、眉間に深い皺を作った。

 旗本の屋敷となると、筋違いだ。

 悔しいが、町役人にはどうにも手が出せない。

「土場を仕切っているの誰でぃ?」

「吉十郎です。そいつに、火打袋を形に取られたんです」

 それ以上のことは分からないと答えたので、小次郎は腰を上げた。

 店を出る前に、余計なことだがと付加えた。

「玉井屋、子は親の鏡だぜ。息子が三度の飯より博奕が好きなのは、おめえさんが煙草を好きなのと同じさ。息子をとやかく言う前に、自分の面倒をきちんと見ることだな」

 嘉右衛門は首を傾げる。

「ほら、煙管を放り出していたら、紙の束に火が燃え移るぜ」

 嘉右衛門は、慌てて立ち上がった。

 帰り際、息子の孝之助が、「ご迷惑をおかけしました。何とぞ、このことは内密に……」と、小次郎の袖にそっと手を入れた。

「あの親父の下じゃ、お前もいろいろ苦労するだろう。憂さ晴らしで遊ぶはいいさ。だが、あくまで遊びに留めとけよ。博奕は、遊びでやるからおもしれえんだ。遊びでなくなると、一生を棒に振るぜ。そうなると、泣くことになるのは、おめえさんのほうだからな」

「ごもっともで。肝に銘じます」

 孝之助は、神妙に頭を下げた。

 これで、数日は大人しく仕事に精を出すだろう。

 だが、またそぞろ博奕の虫が動き出す。

(煙草と同じさ。ああいうもんは癖になる。似たもの同士だよ、あの親子は)

 小次郎の脳裏に、お竹の顔が浮かぶ。

(俺とあいつは……、似たところがひとつもなかったな)

 何気に神田の方に目をやった。

「旦那、これからどうしますか?」

 栄助の声で、我に返った。

 小次郎は、栄助に玉井屋の〝袖の下〟を渡しながら、真崎の屋敷と土場を取り仕切る吉十郎という男について調べるように指示を出した。

「へい。吉祥寺の近くとなりますと、権蔵親分の縄張りですね」

 権蔵は、吉祥寺の門前で土場を開いている。

 彼は、北町の定廻りから手札を受けていた。

「権蔵親分なら、仕事が早いですから」

 栄助は、言うが早いか駆けて行った。
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