桜はまだか?

hiro75

文字の大きさ
上 下
42 / 87
第三章「焼き味噌団子」

3の3

しおりを挟む
 源太郎と小次郎は、大番屋の中に入った。

 お七は、二畳ほどの板の間に座していた。

 三方を板壁で仕切られている。

 外の光も届かないその部屋で、お七の目だけが不気味なほどに光り輝いていた。

 小次郎は思わず呟いた。

『こいつはいけねえ……』

 源太郎は、お七の前で蹲踞した。

『お七、どうだ、少しは喋る気になったかい?』

 お七は、何事もなかったかのように瞬きした。

 源太郎は深い溜息をついた。

『よろしい、火付けの件は置いておこう。では……』

 お七の顔を覗き込むようにして尋ねた。

『生田庄之助という侍を知っておるか?』

 訊いてすぐに、源太郎は、その凛々しい片眉を上げた。

(動いた! いま、僅かにだが動揺しやがった)

 源太郎は、お七の僅かな体の動きを見逃さなかった。

 彼は見た。

 お七の目の光が、一瞬だけ朱色を帯びたのを。

(拷問するぞと脅しても動揺しなかった娘が、生田の名を出して動いたか……。小次郎の勘、まだまだ狂ってはないようだな)

 源太郎は、お七ににじり寄る。

『正仙院によく訪れる、生田庄之助という侍じゃ。どうだ?』

 畳み掛けていく。

『その生田庄之助、正仙院の前の茶屋の焼き味噌団子が好きだとか。お前も、正仙院に身を寄せていた折は、足繁く買いに行ったそうだな』

 お七は、前と変わらず床を眺めている。

『正仙院の小僧に聞いたぞ、お前が、小僧の代わりに団子を買いに行っていたとか。その生田庄之助とか申す侍とは、どういった仲なのだ?』

 続けざまに畳み掛けたが、お七は、まただんまりを決め込んでしまったようだ。

 その後、幾度となく生田庄之助の名を持ち出して揺さぶってみたが、お七は初めのように動揺はしなかった。

 外に出た源太郎は、

『小次郎の勘、当たってはおったが……、しかし、あの強情振り、どちらに似たのやら?』

 と、嘆息まじりに呟いた。

 小次郎は、

『父親ですかね』

 と呟く。

『しかし、どう責めるか……、その生田庄之助というのは、旗本の次男坊なのだろ?』

『小僧はそう申しております。あとで、きちんと確認はいたしますが』

『仮に旗本の次男坊だとして、今回のお七の火付けの一件に絡んでいるとなると、こりゃ、我等では手が出せなくなるな』

『はあ、それに……』

『それに?』

『早く始末を付けた方がよろしいかと』

『ん?』

 小次郎が眉を顰めた。

『お七の心、よほど限界まできているように見受けました。早くどうにかしてやらないと、本当に気が触れちまいます』

『うむ、それはわしも考えておった。こうなれば、鳴かせてみせるか……』

『鳴かせてみせる?』

『鳴かぬなら、鳴かせてみせよう不如帰じゃ』

 源太郎の言葉に、小次郎は眉を寄せて首を傾げた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

虐げられた落ちこぼれ令嬢は、若き天才王子様に溺愛される~才能ある姉と比べられ無能扱いされていた私ですが、前世の記憶を思い出して覚醒しました~

日之影ソラ
恋愛
異能の強さで人間としての価値が決まる世界。国内でも有数の貴族に生まれた双子は、姉は才能あふれる天才で、妹は無能力者の役立たずだった。幼いころから比べられ、虐げられてきた妹リアリスは、いつしか何にも期待しないようになった。 十五歳の誕生日に突然強大な力に目覚めたリアリスだったが、前世の記憶とこれまでの経験を経て、力を隠して平穏に生きることにする。 さらに時がたち、十七歳になったリアリスは、変わらず両親や姉からは罵倒され惨めな扱いを受けていた。それでも平穏に暮らせるならと、気にしないでいた彼女だったが、とあるパーティーで運命の出会いを果たす。 異能の大天才、第六王子に力がばれてしまったリアリス。彼女の人生はどうなってしまうのか。

義妹ばかりを溺愛して何もかも奪ったので縁を切らせていただきます。今さら寄生なんて許しません!

ユウ
恋愛
10歳の頃から伯爵家の嫁になるべく厳しい花嫁修業を受け。 貴族院を卒業して伯爵夫人になるべく努力をしていたアリアだったが事あるごと実娘と比べられて来た。 実の娘に勝る者はないと、嫌味を言われ。 嫁でありながら使用人のような扱いに苦しみながらも嫁として口答えをすることなく耐えて来たが限界を感じていた最中、義妹が出戻って来た。 そして告げられたのは。 「娘が帰って来るからでていってくれないかしら」 理不尽な言葉を告げられ精神的なショックを受けながらも泣く泣く家を出ることになった。 …はずだったが。 「やった!自由だ!」 夫や舅は申し訳ない顔をしていたけど、正直我儘放題の姑に我儘で自分を見下してくる義妹と縁を切りたかったので同居解消を喜んでいた。 これで解放されると心の中で両手を上げて喜んだのだが… これまで尽くして来た嫁を放り出した姑を世間は良しとせず。 生活費の負担をしていたのは息子夫婦で使用人を雇う事もできず生活が困窮するのだった。 縁を切ったはずが… 「生活費を負担してちょうだい」 「可愛い妹の為でしょ?」 手のひらを返すのだった。

えっ? 平凡ですよ??

月雪 はな
ファンタジー
交通事故で命を落とした、女子高生のゆかり。目を覚ますと、異世界に伯爵令嬢として転生していた! なのに、待っていたのはまさかの貧乏生活……。だから私、第二の人生をもっと豊かにすべく、前世の記憶を活用させていただきます! シュウマイやパスタで食文化を発展させて、エプロンやお姫様ドレスは若い女性に大人気! その知識は、やがて世界を変えていき――? 幸せがたっぷりつまった、転生少女のほのぼのファンタジー開幕!

愛されない花嫁は初夜を一人で過ごす

リオール
恋愛
「俺はお前を妻と思わないし愛する事もない」  夫となったバジルはそう言って部屋を出て行った。妻となったアルビナは、初夜を一人で過ごすこととなる。  後に夫から聞かされた衝撃の事実。  アルビナは夫への復讐に、静かに心を燃やすのだった。 ※シリアスです。 ※ざまあが行き過ぎ・過剰だといったご意見を頂戴しております。年齢制限は設定しておりませんが、お読みになる場合は自己責任でお願い致します。

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

貴方にとって、私は2番目だった。ただ、それだけの話。

天災
恋愛
 ただ、それだけの話。

婚約者が隣国の王子殿下に夢中なので潔く身を引いたら病弱王女の婚約者に選ばれました。

ユウ
ファンタジー
辺境伯爵家の次男シオンは八歳の頃から伯爵令嬢のサンドラと婚約していた。 我儘で少し夢見がちのサンドラは隣国の皇太子殿下に憧れていた。 その為事あるごとに… 「ライルハルト様だったらもっと美しいのに」 「どうして貴方はライルハルト様じゃないの」 隣国の皇太子殿下と比べて罵倒した。 そんな中隣国からライルハルトが留学に来たことで関係は悪化した。 そして社交界では二人が恋仲で悲恋だと噂をされ爪はじきに合うシオンは二人を思って身を引き、騎士団を辞めて国を出ようとするが王命により病弱な第二王女殿下の婚約を望まれる。 生まれつき体が弱く他国に嫁ぐこともできないハズレ姫と呼ばれるリディア王女を献身的に支え続ける中王はシオンを婿養子に望む。 一方サンドラは皇太子殿下に近づくも既に婚約者がいる事に気づき、シオンと復縁を望むのだが… HOT一位となりました! 皆様ありがとうございます!

「おまえを愛している」と言い続けていたはずの夫を略奪された途端、バツイチ子持ちの新国王から「とりあえず結婚しようか?」と結婚請求された件

ぽんた
恋愛
「わからないかしら? フィリップは、もうわたしのもの。わたしが彼の妻になるの。つまり、あなたから彼をいただいたわけ。だから、あなたはもう必要なくなったの。王子妃でなくなったということよ」  その日、「おまえを愛している」と言い続けていた夫を略奪した略奪レディからそう宣言された。  そして、わたしは負け犬となったはずだった。  しかし、「とりあえず、おれと結婚しないか?」とバツイチの新国王にプロポーズされてしまった。 夫を略奪され、負け犬認定されて王宮から追い出されたたった数日の後に。 ああ、浮気者のクズな夫からやっと解放され、自由気ままな生活を送るつもりだったのに……。 今度は王妃に?  有能な夫だけでなく、尊い息子までついてきた。 ※ハッピーエンド。微ざまぁあり。タイトルそのままです。ゆるゆる設定はご容赦願います。

処理中です...