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第三章「焼き味噌団子」
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門を出ると、すぐ脇に茶屋があって、小腹が減ったので茶と団子を所望した。
奥から、老婆がいまにもお茶を零さんばかりの足取りで出てきて、小次郎の脇にお茶と団子を置いた。
見ると、お茶は全く零れていない。
(なるほど、上手いもんだ)
感心しながら茶を啜った。
しばし休んでいると、煩い声が聞こえてきた。
貞吉である。
「おう、婆さん、俺にも団子を二つ、三つくれや」
小次郎の傍らに座りながら早口で言った。
その早口に、茶屋の老婆は慌てて奥に入って行った。
(煩いやつだ)
と小次郎は思いながらも、
「で、なにか収穫はあったのかい?」
と訊いた。
「へっ? いやこれがなにも」
貞吉は渋い顔を向けた。
「ここら一帯を訊き回ったんですが、お七の火付けのことは知っているが、あの子はそんなことをするような子じゃないって言う者ばかりで」
「そんなことするような子じゃないか……、が、人は分からんもんさ」
小次郎は、団子を口に放り込む。
団子は焼き味噌が塗ってあり、口の中に香ばしい匂いが広がった。
老婆がお茶を持って来ると、貞吉はそれをぐっと飲み干した。
続けさまに、団子をぽんと放り込む。
「うめえな、婆さん、この団子うめえよ」
貞吉が褒めると、老婆は皺くちゃな顔に、さらに皺を寄せて、
「そうですか。ありがとうございます」
と頭を下げた。
「その団子は、正仙院の道安様もお好きでね、よく小僧さんが買いに来ていますよ。この前までは、お七お嬢さんが小僧さんの代わりに買いに来ていましたが」
「お七が?」
小次郎は眉間に皺を寄せる。
貞吉は、団子を咽喉に詰まらせ、お代わりの茶を一気に飲み干して、ほっと大きな息を吐いた。
小次郎はそれを横目で見ながら、いつのことだと問うた。
「へえ、一月ぐらいでしょうかね、ほら、あそこに小僧さんがやって来ましたから、訊いてごらんなさい」
茶屋の老婆の目線の向うに、先程お寺の境内を掃除していた小僧が歩いて来た。
「婆ちゃん、お団子十個くださいな」
小僧は茶屋に着くと言い、老婆は奥に入って行った。
「おい、小僧さん」
小次郎が呼びかけると、その子は、あっとなって、慌てて頭を下げた。
「その団子は、住職のかい?」
「いえ、生田様が来られていますので」
「生田? 生田というと、先程の侍か?」
小次郎は、すれ違った美青年の顔を思い出した。
「はい、生田様は、ここの団子がお好きですから」
「なんでい、団子が好きなのは坊主じゃなくて、侍か」
貞吉は、残りの団子を口にした。
「おめえさんは、生田という侍が来ると、いつも団子を買いに来るのかい?」
と小次郎は訊いた。
「はい」
「ずっとかい?」
「はい、あっ、いえ、この前までは、お七お嬢さんが代わりに」
小次郎は、待ってましたとばかりに訊いた。
「そのお七っていうのは、福田屋市左衛門の娘のお七かい?」
「はい、そのお七お嬢さんです。お寺でお暮らしになっていた間は、生田様がお越しになると、お七お嬢さんが、あたしが行くからと、代わりに」
「なるほどな」
小次郎は、暗闇の中に一筋の光明を得た気持ちになった。
「そりゃあ、お七、ひとりでかい?」
「多分、そうだと思いますが……」
「いや、もうひとりいたよ」
老婆が、団子の包みを持って出てきた。
「はいよ、団子十個ね」
と、小僧にその包みを渡す。
「婆さん、お七には連れがいたのかい?」
「へえ、色の白い女の子で、年のころは……、そう、十くらいかな。あっ、顔に雀斑があったよ」
「旦那!」
「ああ、おゆきだな。あいつ、やっぱり何かを隠してやがると思ったんだ。おうっ、小僧さん、いいこと聞かせてくれたな。婆さん、団子をもう一個おまけしてやってくれ」
「はいはい」
小僧は小次郎に礼を言い、嬉しそうに団子を食べながら寺の中に入っていった。
奥から、老婆がいまにもお茶を零さんばかりの足取りで出てきて、小次郎の脇にお茶と団子を置いた。
見ると、お茶は全く零れていない。
(なるほど、上手いもんだ)
感心しながら茶を啜った。
しばし休んでいると、煩い声が聞こえてきた。
貞吉である。
「おう、婆さん、俺にも団子を二つ、三つくれや」
小次郎の傍らに座りながら早口で言った。
その早口に、茶屋の老婆は慌てて奥に入って行った。
(煩いやつだ)
と小次郎は思いながらも、
「で、なにか収穫はあったのかい?」
と訊いた。
「へっ? いやこれがなにも」
貞吉は渋い顔を向けた。
「ここら一帯を訊き回ったんですが、お七の火付けのことは知っているが、あの子はそんなことをするような子じゃないって言う者ばかりで」
「そんなことするような子じゃないか……、が、人は分からんもんさ」
小次郎は、団子を口に放り込む。
団子は焼き味噌が塗ってあり、口の中に香ばしい匂いが広がった。
老婆がお茶を持って来ると、貞吉はそれをぐっと飲み干した。
続けさまに、団子をぽんと放り込む。
「うめえな、婆さん、この団子うめえよ」
貞吉が褒めると、老婆は皺くちゃな顔に、さらに皺を寄せて、
「そうですか。ありがとうございます」
と頭を下げた。
「その団子は、正仙院の道安様もお好きでね、よく小僧さんが買いに来ていますよ。この前までは、お七お嬢さんが小僧さんの代わりに買いに来ていましたが」
「お七が?」
小次郎は眉間に皺を寄せる。
貞吉は、団子を咽喉に詰まらせ、お代わりの茶を一気に飲み干して、ほっと大きな息を吐いた。
小次郎はそれを横目で見ながら、いつのことだと問うた。
「へえ、一月ぐらいでしょうかね、ほら、あそこに小僧さんがやって来ましたから、訊いてごらんなさい」
茶屋の老婆の目線の向うに、先程お寺の境内を掃除していた小僧が歩いて来た。
「婆ちゃん、お団子十個くださいな」
小僧は茶屋に着くと言い、老婆は奥に入って行った。
「おい、小僧さん」
小次郎が呼びかけると、その子は、あっとなって、慌てて頭を下げた。
「その団子は、住職のかい?」
「いえ、生田様が来られていますので」
「生田? 生田というと、先程の侍か?」
小次郎は、すれ違った美青年の顔を思い出した。
「はい、生田様は、ここの団子がお好きですから」
「なんでい、団子が好きなのは坊主じゃなくて、侍か」
貞吉は、残りの団子を口にした。
「おめえさんは、生田という侍が来ると、いつも団子を買いに来るのかい?」
と小次郎は訊いた。
「はい」
「ずっとかい?」
「はい、あっ、いえ、この前までは、お七お嬢さんが代わりに」
小次郎は、待ってましたとばかりに訊いた。
「そのお七っていうのは、福田屋市左衛門の娘のお七かい?」
「はい、そのお七お嬢さんです。お寺でお暮らしになっていた間は、生田様がお越しになると、お七お嬢さんが、あたしが行くからと、代わりに」
「なるほどな」
小次郎は、暗闇の中に一筋の光明を得た気持ちになった。
「そりゃあ、お七、ひとりでかい?」
「多分、そうだと思いますが……」
「いや、もうひとりいたよ」
老婆が、団子の包みを持って出てきた。
「はいよ、団子十個ね」
と、小僧にその包みを渡す。
「婆さん、お七には連れがいたのかい?」
「へえ、色の白い女の子で、年のころは……、そう、十くらいかな。あっ、顔に雀斑があったよ」
「旦那!」
「ああ、おゆきだな。あいつ、やっぱり何かを隠してやがると思ったんだ。おうっ、小僧さん、いいこと聞かせてくれたな。婆さん、団子をもう一個おまけしてやってくれ」
「はいはい」
小僧は小次郎に礼を言い、嬉しそうに団子を食べながら寺の中に入っていった。
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