桜はまだか?

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第二章「そら豆」

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 頭の痛いことが、三つ。

 一つは、暖かくなったというのに、膝の関節が痛いこと。

 先程から、足を引きずって歩いている。

 もう一つは、急な天候の変化で、体調を崩してしまったこと。

 本当に頭が痛い。

 お陰で、昨日は登城を休んだ。

『春だというのに、もうお年ですわ』と、薬湯を持ってきた娘は笑う。

 最後の頭痛の種が、その娘加緒流かおるである。

 急に嫁に行かぬと言い出した。

『だって、私がこの屋敷を出れば、誰がお父様の面倒をみるのですか? この薬湯だって、私が入れたのですよ』

 加緒流は、恩着せがましく湯飲みを手渡した。

「加緒流のやつめ、生意気なことを言い寄ってに」

 南町奉行甲斐庄飛騨守正親かいのしょうひだのかみまさちかはそう呟くと、猫背気味の背中をさらに丸めて、ふうぅぅぅ~と、切れそうにない長い溜息を吐いた。

 まだまだ長い廊下が続く。

 床板から、足の裏に刺すような冷たさが染み出してくる。

 外は日が照っているので随分暖かいが、城の中は風通しも悪く、どんよりと沈んでいて冷たい。

 膝の関節に刺し込む痛さを感じていた正親には、この冷えは大敵である。

 体調が悪いせいか、体も妙に重い。

(やれやれ、毎朝のお勤めも楽ではないな)

 最近、つくづくそう思う。

 町奉行は、ほぼ毎日昼四ツ(十時)には江戸城に登城して、老中の御用伺いや他の役方と事務連絡を執り行った。

 そして、他の役方は老中が下城しない限りは下がれないところを、町奉行だけは「御断り」といって、用事が済み次第下城し、奉行所に帰ることができた。

 それだけ、町奉行の業務が立て込んでいたという証拠である。

 加緒流の言葉ではないが、自分でも年だと思う。

「こんなことを言うと、また加緒流が嫁に行かぬと言い出すな。用心、用心」

 正親は首を竦めて、再び歩き出した。
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