桜はまだか?

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第一章「雛祭」

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「本人が、火を付けたと白状したのかい?」

「いえ、ただ、これを持って、近くに蹲っておったそうです」

 栄助が取り出したのは、火打袋である。

 栄助の話では、現場近くの塀にお七が放心状態で寄りかかっていた。

 手には、僅かに焦げた布切れと、火口を持っていた。

 現場にも、火付けに使ったと思われる火口の一部と火打石・火打鎌が落ちていた。

「父の市左衛門が、『お前がやったのか?』と問うと、お七は頷いたそうです」

「なるほど、それで福田屋、おめえさんとこの娘は今年で幾つだ?」

「は、はい、今年で十六でございます」

「十六?」

 小次郎は、また大きな声を上げた。

 十六の娘が、何の理由で火付けなどしようか?

「が、待て!」

 小次郎は首を捻った。

 昨晩、火事場の出役はなかった。

 半鐘も鳴らなかった。

「小火か?」

 栄助が頷く。

「塀を焦がした程度ですみやした」

「それなら、わざわざ俺に知らせることもねぇだろう。そっちで内々に済ましゃいい。火付改に知れたらことだしな。それに、十六なら、もう子どもじゃねぇんだ。きつく叱りおけば、そのお七って娘も、己のしでかした事の大きさに気が付くだろう」

 風があれば、江戸中に広まり、多くの死者を出していた可能性もある。

 その点をよくよく諭してやれば、お七も反省するだろう。

 火付けは許せないが、塀を焦がした程度で、あたら若い命を消し去るのも可哀想だ。

 御店にも傷が付くだろう………………との、源太郎の配慮である。

「へえ、あっしも旦那のお手を煩わす必要もねぇと思いましたが……」

 栄助は言い淀んだ。

「他に何かあるのか?」

「へえ、実は……」

 驚いたことに、お七が火付けを働いたのは、これが三度目だという。

「あっしも聞いて驚きやした」

 一度目は、如月の終わりごろである。

 木戸番が見回りの際、御店の裏でうろうろしているお七を見つけた。

 こんな夜更けにと声をかけてみると、手に火打道具を持っていた。

 自身番で問い詰めると、物が燃えるのを見てみたかっただけと答えた。

 ごめんなさいと素直に謝ったので、両親ともどもきつく叱って帰した。

 それから三日目。

 朝方、福田屋の裏手の塀が焦げているのを、近所の者が見つけた。

 まさかとは思ったが、両親が問い詰めると、どうしても物が燃えているところを見てみたかったと、お七が泣いて謝った。

 両親は、近所中に頭を下げて回った。

 火打道具は、市左衛門が厳重に管理した。

 お七の部屋には、可燃物となる着物はおろか、ちり紙さえも置かなかった。

 ここ三日、お七も落ち着きを取り戻した。

 両親も、これで安心と胸を撫で下ろした。

 と思った矢先の、昨夜の出来事である。

「さすがに三度目になりますと、町の者も良い顔はしやせん」

 もう内々では済まされねえかもしれねぇと栄助が言うと、覚悟はしていたのか、市左衛門は、御番所に突き出してくださいましと頭を下げた。

「火付改に捕まるよりは、御番所のほうが良いと思いまして」

 栄助の心配も最もだ。

 創設されたばかりの火付改は、ともかくひとつでも手柄を立てようと躍起になっている。

 拷問は当たり前。

 責め殺しも日常茶飯事とかで、町人を震え上がらせていた。

 それでは余りにも残酷だと、栄助は思ったようだ。

 小次郎は、最もだと頷いた。

「それに、こういうことは癖になりやすので」

 犯罪は常習性がある。

 しかも、小さな事件がやがて大きな犯罪になることが多い。

 店先の焼き芋を盗んだ小僧が、一度の成功に味をしめ、次々に盗みを働き、やがては押し込み強盗までやって、人を殺めたこともある。

 小次郎が捕まえたその男は、『焼き芋を盗んだときに、旦那に捕まってりゃあねぇ……』、と寂しそうに呟いていた。

 火付けは、特に常習性が高い。

 しかも、小さな火が風に乗って江戸中に広がり、多くの死傷者を出すこともあった。
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