期限付きの猫

結城 鈴

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 個展が終わった、四月の頭。暖冬で早く咲いた桜を見に、都内の有名な寺を訪れていた。丁度、仏様の誕生日だとかで、孝利が、花祭りって言うんだよ、と教えてくれた。
「気持ちいですね。ほんとあったかい。」
「タマ、あっちで抹茶ふるまってるみたい。行ってみようか。」
緋毛氈を敷いたベンチに、集まる人々。干菓子をもらって、食べ終わる頃に、茶碗をもらった。一口すると、抹茶の濃厚な香りが鼻に抜ける。美味しくて、でもゆっくりと味わった。
孝利と共に茶碗を返しに行く。
「ご馳走さまでした。」
受け取った桜色の和服を着た若い女性は、ペコリと頭を下げて行ってしまった。それを見送り、花見に戻る。
「入学式には散ってしまうかもしれないね。」
「あぁ。そうですね。」
もったいない話だが、明日は雨予報だ。
「すっかり春ですね。」
「でも、明日は冷えるって。みぞれ混じるかもしれないって言ってた。」
花冷えか。今日はこんなに暖かいのに。
「あっちでも、何か配ってますよ?」
人垣を覗きに行くと、孝利がうーんと唸った。
「甘茶かな。オレはちょっと苦手。」
「甘いんですか?」
「砂糖の甘さと違うんだよ。」
そう言われると、好奇心がうずく。
「もらおうかな?」
「やめときな。もっとおいしいもの食べに行こう。」
「美味しいもの?」
「今日はハンバーグにしよう?」
二つ返事で頷いて、駐車場に戻った。
 
俵型のハンバーグを、ライスお代わりで食べて、デザートはコーヒーゼリーだ。自家製だというそれは、生クリームの固さも絶妙で、美味しかった。
「さて、ホテルにでも拉致したいところだけど・・・どうする?」
「・・・あれ、ないです。」
「そんなの、ドラッグストアで買ったらいいじゃない。」
「買ってきてくれますか?」
「もちろん。あとローション。」
思うに、孝利は、肉を食べさせたら抱いていいみたいな、自分ルールを作っていると見た。今日も、一番大きなハンバーグを食べさせて、お腹いっぱいにしてからの・・・ホテルだ。
「・・・行こうか。」
「えっえっ?本気ですか?」
「月に一回は抱きたいじゃない。」
「来月で・・・とりあえず最後ですね。」
「言わないで。」
孝利は、信号で停車すると、泣きそうな目でこちらを見てきた。
「来月で終わりになんて、絶対しないから。田植えが終わったころに。丁度その頃、きみを迎えた二十二日だから。
連れていくよ。実家に。」
どきん、と心臓が跳ねた。孝利の決意を見たからだ。
本気なんだ。
本気で、実家に連れていくつもりでいる。
嬉しいような。怖いような。
どうなるかわからないけど、でも・・・。頷かずにはいられなかった。
「あの・・・それって、お兄さん?も理解ない感じですか?」
「わからない。兄とはそういう話したことなくて。でも君だって、ぶっちゃけちゃったんだろう?それを、俺ができなくてどうするの。
愛してる。健斗。」
ずるい。こんな時に、そんなセリフと、名前を呼ぶなんて。
「僕だって。僕だって、うまくいったらいいなって思ってます。でも、だめだったら、その時は駆け落ちしましょう。」
「本気なの?」
「許してもらえたら、それは嬉しいけど、だめでも絶対離れたくないですもん。僕も・・・僕も孝利さんのこと愛してるから。」
嬉しいな、と孝利ははにかんだような笑みを浮かべ、車を走らせる。
「嬉しくて事故っちゃいそう。」
「・・・それはダメです。」

 ゴールデンウィークは、個展の収入もあったことで、少々リッチな長野の旅館に泊まった。孝利曰く、多少お金を払えば、男同士でも、何も言われないからと。そこを拠点に、あちこち巡るのかと思いきや、男同士のカップルはまだ目立つから、とほとんどをその旅館で過ごし・・・お風呂に入ったり、かなり豪華なご飯を食べたりし、夜は・・・。
旅行に来ても、夜遅くまで眠れないのは変わらないようで、朝も、チェックアウトギリギリまで寝ていて、正直焦った。
孝利は、ドライブが好きなようで、移動は全部、孝利の運転でフォレスターだった。
 帰り道。
「あーあ。旅行終わっちゃいますねぇ。」
「目的は達成したからいいんだよ。」
「目的?」
はて。アレ以外に何かしただろうか?
「君とドライブ。」
「えっ?ドライブが目的なんですか?」
手段じゃなくて?
「そうだよ。密室でずっと君と一緒。誰にも邪魔されないし。
幸せ。」
「サクランボ狩りくらい行きたかったな。」
「あ。なるほど。帰り道どこかでやってないかな?」
「検索しますか?」
「桐箱お取り寄せした方が美味しいと思うな。」
それは・・・桐箱の方が美味しいだろうけど。
「食べたいなら家に届くように注文しよう。」
そうじゃなくて。思い出作ったり・・・したかったんだけどな。
最後になるなんて思っていないけど、それでもやっぱり不安は残るから・・・。
でも、そんなこと、孝利には言えなくて。
「・・・桐箱、楽しみにしてますね。」
「うん。・・・なんて、どこか寄る?」
とはいえもう高速に乗っている。あとは家までノンストップの勢いだ。
「大丈夫です。一緒にいられたら、それで。」
「実家のそばを・・・通ってるよ。再来週またこよう。その時は、もう少しゆとりを持て、プラン立てるから。」
孝利は、真剣な顔をして、前を見据えていた。
その横顔が、かっこよくて。
運転している孝利の横顔を見るのが好きだった。
触れられないこの狭い空間の中で、話をするのが好きだった。

 五月二十二日。半年、の期限の日。
孝利の実家に来ていた。
北倉家は、田舎の大農家で、田んぼのほかにも、いろいろ作っているという。そんな忙しさの中。今日だけは、と時間を作ってもらったらしかった。車を降りると、お兄さんと思われる人が出迎えてくれ、まずはおれが話を聞くから、と言ってきた。びっくりしていると、電話で少し、話した、と孝利が言った。
「はじめまして。環健斗です。」
「はじめまして。孝利の兄の、孝義です。・・・その・・・お二人は、付き合っているという認識でいいですか?」
孝利と、顔を見合わせ、頷いた。孝義は、深々とため息をつくと、家のことは心配しなくていい、といい家の中へと招いてくれた。
廊下や柱がピカピカに磨き上げられている。玄関から向かって右手の居間に通された。
「遠いところをよく来てくれました。」
母親だろうか。居間の座卓に、お茶を用意してくれている。その隣に、父親。末席に、先ほどの孝義。
孝利は、この辺の風習なのか、畳の間に両手をついて、頭を下げ、ご無沙汰していました、と挨拶した。慌てて正座し、それに倣う。
「久しぶりだな。五年たったか・・・。」
少しとげのある物言いをする父親に、負けそうになりつつ、挨拶をした。
「はじめまして。環健斗です。」
「ようこそ。環さんは、出身は東京ですか?」
「えっ、あぁはい。」
生まれも育ちも、だ。
「こんな地方の農家、初めてでしょう。」
母親が口を開いた。
「はい。大きいお家でびっくりしました。」
「で、今日はどんな要件だ。」
「まずは手土産と・・・俺が最近作ってるものです。母さんに。」
手土産は、虎屋の羊羹だった。もう一つは、キレイな小箱に入っている。母親が開けると、ガラスのペンダントだった。
「まぁキレイ。」
「お前はまだ、ガラスなんかやっているのか。こんなもの、仕事につけられないだろうに。」
母親の感触は悪くないが、父親が怖い。
「どこか、余所行きにでも使ってください。」
孝利も負けない。
「それで、後の子はどうしたんだ。」
「彼は、幼く見えますが、成人しています。子だなんて失礼です。・・・俺のパートナーです。」
孝利は、はっきりそう言い切った。
「・・・お付き合いしているということ?」
「だそうです。」
孝義が口を開く。
「父さんも、母さんも、もう孝利に事は諦めましょう。
おれは後を継ぐ覚悟を決めてますから。」
もう、自由にさせてやってくださいと、孝義が言う。
「田畑が広すぎる。一人ではやっていけない。」
父親が食い下がる。
「沙織もいますし。将来的に、技能実習生をと言っていたのは、父さんじゃないですか。」
どうやら、沙織さんというのは、孝義さんのお嫁さんらしい。
「沙織さんは身重だし、産んだら幼稚園に入れるまで、人手に入らない。」
「数年のことです。」
「それまで、お前ひとりに任せるのか。」
「父さんも母さんも現役じゃないですか。」
父親と、孝義の言い合いは続く。
「おれは孝利の味方です。あいつなりに、今の地位を築いてきたんです。」
「それはそうかもしれないが、よりによって男の恋人を連れ帰るとは・・・。」
近所に顔向けができない。と父親が唇を噛む。
やっぱりか。そうだよな。普通は・・・。
「近所には、子供ができない相手と結婚したとでも言っておけばいいでしょう。嫌なら、二度とこの地は踏みません。」
孝利が口を開いた。
「二度とだなんてそんな・・・。」
母親が、泣きそうな声を上げる。
「・・・環君のご両親はなんて?」
「うちは・・・認めてくれました。孝利さんは僕の実家とも交流があります。」
言おうか迷ったが・・・。
「最初に、父が・・・半年の期限を切ったんです。今日がその、半年の区切りで・・・もしうまくいかなかったら、別れなくちゃいけないのかなって。でも、うちは両親公認の仲だし、あとは、孝利さんのご両親次第なんです。でも僕は多分、だめだって言われても、付き合っていく覚悟です。」
怖かったけど、父親の目を伺いながら、告げる。
「僕は、孝利さんとやっていきたい。」
孝利の父親が、大仰にため息をついた。
「まぁ、こちらに。お茶をどうぞ。母さん、羊羹切ってきておくれ。」
やっと、座布団のある所に招かれた。隣で、孝利が吐息するのを見逃さなかった。
顔を見上げると、ふわりと微笑んでいた。
「それで、パートナーというのは、もう役所に届け出をしたのかね?」
「まだです。しばらくはこのまま行こうかと。せめて、一年が過ぎるまでは。」
「そうか・・・。」
うん。そうか・・・。と父親は反芻して、厳しい顔に戻った。
「男同士、許される世の中になったのは知っている。けれど、まだまだ世間の風当たりは厳しいだろう。こんな田舎ではなおさらだ。隠れ家になってやることはできないんだぞ。」
それでもいいのか?と、問われる。
「はい。」
孝利が頷いた。
「わかった。・・・たまには二人で帰って来なさい。」
「えっ?」
「いいんですか?」
仕方ないだろう。と父親は深々とため息をついた。
「ランプカバーな、あれは寝室で使っているよ。」
母親が、羊羹を運んで来ながら、ふふふと笑った。
「農家を守るのは大変なんだ。お金が必要になったら言いなさい。守れない田畑を売ってでも、工面するから。」
「お金の心配はいらないです。」
ちゃんとやっていきます。と孝利が宣言する。
「わかった。・・・孝義。家のことはまかせたぞ。」
「はい。」
よかったな、と目で言われ、孝利が頭を下げた。

 アンがいるので、泊りはできないと告げると、支度しておいたのに、と残念がられた。母親の胸には、孝利が贈ったペンダント。工房の窯で焼いた、七宝だった。
 「よかったね。認めてもらえて。」
「奇跡的にな。本当に、どうして許してくれたのか、わからない。」
「帰りに、うちにも寄ってくれる?報告したいから。」
言うと、もちろん、と返ってきた。虎屋の紙袋はあと二つ。
実家の分と、うちの分だろう。本当に、甘いものには目がない。
「あぁ。早く抱かれたいなぁ。」
「今夜はだめ。」
「なんでですか。」
不満たらたら、視線を投げると、めちゃくちゃにしちゃいそうだから。と返された。
それはちょっと怖い。いつも、体を気遣って、セーブしてくれてるのがわかるから。
「期限切れたらお祝いしよう。」
「はい。」
深夜の零時に祝杯だ。
「あの・・・お願いがあるんですけど。」
「なに?」
「期限切れたら、健斗って呼んでくれますか?」
「いいよ。タマも名残惜しいけど。そうだね・・・もう猫じゃなくなるんだもんね。」
「・・・はい。」
「これからは、パートナーだもんね。俺も料理作るよ。対等でないとね。掃除も洗濯も。皆分担しよう。ハウスキーパーは終わりだ。」
「えっ?いいんですか?できますか?」
「健斗も、うちに引きこもってないで、仕事したらいいよ。」
「あ、じゃぁ僕は実家でトリマー復帰させてもらいます。」
「あぁいいね。それなら何の心配もない。」
孝利は笑いながら、車を走らせて行った。

 これから、いろんなことがあるんだろうけど・・・きっと大丈夫。一人じゃないから。
孝利と二人、ずっと一緒にやっていけますように。
左手の指輪を撫でながら、帰路についた。

END
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みんなの感想(4件)

あじえ
2021.01.30 あじえ

ゆっくりと2人の距離が近くなっていく様子が良かったです。生活の描写も丁寧で、食べ物も美味しそうで、読んでいてお腹がすきました(^^) 孝利さんの仕事や男性同士の性交渉について、とてもリアリティがあると感じました。
2人がこれからも一緒に歩いていける結末で本当によかったです!

結城 鈴
2021.01.30 結城 鈴

感想を寄せてくださり有難うございます。
二人ののんびりゆっくりした生活は、今後も続いていくんだと思います。
リアリティーのある性生活を心がけているので、読んでいただけて嬉しいです。
この度は有難うございます。
重ねてお礼申し上げます。

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maro.tan
2020.08.15 maro.tan

かわいい話しでしたね。安心して読めました。健斗くんが素直で、そういう風になるのに、大変なおもいをしたんだなーと、想像できるお話でした。短編でも、また、二人に会いたいですね。

結城 鈴
2020.08.15 結城 鈴

感想ありがとうございます。
健斗のことを思ってくれてありがとうございます。
続編は考えていませんが、二人のんびりゆったり生活していくんだと思います。
また、特筆したいエピソードを思いついたら、その時はよろしくお願いいたします。
この度は、ありがとうございました。

解除
おはぎ
2019.12.06 おはぎ

とても面白くて、授業の合間を縫ってどんどん読み進めてしまいました…!!!!!
優しげな口調で進んでいくストーリーや文章が、とても心地良かったです!!!!!

結城 鈴
2019.12.07 結城 鈴

感想ありがとうございます。
優し気な口調は、大分意識しました。
文章が心地よいと言ってもらえ、とても嬉しいです。
いつも、読みやすい文章を心がけています。
この度はありがとうございました。

解除

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