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個展が終わった、四月の頭。暖冬で早く咲いた桜を見に、都内の有名な寺を訪れていた。丁度、仏様の誕生日だとかで、孝利が、花祭りって言うんだよ、と教えてくれた。
「気持ちいですね。ほんとあったかい。」
「タマ、あっちで抹茶ふるまってるみたい。行ってみようか。」
緋毛氈を敷いたベンチに、集まる人々。干菓子をもらって、食べ終わる頃に、茶碗をもらった。一口すると、抹茶の濃厚な香りが鼻に抜ける。美味しくて、でもゆっくりと味わった。
孝利と共に茶碗を返しに行く。
「ご馳走さまでした。」
受け取った桜色の和服を着た若い女性は、ペコリと頭を下げて行ってしまった。それを見送り、花見に戻る。
「入学式には散ってしまうかもしれないね。」
「あぁ。そうですね。」
もったいない話だが、明日は雨予報だ。
「すっかり春ですね。」
「でも、明日は冷えるって。みぞれ混じるかもしれないって言ってた。」
花冷えか。今日はこんなに暖かいのに。
「あっちでも、何か配ってますよ?」
人垣を覗きに行くと、孝利がうーんと唸った。
「甘茶かな。オレはちょっと苦手。」
「甘いんですか?」
「砂糖の甘さと違うんだよ。」
そう言われると、好奇心がうずく。
「もらおうかな?」
「やめときな。もっとおいしいもの食べに行こう。」
「美味しいもの?」
「今日はハンバーグにしよう?」
二つ返事で頷いて、駐車場に戻った。
俵型のハンバーグを、ライスお代わりで食べて、デザートはコーヒーゼリーだ。自家製だというそれは、生クリームの固さも絶妙で、美味しかった。
「さて、ホテルにでも拉致したいところだけど・・・どうする?」
「・・・あれ、ないです。」
「そんなの、ドラッグストアで買ったらいいじゃない。」
「買ってきてくれますか?」
「もちろん。あとローション。」
思うに、孝利は、肉を食べさせたら抱いていいみたいな、自分ルールを作っていると見た。今日も、一番大きなハンバーグを食べさせて、お腹いっぱいにしてからの・・・ホテルだ。
「・・・行こうか。」
「えっえっ?本気ですか?」
「月に一回は抱きたいじゃない。」
「来月で・・・とりあえず最後ですね。」
「言わないで。」
孝利は、信号で停車すると、泣きそうな目でこちらを見てきた。
「来月で終わりになんて、絶対しないから。田植えが終わったころに。丁度その頃、きみを迎えた二十二日だから。
連れていくよ。実家に。」
どきん、と心臓が跳ねた。孝利の決意を見たからだ。
本気なんだ。
本気で、実家に連れていくつもりでいる。
嬉しいような。怖いような。
どうなるかわからないけど、でも・・・。頷かずにはいられなかった。
「あの・・・それって、お兄さん?も理解ない感じですか?」
「わからない。兄とはそういう話したことなくて。でも君だって、ぶっちゃけちゃったんだろう?それを、俺ができなくてどうするの。
愛してる。健斗。」
ずるい。こんな時に、そんなセリフと、名前を呼ぶなんて。
「僕だって。僕だって、うまくいったらいいなって思ってます。でも、だめだったら、その時は駆け落ちしましょう。」
「本気なの?」
「許してもらえたら、それは嬉しいけど、だめでも絶対離れたくないですもん。僕も・・・僕も孝利さんのこと愛してるから。」
嬉しいな、と孝利ははにかんだような笑みを浮かべ、車を走らせる。
「嬉しくて事故っちゃいそう。」
「・・・それはダメです。」
ゴールデンウィークは、個展の収入もあったことで、少々リッチな長野の旅館に泊まった。孝利曰く、多少お金を払えば、男同士でも、何も言われないからと。そこを拠点に、あちこち巡るのかと思いきや、男同士のカップルはまだ目立つから、とほとんどをその旅館で過ごし・・・お風呂に入ったり、かなり豪華なご飯を食べたりし、夜は・・・。
旅行に来ても、夜遅くまで眠れないのは変わらないようで、朝も、チェックアウトギリギリまで寝ていて、正直焦った。
孝利は、ドライブが好きなようで、移動は全部、孝利の運転でフォレスターだった。
帰り道。
「あーあ。旅行終わっちゃいますねぇ。」
「目的は達成したからいいんだよ。」
「目的?」
はて。アレ以外に何かしただろうか?
「君とドライブ。」
「えっ?ドライブが目的なんですか?」
手段じゃなくて?
「そうだよ。密室でずっと君と一緒。誰にも邪魔されないし。
幸せ。」
「サクランボ狩りくらい行きたかったな。」
「あ。なるほど。帰り道どこかでやってないかな?」
「検索しますか?」
「桐箱お取り寄せした方が美味しいと思うな。」
それは・・・桐箱の方が美味しいだろうけど。
「食べたいなら家に届くように注文しよう。」
そうじゃなくて。思い出作ったり・・・したかったんだけどな。
最後になるなんて思っていないけど、それでもやっぱり不安は残るから・・・。
でも、そんなこと、孝利には言えなくて。
「・・・桐箱、楽しみにしてますね。」
「うん。・・・なんて、どこか寄る?」
とはいえもう高速に乗っている。あとは家までノンストップの勢いだ。
「大丈夫です。一緒にいられたら、それで。」
「実家のそばを・・・通ってるよ。再来週またこよう。その時は、もう少しゆとりを持て、プラン立てるから。」
孝利は、真剣な顔をして、前を見据えていた。
その横顔が、かっこよくて。
運転している孝利の横顔を見るのが好きだった。
触れられないこの狭い空間の中で、話をするのが好きだった。
五月二十二日。半年、の期限の日。
孝利の実家に来ていた。
北倉家は、田舎の大農家で、田んぼのほかにも、いろいろ作っているという。そんな忙しさの中。今日だけは、と時間を作ってもらったらしかった。車を降りると、お兄さんと思われる人が出迎えてくれ、まずはおれが話を聞くから、と言ってきた。びっくりしていると、電話で少し、話した、と孝利が言った。
「はじめまして。環健斗です。」
「はじめまして。孝利の兄の、孝義です。・・・その・・・お二人は、付き合っているという認識でいいですか?」
孝利と、顔を見合わせ、頷いた。孝義は、深々とため息をつくと、家のことは心配しなくていい、といい家の中へと招いてくれた。
廊下や柱がピカピカに磨き上げられている。玄関から向かって右手の居間に通された。
「遠いところをよく来てくれました。」
母親だろうか。居間の座卓に、お茶を用意してくれている。その隣に、父親。末席に、先ほどの孝義。
孝利は、この辺の風習なのか、畳の間に両手をついて、頭を下げ、ご無沙汰していました、と挨拶した。慌てて正座し、それに倣う。
「久しぶりだな。五年たったか・・・。」
少しとげのある物言いをする父親に、負けそうになりつつ、挨拶をした。
「はじめまして。環健斗です。」
「ようこそ。環さんは、出身は東京ですか?」
「えっ、あぁはい。」
生まれも育ちも、だ。
「こんな地方の農家、初めてでしょう。」
母親が口を開いた。
「はい。大きいお家でびっくりしました。」
「で、今日はどんな要件だ。」
「まずは手土産と・・・俺が最近作ってるものです。母さんに。」
手土産は、虎屋の羊羹だった。もう一つは、キレイな小箱に入っている。母親が開けると、ガラスのペンダントだった。
「まぁキレイ。」
「お前はまだ、ガラスなんかやっているのか。こんなもの、仕事につけられないだろうに。」
母親の感触は悪くないが、父親が怖い。
「どこか、余所行きにでも使ってください。」
孝利も負けない。
「それで、後の子はどうしたんだ。」
「彼は、幼く見えますが、成人しています。子だなんて失礼です。・・・俺のパートナーです。」
孝利は、はっきりそう言い切った。
「・・・お付き合いしているということ?」
「だそうです。」
孝義が口を開く。
「父さんも、母さんも、もう孝利に事は諦めましょう。
おれは後を継ぐ覚悟を決めてますから。」
もう、自由にさせてやってくださいと、孝義が言う。
「田畑が広すぎる。一人ではやっていけない。」
父親が食い下がる。
「沙織もいますし。将来的に、技能実習生をと言っていたのは、父さんじゃないですか。」
どうやら、沙織さんというのは、孝義さんのお嫁さんらしい。
「沙織さんは身重だし、産んだら幼稚園に入れるまで、人手に入らない。」
「数年のことです。」
「それまで、お前ひとりに任せるのか。」
「父さんも母さんも現役じゃないですか。」
父親と、孝義の言い合いは続く。
「おれは孝利の味方です。あいつなりに、今の地位を築いてきたんです。」
「それはそうかもしれないが、よりによって男の恋人を連れ帰るとは・・・。」
近所に顔向けができない。と父親が唇を噛む。
やっぱりか。そうだよな。普通は・・・。
「近所には、子供ができない相手と結婚したとでも言っておけばいいでしょう。嫌なら、二度とこの地は踏みません。」
孝利が口を開いた。
「二度とだなんてそんな・・・。」
母親が、泣きそうな声を上げる。
「・・・環君のご両親はなんて?」
「うちは・・・認めてくれました。孝利さんは僕の実家とも交流があります。」
言おうか迷ったが・・・。
「最初に、父が・・・半年の期限を切ったんです。今日がその、半年の区切りで・・・もしうまくいかなかったら、別れなくちゃいけないのかなって。でも、うちは両親公認の仲だし、あとは、孝利さんのご両親次第なんです。でも僕は多分、だめだって言われても、付き合っていく覚悟です。」
怖かったけど、父親の目を伺いながら、告げる。
「僕は、孝利さんとやっていきたい。」
孝利の父親が、大仰にため息をついた。
「まぁ、こちらに。お茶をどうぞ。母さん、羊羹切ってきておくれ。」
やっと、座布団のある所に招かれた。隣で、孝利が吐息するのを見逃さなかった。
顔を見上げると、ふわりと微笑んでいた。
「それで、パートナーというのは、もう役所に届け出をしたのかね?」
「まだです。しばらくはこのまま行こうかと。せめて、一年が過ぎるまでは。」
「そうか・・・。」
うん。そうか・・・。と父親は反芻して、厳しい顔に戻った。
「男同士、許される世の中になったのは知っている。けれど、まだまだ世間の風当たりは厳しいだろう。こんな田舎ではなおさらだ。隠れ家になってやることはできないんだぞ。」
それでもいいのか?と、問われる。
「はい。」
孝利が頷いた。
「わかった。・・・たまには二人で帰って来なさい。」
「えっ?」
「いいんですか?」
仕方ないだろう。と父親は深々とため息をついた。
「ランプカバーな、あれは寝室で使っているよ。」
母親が、羊羹を運んで来ながら、ふふふと笑った。
「農家を守るのは大変なんだ。お金が必要になったら言いなさい。守れない田畑を売ってでも、工面するから。」
「お金の心配はいらないです。」
ちゃんとやっていきます。と孝利が宣言する。
「わかった。・・・孝義。家のことはまかせたぞ。」
「はい。」
よかったな、と目で言われ、孝利が頭を下げた。
アンがいるので、泊りはできないと告げると、支度しておいたのに、と残念がられた。母親の胸には、孝利が贈ったペンダント。工房の窯で焼いた、七宝だった。
「よかったね。認めてもらえて。」
「奇跡的にな。本当に、どうして許してくれたのか、わからない。」
「帰りに、うちにも寄ってくれる?報告したいから。」
言うと、もちろん、と返ってきた。虎屋の紙袋はあと二つ。
実家の分と、うちの分だろう。本当に、甘いものには目がない。
「あぁ。早く抱かれたいなぁ。」
「今夜はだめ。」
「なんでですか。」
不満たらたら、視線を投げると、めちゃくちゃにしちゃいそうだから。と返された。
それはちょっと怖い。いつも、体を気遣って、セーブしてくれてるのがわかるから。
「期限切れたらお祝いしよう。」
「はい。」
深夜の零時に祝杯だ。
「あの・・・お願いがあるんですけど。」
「なに?」
「期限切れたら、健斗って呼んでくれますか?」
「いいよ。タマも名残惜しいけど。そうだね・・・もう猫じゃなくなるんだもんね。」
「・・・はい。」
「これからは、パートナーだもんね。俺も料理作るよ。対等でないとね。掃除も洗濯も。皆分担しよう。ハウスキーパーは終わりだ。」
「えっ?いいんですか?できますか?」
「健斗も、うちに引きこもってないで、仕事したらいいよ。」
「あ、じゃぁ僕は実家でトリマー復帰させてもらいます。」
「あぁいいね。それなら何の心配もない。」
孝利は笑いながら、車を走らせて行った。
これから、いろんなことがあるんだろうけど・・・きっと大丈夫。一人じゃないから。
孝利と二人、ずっと一緒にやっていけますように。
左手の指輪を撫でながら、帰路についた。
END
「気持ちいですね。ほんとあったかい。」
「タマ、あっちで抹茶ふるまってるみたい。行ってみようか。」
緋毛氈を敷いたベンチに、集まる人々。干菓子をもらって、食べ終わる頃に、茶碗をもらった。一口すると、抹茶の濃厚な香りが鼻に抜ける。美味しくて、でもゆっくりと味わった。
孝利と共に茶碗を返しに行く。
「ご馳走さまでした。」
受け取った桜色の和服を着た若い女性は、ペコリと頭を下げて行ってしまった。それを見送り、花見に戻る。
「入学式には散ってしまうかもしれないね。」
「あぁ。そうですね。」
もったいない話だが、明日は雨予報だ。
「すっかり春ですね。」
「でも、明日は冷えるって。みぞれ混じるかもしれないって言ってた。」
花冷えか。今日はこんなに暖かいのに。
「あっちでも、何か配ってますよ?」
人垣を覗きに行くと、孝利がうーんと唸った。
「甘茶かな。オレはちょっと苦手。」
「甘いんですか?」
「砂糖の甘さと違うんだよ。」
そう言われると、好奇心がうずく。
「もらおうかな?」
「やめときな。もっとおいしいもの食べに行こう。」
「美味しいもの?」
「今日はハンバーグにしよう?」
二つ返事で頷いて、駐車場に戻った。
俵型のハンバーグを、ライスお代わりで食べて、デザートはコーヒーゼリーだ。自家製だというそれは、生クリームの固さも絶妙で、美味しかった。
「さて、ホテルにでも拉致したいところだけど・・・どうする?」
「・・・あれ、ないです。」
「そんなの、ドラッグストアで買ったらいいじゃない。」
「買ってきてくれますか?」
「もちろん。あとローション。」
思うに、孝利は、肉を食べさせたら抱いていいみたいな、自分ルールを作っていると見た。今日も、一番大きなハンバーグを食べさせて、お腹いっぱいにしてからの・・・ホテルだ。
「・・・行こうか。」
「えっえっ?本気ですか?」
「月に一回は抱きたいじゃない。」
「来月で・・・とりあえず最後ですね。」
「言わないで。」
孝利は、信号で停車すると、泣きそうな目でこちらを見てきた。
「来月で終わりになんて、絶対しないから。田植えが終わったころに。丁度その頃、きみを迎えた二十二日だから。
連れていくよ。実家に。」
どきん、と心臓が跳ねた。孝利の決意を見たからだ。
本気なんだ。
本気で、実家に連れていくつもりでいる。
嬉しいような。怖いような。
どうなるかわからないけど、でも・・・。頷かずにはいられなかった。
「あの・・・それって、お兄さん?も理解ない感じですか?」
「わからない。兄とはそういう話したことなくて。でも君だって、ぶっちゃけちゃったんだろう?それを、俺ができなくてどうするの。
愛してる。健斗。」
ずるい。こんな時に、そんなセリフと、名前を呼ぶなんて。
「僕だって。僕だって、うまくいったらいいなって思ってます。でも、だめだったら、その時は駆け落ちしましょう。」
「本気なの?」
「許してもらえたら、それは嬉しいけど、だめでも絶対離れたくないですもん。僕も・・・僕も孝利さんのこと愛してるから。」
嬉しいな、と孝利ははにかんだような笑みを浮かべ、車を走らせる。
「嬉しくて事故っちゃいそう。」
「・・・それはダメです。」
ゴールデンウィークは、個展の収入もあったことで、少々リッチな長野の旅館に泊まった。孝利曰く、多少お金を払えば、男同士でも、何も言われないからと。そこを拠点に、あちこち巡るのかと思いきや、男同士のカップルはまだ目立つから、とほとんどをその旅館で過ごし・・・お風呂に入ったり、かなり豪華なご飯を食べたりし、夜は・・・。
旅行に来ても、夜遅くまで眠れないのは変わらないようで、朝も、チェックアウトギリギリまで寝ていて、正直焦った。
孝利は、ドライブが好きなようで、移動は全部、孝利の運転でフォレスターだった。
帰り道。
「あーあ。旅行終わっちゃいますねぇ。」
「目的は達成したからいいんだよ。」
「目的?」
はて。アレ以外に何かしただろうか?
「君とドライブ。」
「えっ?ドライブが目的なんですか?」
手段じゃなくて?
「そうだよ。密室でずっと君と一緒。誰にも邪魔されないし。
幸せ。」
「サクランボ狩りくらい行きたかったな。」
「あ。なるほど。帰り道どこかでやってないかな?」
「検索しますか?」
「桐箱お取り寄せした方が美味しいと思うな。」
それは・・・桐箱の方が美味しいだろうけど。
「食べたいなら家に届くように注文しよう。」
そうじゃなくて。思い出作ったり・・・したかったんだけどな。
最後になるなんて思っていないけど、それでもやっぱり不安は残るから・・・。
でも、そんなこと、孝利には言えなくて。
「・・・桐箱、楽しみにしてますね。」
「うん。・・・なんて、どこか寄る?」
とはいえもう高速に乗っている。あとは家までノンストップの勢いだ。
「大丈夫です。一緒にいられたら、それで。」
「実家のそばを・・・通ってるよ。再来週またこよう。その時は、もう少しゆとりを持て、プラン立てるから。」
孝利は、真剣な顔をして、前を見据えていた。
その横顔が、かっこよくて。
運転している孝利の横顔を見るのが好きだった。
触れられないこの狭い空間の中で、話をするのが好きだった。
五月二十二日。半年、の期限の日。
孝利の実家に来ていた。
北倉家は、田舎の大農家で、田んぼのほかにも、いろいろ作っているという。そんな忙しさの中。今日だけは、と時間を作ってもらったらしかった。車を降りると、お兄さんと思われる人が出迎えてくれ、まずはおれが話を聞くから、と言ってきた。びっくりしていると、電話で少し、話した、と孝利が言った。
「はじめまして。環健斗です。」
「はじめまして。孝利の兄の、孝義です。・・・その・・・お二人は、付き合っているという認識でいいですか?」
孝利と、顔を見合わせ、頷いた。孝義は、深々とため息をつくと、家のことは心配しなくていい、といい家の中へと招いてくれた。
廊下や柱がピカピカに磨き上げられている。玄関から向かって右手の居間に通された。
「遠いところをよく来てくれました。」
母親だろうか。居間の座卓に、お茶を用意してくれている。その隣に、父親。末席に、先ほどの孝義。
孝利は、この辺の風習なのか、畳の間に両手をついて、頭を下げ、ご無沙汰していました、と挨拶した。慌てて正座し、それに倣う。
「久しぶりだな。五年たったか・・・。」
少しとげのある物言いをする父親に、負けそうになりつつ、挨拶をした。
「はじめまして。環健斗です。」
「ようこそ。環さんは、出身は東京ですか?」
「えっ、あぁはい。」
生まれも育ちも、だ。
「こんな地方の農家、初めてでしょう。」
母親が口を開いた。
「はい。大きいお家でびっくりしました。」
「で、今日はどんな要件だ。」
「まずは手土産と・・・俺が最近作ってるものです。母さんに。」
手土産は、虎屋の羊羹だった。もう一つは、キレイな小箱に入っている。母親が開けると、ガラスのペンダントだった。
「まぁキレイ。」
「お前はまだ、ガラスなんかやっているのか。こんなもの、仕事につけられないだろうに。」
母親の感触は悪くないが、父親が怖い。
「どこか、余所行きにでも使ってください。」
孝利も負けない。
「それで、後の子はどうしたんだ。」
「彼は、幼く見えますが、成人しています。子だなんて失礼です。・・・俺のパートナーです。」
孝利は、はっきりそう言い切った。
「・・・お付き合いしているということ?」
「だそうです。」
孝義が口を開く。
「父さんも、母さんも、もう孝利に事は諦めましょう。
おれは後を継ぐ覚悟を決めてますから。」
もう、自由にさせてやってくださいと、孝義が言う。
「田畑が広すぎる。一人ではやっていけない。」
父親が食い下がる。
「沙織もいますし。将来的に、技能実習生をと言っていたのは、父さんじゃないですか。」
どうやら、沙織さんというのは、孝義さんのお嫁さんらしい。
「沙織さんは身重だし、産んだら幼稚園に入れるまで、人手に入らない。」
「数年のことです。」
「それまで、お前ひとりに任せるのか。」
「父さんも母さんも現役じゃないですか。」
父親と、孝義の言い合いは続く。
「おれは孝利の味方です。あいつなりに、今の地位を築いてきたんです。」
「それはそうかもしれないが、よりによって男の恋人を連れ帰るとは・・・。」
近所に顔向けができない。と父親が唇を噛む。
やっぱりか。そうだよな。普通は・・・。
「近所には、子供ができない相手と結婚したとでも言っておけばいいでしょう。嫌なら、二度とこの地は踏みません。」
孝利が口を開いた。
「二度とだなんてそんな・・・。」
母親が、泣きそうな声を上げる。
「・・・環君のご両親はなんて?」
「うちは・・・認めてくれました。孝利さんは僕の実家とも交流があります。」
言おうか迷ったが・・・。
「最初に、父が・・・半年の期限を切ったんです。今日がその、半年の区切りで・・・もしうまくいかなかったら、別れなくちゃいけないのかなって。でも、うちは両親公認の仲だし、あとは、孝利さんのご両親次第なんです。でも僕は多分、だめだって言われても、付き合っていく覚悟です。」
怖かったけど、父親の目を伺いながら、告げる。
「僕は、孝利さんとやっていきたい。」
孝利の父親が、大仰にため息をついた。
「まぁ、こちらに。お茶をどうぞ。母さん、羊羹切ってきておくれ。」
やっと、座布団のある所に招かれた。隣で、孝利が吐息するのを見逃さなかった。
顔を見上げると、ふわりと微笑んでいた。
「それで、パートナーというのは、もう役所に届け出をしたのかね?」
「まだです。しばらくはこのまま行こうかと。せめて、一年が過ぎるまでは。」
「そうか・・・。」
うん。そうか・・・。と父親は反芻して、厳しい顔に戻った。
「男同士、許される世の中になったのは知っている。けれど、まだまだ世間の風当たりは厳しいだろう。こんな田舎ではなおさらだ。隠れ家になってやることはできないんだぞ。」
それでもいいのか?と、問われる。
「はい。」
孝利が頷いた。
「わかった。・・・たまには二人で帰って来なさい。」
「えっ?」
「いいんですか?」
仕方ないだろう。と父親は深々とため息をついた。
「ランプカバーな、あれは寝室で使っているよ。」
母親が、羊羹を運んで来ながら、ふふふと笑った。
「農家を守るのは大変なんだ。お金が必要になったら言いなさい。守れない田畑を売ってでも、工面するから。」
「お金の心配はいらないです。」
ちゃんとやっていきます。と孝利が宣言する。
「わかった。・・・孝義。家のことはまかせたぞ。」
「はい。」
よかったな、と目で言われ、孝利が頭を下げた。
アンがいるので、泊りはできないと告げると、支度しておいたのに、と残念がられた。母親の胸には、孝利が贈ったペンダント。工房の窯で焼いた、七宝だった。
「よかったね。認めてもらえて。」
「奇跡的にな。本当に、どうして許してくれたのか、わからない。」
「帰りに、うちにも寄ってくれる?報告したいから。」
言うと、もちろん、と返ってきた。虎屋の紙袋はあと二つ。
実家の分と、うちの分だろう。本当に、甘いものには目がない。
「あぁ。早く抱かれたいなぁ。」
「今夜はだめ。」
「なんでですか。」
不満たらたら、視線を投げると、めちゃくちゃにしちゃいそうだから。と返された。
それはちょっと怖い。いつも、体を気遣って、セーブしてくれてるのがわかるから。
「期限切れたらお祝いしよう。」
「はい。」
深夜の零時に祝杯だ。
「あの・・・お願いがあるんですけど。」
「なに?」
「期限切れたら、健斗って呼んでくれますか?」
「いいよ。タマも名残惜しいけど。そうだね・・・もう猫じゃなくなるんだもんね。」
「・・・はい。」
「これからは、パートナーだもんね。俺も料理作るよ。対等でないとね。掃除も洗濯も。皆分担しよう。ハウスキーパーは終わりだ。」
「えっ?いいんですか?できますか?」
「健斗も、うちに引きこもってないで、仕事したらいいよ。」
「あ、じゃぁ僕は実家でトリマー復帰させてもらいます。」
「あぁいいね。それなら何の心配もない。」
孝利は笑いながら、車を走らせて行った。
これから、いろんなことがあるんだろうけど・・・きっと大丈夫。一人じゃないから。
孝利と二人、ずっと一緒にやっていけますように。
左手の指輪を撫でながら、帰路についた。
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※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
ゆっくりと2人の距離が近くなっていく様子が良かったです。生活の描写も丁寧で、食べ物も美味しそうで、読んでいてお腹がすきました(^^) 孝利さんの仕事や男性同士の性交渉について、とてもリアリティがあると感じました。
2人がこれからも一緒に歩いていける結末で本当によかったです!
感想を寄せてくださり有難うございます。
二人ののんびりゆっくりした生活は、今後も続いていくんだと思います。
リアリティーのある性生活を心がけているので、読んでいただけて嬉しいです。
この度は有難うございます。
重ねてお礼申し上げます。
かわいい話しでしたね。安心して読めました。健斗くんが素直で、そういう風になるのに、大変なおもいをしたんだなーと、想像できるお話でした。短編でも、また、二人に会いたいですね。
感想ありがとうございます。
健斗のことを思ってくれてありがとうございます。
続編は考えていませんが、二人のんびりゆったり生活していくんだと思います。
また、特筆したいエピソードを思いついたら、その時はよろしくお願いいたします。
この度は、ありがとうございました。
とても面白くて、授業の合間を縫ってどんどん読み進めてしまいました…!!!!!
優しげな口調で進んでいくストーリーや文章が、とても心地良かったです!!!!!
感想ありがとうございます。
優し気な口調は、大分意識しました。
文章が心地よいと言ってもらえ、とても嬉しいです。
いつも、読みやすい文章を心がけています。
この度はありがとうございました。