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其の伍拾捌

倭歌による表明

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もともと和歌というものは、
私的な心情を詠み上げる形式であり、
今風に言うならばオフレコと言った
表現が適切であるわけだが、
私的な心情でありながらも切実に直截な
心の発露と言う点において
神と繋がっているという実際がそこにあり、
いわゆる祭事のツールとしての側面が強いので、
その当時においては詩というものがパブリックかつ
現象化されて既成事実として認知された出来事、
特に吉兆を足掛かりにした善き方向を示す
言語表現形式であるとするならば、
和歌、言い換えるならば倭歌というものは、
既成事実として認知されると言う手続きを飛び越えて、
その純粋な心の発露に信頼を置いた
直観的な言語表現形式であると言える。

持統天皇によって進められた天武天皇の神格化は、
萬葉集において展開された点が大きく、
いきさつがどうであれ結果として帝位簒奪の結果を
正当化するには、倭歌の形式でなされるより
仕方なかったと言えなくもないが、
人間本来の在り方の原点、すなわち神と真摯に
向き合うことを前提とするならば、
それが必然的なルートであり、そのことによって
嘘のない真が明文化されることになり、
天武天皇より改めて仕切り直された
皇位継承の正当なスタイルが確固たるものとして
定着することになったと言える。

古代より伝わっている倭の理念の再現を目指して
編まれたであろうと推察される、
古事記、日本書紀、萬葉集の三つの書物が、
今に通ずる私たち日本人の原点とされていることは、
現在ではほとんど注意深く観察されることはない。
また、加えて言うならば、これらの書物を読み、
その内容を探求することについては、
よほどの興味関心がなければ行われることが
ないのが現状である。
貧窮問答歌、防人の歌などの実に寂しいものが
フォーカスされることはあっても、
天武天皇の神格化に言及した歌が
注目されることはほとんどない。

令和という元号の典拠が萬葉集であったことから、
一時的に注目を浴びたことは喜ばしい限りであるが、
その令和の時代が、現時点において様々な災厄に
見舞われている現実を前にして、現在の私たちが
あまりにも政に親しみ過ぎている
ところを無視して萬葉集を典拠としたことによって、
我々の生き方と元号の理念との間に
不整合が起こって、その結果として反作用が
起こっているように思えなくもない。
やはりこれまで通りの流れで
詩の概念に軸足をおいて、
有職故実を引き受けた形で
これに基づいた元号に改元するべきだ
との見解が出されたとか出されなかったとか…。

天武天皇を起点とした最先端の日本の神々の
理念に基づいた統治概念は、聖武天皇が、
藤原氏による政主導の政治概念に基づいた
妨害に対する反抗の意味をあるだろうが、
在位中に仏教に帰依したことによって
完成されることになり、
そこから自然な流れとして
これまた藤原氏の政治的意図によって
立太子されていた阿部内親王が、
女性でありながら
何の意味づけもなく即位して孝謙天皇となり、
彼女の治世において直観的祭事の点が
強調されることにより政との
齟齬が出て来ることになる。
ちなみに聖武天皇には県犬養広刀自との間に
安積親王(男子)があったが、言うまでもなく
藤原氏ではないのでこちらも自然な流れで
皇位継承から外される形になった。

孝謙天皇は重祚して称徳天皇となり、
独身であった天皇には皇子がなかったので、
天智天皇の血筋である白壁王が
即位して光仁天皇となり、
その親王である桓武天皇によって
平安遷都がなされるのである。

特に倭歌によって強く表明される形で
神格化された天皇の理念は、
血統が変わっても引き継がれて、
今現在までも絶えることなく続いている。
戦争という出来事によって、
この事実と向き合うことに対して
後ろ向きな見解を持つ人も多いが、
事実は事実として受け止めるところから、
本当に意味での明るい未来とやらは
あるように思えるのである。
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