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其の伍拾伍
天界の鼎談
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「もともとこちらが前であったはずであるがはて」
最初に言葉を発したのはサルタヒコであった。
「確かに世界の雛型になっておるのがその証」
とそれを受けてホムタワケが続けた後、
「なかなかその時の癖が抜けなくて困りますな」
とコトシロヌシが言葉を発した。
同じ世界にある存在には議論が起こらない。
それゆえに現世と呼ばれている仕組みを作ったうえで、
そこに意見の相違を起こす環境を
様々な手を下して生み出して、
新しい発想が生まれるようにしている。
だが、現世独特の物理法則ゆえに不確定要素も多く、
その結果として人間は不安や恐怖に囚われてしまって、
せっかくの現世において様々な試みに挑むことなく、
常世に恋い焦がれるばかりで一生を終える者が多い。
「天竺で起こった法の解明は実に上手いな。
これを取り入れて元に戻すのが良いだろう」
とホムタワケが呟くと、それを受けてサルタヒコが
「まだ期は訪れておらん」と応えた。
それを聞いたホムタワケは可笑しく思うところがあって、
「海で溺れて無事に帰れなかった者が、
期の訪れをあれこれ言えるのかしらん」
とサルタヒコを揶揄った。
サルタヒコはこれを聞いて失笑しながら、
「なるほど。一理あるな。だが、そちらは
海を渡って無事に帰って来たとはいえ、
母の胎内に居ただけではないか」と遣り返す。
「それはそれで徳の成せる業よ」とホムタワケは
涼し気にこれを受け流した。
「お二人とも、話が進みませぬ。大海人を
如何なさいなすか。見過ごしますか」と二人の
遣り取りに収束が見えないことを案じた
コトシロヌシが問いかけると、
「伊勢については今は鈴鹿が拠り所であるから、
こちらで導くことにする」とサルタヒコが言ったので、
それを受けてホムタワケは
「それならば、こちらは天竺から支那を通じて
伝わっている法を取り入れて、
元の政を復興するための手続きを進める」と言った。
それらの話を聞いてコトシロヌシは
「はて、それでは今現在の大海人の状況を
手助けするのは」と問いかけると、
サルタヒコとホムタワケの両名が
声を揃えて「そなたじゃ」と言った。
その提案を受けてコトシロヌシは驚き慌てて
「私はそもそもがそのようなことの
出来る者ではありませぬ。両名のいずれかが
お身内を送るのが筋ではありませぬか」と意見すると、
ホムタワケは破顔一笑して「徳による政と言うものは、
身分や筋など関係ないのだ。建内宿禰という
前例がある以上問題がない」と答えてから続けて
「そのための仕込みのためにそなたが
国譲りのことに擬えて、大海人を
不破まで送り届けよ」と指示を出した。
コトシロヌシはややしっくりとこない気がしたが、
ホムタワケの言うことに問題はないだろう
と思ってこれに従うことにした。
そのように心を決めてから、ふっとサルタヒコの方へ
視線を遣ると、サルタヒコはせっせと
蛙の置物を拵えて遊んでいる。
「愛を仕込んでおかんとなあ。ええわい。
でも愛のうちだろうがなあ」と一人呟くサルタヒコ。
ホムタワケも次の仕込みのために何処かへ去って、
コトシロヌシだけがちょいとした力業が
必要になる今回の働きを進めるため、
静かに自らの考えを反省しながら
間違いなく慎重にこれを進めるための
手順を練り始めた。
最初に言葉を発したのはサルタヒコであった。
「確かに世界の雛型になっておるのがその証」
とそれを受けてホムタワケが続けた後、
「なかなかその時の癖が抜けなくて困りますな」
とコトシロヌシが言葉を発した。
同じ世界にある存在には議論が起こらない。
それゆえに現世と呼ばれている仕組みを作ったうえで、
そこに意見の相違を起こす環境を
様々な手を下して生み出して、
新しい発想が生まれるようにしている。
だが、現世独特の物理法則ゆえに不確定要素も多く、
その結果として人間は不安や恐怖に囚われてしまって、
せっかくの現世において様々な試みに挑むことなく、
常世に恋い焦がれるばかりで一生を終える者が多い。
「天竺で起こった法の解明は実に上手いな。
これを取り入れて元に戻すのが良いだろう」
とホムタワケが呟くと、それを受けてサルタヒコが
「まだ期は訪れておらん」と応えた。
それを聞いたホムタワケは可笑しく思うところがあって、
「海で溺れて無事に帰れなかった者が、
期の訪れをあれこれ言えるのかしらん」
とサルタヒコを揶揄った。
サルタヒコはこれを聞いて失笑しながら、
「なるほど。一理あるな。だが、そちらは
海を渡って無事に帰って来たとはいえ、
母の胎内に居ただけではないか」と遣り返す。
「それはそれで徳の成せる業よ」とホムタワケは
涼し気にこれを受け流した。
「お二人とも、話が進みませぬ。大海人を
如何なさいなすか。見過ごしますか」と二人の
遣り取りに収束が見えないことを案じた
コトシロヌシが問いかけると、
「伊勢については今は鈴鹿が拠り所であるから、
こちらで導くことにする」とサルタヒコが言ったので、
それを受けてホムタワケは
「それならば、こちらは天竺から支那を通じて
伝わっている法を取り入れて、
元の政を復興するための手続きを進める」と言った。
それらの話を聞いてコトシロヌシは
「はて、それでは今現在の大海人の状況を
手助けするのは」と問いかけると、
サルタヒコとホムタワケの両名が
声を揃えて「そなたじゃ」と言った。
その提案を受けてコトシロヌシは驚き慌てて
「私はそもそもがそのようなことの
出来る者ではありませぬ。両名のいずれかが
お身内を送るのが筋ではありませぬか」と意見すると、
ホムタワケは破顔一笑して「徳による政と言うものは、
身分や筋など関係ないのだ。建内宿禰という
前例がある以上問題がない」と答えてから続けて
「そのための仕込みのためにそなたが
国譲りのことに擬えて、大海人を
不破まで送り届けよ」と指示を出した。
コトシロヌシはややしっくりとこない気がしたが、
ホムタワケの言うことに問題はないだろう
と思ってこれに従うことにした。
そのように心を決めてから、ふっとサルタヒコの方へ
視線を遣ると、サルタヒコはせっせと
蛙の置物を拵えて遊んでいる。
「愛を仕込んでおかんとなあ。ええわい。
でも愛のうちだろうがなあ」と一人呟くサルタヒコ。
ホムタワケも次の仕込みのために何処かへ去って、
コトシロヌシだけがちょいとした力業が
必要になる今回の働きを進めるため、
静かに自らの考えを反省しながら
間違いなく慎重にこれを進めるための
手順を練り始めた。
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