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其の拾捌
東へ向かう人々
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同じ夜。群臣会議の決定により、東国に協力を取り付けるために、
意那公磐鍬(いなのきみいわすき)、
書直薬(ふみのあたいくすり)、
忍坂直大摩呂(おしさかのあたいおおまろ)の三名は
闇の中を不破に向けて進んでいた。道に慣れている
わけではないので、途中で偶然出会った道に慣れている
波斯や大陸の人々と流浪の民によって構成された一群を雇って、
彼らを先頭にゆっくりと状況を探りつつ先を急いだ。
大海人皇子が果たして何処にいるのかの予測はつかないが、
高市皇子が合流したであろうことは推察が出来ていた。
もしかするとすでに不破関は向こうの手に落ちているかも
知れないと言う意那公磐鍬の意見に対して、
あとの二名は「そのようなことが出来るわけがない」
と高を括っていた。美濃や尾張からは多くの者が
徴発されているのだから、持てる兵力などあろうはずがない。
と言うのが彼らの見解だが、意那公磐鍬は
「それは表面的な考え方に囚われている。実際のところの
潜在的な状況は未知数である」と思っていた。
また、二人とも自分たちの政が主張する価値観に
盲目的な信頼を寄せていたので、道案内に雇った者たちに
対する不遜な態度からも明らかなように、
その信頼によって肝心なことを見落としているように
意那公磐鍬には思えたので、わざと距離を取って
彼らよりもゆっくりと慎重に進むことにしていた。
不破の手前まで来た時に、不破関のほうが煌々と明るく
火が灯されているのが見えた。大海人皇子がすでに
不破関を占領しているのか、そうでないのかは果たして
さらに近くまで行かないと判別がつかない。
書直薬は、「嬉しいことではないか。
火を灯して我らを待ってくれているとは」と言って喜び、
忍坂直大摩呂もこれに同調して「真に有難いことだ」と
足早に関のほうに向かってどんどん進んでいく。
そこで意那公磐鍬が「もう少し、様子を見た方がいい。
美濃からは大勢が徴発されている。それに大海人皇子に
対しての警戒ならば、不破関でわざわざこんな遅くに
火を灯していることなどないはずだ。
少し落ち着いて様子を見よう」と二人に向かって
衷心から話しかけたので、書直薬は、それほどまでに
心より貴方が言うならば、私もその思いを無碍には出来ない。
では、道案内の者たちを先に歩かせて、
自分たちは道を少し外れて観察をすることにして、
彼らが捕縛されるかどうかを見極めたうえで、
関を通過するか、別の道を進むかを決めれば
良いのではないかと提案した。
そこで道案内に雇った一群に関に向かって先に歩いて
行くように命じて、自分たちは少し様子を見るために
道の脇の木々の中に身を潜めて、頭だけを気持ち出して
様子を伺った。一群は関に近づいていき、その前まで
来た時に関守によって呼び止められ、そのまま関の中へと
引き込まれて行った。この様子を見ていた書直薬は
意那公磐鍬の顔を見て、「杞憂であったようですな」と言い、
忍坂直大摩呂もこれを受けて「いかにも」と続けた。
しかしながら意那公磐鍬は腑に落ちなかった。
もし、大津宮側の関守であるならば、あのような者たちを
関の中に入れることなどまず考えられない。
関の手前で捕縛するはずである。これは書直薬と
忍坂直大摩呂に対する彼らへの態度からしても明らかである。
「私はもう少し様子を見るために
林の中を進んで行こうと思う」と意那公磐鍬が言うと、
二人は勝手にすればいいとばかりに彼を残したまま二人で
関に向かって歩いて行ったので彼らを見失わないように
林の中を意那公磐鍬も彼らと共に関に向かった。
関の前まで来た時に関守が二人に声を掛けた。
「こんな夜遅くに、どちらへ向かわれるのですか」
これを受けて書直薬は「大津宮よりの使いで
東国へ向かう者である。お通し下さい」と答えた。
すると関守は「それはご苦労様です。どうぞ中へお入り下さい」
と言って二人を中へと迎え入れた。そこまでの様子から
意那公磐鍬は「やはり、自分の杞憂であったか…」
と思ったのだが、そのすぐ後に物音がして
二人の抵抗する声などがしたので、
「やはり。すでに大海人皇子はこちらを封鎖していたのか」と
その行動の速さに怖れつつ、すぐにここを
離れなければならないと思い、山の中の道なき道を
大津目がけて一目散に駆けて行った。
先に囚われた波斯や大陸の人々と流浪の民によって
構成された一群は、翌朝早くに高市皇子の前に
即座に連れられて、大津宮の者でないことが判明したのだが
物珍しいので大海人に会わせようと言うことで
滞在してもらうことにして、後から来た二人は大津宮の者である
と判明したので、即座に捕縛して牢内で
過ごしてもらうことになった。
また、ちょうどその頃、先に向かった一群のうちの
波斯人の一人が捕らわれる前に逃げ出し、
表佐と言う土地の知り合いのところへやって来て、
何とか助けて貰えないかと相談していた。
助けを求められた家の者は、大海人皇子の下に
出雲狛が来ていることを風の噂で聞いていたので、
もし近くを通る予兆が神よりあれば出雲狛を待ち受けて
お願いするつもりだと答えたので、
男はその時には私も呼んでくれと頼んだ。
意那公磐鍬(いなのきみいわすき)、
書直薬(ふみのあたいくすり)、
忍坂直大摩呂(おしさかのあたいおおまろ)の三名は
闇の中を不破に向けて進んでいた。道に慣れている
わけではないので、途中で偶然出会った道に慣れている
波斯や大陸の人々と流浪の民によって構成された一群を雇って、
彼らを先頭にゆっくりと状況を探りつつ先を急いだ。
大海人皇子が果たして何処にいるのかの予測はつかないが、
高市皇子が合流したであろうことは推察が出来ていた。
もしかするとすでに不破関は向こうの手に落ちているかも
知れないと言う意那公磐鍬の意見に対して、
あとの二名は「そのようなことが出来るわけがない」
と高を括っていた。美濃や尾張からは多くの者が
徴発されているのだから、持てる兵力などあろうはずがない。
と言うのが彼らの見解だが、意那公磐鍬は
「それは表面的な考え方に囚われている。実際のところの
潜在的な状況は未知数である」と思っていた。
また、二人とも自分たちの政が主張する価値観に
盲目的な信頼を寄せていたので、道案内に雇った者たちに
対する不遜な態度からも明らかなように、
その信頼によって肝心なことを見落としているように
意那公磐鍬には思えたので、わざと距離を取って
彼らよりもゆっくりと慎重に進むことにしていた。
不破の手前まで来た時に、不破関のほうが煌々と明るく
火が灯されているのが見えた。大海人皇子がすでに
不破関を占領しているのか、そうでないのかは果たして
さらに近くまで行かないと判別がつかない。
書直薬は、「嬉しいことではないか。
火を灯して我らを待ってくれているとは」と言って喜び、
忍坂直大摩呂もこれに同調して「真に有難いことだ」と
足早に関のほうに向かってどんどん進んでいく。
そこで意那公磐鍬が「もう少し、様子を見た方がいい。
美濃からは大勢が徴発されている。それに大海人皇子に
対しての警戒ならば、不破関でわざわざこんな遅くに
火を灯していることなどないはずだ。
少し落ち着いて様子を見よう」と二人に向かって
衷心から話しかけたので、書直薬は、それほどまでに
心より貴方が言うならば、私もその思いを無碍には出来ない。
では、道案内の者たちを先に歩かせて、
自分たちは道を少し外れて観察をすることにして、
彼らが捕縛されるかどうかを見極めたうえで、
関を通過するか、別の道を進むかを決めれば
良いのではないかと提案した。
そこで道案内に雇った一群に関に向かって先に歩いて
行くように命じて、自分たちは少し様子を見るために
道の脇の木々の中に身を潜めて、頭だけを気持ち出して
様子を伺った。一群は関に近づいていき、その前まで
来た時に関守によって呼び止められ、そのまま関の中へと
引き込まれて行った。この様子を見ていた書直薬は
意那公磐鍬の顔を見て、「杞憂であったようですな」と言い、
忍坂直大摩呂もこれを受けて「いかにも」と続けた。
しかしながら意那公磐鍬は腑に落ちなかった。
もし、大津宮側の関守であるならば、あのような者たちを
関の中に入れることなどまず考えられない。
関の手前で捕縛するはずである。これは書直薬と
忍坂直大摩呂に対する彼らへの態度からしても明らかである。
「私はもう少し様子を見るために
林の中を進んで行こうと思う」と意那公磐鍬が言うと、
二人は勝手にすればいいとばかりに彼を残したまま二人で
関に向かって歩いて行ったので彼らを見失わないように
林の中を意那公磐鍬も彼らと共に関に向かった。
関の前まで来た時に関守が二人に声を掛けた。
「こんな夜遅くに、どちらへ向かわれるのですか」
これを受けて書直薬は「大津宮よりの使いで
東国へ向かう者である。お通し下さい」と答えた。
すると関守は「それはご苦労様です。どうぞ中へお入り下さい」
と言って二人を中へと迎え入れた。そこまでの様子から
意那公磐鍬は「やはり、自分の杞憂であったか…」
と思ったのだが、そのすぐ後に物音がして
二人の抵抗する声などがしたので、
「やはり。すでに大海人皇子はこちらを封鎖していたのか」と
その行動の速さに怖れつつ、すぐにここを
離れなければならないと思い、山の中の道なき道を
大津目がけて一目散に駆けて行った。
先に囚われた波斯や大陸の人々と流浪の民によって
構成された一群は、翌朝早くに高市皇子の前に
即座に連れられて、大津宮の者でないことが判明したのだが
物珍しいので大海人に会わせようと言うことで
滞在してもらうことにして、後から来た二人は大津宮の者である
と判明したので、即座に捕縛して牢内で
過ごしてもらうことになった。
また、ちょうどその頃、先に向かった一群のうちの
波斯人の一人が捕らわれる前に逃げ出し、
表佐と言う土地の知り合いのところへやって来て、
何とか助けて貰えないかと相談していた。
助けを求められた家の者は、大海人皇子の下に
出雲狛が来ていることを風の噂で聞いていたので、
もし近くを通る予兆が神よりあれば出雲狛を待ち受けて
お願いするつもりだと答えたので、
男はその時には私も呼んでくれと頼んだ。
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