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竜太と神楽のむかしのはなし。
14.頭の中がぐちゃぐちゃなんだ
しおりを挟むキリキリと首がしまっていくような思い。これはあの時の感覚に似てる。
「お疲れさんです、神楽さん」
躊躇いがちにそう声をかけてきた一弥はいつもの明るい笑顔を貼り付け損ねたらしく、少し困惑しながら神楽の脇に立った。
勘の良い一弥のことだ。竜太と神楽の昨夜の食事会が芳しくなかったことに気付いているんだろう。
一弥の表情に神楽は気を遣わせてしまっていると反省しながら「ごめん」と小さく呟いた。
その言葉に一弥はきょとんとした顔を返す。
「俺の様子がおかしいから一弥に心配かけてる」
「あ、そう…えっと、心配ちゅうか今日なんか二人ともギスギスしとるから昨日の会話が気になるなぁって…野次馬根性的な感じですかね…」
自分が間に入り距離を取っていた二人だが今日は一段とよそよそしい。
一弥は一日中、二人を観察しながらようやく神楽に声をかける決心をしたのだ。
「またボンに嫌な事されました?」
心配そうに訊く一弥に神楽は小さく頭を振る。
「せやったらなんか言われました?」
一弥の優しい声に神楽は押し黙ると微かに頷いた。
「この前した事も言った事も忘れてくれって言われた」
ぽつりと溢した神楽に一弥は絶句した。
神楽が落とした言葉が予想外だったのもあるが、神楽の表情が怖いほどに動かなかったのだ。
それと同時に竜太に激しい怒りが湧いたがそれよりも目の前の神楽が心配になり人気の少ない通路の端のベンチまで引きずり座らせた後、急いで近くの自販機に走りすぐに神楽の元に戻り隣に座った。
「とりあえず、はい。あったかいココア。神楽さんいつも練習終わりにこれ飲んでるでしょ?」
「…ありがと…」
驚いた神楽はそれでも恐る恐るココアに手を伸ばしてそれを受け取った。それから二人して缶を開けるとぐいっと一気に喉に流し込む一弥とは正反対に神楽は開けたままのココアを見つめていた。それを横目で見ていた一弥は重くるしい空気にどう話を切り出そうかと考えていた。
しかし、意外にも話を切り出したのは神楽の方だった。
「…一弥はどうしてあの人の…世話?してんの?」
思いもしない質問に一弥は空になった缶を口で食みながら「うーん」と唸った。
「ボンの家の話は聞きました?」
「おじいさんがすっごい金持ちみたいな話は聞いた」
「そうそう。その爺さんの会社がめっちゃでっかい会社やから親戚のほとんどがその会社で働いとるんですよ。強制とかやないけど東儀にいた方が楽やしね。あ、ちなみに親戚だらけで『東儀』ばっかりになっててややこしいから出来るだけ親の旧姓とか名乗るようにしてます!…えっと、なんやったっけ?そうそう!そんでその親戚連中の中でボンを含む三兄弟のお付きやっとるんやけど、ボンは僕が側にいるのは爺さんに言われたからやと思ってるみたいなんよね。せやけど僕は爺さんにボンの事を頼まれた事なんて一度もないんです」
「じゃあなんで…」
自分の時間を犠牲にしてまで竜太の側にいるのかという疑問に一弥は照れ隠しに笑って答えた。
「ボンが僕の家に居候に来てたんもあるんやけど…人のために傷付いてるくせにそれでも誰かのために生きようとしとる不器用さんを支えてあげたいと思うたんよ」
「それは恋してるんじゃ──」
「僕がボンに?!まさかっ!!やめとってほんま!気持ち悪い!!見て!めっちゃサブイボっ!!」
眼前に差し出された腕を見せつけられると神楽はその勢いに押されて反射的に「ごめん」と謝罪すると一弥は大袈裟に自身の腕を擦りながら顔面蒼白になっていた。
「あかん…ほんまに…想像しただけで吐きそう…」
吃驚した神楽だが固かった表情がいつもどおりに柔らかくなったのを確認した一弥はそっと肩の力を抜いた。
「とにかく!僕がしたくてしてるんやから誰にも文句は言わせませんよ!…あ、でも…流石にボンが僕なんかいらんって言うんやったらそん時は考えようかな」
「無償の愛なんだな…」
「なんなんでしょうね?前世でボンは僕の子供かなんかやったんやろうか?せやから今世でも世話やきたくなってまうんですかね?」
両腕を大きく広げながらけらけらと笑う一弥につられて目を細める神楽の前に顔を近付けると一弥は今度は優しく微笑んだ。
物憂げな表情も綺麗やけどやっぱり神楽さんは笑うとる方が綺麗や。
「話を戻しますけど、神楽さんはボンにそう言われたから元気なかったんですか?」
大きく見開かれた神楽の瞳に映ったのは自分の姿やないと想像して一弥は苦笑した。
「キスした事も惹かれていると言った事も忘れて欲しいって言われて神楽さんはショックやったんですか?」
責めるつもりはない。むしろ訳分からんボンの行動で振り回して神楽さんには申し訳なさしかない。
優しい声を心掛けて神楽が話しやすい空気を作ると神楽はゆっくりと俯いた。
「多分、俺は嫌じゃないんだと思う…」
昨夜の言葉を反芻する。
視界を覆うあの人の顔も少し慌てたように言い訳みたいに言った言葉も思い出すと鼓動が早くなるけど、やっぱり何度考えても嫌なんて感情一つもなかった。でも──。
「忘れろって言われた時は……ちょっとムカついた…」
あの時、苛立ちを覚えたのは俺をこんなに悩ませといて今さらなにを言ってるんだっていう怒りなのか、それとも『惹かれとる』っていうあの言葉もキスもあの人にとってはそんなに軽いものだったのかというショックからか…。
水の中に沈むような、首が少しずつ絞められるような息苦しさが胸を締めつける。
初めて触れたこんな感情…俺には理解も許容も出来ないんだ。
「…それで?神楽さんは素直に忘れる気はないゆう事です?」
「頭の中がぐちゃぐちゃなんだ。だから考えさせて欲しいって答えた。俺は間違ってるか?」
ボンに『忘れろ』と言われてムカついたのはボンに傾いとる自分の気持ちを否定されたから?…なんて訊いたら神楽さんは意固地になって拒絶するやろうから逆効果やな…。
まぁ、まだ自分の気持ちすら認めてない神楽さんにはゆうたところでピンとこんかもしれんけど…。
真剣な表情の中に不安を押し殺す神楽に一弥はどう返事をするべきかと頭を捻った。
「まだ…神楽さんの中ではっきり見えてないもんがあるんやったら少し時間を置くのは正解やと思いますよ?きっと神楽さんの選択で進む道は変わっていくんやと思いますし。せやからベストの選択をして下さい。もちろん、神楽さんにとって、ね?」
それはきっとボンにとってもベストの選択やと思うから。
確信を秘めた願いはまだ容易く言葉に出来ないまま一弥の胸の中に秘められたまま。
「考えるのにボンが邪魔やったらゆうて下さい!僕が全力で排除しますから!!」
一番の得意技やと力強く胸を叩く一弥に神楽は「頼もしいな」と微笑んだ。
「…ごめんなさいね、神楽さん…」
「ん?なにが?」
「いいえ。なんでも」
ボンはヘタレやから大切な神楽さんに強く出れへんと思うから難しい選択を全部神楽さんに任せてまうと思うけど。
「僕がちゃんと二人を先導しますからね」
小さな小さな決意表明は神楽の耳にも届くこともなく一弥の胸に小さな光を灯した。
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