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竜太と神楽のむかしのはなし。
6.ボンは神楽さんの事、好きやんね?
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一弥に言われるまま自室に戻った竜太はソファーに座ったまま目を閉じるが寝不足の頭は煽るように何度も何度も昨夜の光景を繰り返す。
驚いて強張った表情。それに反して触れた唇は柔らかく優しい温もりを伝えてくる。
「…」
責められる気分に居心地悪く開いた目は意味もなく見慣れた部屋を映していた。
充血している目は痛いが労ろうと閉じる気にはなれずソファーに沈んで天井を仰ぐ。
…あいつはちゃんと練習しとんのやろか…。
歳の割に落ち着きがあり世の中を達観している可愛げのない神楽のことだ。昨夜あんなことがあっても今日の練習には何事もなかったように普段どおり淡々と練習をこなすのだろうと想像して竜太はわずかに苛立ちを覚えた。
どうせなにをしてもあいつに影響を与えられへんのやろな…。
無意識に考えたやるせない気持ちに竜太は頭を掻きながら盛大な溜め息を止められなかった。
自分のすることで相手になにかしらの変化をして欲しいなどと嘆く自身にそれでも望みは捨てきれない。
まるで思春期のガキだと嘲るとスマホの着信音が響いた。今は誰とも話をしたくない。無視をしようと考えたが、立場上、無視すると余計な手間が増えると考えた竜太は倦怠感に襲われながら画面をタップし聞き慣れた声が届くと思わず舌打ちをした。
『は?今、舌打ちしよったん?』
「…してへん。何の用やねん」
『今朝の様子やと絶対寝てへんと思うたからさっさと寝ろって言いたくて』
「ほんまウザいわ、お前…。ちょうどええわ。あいつ…練習に来とんの?」
イライラしながら一番気になっていることを訊くと電話口でケラケラと笑う声が聞こえて竜太をさらに苛立たせた。
『ご心配なく。神楽さんはいつもどおり何の問題もなく練習しとるよ。絶好調!』
煽るように軽快に返事をしてくる一弥にか、それともやはり神楽に微塵も影響を与えられていない事実にか分からないが竜太は再び盛大に舌打ちをした。スマホ越しに一弥の笑い声とすぐに優しい声が届く。
『ボンは神楽さんの事、好きやんね?』
からかう気などない、ただ純粋に自分を心配する台詞に竜太は頭を掻いた。
「…好き、とかはよぉ分からへんけど……あいつの滑る姿にはどうしようもなく惹かれとる…」
途切れ途切れに言葉を紡ぐ。それに合わせて赤く色付く顔にバツが悪そうに険しくなる表情が壁にかかる鏡に映り竜太は鏡に背を向けた。
「綺麗で力強いのに儚げで…触れてみたい、そう思うたら…」
『キスしとったって?』
「ぐっ!……そういう意味で触れたいと思うとったのかは分からん…」
『そか』
にこにこと目尻を下げ、まるで息子の初恋話を聞く母親のようにうんうんと大きく頷きながら自分の話を聞いてくれているのだろうと長い付き合いの竜太はスマホ越しでも一弥の表情が手に取るように分かってしまう。それはおそらく一弥も同じなのだろう。優しい声音は変わることはなかった。
『悩み過ぎんのは良くないけどよく考えてや。そんで早く寝ること!!』
一弥はそれだけ言うとすぐに電話を切り竜太はスマホを机に置いてソファーに寝転がった。
神様はズルい。あんな綺麗な人間をこの世に作ったやなんて…。
再び天井を見つめる竜太だったが頭の中は驚くほど神楽に埋め尽くされていた。
一人の人間にこんなに支配された事はない。
竜太は今までの人生を思い返し、そう反芻していた。
学生時代にはそれなりに恋愛もしてきた。おそらく一般的ではないのだろうが。高身長に彫りの深い顔、成績も悪くないうえに運動も出来る。それに加えて大企業の御曹司とくれば望まずとも女性が寄ってくるというもの。余計な小細工などせずとも思春期の欲望を満たすには十分だった。
そこに愛情などなくとも肉体が満足すればそれでいい…。
むしろ心を通わせるなど面倒なことはなるべく避けたいとさえ竜太は考えていた。
求めるものは俺やなくて俺が持っとるもん。
それを持っとれば俺やなくてもええんやろ?
求められ、体を重ねるたびに心が乾いていく。そんな虚しさを感じていた。肩を寄せ合う同級生のカップルが温かい眼差しで見つめ合うその意味が竜太には理解出来なかった。
俺に愛情を与えてくれる人間などいるのだろうか…。
諦めながらもどうしても手放せなかった願いはそれでも蕾のまま花を咲かせるその時を今か今かと待ち続けていた。
そんな竜太の前に現れた神楽はまるで太陽のような存在だった。
ありあまる名声をその美しさに纏わせて、それでも見劣りしないその神々しいまでの光はスッと竜太の心の深くまで届きまるでレーザーが腫瘍を狙い打つように凝り固まった心を解していく。
一目見て、その光に魅了されとった。
リンク上では大きな存在感を放つ神楽だが手の届く距離に近付けばその体躯は意外にも小さく華奢に見える体には無駄のないしなやかな筋肉を纏っている。
綺麗や…。
知れば知るほど惹かれていく。リンク上の大人びた表情も親しい人間に対しての生意気な態度も全てが愛しく思えていた。
「…アウトやな…」
ソファーに沈みながら一弥の言葉を引用して竜太は苦笑した。
『どうしようもなく惹かれとる』
絞り出した言葉は不確かな本心の輪郭をはっきりと描いた。
少しずつ少しずつ……神楽愛灯という男に…魅せられる、いや、そんな綺麗な言葉じゃ到底表現できない。
侵食されていくのがわかった。
溶かされて混ぜられて色を変えられて…だんだん体を侵されていくそんな感覚…。
世界の企業のトップや一流モデル、アーティスト、超一流と呼ばれる人間と何度も交流を持ったけど…俺には、この小さなクソガキが一番強いと思うた。
それを自覚させられてからも俺はあいつに向き合う術を知らない。
「説明…しろ言われてもなぁ…」
考えても考えても行き着く先は「神楽愛灯に特別な好意を抱いてる」という答え。
上手い誤魔化しなんて浮かばへん…。
『ボンは神楽さんの事、好きやんね?』
そう一弥に訊かれても竜太にはピンと来なかった。
歪んだ青春を過ごしたおかげで竜太には『好き』という感情がよく理解できずにいた。
肉欲を満たすなら金銭で解決できるものだとすら考えている竜太にとって感情など必要なかったのだ。
しかし自分の思考を支配する存在に触れたい、離れ難いと思うのは特別な感情なのだということだけは竜太にも理解できていた。
『惹かれてる』と自分でも言ったとおり神楽愛灯という存在は無視できない存在になっているのだ。
「…」
言葉が…上手く紡げない。
このような状況で神楽に説明しろというのは到底無理な話だ。
側にいたいだけや…それ以外の感情なんてなにもない。
「…………よし。こうなったらもうシカトや」
昨日、俺はあのガキにキスなんてしてないし特別な好意なんて持っとらん。
そう自分に暗示をかけて一弥に怒鳴り散らされる覚悟をしつつ竜太は神楽と向き合うことを諦めた。
開き直ると、まるでキスに関する記憶だけ上手に切り取って脳から捨て去ったかのようにすっきりした表情の竜太はその記憶を見てみぬフリをするとベッドに潜り込み潔く目を閉じた。
睡眠不足の体はすぐに夢の世界に沈んで竜太はすぐに定期的な寝息を響かせるのだった。
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