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きょうだいの話。②

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「その目つき…いいですね。そういう趣味はないはずですが加虐心がくすぐられます。意地悪してぇ、泣かせたくなっちゃいます♪」
    ぞくり。神楽の背中を強い悪寒が走った。月明かりに照らされ蘭獅の表情がはっきりと見える。目の前の顔は笑っているように見えるが纏う空気はどす黒く、寒くもないのに震えだす体が神楽の恐怖をさらに煽っていく。
「怖がらないで下さい。力を抜いて?」
「やっ!ぅ…っ…」
    掠れた声が喉に貼りつき身を捩るだけのままならない抵抗でもされるがままにされてはあまりに怖過ぎる。しかしそんな抵抗などなにも意味もなく、体温の低い蘭獅の細い指が首筋に触れると肩が小さく震える。
「この首筋を竜兄が触れて、降りて…」
    神楽に竜太を重ね、うっとりとした表情で首筋を滑らせると体のラインをなぞりながら腰まで下がると蘭獅ははたと手を止めた。同性の、得体の知れない男に拘束され体に触れられるなど決して気持ちの良いものではない。しかし神楽は射止められたかのように蘭獅の瞳を真っ直ぐに見つめていた。間近に迫る蘭獅に危機感を感じながらも月明かりに照らされ輝きを増す瞳に神楽は目を奪われていた。
    さっきはエメラルドに見えたけどどっちかと言ったら──。
「…僕の目が気になりますか?」
    優しく静かな声音は先ほどの間延びしたものとは違い知性を感じさせる響きで神楽はニ、三度瞬きをして目の前の人物が蘭獅であることを改めて確認した。
「あ…」
「父親は英国とのハーフだったみたいです。ついでに言うと髪は母親が好きだった藤色に染めています」
    神楽が口を開いた瞬間、遮るように己の出生を話し出した蘭獅に困惑の色を隠せない神楽は「あぁ…そうなんだ」とたいして興味もなく反射的に相槌を打ちながら数回頷くように首を上下に振ると、一つの疑問が頭に浮かんだ。
「イギリスとのハーフ…?あれ?じゃあどっちが東儀の──」
    竜太の両親を写真で見たことがあった神楽はその容姿を思い出す限り二人とも日本人のように見えた。もっとも竜太の日本人離れしたホリの深い顔立ちに骨太のがっしりとした体躯を思えば外国の血縁者がいても不思議ではないとも思えるが竜太からはそんな話を聞いたことはない。神楽の尻すぼみな疑問に蘭獅は眉を顰めたが、すぐに不適な笑みを貼りつけた。
「…」
    不快…ではなく困惑。でもそれは何に対しての感情だ…?
    一瞬だけ露にした蘭獅の感情に違和感を覚えた神楽は考察するが望む答えは返ってこず、蘭獅は短く息を吐いた後、その場にゆっくりと腰をおろした。
「安っぽいビー玉みたいでしょ?僕の瞳」
    出会ってまだ数時間も過ごしていないだろう得体の知れない男が初めて見せた虚勢を張るような態度に神楽はさらに違和感を覚えた。まるで今から返される台詞が分かっていて、それに対する対応も心得ているといわんばかりの冷たい眼差しが神楽を捉えた。しかし神楽の言葉は決して蘭獅が想像していたものではなく、つまらないありきたりな社交辞令などでもなかった。
「ペリドットみたいだってさっきから思ってた」
「ペリドット…」
「最初に一瞬だけ見えた時はエメラルドって思ったけど、こうして月明かりに照らされたところで見ると少し茶色がかっててエメラルドよりも優しい翠だったからどっちかっていうとペリドットかな、と…」
    直感的に思ったことをそのまま伝えると蘭獅は常より大きく開いた瞳をぱちぱちと数回瞬きを繰り返した後、眉尻を下げ優しく微笑むと「宝石に詳しいんですね」と怪しさを微塵も感じない穏やかな表情に神楽の心もほんの少し警戒をほどかれた。
「……花言葉とか…好きなんだよ…」
    悪いかと言いたげに唇を尖らせると神楽らしくないその仕草に蘭獅は思わず勢い良く息を吐き出し声をあげて笑い出した。
「そんなに笑うかよ…」
「すみません…貴方のそんな表情を初めて見たもので新鮮で可笑しくて…」
「初めて見るって…?」
    そもそも二人は初対面で最悪な出会い方をしてからたいした時間も経っていない。「それなのになぜ?」と神楽は気になったがその違和感はすぐに泡沫と消えた。
「失礼しました。こんなに笑ったのは久しぶりですし、そんな貴方だから竜兄も惹かれたんでしょうね」
    細められる目が逡巡したかと思うと不安に瞳を濁らせた蘭獅が俯いた顔をゆっくりと上げた。
「神楽愛灯さんがお察しのとおり僕は東儀の人間とは全くなんの関係もありません。大好きな竜兄とも血の繋がりはありません」
    なぜそんな話をしているのか蘭獅自身も理解出来なかった。しかし口が勝手に動いていたのだ。神楽の意外な一面に心が緩んだように感じてはいたがそれでもこれは予想外だった。
    こんな話…今まで自分から話した事なんてないのに…。
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