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晴也さん

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「幸成くん、今、いいかな?」
 突然の声に驚いて振り向くと、裏口の方から晴也せいやさんが顔を覗かせている。
 晴也さんは店長の息子さんで、夜、同じ店で居酒屋をしている。仕込みの手伝い等で一緒に働くことも多い。

「実はちょっとお願いがあってさ」
「僕にできることなら、何でもしますよ」「頼もしいなぁ。早速だけど、明日は何か予定がある?」
 質問は何となく理解出来た。

「いえ。ここが終わったら何もないですよ。夜ですか?」
「話が早いね。実は欠員がでちゃって。出来れば明日お願い出来ないかと思ってね。その分昼間を遅らせて貰えるように親父に頼んでみるからさ」

 居酒屋に入るのは初めてだ。だけど、料理だけならなんとかなるだろう。幸成は快く応じる事にした。
 晴也さんは2度3度お礼を言って、じゃあまた明日と外へ出ていった。

 それにしても、急な話だった。いつもの厨房、しかしメニューは結構違う。居酒屋のメニューは知っているが、作った事がないものがほとんどだ。

 閉店時間までもう少し時間がある。客はまばら。時間的にこれから新規は入って来ないだろう。
 幸成は居酒屋用のレシピノートを探した。晴也さんが書いたもので、材料や手順が書いてある。もちろん昼の定食屋にもあって、それは店長と幸成が書いて残している。

 ノートと冷蔵庫の中を照らし合わせながら、ひとつひとつメニューの確認をしていく。なるほど。そこまで難しいものは無さそうだ。
 定食屋と違って、少量の一品メニューが多い。それに、その場で作るものというのは意外と少ないようだ。

 突然の申し出に幸成は、実はわくわくしていた。初めてのことをするのは、いつだってわくわくする。居酒屋の料理。居酒屋の厨房。知らない世界。
 こんなにわくわくしたのは何年ぶりだろうか。この年になると、新しく始めるようなこともなかなかないものだ。学生に戻ったようで。それもまた楽しかった。
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