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お城奪還編

第55話 花火

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「アル…… ちょっと良いかな? お願いがあるんだけど……」

 レイがアルにそう告げた少し前の事。

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 アストリナ貴族の引き渡しまで、残り七日となった日の正午。

 午前中はアズサの一件により散々な目にあったアル。

 この日は雨天により城の偵察等も出来ずに、家の中で出来る事をする事になった。

 とは言え出来る事と言っても限られており、基本的に各々が自由に過ごすといった具合だ。

「ハァ…… 何で俺がこんな事を…… まぁ…… 俺しか居ないだろうけど……」

 アルは昨夜の風呂の一件もあり、罰としてレイに自宅の風呂の修理をするように命じられる。

「えーーっと…… ここが壊れてんだな…… んっしょっと……」

 元々、先住者であるワンが作った物なので、ワンが残した著書にも大体の構造が記載されていた。

 それを参考にアルは風呂の不具合がある箇所を特定し、修理を行っていく。

「ふぅ…… 大体こんなもんかな? あとは水が流ればっと……」

 大体の修理を終え確認作業をしているアルの様子を確認するように、レイが浴場へとやってきた。

 浴場の戸を掴みひょっこりと顔を覗かせるレイに気付いたアルは、不満そうな表情で声をかける。

「大体終わったけど…… まだ何かあるのか?」

 不可抗力とは言えアズサとの一件があったアルに対し、先程までは不機嫌そうに対応していたレイ。

 そんなレイとは打って変わって、覗き込むレイの表情は少しだけ気不味そうに感じられた。

「あの…… 何かごめんね? ちょっと言いすぎちゃったみたいで……」

 申し訳無さそうな表情でそう言うレイは、浴場で座り込むアルに近付く。

 そして目線を合わせるようにしゃがみ込むと、冒頭の言葉をアルにかけた。

「アル…… ちょっと良いかな? お願いがあるんだけど……」

「お願い? まぁ別に良いけど…… お願いってのは?」

 レイの態度を少し疑問に感じつつも、アルは気の抜けたような表情で問いかける。

「あのさっ…… もうそろそろ夏だし…… 何か夏っぽい事したいなぁって」

「はぁ? なんでいきなりそんな事」

 レイの予想外の要求に対し、アルは少し呆れた表情に変わる。

「もちろん、今はそんな事してる場合じゃないって分かってるよ?」

 否定的な態度を取ったアルに対し、レイは焦ったように両掌を振りながら苦笑いを浮かべていた。

「でもでも。 今回の事が上手くいってもいかなくても…… みんなとはお別れになっちゃうでしょ?」

「まぁ…… そうだろうなぁ……」

 レイの問いかけに対し、アルは腕を組みながら少しだけ眉間にシワを寄せて返答する。

「だからさっ! その前に思い出作りっていうか……」

「思い出…… ねぇ……」

(正直、今はそんな事してる場合じゃないんだけどなぁ……)

 アルは腕を組んだまま表情を変えずに返答する。

 その否定的な態度を見たレイは、説得するように苦笑いを浮かべながら言葉を続けていく。

「それにさっ! 今回のアズサさんもそうだし、リナちゃんも。 うぅん、きっとシナモンちゃんも」

 苦笑いを浮かべたままレイは、アルの目をジッと見つめたまま話を続けていく。

「みんな色々と事情があって、一人で大変な思いをしてきててさ。 なのに、今は皆すっごく楽しそうにしてるの。 アルのおかげだと思うんだよね!」

 取り繕うように言葉を重ねるレイに対し、アルは少し呆れた表情を浮かべていた。

「そうかぁ? 全然、そんな気しないけどな」

「そんな事無い! そんな事無いんだってば! だって私も…… それにさっ」

 渋る態度のアルに対し、レイは更に言葉を続けていく。

「あの貴族の人達も凄く大変な思いしてきたでしょ? これからどうなるか分からないけど…… 少しでも皆の不安を和らげられたらって思って……」

 レイはそう言うと少しだけ不安そうな表情に変わり、アルから目を反らし俯いていた。

 その様子を見ていたアルは、腕を組んだまま天井を見上げる。

(まぁ確かに不安を和らげるって意味では有りか。 本当、どうなるか分からないしな)

 考えが纏まったアルは俯くレイの頭をポンポンと撫でると、先程とは一転して笑顔を見せる。

「そうだな。 んで? 具体的には何がしたいんだ? 夏っぽい事って言われてもなぁ」

 アルの言葉を聞いたレイはパァッと明るい表情に変わると、グッとアルに近付く。

「うんうん! 私がお姉ちゃんやワンちゃんとしてたのはねっ! 外でご飯食べたりぃ」

 レイは思い出すように時折、目線を上に向けながら言葉を続けていく。

「川で泳いだり、海に行ったりかな! 後は何て言ったっけ? あのほら」

「ほらって言われても…… 夏っぽい事だろ?」

「うんうん! 何て言うんだっけなぁ。 あの綺麗なの……」

 レイは腕を組むと右人差し指で顎をトントンと触りながら、眉間にシワを寄せ考え込む。

(綺麗なの…… って言われてもなぁ…… 夏にする綺麗なの…… 花火とかかな?)

 アルは思いついたように、考え込むレイに言葉をかける。

「それって花火とかか? 花火があるかどうかは分からんけど……」

「そうそれ! 花火ってやつ! 何か綺麗な色の火のやつだよね?」

「まぁそうだけど…… 村とかで売ってるのか?」

 アルに言われパァッと明るい表情に変わったレイ。

 だがアルの問いかけを聞いて、すぐに表情が曇り始めた。

「無い…… かな。 ワンちゃんが一回作ってくれただけだからさっ。 でもでも」

「じゃ駄目だろ…… まぁ直ぐに出来ると言ったら…… 外でご飯食べるくらいか?」

「そうだけど…… でも花火っていうのがあれば、良い思い出に……」

 アルの否定的な言葉に少しゴネたように説得を重ねるレイ。

 そんなレイの頭をポンポンと撫でたアルは、少し呆れた表情で諭すように話しかける。

「まぁ気持ちは分かるけどな。 一応、調べては見るけど…… 期待はするなよ」

「うん! あっ、ありがとねアル」

 気不味そうに苦笑いを浮かべるレイの頭を再度撫でたアルは、スッと立ち上がって背伸びをする。

「んーーーっ。 よし、修理も終わったし…… じゃ俺は調べてみるから。 もう行って良いか?」

 しゃがみ込んだままアルを見上げるレイに対し、確認するように問いかけるアル。

「えっ? あっ、うん。 それとね」

 レイも釣られるように立ち上がると、少しだけ気不味そうに笑いかける。

「んっ? まだ何かあるのか?」

「うん。 あの…… こんな事、アルにお願いするのも、酷いかなって思ってるんだけどさ……」

 話の続きを躊躇するように少し俯き、両手の人差し指を突き合わせクルクルと回すレイ。

「何だよ今更。 まぁ出来る事はするけど、出来ない事までは期待するなよ?」

 少し呆れたように話すアルに、レイは苦笑いを浮かべたまま返答する。

「うん。 あのさっ、リナちゃんやアズサさんがさっ。 アルの事、お兄ちゃんやお父さんみたいだって言ってたでしょ?」

「まぁ…… 言ってたけど」

「だからさっ。 出来るだけその…… 期待を裏切らないであげて欲しいというか……」

 俯いたまま気不味そうに指を回すレイがそう言うが、直ぐに苦笑いを浮かべたままアルの顔を見る。

「えへへ。 何言ってるんだろうね私。 ごめんね! 何か変な事言っちゃって」

 そう言うとレイはパッと明るい表情に変わり、アルの肩をポンっと叩いた。

「じゃ花火の件よろしくね! 驚かせたいから、皆には内緒にしておくねっ」

「えっ? あっ、いや」

 レイはそう言うとアルの方を振り返る事無く、いそいそと浴場から出ていってしまった。

「まだ作れるって言ってないんだけど……」

 アルは少しポカーンとした表情をしていたが、気を取り直して小さく溜息を吐く。

「ハァ…… まぁ調べるだけ調べてみるか……」

 そう呟くとアルは自室へ戻っていった。

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 自室へ戻ったアルは敷きっぱなしの布団にゴロンと寝転ぶと、ワンの著書に目を通していく。

「えーーっと…… 花火花火…… ってかあの爺さん、そんなの書いてるのかな」

 ワンの残していった著書は分厚く、様々な事が記載されている。

 本人が生活の知恵と言っていただけあって、内容は多岐に渡っていた。

「花火花火…… んんーー。 無いよなぁ……  んっ?」

 アルは本をパラパラと捲っていると、平仮名で【でんじゃー】と書かれた項目を目にする。

 そのページの目次には、毒や兵器等の文字が羅列されている。

「えぇっと…… なになに? 他人に知られちゃ不味いので書くの辞めた? んだよそれ……」

 目次に記載されている項目は、実際に内容までが記されていなかった。

 しかしパラパラと捲っていくと【火薬】の項目だけが記載されていた。

「火薬…… も武器になったら危険だよなぁ…… おっあるじゃん」

 そこには簡単な花火の製作方法が記載されていた。

「まぁこれくらいなら何とかなるかなぁ…… 材料は肥料とかで代用出来るみたいだし……」

 寝転びながら本を読んでいたアル。

 花火の項目の次のページを開いたアルは、ハッとしたように起き上がる。

 そこには、狼煙用に使う信号弾の内容が記されていた。
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