Zazzy people

白い黒猫

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Prime lense man

out of focus

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 別れた事で賢史から自由になった訳でもなく、俺の心は常に賢史を追い求めていた。
 彼の名前がテレビや雑誌や新聞に現れる度に心がどうしようもなく反応する。彼のコンサートにもついつい足を運んでいだ。彼の奏でる音に身を委ね心震わせる。
 家では彼のCDを聞きながら音の中にある賢史を追い求め、自分を慰める。
 改めて自分の中の賢史という存在の大きさを痛感させられた。こうなってしまうとドラッグの禁断症状に苦しむ麻薬患者である。
 そういう状態だからこそ彼との直接の接触は極力避けていた。
 しかし別れて一年と半年後、知り合いのカメラマンが事故になり、その代理で向かったスタジオ。出版社から拝み倒されて行った仕事先でうっかり再会してしまった。
 雑誌のインタビュー記事に載せる写真の撮影の仕事。インタビュアーとのやり取りがメインな為に直な絡みは薄いものの、俺は賢史から目を離せなかった。

 意味ありげに俺に向けられる視線に、俺の心はどうしようも無く震え、身体の奥が痺れるような陶酔感を覚える。
 仕事の後、キスされ誘われてしまうともう抗えなかった。その時の彼にはもう妻がいるというのに……。
 俺の身体と心は賢史を求めセックスをしてしまった。
 賢史は苦悩する俺の気持ちなんて構うこともせず、その後も俺を誘い、愛を囁き、キスをしてきた。

『妻と愛し合っている訳ではない。
 分かるだろ? 愛しているのはお前だけだ』

 そんな言葉を、信じられる筈もない。彼を狂わしい程愛してしまっている俺は、そんな彼をもう拒絶する事も出来る筈はなかった。

 俺より入り口に近い位置にいたイリーナは、俺のであり、彼女のである賢史を迎えハグする。

「あら、ベッドにこんな美味しそうでカワイイ子が眠っていたら、味見したくなるでしょ? 白雪姫の王子様のように」
 イリーナは確か今年二十九歳。俺の事を子っていうが、四つしか変わらない。
 そして白雪姫の王子様はそんな邪な感情でキスした訳ではないだろう。しかも、その行為は身体中を弄(まさぐ)り、舐め回すようなものでは無かった筈。

「俺の大事な恋人だって言っているだろ! 喰うなよ。
 可愛い青年とやりたいなら、イイ奴を紹介するから。
 最近すげ~カワイイ奴と会ったんだ。
 絶対お前も気に入る。ダンサーだから身体も柔らかくて靱やかで、それがまた……」
「賢史が気に入ったというなら、期待できるわね♪
 だったら二人でその子と楽しみましょうよ! 二人で思いっきり愛してあげてドロドロに蕩けさせて……悶えさせて」
 夫婦である二人がとんでもない会話をしながら、仲良くキスを交わす。
 夫婦だからというレベルを超えて二人は仲が良い。よりイリーナが賢史とあらゆる意味で近い位置にいるように感じ、心がキリッと痛む。
 賢史が愛し合って結婚したわけではないと言っていたのは、実は嘘ではなかった。この二人は色んな意味で普通の夫婦ではない。
 二人は夫婦や恋人と言うより心友であり相棒……もしくは悪友といった方がしっくりくる関係。
 同じJAZZプレイヤーとしても最高の相性。国籍も人種も違うのに誰よりも気が合っている。しかも倫理観のズレや価値観も近くて、夫婦というより精神的な一卵性の双生児のようだ。
 まともな夫婦か? と言われると首を傾げるが、家族として考えると、何故かしっくりとしていて同じ空気感がある。共にいて不思議なほど違和感がない。
 二人でセックスも楽しむが、イリーナは男女問わず複数の【恋人】がいる。その人たちとの関係も楽しんでいた。
 賢史の【恋人】は俺一人だが、複数の【お友達】と淫らな付き合いを繰り広げている。夫婦で他の人を交えてという事もよく行っているようだ。
 二人にとってセックスは特別な事ではなくハグのように軽いもの。人生をより楽しく過ごすための手段。単なる他者とのコミュニケーションの一つでしかない。

 二人で他の男と楽しむ相談をしているのを睨む俺を見て賢史はニヤリと笑ってきた。
 ガキっぽく嫉妬する俺を楽しんでいるようにも思えるのは気のせいではないと思う。賢史は嫉妬で怒っている俺に、嬉しそうな表情を返してくる。
 愛する相手だけに心を預け、向き合い、抱き合い、関係を深め慈しみ合いたい。そう思う俺の感覚は真っ当なものだと思うのだが、この人達には通じない。
 もう他の人と何かする事に嫉妬に狂う事も飽きて怒りも呆れに変わってきている。
 賢史がニヤニヤしながらコチラに近付いてくる。
「昨晩無理させたな、身体は大丈夫か?」
 頭を撫でる男らしい節だった手に、安堵に似た心地よさを覚える。つい甘え身体を寄せキスを強請った。
 舌を絡め口内をジックリ愛撫してくるキスに冷めていたはずの身体が疼きだす。
 キスだけでなく賢史の香り、少し癖のある声、頬や髪を撫でる指。それらも俺の身体に沁みていき昂らせる。
 より刺激を求めて俺からも仕掛け、より深く大胆なキスを交わす。
 妻の前で平気で恋人とキスするこの男もたいがいだ。先程イリーナとのキスを見せつけられその仕返しをするかのようにキスを求める俺も俺。
 俺の倫理観もズレて壊れていくのを感じて、それも怖い。

 イリーナはと言うと、夫と俺のそんな様子を嫉妬することがある筈も無く、楽しそうに見つめている。
 俺と賢史が堂々と恋人付き合いができるのも、イリーナが俺という存在を受け入れてくれているから。

 俺としてはそこも複雑な気持ちにさせる所である。
 キスを交わしながらイリーナに視線を向けると目が合い、緑の目が笑うように妖しく細められる。
 不快を示しているのではなくて、寧ろ喜んでいる目の輝きだ。肉感的な唇が色っぽく窄められ投げキッスをしてきた。

 身体を隠していたブランケットの隙間から賢史の手が入り込む。直に俺の身体を絶妙なタッチで淫らに撫でてくる。
 賢史の背後でイリーナはベッドの上で横座りのしどけない恰好でコチラを熱い視線で見つめている。賢史の手の動きに合わせて自分自身の身体に手を這わせている。
 その瞳は夫である賢史ではなく、俺に真っ直ぐ向けられている。その視線が俺を犯してくるように俺の肌を刺激する。
 彼女の手も俺を撫でているかのような錯覚に陥る。そこで俺はハッと我に返り、身体を捻り抵抗する。
「ケン、やめろ! 何する気だ?」
 黒い賢史の瞳が淫靡な色を帯び俺を映す。
「ん? 何って。楽しくてエッロい事?」
 ニヤリと笑い顔を近づけ、啄むようなキスを頬や耳朶へしかけてくる。
「なんかロイ、イーラの前だと子供っぽくてすっげ~可愛くなるんだよな。それでいてなんとも色っぽくなり唆られる。
 だから、もっと狂って乱れろよ。俺の腕の中で」
 そんな言葉を耳元で囁かれ、俺は腕を突っぱねて避け、身体を捻り立ち上がり賢史からも距離をとった。
「フ ザ ケ る な!! この変態夫婦!
 俺言ったよな、イリーナのいる空間では二度とお前とセックスをしないって」
 賢史はヤレヤレと残念そうな顔をして、イリーナは心外だという顔をする。
「あら。貴方もあの時、最高に燃えていたじゃない。とっても可愛かったのに。また楽しみましょうよ♪ あの時よりももっと深く激しく♪」
 俺は、ニコニコとそんな事を言ってくるイリーナを睨みつける。前にイリーナに煽られてどえらい目にあっただけに、もう同じ馬鹿はしない。
 ドロドロした嫉妬。独占欲といった剥き出しにした感情を賢史にぶつけ、イリーナの見つめる前でいたしてしまったあの時の事。俺にとって、ちょっとしたトラウマである。
 俺は床に視線を巡らせ落ちている衣類を拾う。
「おい、ロイ?」
「帰る!」
 こんな自分にとって危険な場所にはいられない。一秒でも早く離れなければ恐ろしい事態に呑み込まれる。
 賢史は苦笑し手を伸ばし俺を抱き寄せ、ソファーに座らせる。
「おいおい、身体がふらついているぞ! 無理するな。落ち着けお前が嫌がる事はしないから。
 飯でも食おう、お腹も空いているだろ! 上手いもの喰わせるから、機嫌を直してくれ。
 ほら、笑ってくれ。可愛い笑顔みせてくれないか」
 『俺は子供じゃねえ!』と言い返したものの。実際今の感情と体調で車を運転して帰るのは危ない。昨晩のセックスの名残りで腰も痛くてキツい。
 不審げにイリーナの方を見ると、もう気分が変わっているようだ。夫の言葉に賛同して、何を食べようかと無邪気に相談してくる。
 芸術家らしく気分屋なのも彼女の特徴。とりあえず二人のがなくなったから少しは安心してもいいようだ。
「クランペットにベイクドビーンズにブラッドプティング……」
 賢史とイリーナにムカついていた。我が儘に俺しか望まないようなイギリスの家庭料理を挙げていく。
「流石にブラッドプティングはないから今日はベーコンかソーセージで我慢してくれ。作ってくるから良い子で待ってろ」
 賢史は俺に優しく笑いかけ頭にキスをしてきた。
 イリーナはウォークインクローゼットに消えバスローブを手に戻ってくる。それを俺に投げてくる。
「朝食の前にシャワー浴びてきたら? 大丈夫よ。バスルームにまで追いかけないから。でも、貴方が望むなら喜んでご一緒するわよ。全身丁寧に優しく洗ってあげる」
 俺はジロリと睨み、バスローブをつかみ一人でバスルームに向かった。 



 ※   ※   ※

【out of focus】ピンぼけの意味。

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