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久しぶりに訪れた喫茶店トムトムは女性客中心で賑わっていた。俺がここで働いていたらこう言うキャピキャピとした空間にいたのか、とそんな事をチラリと考えてしまう。
紬さんが安住さんを連れていくと店内の従業員から歓声が沸き起こる。安住さんは商店街にあるお寺の次男坊で、もう一体のキーボ君の中の人をやっている。仕事の関係で商店街を離れて生活しているために、そのキーボ君二号はレアキャラにでたまにしか見る事が出来ないらしい。ここにくる途中にユキさんからそう教えてもらった。
久しぶりというのもあるのだろうが、安住さんへの皆の歓迎ぶりが半端ない。皆泣かんばかりに近付いてきて安住さんを席に案内する。俺も同じテーブルに座らされ、その隣に大きい椅子が用意されキーボ君が腰掛ける。キーボ君はメニューで俺に飲みたい物を確認してから謎のハンドサインで店員に注文を通す。安住さんと言えば、注文もしないのにすぐに出されたモノを微妙な顔で見つめている。黒いプルンとしたものに水玉模様のように白い何かがはいったイカの形をしたもの。それに黒い液体に何やら白いものが沈んだドリンク。
「何? コレ」
それを持ってきた女の子はその質問に胸をはりニヤリとする。
「今回のフェアーの特別スィーツの試作品♪ 私が作ったのよ」
自信ありげに嬉しそうに笑う女の子の表情とは逆に安住さんの顔が深刻なモノになる。そして俺達に視線を動かしキーボ君で止める。
「なあ、一号! お前甘いの好きだろ? 喰わない?」
そう声をかけるとキーボ君は可愛く首を傾げる。
「え、でも俺、安住さんのように訓練受けてないから」
『訓練?』謎の言葉に俺は首を傾げる。
「何言っているの! 安住くん。ユキ君が万が一の事あって死んじゃったら大変じゃない。
孝子のスィーツは安住君に試食してもらうように決まってるの、そんな事したらダメよ!」
俺達のアイスコーヒーを持ってきた紬さんがニッコリそう笑い、安住さんを注意する。サラリと笑顔でスゴイ事言ったような気がする。
テーブルに俺のアイスコーヒーをおいた後に、おそらくアイスコーヒーのはいっているストロー付きの水筒をキーボ君の背中のチャックを開け中にいるユキさんに渡し再びチャックを閉める。
安住さんは憮然とした表情でイカ型のスィーツを見つめている。それを店中の人が息を飲んで見守っていた。テーブルの上のフォークを手にとり、安住さんは覚悟を決めたのか一口大に切りそれを口に頬織り込む。そんなに大きめに切ったのを食べるんだ、と内心感心する。
「ヴッ、ゴワァェィ」
謎の声を安住さんは発して、手をバタバタ動かし、すぐ隣にあったドリンクをつかみそれを一気飲みして、バッタリテーブルにうつ伏した。
「安住さん? 大丈夫?」
キーボ君の声に、安住さんがピクリと反応して、顔を少し上げる。なんか安住さんが少し老けた感じがした。
「ダガゴ~ナンダヨゴレ~」
弱弱しく手を伸ばし、まだ飲んでいない俺の珈琲をたぐりよせそれを必死な様子で飲みほしてしまう。
孝子さんと呼ばれた女性は、キョトンとした表情を返す。
「イカを使ってスィーツ作ってみたんだけど、ダメだった? チョコイカムースにイカチョコドリンクはタピオカっぽくイカを使ってみたの!」
「ダメどころじゃねえよ イカの生臭さだけが思いっきりフューチャーされてて、チョコレートのコクと甘さがさらにそれを増幅させてんだよ~。
水たまりの水の方が爽やかで旨かったよ」
水たまりの水を飲んだことあるらしい安住さんはグッタリしたまま、うめくようにそのように意見を伝える。
「孝子ちゃん、という訳だから今回の試作品も商品化はなしね」
その言葉に孝子さんはガッカリした顔をして俯いた。
キーボ君は手を合わせるような恰好でお辞儀する。そして後ろのチャックを開け、水筒を外にいるウェイターさんに返す。安住さんを悼んだのではなく、ごちそう様のポーズだったようだ。
「あ、安住さんこのイカ、一個は二号さんの用なんですよ! ここで渡しておきますね」
そう言って一杯をベリっとはがし、立ち上がりテーブルを回り込み、まだグッタリしている安住さんの背中にペタっと貼り付ける。
「じゃあそろそろ開店準備あるので帰りますね! ごちそうさま」
喫茶店のメンバーに声をかけキーボ君はお辞儀する。
「週末の予定とか、また後でメールしますから」
そして背中にイカを張り付けたまま、まだ机にうつ伏している安住さんにそう声かけて、可愛く手をふった。透さんには悪意はなく、真面目に行動しているだけという所が分かるけれど、この流れを全てスルーしてしまう所はスゴイと思ってしまった。周りもわかっているのか慣れているのか、まったく気にせず笑顔で俺達を送り出す。この商店街では、こういう状況があたり前のようだ。
「あの、安住さん大丈夫ですかね~」
帰り道に、そっとそう聞いてみる。
「彼は訓練を積んでいるから大丈夫だよ!
そうそう紬さんがね、安住さんやトムトムのバイトのメンバーは訓練してきているから大丈夫だけど、それ以外の人は孝子さんが自由に作ったモノは口にしたらダメなんだって言ってた。だから小野君も気を付けてね」
訓練って……。俺が喫茶店のバイト面接した時は『アットホームで楽しい職場ですよ』としか聞いていない。そんな危険を伴う訓練が必要だった話はまったくなかった。危なかった!! 知らない内に俺は人生の危機を一つ回避していたようだ。命拾いしただけに、その感謝の気持ちを胸に黒猫でのバイトを頑張ろうと密に心に誓った。
※ ※ ※
clams 演奏ミスの事
紬さんが安住さんを連れていくと店内の従業員から歓声が沸き起こる。安住さんは商店街にあるお寺の次男坊で、もう一体のキーボ君の中の人をやっている。仕事の関係で商店街を離れて生活しているために、そのキーボ君二号はレアキャラにでたまにしか見る事が出来ないらしい。ここにくる途中にユキさんからそう教えてもらった。
久しぶりというのもあるのだろうが、安住さんへの皆の歓迎ぶりが半端ない。皆泣かんばかりに近付いてきて安住さんを席に案内する。俺も同じテーブルに座らされ、その隣に大きい椅子が用意されキーボ君が腰掛ける。キーボ君はメニューで俺に飲みたい物を確認してから謎のハンドサインで店員に注文を通す。安住さんと言えば、注文もしないのにすぐに出されたモノを微妙な顔で見つめている。黒いプルンとしたものに水玉模様のように白い何かがはいったイカの形をしたもの。それに黒い液体に何やら白いものが沈んだドリンク。
「何? コレ」
それを持ってきた女の子はその質問に胸をはりニヤリとする。
「今回のフェアーの特別スィーツの試作品♪ 私が作ったのよ」
自信ありげに嬉しそうに笑う女の子の表情とは逆に安住さんの顔が深刻なモノになる。そして俺達に視線を動かしキーボ君で止める。
「なあ、一号! お前甘いの好きだろ? 喰わない?」
そう声をかけるとキーボ君は可愛く首を傾げる。
「え、でも俺、安住さんのように訓練受けてないから」
『訓練?』謎の言葉に俺は首を傾げる。
「何言っているの! 安住くん。ユキ君が万が一の事あって死んじゃったら大変じゃない。
孝子のスィーツは安住君に試食してもらうように決まってるの、そんな事したらダメよ!」
俺達のアイスコーヒーを持ってきた紬さんがニッコリそう笑い、安住さんを注意する。サラリと笑顔でスゴイ事言ったような気がする。
テーブルに俺のアイスコーヒーをおいた後に、おそらくアイスコーヒーのはいっているストロー付きの水筒をキーボ君の背中のチャックを開け中にいるユキさんに渡し再びチャックを閉める。
安住さんは憮然とした表情でイカ型のスィーツを見つめている。それを店中の人が息を飲んで見守っていた。テーブルの上のフォークを手にとり、安住さんは覚悟を決めたのか一口大に切りそれを口に頬織り込む。そんなに大きめに切ったのを食べるんだ、と内心感心する。
「ヴッ、ゴワァェィ」
謎の声を安住さんは発して、手をバタバタ動かし、すぐ隣にあったドリンクをつかみそれを一気飲みして、バッタリテーブルにうつ伏した。
「安住さん? 大丈夫?」
キーボ君の声に、安住さんがピクリと反応して、顔を少し上げる。なんか安住さんが少し老けた感じがした。
「ダガゴ~ナンダヨゴレ~」
弱弱しく手を伸ばし、まだ飲んでいない俺の珈琲をたぐりよせそれを必死な様子で飲みほしてしまう。
孝子さんと呼ばれた女性は、キョトンとした表情を返す。
「イカを使ってスィーツ作ってみたんだけど、ダメだった? チョコイカムースにイカチョコドリンクはタピオカっぽくイカを使ってみたの!」
「ダメどころじゃねえよ イカの生臭さだけが思いっきりフューチャーされてて、チョコレートのコクと甘さがさらにそれを増幅させてんだよ~。
水たまりの水の方が爽やかで旨かったよ」
水たまりの水を飲んだことあるらしい安住さんはグッタリしたまま、うめくようにそのように意見を伝える。
「孝子ちゃん、という訳だから今回の試作品も商品化はなしね」
その言葉に孝子さんはガッカリした顔をして俯いた。
キーボ君は手を合わせるような恰好でお辞儀する。そして後ろのチャックを開け、水筒を外にいるウェイターさんに返す。安住さんを悼んだのではなく、ごちそう様のポーズだったようだ。
「あ、安住さんこのイカ、一個は二号さんの用なんですよ! ここで渡しておきますね」
そう言って一杯をベリっとはがし、立ち上がりテーブルを回り込み、まだグッタリしている安住さんの背中にペタっと貼り付ける。
「じゃあそろそろ開店準備あるので帰りますね! ごちそうさま」
喫茶店のメンバーに声をかけキーボ君はお辞儀する。
「週末の予定とか、また後でメールしますから」
そして背中にイカを張り付けたまま、まだ机にうつ伏している安住さんにそう声かけて、可愛く手をふった。透さんには悪意はなく、真面目に行動しているだけという所が分かるけれど、この流れを全てスルーしてしまう所はスゴイと思ってしまった。周りもわかっているのか慣れているのか、まったく気にせず笑顔で俺達を送り出す。この商店街では、こういう状況があたり前のようだ。
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※ ※ ※
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