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どちらにしても足りない
友情の形
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一見穏やかだが、どこか嫌な緊張感に包まれたお茶会は、病院の夕飯の時間の到来によってお開きになる。賢治は紳士な態度は崩さす、妻を病室に送るついでに、私の車椅子を病室まで押してくれた。
食事も終わり、歯を磨くために洗面所へ向かっていると香織がそっと近づいてきて車椅子を押し移動を手伝ってくれた。そして少しそっと顔を私に近づけてくる。
「夫の事なのだけど職業柄、人を威圧させる所もあるから、薫ちゃんに不快な思いさせてしまったみたいで、ゴメンね」
私を気遣うようにおずおずとした口調でそんな事を言ってきた。流石夫婦というべきだろうか? 夫が私に対してなんとも複雑な感情を抱いている事に、香織も気付いていたようだ。そして私自身も、かなり上手く隠していたつもりの、賢治に対しての惑いからくる苦手意識といった感情にも香織が気付いていたことに驚かされた。
「別に、何も、不快な思いはしてないけど。賢治さん何か言っていたの?」
私はあえて、惚けてそんな返事を返す。そんな私を香織はジッと見つめてくる。
「いや、いつもの癖で薫ちゃんに、踏み込んだ話までしてきて、傷つけたのではないかと思って。薫ちゃんがチョット主人に対して退いていたところあったように見えたの」
どうしたものかと、私は考える。香織は私が始めから性同一性障害であることを気付いたうえで女性と扱って付き合ってきてくれている。一見浮世離れしていて、他人の感情に無頓着に見えて、実は人よりも敏感に他人の感情を察してくる女性だと、だんだん分かってきた。同時に、私が何故香織という存在をすんなり受け入れてしまったのか、その理由も気付く。私はあえてニッコリ笑う。
「いやいや、私さ、最近色々あって、チョット男性不信状態で。だから男性と話すのが苦手になっている所があるのかも」
私はまったくの嘘ではないけど、真実でもない、ごまかしの言葉を返してしまう。ごまかしだらけの自分が嫌で、女性として生きていく道を選んだ筈なのに、私は相変わらずごまかしの言葉を口にしている。得意の作り笑いも変わっていない。
そんな私の内心を理解しているのか、理解してないのかまでは分からないが、香織は困ったような笑顔を浮かべ私を見つめる。そして何故か幼い子供にするかのように、私の頭を優しく撫で、そして去って『じゃ、お休み。良い夢をみてね』といった言葉を言い去っていった。
部屋に戻るとスマートフォンが一通のメールを受信していた。その送信者の名前を見て、私は息をのむ。
私が男性の自分と共に捨て去ってしまった友の名前がそこにあった。嫌、捨てきれず未だに心のどこかで縋っている存在の一人。そしてさっき香織の目を見て、頭の中に鮮やかに蘇った人物だった。どこか似ているのだ、この子と香織が。顔とかしゃべり方とか、全然違うけど、人との距離のとり方や接し方が。
親と揉めて家を飛び出した夜、私は何故か親友ではなく、親友の彼女であるその子に支離滅裂なメールを出してしまった。私は、すぐに心配して返ってきたその子からのメールにも、親友からの電話にも私は応えることができなかった。二人に状況を説明して、親のように拒絶される事が何よりも怖かったから。
一方的に感情的なメールを出して、そのまま無反応という最低な事をしてしまったのに関わらず、二人は私にメールを出し続けてくれた。そんなメールに申し訳なさを感じながら、まだ二人が自分を気に掛けてくれている事実に安堵を覚えていた。
一人での生活が落ち着いてきた所で、ようやく親友に『心配かけてゴメン。もう大丈夫。元気にしているよ』と簡単なメールを返す。
それ以降も、二人からメールは届く。ストレートに気遣いの感情を表に出し『飲みに行かないか?』『久しぶりに会わないか』といった内容のメールで接触を求めてくる親友とは異なり、彼女は、『こんな不思議な白い雲をみました』とか、『今日観た映画、薫さんも好きそうな感じです』とか、『こんな面白い看板がありました!』とか、写真と共に他愛ない内容のメール。逆にそんな内容のメールの方が、私には反応しやすかった。なので、三通に一通は彼女の方のメールに返事を返す。あの親友と彼女が別れるなんて事も考えられないので、私はそんな細々とした頼りない繋がりで二人に縋る。
そして、恋人に裏切られ再び絶望の中で、また感情的な内容のメールをその子に出してしまった。『今病院ですか? 何か必要な物とかあったら持っていきますよ? どこの病院ですか?』といった心配したメールが何回か届くが、私は再び沈黙を続けていた。二人に逢いたいけど、こんな姿はますます見せられない。
メールを開くと、地平線いっぱいに咲き広がる向日葵の風景の写真が目に飛び込む。
『花束なんて小っちゃいモノ貰っても仕方が無いですよね? なので大地いっぱいの向日葵をどうぞ!』彼女の言葉が聞こえてくるようなメールに私は泣きたいような、笑いたいような複雑な気持ちになる。
『綺麗な花をありがと! 元気が出たよ。 でもてっきり君の事だから百合の花束の写真でもくれるのかと思った。』
つい、メールを返してしまう。それに心配をかけたままなのも気が引けていたので。
『よかった! 百合は綺麗だけど気取っている感じで大好きではなかったりします。それに月は太陽の力で満月になるでしょ? だから太陽の花が好きなんです。』
すぐに返ってくるそのメールの内容に、思わず笑ってしまう。
あんなに脆くて弱いと思っていたこの子に、逆に支えられる日がくるなんて想いもしなかった。いや、前からこの子のとってくる絶妙な距離感に私は救われてきた。
また親友とこの子と私の三人で、顔を合わせて笑い合える日ってくるのだろうか? 私は暫く、その向日葵の写真をジッと眺め続けていた。
ふと思いついて、向日葵の花言葉をネットで調べると『光輝』『愛慕』といったものに加え『私の目はあなたを見つめている』『いつもそばにいるよ』とあった。そこまでの意味を込めて送ってくれた画像なのかは分からないけれど、そういった想いを私はその画像に感じた。
食事も終わり、歯を磨くために洗面所へ向かっていると香織がそっと近づいてきて車椅子を押し移動を手伝ってくれた。そして少しそっと顔を私に近づけてくる。
「夫の事なのだけど職業柄、人を威圧させる所もあるから、薫ちゃんに不快な思いさせてしまったみたいで、ゴメンね」
私を気遣うようにおずおずとした口調でそんな事を言ってきた。流石夫婦というべきだろうか? 夫が私に対してなんとも複雑な感情を抱いている事に、香織も気付いていたようだ。そして私自身も、かなり上手く隠していたつもりの、賢治に対しての惑いからくる苦手意識といった感情にも香織が気付いていたことに驚かされた。
「別に、何も、不快な思いはしてないけど。賢治さん何か言っていたの?」
私はあえて、惚けてそんな返事を返す。そんな私を香織はジッと見つめてくる。
「いや、いつもの癖で薫ちゃんに、踏み込んだ話までしてきて、傷つけたのではないかと思って。薫ちゃんがチョット主人に対して退いていたところあったように見えたの」
どうしたものかと、私は考える。香織は私が始めから性同一性障害であることを気付いたうえで女性と扱って付き合ってきてくれている。一見浮世離れしていて、他人の感情に無頓着に見えて、実は人よりも敏感に他人の感情を察してくる女性だと、だんだん分かってきた。同時に、私が何故香織という存在をすんなり受け入れてしまったのか、その理由も気付く。私はあえてニッコリ笑う。
「いやいや、私さ、最近色々あって、チョット男性不信状態で。だから男性と話すのが苦手になっている所があるのかも」
私はまったくの嘘ではないけど、真実でもない、ごまかしの言葉を返してしまう。ごまかしだらけの自分が嫌で、女性として生きていく道を選んだ筈なのに、私は相変わらずごまかしの言葉を口にしている。得意の作り笑いも変わっていない。
そんな私の内心を理解しているのか、理解してないのかまでは分からないが、香織は困ったような笑顔を浮かべ私を見つめる。そして何故か幼い子供にするかのように、私の頭を優しく撫で、そして去って『じゃ、お休み。良い夢をみてね』といった言葉を言い去っていった。
部屋に戻るとスマートフォンが一通のメールを受信していた。その送信者の名前を見て、私は息をのむ。
私が男性の自分と共に捨て去ってしまった友の名前がそこにあった。嫌、捨てきれず未だに心のどこかで縋っている存在の一人。そしてさっき香織の目を見て、頭の中に鮮やかに蘇った人物だった。どこか似ているのだ、この子と香織が。顔とかしゃべり方とか、全然違うけど、人との距離のとり方や接し方が。
親と揉めて家を飛び出した夜、私は何故か親友ではなく、親友の彼女であるその子に支離滅裂なメールを出してしまった。私は、すぐに心配して返ってきたその子からのメールにも、親友からの電話にも私は応えることができなかった。二人に状況を説明して、親のように拒絶される事が何よりも怖かったから。
一方的に感情的なメールを出して、そのまま無反応という最低な事をしてしまったのに関わらず、二人は私にメールを出し続けてくれた。そんなメールに申し訳なさを感じながら、まだ二人が自分を気に掛けてくれている事実に安堵を覚えていた。
一人での生活が落ち着いてきた所で、ようやく親友に『心配かけてゴメン。もう大丈夫。元気にしているよ』と簡単なメールを返す。
それ以降も、二人からメールは届く。ストレートに気遣いの感情を表に出し『飲みに行かないか?』『久しぶりに会わないか』といった内容のメールで接触を求めてくる親友とは異なり、彼女は、『こんな不思議な白い雲をみました』とか、『今日観た映画、薫さんも好きそうな感じです』とか、『こんな面白い看板がありました!』とか、写真と共に他愛ない内容のメール。逆にそんな内容のメールの方が、私には反応しやすかった。なので、三通に一通は彼女の方のメールに返事を返す。あの親友と彼女が別れるなんて事も考えられないので、私はそんな細々とした頼りない繋がりで二人に縋る。
そして、恋人に裏切られ再び絶望の中で、また感情的な内容のメールをその子に出してしまった。『今病院ですか? 何か必要な物とかあったら持っていきますよ? どこの病院ですか?』といった心配したメールが何回か届くが、私は再び沈黙を続けていた。二人に逢いたいけど、こんな姿はますます見せられない。
メールを開くと、地平線いっぱいに咲き広がる向日葵の風景の写真が目に飛び込む。
『花束なんて小っちゃいモノ貰っても仕方が無いですよね? なので大地いっぱいの向日葵をどうぞ!』彼女の言葉が聞こえてくるようなメールに私は泣きたいような、笑いたいような複雑な気持ちになる。
『綺麗な花をありがと! 元気が出たよ。 でもてっきり君の事だから百合の花束の写真でもくれるのかと思った。』
つい、メールを返してしまう。それに心配をかけたままなのも気が引けていたので。
『よかった! 百合は綺麗だけど気取っている感じで大好きではなかったりします。それに月は太陽の力で満月になるでしょ? だから太陽の花が好きなんです。』
すぐに返ってくるそのメールの内容に、思わず笑ってしまう。
あんなに脆くて弱いと思っていたこの子に、逆に支えられる日がくるなんて想いもしなかった。いや、前からこの子のとってくる絶妙な距離感に私は救われてきた。
また親友とこの子と私の三人で、顔を合わせて笑い合える日ってくるのだろうか? 私は暫く、その向日葵の写真をジッと眺め続けていた。
ふと思いついて、向日葵の花言葉をネットで調べると『光輝』『愛慕』といったものに加え『私の目はあなたを見つめている』『いつもそばにいるよ』とあった。そこまでの意味を込めて送ってくれた画像なのかは分からないけれど、そういった想いを私はその画像に感じた。
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