蒼き流れの中で

白い黒猫

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十六章 〜真実がひらくとき〜 カロルの世界

薔薇の園にて

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 温室中に咲き乱れる薔薇の中で一人の巨漢が一心に薔薇の手入れをしている。
 大きな武骨な手とは思えぬ繊細で優しく咲き殻や傷んだ葉を取り除いていく。
 本来なら愛しい薔薇娘達との至福の時間な筈だが、ラーディックスの心は内心乱れていた。
 ラーディックスが何者よりも敬愛するシルワの事が心配でたまらないのに、側に控える事すら許されていない今の状況に苛ついていた。
 ソーリスと共に今の体制を作り上げた事もあり、シルワは体制派の中枢とも言うべき存在。
 それだけに狙われる事も多い。苛烈なら性格だけに単にやられるのを待つなんて事はないので、襲撃者はそれ相応の反撃にあってきている。
 ラーディックスが盾となりぶち潰した事もあった。その時は逆に不満げな顔をされてしまい、その後八つ当たりでキツイお仕置を受けた事も何度かある。それはそれでラーディックスには幸せな時間であるので気にはしていない。だからこそ今回、何としても側に付き添いたかったが許してもらえなかった。
 降光祭が始まり、ソーリスは阿呆共を刺激し、自分を含めた側近を矢面に立たせ事を起こそうとしている。それが ラーディックスには腹立たしい。そしてそれ後、今まさに始まってる。
 相手をなぶり殺す事をシルワ自身楽しんでいるのも理解している。だがあの麗しいシルワを傷つけようという行為がなられる事が許し難いのだ。だからこそ先に自分がぶちのめしたい。人であった事も分からなくなる程にグシャグシャに壊してやりたい。
 それなのにこうしてシルワに捧げる薔薇を作り続ける事しかできない自分の今の立場が腹立たしい。


 そんな時に温室全体の空気が震えるのを感じる。ラーディックスは異常の起こった場所に持っていたハサミを投げつける。それはあっさりと相手の貼った結界に弾かれた。
 次の攻撃を仕掛けようと動こうとするが相手を察して寸前で止める。
「小僧!
 何の真似? この場所に無断で立ち入るなんてぇぇえ! この子達が怪我をしたらどうするの!!」
 怒りの感情を露にしたラーディックスは、伝説の魔物の様に対峙するような人に死の恐怖をもたらす程の気迫があったが、イービスは逆に睨みも付けるような鋭い視線を返す。
「ラーディックス様。申し訳ありません。
 しかし緊急事態なので、ご了承ください」
 イービスがラーディックスに抱えていた人らしきモノを放り投げられて慌ててそれを受け止める。銀色の髪の色、着ている青い洋服の色でそれが誰なのかすぐ分かったので怪我をさせないように慌てて受け止め抱き寄せる。
「ソレを代わりに見張っておいてください。
 この研究所でそういう意味で頼りになるのは貴方しかおりません」
 腕の中にいたマレは身を捩りラーディックスから離れ、イービスの方に向き直る。どうやら二人は睨み合っているようだ。
「ラーディックス様には貴方のたらしこみも効きません。
 下手に色仕掛けなんてしたら命とりですよ。だからお利口にしていて下さい。
 ここはお花も美しく、敬愛する博士と穏やかな時間を過ごせるでしょう。余計な事考えずに静かにお待ち下さい。
 ラーディックス様。もしマレ殿が勝手な真似をされようとしたら遠慮なく止めて下さい。骨の二・三本くらい折っても構いませんので」
 イービスはそんな言葉を言い放ち、帰りは扉から出ていった。それを追いかけようとするマレの腕ををラーディックスは強く掴む。
 同時にマレを外に出さない為に温室へ強固な結界を貼った。もう誰もこの空間に入れないし出られない。
 マレに何かあって万が一な事になると研究所的にもラーディックスとしても困ることになる。シルワにどれ程の怒りを買うか? 考えだに怖い。
「アミークスのあんたに何出来るの? 私達の闘いに。
 ソーリス様が襲われている事がそんなにショックなわけ? それはもう予定通りの事でしょうに。
 あんだけ反抗的な態度をしておきながら……結構可愛い所あるのね」
 ラーディックスの言葉をマレは鼻で笑う。いつもの上品で柔らかい雰囲気がマレから消えている事にラーディックスは少し意外に思う。
「私があの男を心配? する訳では無いでしょ。
 殺しても死なないような無駄に頑丈なだけが取り柄の男を。
 貴方様にまでご迷惑お掛けした事、申し訳なく思います。
 私は大人しくしておりますので、ラーディックス様はお仕事に戻られて下さい」
 マレはそう言葉は丁寧に言うがその視線は温室内をゆっくり探るように動いている。
 突然知らないところに閉じ込められた野生の動物のようだ。
 ピリピリした怒りの気を纏うマレ。その美しさにラーディックスの心は高揚していく。この激しい感情を秘めた青い目をコチラに向けたくてたまらない。
 あのソーリスのことさえ関係ないと冷たく言い放つその表情、冷徹な青い目にラーディックスはゾクゾクした興奮を覚える。
 いつものお済まししている時とは比べ物にならない程艶やかに美しさを増したマレにラーディックスの美的好奇心を刺激される。
 マレがここまで感情的になっている理由も察する。タブーを犯してまで結ばれた家族の事だろう。
「確かにこの私ですら怪我もおわせられない憎たらしい男よね。
 まぁ、怒っていても仕方がないでしょ?
 お茶でも用意させるわ。
 とりあえずあなたも座って落ち着きなさい」
「お構いなく」
 マレはそう言って離れていく。もうラーディックス等もう興味もないように。その柔らかさも気遣いもしない冷たい態度にラーディックスは心臓の鼓動は少し早くなる。
 マレは咲き誇る温室内の見事な薔薇を見向きもせずに、向かうのは中央にある大きな噴水。
 縁に腰掛け流れる水に手を差し入れる。
 マレの手から水に向かってら何か光のようなものが放たれた。そのまま彫刻の様に動かなくなる。

 アクアの能力者だけに、水の力を借りて周囲の情報を探り情報を得ようとしているのだろう。
 青さ、健気さは可愛いとは思うがマレにはラーディックスの心を動かす程の魅力や色気は感じてはいなかった。
 しかし今のこの状況はどうだろう? シルワの足元にも及ばないものの、可愛い娘達に匹敵する熱い滾りをラーディックスに抱かせる。

 ラーディックスは椅子を持ってきて、その様子を惚れ惚れと観察する。
 出来たらこのまま温室の備品にしたいほど、咲き乱れる薔薇の中に佇むマレのいる光景は素晴らしい。
 新しく作りたい薔薇の構想も沸き起こってくる。シルワに捧げる薔薇を完成させた後だけに、下がっていた創作意欲が再び蘇る。

 今にして思えば、ソーリスの寵愛を受けているのが残念で堪らない。
 そうでなければ間違えなくシルワが性的な意味でもマレを可愛がっていだろうから。
 美しいだけでなく知性もあり、そして反骨心もある。シルワが好み愛人にしてきた子らの特徴をしっかりもっている。
 絶美のシルワがこの愛らしいマレを抱く。それはどれ程甘美で心震える光景になっていたのだろうか? 改めてそんな事を考える。
 出来たら自分もその場に同席させてもらい、マレを愛でるのをお手伝いしたい。
 共にマレを追い詰めてとことんまで愛でてあげられたらどんなに楽しいだろうか? 
 シルワのキスや言葉、巧みな指の動きで高められ涙を流しながら震え悦びに震えるマレを夢想する。
 初めは頑なな態度を示すマレをシルワが蕩かせていく様子もまた素晴らしいだろう。
 固い蕾がゆっくり解れ開花していくようにマレが華麗な花となっていくのを見守る。
 華が見事に開いたら自分はマレの股間をゆっくり舌を這わせ花芯を愛撫して蜜を味わいたい。マレの味はどんなに甘美なものだろうか? どんな可愛い声で啼くのか? いった時この白い肌はどのように色付くのか? 青い瞳はどのような色に変化して潤むのか?
 
 ラーディックスは唾を飲み込む。濃厚なワインが無性に欲しくなる。
「マレ? 美味しいワインがあるの。一緒に飲まない?」
 一応声をかけるが作業に集中しているのだろう。返事はない。
 ラーディックスは立ち上がり、棚からグラスと取っておきのワインを取り出し戻ってきて封をあける。
 芳しい熟れたワインの香りと薔薇の香りそして目の前に広がる美景。思いもしない形で降って湧いた最高に情緒溢れる時間。
 ラーディックスはこの時間をとことんまで堪能するつもりだったがそれは唐突に終わりを迎える。
 全く動かなかったマレの身体が動いた。そして再びゆっくりとその視線を温室内に巡らせる。それは周囲の花を目で楽しみ愛でているようで全く異なる意図があるのをラーディックスは察する。
 マレの視線がラーディックスに止まる。ラーディックスはずっとマレを見詰めていた為に視線が合い絡み合う。
 まっすぐ自分を射抜くような青い瞳にラーディックスはワインをもっている手の動きを止める。
 それはさほど長い時間ではなかったがラーディックスには長く心地よい時間に感じる。
 マレは唐突にラーディックスに微笑んできた。この笑みは虫を誘う花の甘い罠のようなもの。
 何かを仕掛けてくる気であることは分かるが、ラーディックスの身体は痺れたように動かない。
 酔いにも似た甘い痺れがラーディックスを支配している。
 別にマレがラーディックスに何かしたのではなく、勝手にラーディックスがマレの美しさに感入り過ぎているだけに過ぎない。しかしそれでラーディックスの対応を間違えた。
「初めて此処に来ましたが、噂以上に素晴らしい所ですね。本当に美しい薔薇ばかり」
 マレの静かな声が響く。その視線はラーディックスから外れ薔薇娘達に移動している。
 視線が自分から逸れたことにラーディックスは寂しさを覚える。
 マレか歩き出した段階で、ラーディックスも立ち上がりサッサとその小さな身体を押さえ込むべきだった。
 ラーディックスの結界が張り巡らされたこの部屋においてはマレは完全な籠の中の鳥。
 逃げる事など不可能。体力的にも能力的にもマレがラーディックスに敵う訳がない。そういう奢りもラーディックスにはあった。
 だからこそいつもは真面目なお利口さんに徹しているマレが無駄に無様に足掻く姿を楽しむのも良いとラーディックスは考えた。
 無力な自分に嘆く姿を慰めるのも良い。マレを優しく抱きしめキスをして。
 少しくらいの味見も許されるだろう。自分の唇を舐める。
 ラーディックスも微笑みマレを見つめる。さてどう動く? 薔薇を眺める様子で出口とは逆の方に歩くマレを椅子に腰掛けたままラーディックスは見守る。
 その奥は先程イービスが侵入してきた所で少し広がった空間が開いている。だからこそイービスも侵入する所をそこに選んだのだろう。
 ラーディックスはグラスを床に置き、立ち上がりマレの方にゆっくりと近づく。
 マレの歩いている先はラーディックスにとっても術を放つのに都合が良い。そこなら娘達を傷つける危険はない。


 ガシャ~ン


「あっ」
 激しい音がしてマレの声が上がる。
 マレが水を貯めていたベールにぶつかり倒してしまう。やはり仕掛けるために緊張しているのだらうか?
 ラーディックスは以外にも粗忽なマレをに微笑ましさを感じる。
「申し訳ありません」
 石畳を水浸しにしてしまい、マレは慌てたようにしゃがみベールを起こす。濡れてしまった地面にマレの手がついた途端に地面が光を帯びたように見えた。水玉が宙に浮き上がり意思を持つようにラーディックスに向かってくる。
 それを払い除けていると自分の横を走り抜けようとする気配の動きを感じた。
 ラーディックスは随分と可愛い目くらましをしてきたものだと苦笑し出口へ向かうマレを阻止しようと長い手を伸ばす。しかしその手は空振りとなる。
 確かに気配を感じた方を見るがそこにマレはいなかった。
【ラーディックス様、申し訳ありません。帰ってきたら片付けますので。失礼します】
 そんな心話が聞こえ周囲を見渡すがマレの姿は忽然と消えていた。
 そして残る時空の歪んだ跡。


 ラーディックスはありえない事態に目を見開く。転移術は相当の能力の高さと、才能がいる。
 そもそもアミークスでは時空の隙間を作ることすら難しいだろう。そこまでの力を蓄えたというのだろうか?
 呆然としながらも残った歪みの跡を調べて見て察する。イービスが開けた穴を塞がらないように自分の術を絡ませていた。それを利用して飛んだのだと。
 ラーディックスはその穴を探りマレが何処に飛んだのかを調べる。
 マレは基本真面目で常識的な人間だが、暴走した時にやらかす事は突拍子も無い。大変なことになる前に止めなければならない。
 ラーディックスもマレを追って飛んだ。
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