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十六章 〜真実がひらくとき〜 カロルの世界
再会の時
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カロルは、いつもと変わらぬ日を過ごしていた。軽い訓練をして書庫での仕事に勤しむ。そして考える。
パッセルの事、マレの事、クラーテールという人物の事。
クラーテールは何者なのか?
マレが父親とは別に愛し合った相手。何故か皆から敬称をつけて呼ばれている人物。
その名を聞いてから、カロルの心はひどく揺さぶってくる。何故ここまで気になるのか? マレが愛したという相手だから?
どこにいてどんな顔をしているかも分からない会った事も無い人物に、心話で話しかけても返って来る筈も無い。しかし存在を知ってからカロルの心に引っかかり続ける。
パッセルの弟から準備が案内する整ったと返事が来たのは昨日のこと。
次の日カロルはその人物と共に南の森を歩く。
「この向こうは立ち入りを禁じられたエリアの筈。どこへ行く?」
南の森は禁域で、許可なきものが行けない場所。その先の世界に着いて話をする事もタブーとされているのか人は見ないふりをする。
ソーリスの護りのない世界。罪人が追放される先。
「この先にクラーテールは住んでいる。そこには罪深き者たちが暮らす村がある。そこにアイツは住んでいます」
カロルは頷く。
「分かったありがとう。場所が分かったからもういいよ」
そう答えると男は嬉しそうな顔をする。
「カロル様が呼べばアイツはすぐ出てくる筈です。
そして貴方様の力を持ってすれば村ごと壊滅させられます」
男の言葉にカロルは首を傾げる。
「そんなこと何故する必要が?
用があるのはクラーテール一人だ。
それに俺はそいつと話をしたいだけ。
まぁ個人的な事だから今度一人の時に訪ねてみるから今日はいいよ。帰ろう」
相手は何故か慌てる。
「待ってください! 兄の仇をとってくれるのではないですか! あいつはパッセルを殺したんですよ」
カロルは溜息をつく。
「あぁ、その話。
それは、ありえ無いらしいよ。
パッセルの事件が起きた時クラーテールというヤツは別の所にいたらしいから」
「それは公安の人の言葉ですよね!
そんなアイツらに都合の良い言葉を信じるのですか!? 嘘に決まっています!
クラーテールのヤツが貴方様の大切な友達のパッセルを殺したんですよ」
カロルはその言葉に苦笑して顔を横にふる。
「あのさ、俺も見習いとはいえ公安の人間なの。
いきなり話しかけてきた見知らぬヤツの話と、それなりに付き合ってきた人間の言葉。どちらを信じると?」
男は目に見えて動揺しているのが分かる。
「そしてずっと聞きたかったんだ、お前誰? 何者?」
カロルが真っ直ぐ見つめて問われると男は固まる。
「誰って。俺はパッセルの弟で……」
カロルは不快げに顔を顰める。
「ふーん。弟ね~。
パッセルは末っ子なんだよ。それで兄の仇ってなに?」
短い期間ながら、パッセルとは沢山の会話をした。
家族の事、未来の夢、悩み、あらゆる事を互いに晒け出して付き合ってきた。そういう事が出来た初めての友達。
誰よりもパッセルの事をカロルは知っている。そういった事もあり最初からこの男に不信感を抱いていた。
「お前さアイツらの仲間だろ?
パッセルを本当に殺したヤツの事知っているんじゃねえのか?」
男は顔を強ばらせ、後ずさる。その目がキョロキョロと動く。
背後に空間が揺れるのを感じた。カロルは気を放つが外れた。
カロルは元々力のコントロールが下手。ズレた所に放たれたモノが当たるわけない。しかし相手を少しビビらす事には成功したようだ。
「あぶね! バカって聞いてたけど、少しは頭が回るんだな」
新しくやってきた男はニヤリと笑う。その手には先が尖った長い棒を持っている。
鋭利な長い凶器で背後から前面にかけて刺されたパッセルの身体にあった傷が脳裏に蘇る。
「順序は逆になったが、まぁいいか。お前を先に殺すことにするよ」
相手から感じるのは明確な殺意。カロルは身体を緊張させる。
カロルは背後からかかってきたパッセルの弟と名乗る男を後ろ蹴りで吹き飛ばす。そのまま男は木に叩きつけられて意識を失った。
「貴様か? パッセルを殺したのは」
低い声でカロルは相手に聞く。
カロルの言葉に、男ほ嫌な笑いを返してきた。
「俺ではないが無様に死んでいったという話は聞いたぜ。馬鹿みたいに突っ立てた木偶の坊だったと」
その言葉にカロルは男に飛び掛る。しかしその手は宙をきる。
この男を締め上げれば、パッセルを殺した人物に辿りつける。
また解決させたという実績を出せば、公安で自分が役に立つことを示せる。そうすれば友と見た夢の先へ踏み出せる。
公安で活躍して世界の平和を守るという夢を。
そう挑むが間合いの長い武器を持っている事で近付けない。
逆に言えば相手の武器が刺して攻撃するように作られている為に、切先を避ければ致命傷は受けにくい。
気がつくと複数の男に囲まれていた。術を放ちたいがカロルの技術ではこんなに激しく動きながらたと手加減が出来ない相手を簡単に殺してしまうだろう。
加減を間違えると消し炭になり手掛かりも消える。
カロルは戦闘しながらも考える。敵は四人。
相手も術を使う事にリスクがある為使えない。
転移術のように種に関わらず使える能力は個の特徴は出ないが、攻撃といった術は後に残る波形に個性がハッキリ出てしまう。それが動かぬ証拠となり特定の原因となる。
その為彼らは証拠を残さないように武器を使い人を殺す。
またカロルが強すぎる力を持つために能力だけの差は大きい。ファクルタースでカロルを殺すのは難しいだろう。
カロルとて簡単に殺られるつもりはない。持ち前のスピードで相手の攻撃を避け迫ろうとするが。
相手が四人で、それが息のあった攻撃をしかけてくるので避けるのが精一杯で反撃に出れない。
ボワッ
突然リーダー格と思われる男の腕から火が登る。カロルはその隙に相手の武器を奪い、それで頭部を思いっきり殴り一人は無力化に成功する。無力化というか頭部損傷の為死亡しているのだが、カロルにそこまでを確認する余裕はない
リーダーを失い三人が動揺する。そこで一気にかたを付けれれば良かったが、カロルも集中を切らしていた。
それ以上にリーダー格の男に火のファクルタースを放った人物が気になったからだ。
「ここは緩衝地帯で一般人の立ち入りは禁じられている筈だが。
しかも穏やかではない様子だな」
声のする方向を見ると川の向こうに黒いフードのついたマントを羽織った細身の人物が立っている。
フード越しにゆっくりと皆に視線を巡らせる。
「貴様、何者だ?」
三人の男は近くにいるカロルの動向を気にしつつ、その人物に問いかける。
相手の人物は肩をすくめる。フードで、顔は見えない。
「無礼な奴らに名乗る義理はない。
その子供を置いて立ち去れ」
原理主義者らはその言葉で、互いに顔を見合わせる。その一人がいきなりカロルを刺そうと動くがカロルにいつの間にか貼られていた結界で弾かれる。
否、攻撃してきた男はカロルに貼られた結界から放たれた炎に包まれる。
結界そのものが人を攻撃してきたことに相手は驚き隙が出来る。
逆にカロルはそこで初めて反応もできる。手にしていた武器で燃えている男を刺す。
肉を貫く嫌な感触にカロルは顔を顰める。
次の瞬間もう一人の原理主義者の男が、素早く近づいてきたフードの人物の武器で胴体が切り裂かれる。
コチラは切るという事に特化した武器なようだ。
【お前は結界でも貼ってそこにいろ! 動くな! 素人は下がってろ】
そんな心話がカロルの耳に響く。
素人と言われた事は心外だが、明らかに相手の方が手馴れた様子で闘っている。
敵では無いようだ。カロルを守るかのように立ち、フードの人物は前に達残った一人と対峙する。
動いた事で、フードが外れている。そこで見えた髪、そして顔にカロルは目を見開く。
「なんで? フ……」
その名を呼ぼうとするのを遮るように原理主義者が叫ぶ。
「クラーテール! 貴様か!! どごまでも……」
改めてその後ろ姿をカロルは見つめる。1つに纏めた鮮やかな色の髪。鍛えているようで細く引き締まった身体。よく見るとカロルが名を呼ぼうとした人物とは別人だった。
顔は似ているが、よく見ると年齢も違う。そして発する気がまるで異なる。
睨み合う原理主義者とクラーテールと呼ばれた二人。
その緊張した場は相手の原理主義者の身体が強ばり倒れる事で唐突に終わりを見せる。
捕縛術を掛けられたようだ。
「勝手な行動は困りますね。クラーテール様。
お前もだカロル」
声のした方を見ると顔にマスクをした姿の公安の実行部隊の男達が立っていてコチラを睨んでいる。全部で五人。早い登場に自分か相手に監視がついていた事をカロルは察する。
「お前らが、雑な仕事をしているからフォローをしたまでだろ? この土地を護るのが私の仕事だ」
勝手な行動をした事を理解しているのでカロルは怒られると身体を強ばらせるが、クラーテールは不快げに顔を顰めそんな横柄な言葉を返す。
「こうしてきっちりと対処しております。
それにコレは、こちらの問題で、貴方が首を突っ込むことではないでしょうに」
カロルは色々言いたいが、文句の言葉を言う空気では無いのは理解できた。
黙って会話を聞くしかない。
改めてクラーテールの姿を見る。細身のしなやかな身体を持ったその人物はカロルが思っていた人物と全く異なっていた。
ど派手な色の髪と緑の瞳を持ち、気が強そうでピリピリとした空気を纏っている。
その人物を見るとカロルは何故か切なく胸が締め付けられるような不思議な感覚に囚われる。
この感覚はマレと初めて会った時に似ていた。
あの医務棟にいた黒髪の男は逆に誰なのか? 逆にそこも気になる。
「貴方も拘束させて頂きます。ご同行」「断る。忙しいから帰させて貰う」
公安の人物の言葉を遮りクラーテールは言い放ち、背中を向けて去ろうとする。
そんなクラーテールの動きを止めるように二人の男が進路に立ち塞がる。
「コレは要請ではありません」
その言葉と共にクラーテールは二人の人物に腕をられ抵抗する前に転移術で消えた。
カロルも別の男に捕まれ移動させられる。
送られのはソファーと少しの家具のある小さな部屋。公安の隊員が打ち合わせなどに使う部屋である事を察する。
そのソファーにはイービスが座り、冷たい表情でクラーテールと向き合っていた。クラーテールはソファーには座らずイービスを立ったまま睨みつけている。
「お久しぶりです。クラーテール様。どうぞお座り下さい。
喉もお乾きでしょう。お茶を用意させます。
カロル! お前も座れ」
カロルは命令され慌てて座るが、クラーテールは立ったまま。
「久しいなアイビスとかいったかな? お前は何故ここにいる?」
「こちらではイービスでお願いします。
以後お見知りおきを」
イービスは立ち上がり、上位のものにする丁寧な礼をとり、再びソファーを勧める。しかしクラーテールは座らない。
「お前はマレの警護をしていると聞いている。それが何故ここにいる?
警護対象を離れるとは有り得ないだろう」
クラーテールはイービスを目ねつけるが、イービスも負けずに睨み返す。
「貴方が、余計な事をされるからでしょう。マレ殿が安心して過ごして頂けるように配慮するのも私の仕事ですから。
ご安心下さい、マレ殿は研究所から決して出られないようになっていますし、見張りはつけています」
クラーテールは目を釣りあげてイービスを見る。それに負けずイービスもキツい視線を返す。
「見張りね……」
「マレ殿に絆されたり、丸め込まれるという事も有り得ないシッカリとした人物なのでご安心下さい」
イービスの言葉にクラーテールは目を細める。それにニコリと笑みを返しカロルに視線を向ける。
「この機会にお二人で親交を深めては如何ですか?
せっかく感動的な涙の再会をしたわけですから。
邪魔する気はありません。ごゆっくりこの部屋でどうぞ」
クラーテールはカロルにチラリと視線を向けてすぐに目をそらす。
逆にイービスはカロルを睨むような鋭い視線を向けてくる。
「今回のバカについては、後日シッカリ聞かせて貰う。
今はこの人物の見張りとお守りを命じる。
お前もこの部屋から出る事は出来ない、仲良く過ごせ」
そう言って冷たく笑うイービス。いつもの様子は実はかなり砕けていて優しい姿だったとカロルは理解する。真剣に仕事をしている時の姿は別人のように冷たく容赦ない。
「嬉しい誘いだな……。
しかし出来たら研究所の方に移動させてもらってよいかな? マレが心配なので」「私も忙しいのでここで失礼する」
イービスは強引に会話を切り部屋から出ていってしまった。
カロルはどうしたものかとクラーテールを見上げる。しかし相手はカロルの事等構ってられないようだ。
イービスを追いかけるように出口に向かうが鍵がかけられているのだろう開かない。
呼吸を整え気を溜めてクラーテールは蹴破ろうとするが扉にかけられた術紋に弾かれたようだ。軽く吹き飛ばされた。
その後非戦闘員の職員がお茶とお菓子を持って現れる。その隙にもクラーテールは逃げようとするが、扉のあるなし関わらず紋章で阻まれるようで失敗する。
お茶を持ってきた人物は、逃げるように部屋から出ていっとことで二人きりになる。
諦めたのかソファーにドカリと座り大きくため息をつくクラーテール。
茶に手を出すでもなく、じっと宙を睨んでいる。
「さっきの生意気な男、ソーリスの近親者か?」
そういきなり話しかけられてきて、カロルはビビる。会って話したいとは思っていたが、よく分からない状況で会い、さらに訳分からない状態に置かれてしまった為にどう対応して良いのかわからなかった。
しかもブリームムの事を呼び捨てにしたことにも驚く。
「はい。ソーリス様の孫で、俺の甥にあたります……つまり俺の三つ上の兄の子供でして……母親がトゥルボー兄さんの……」
怒りに満ちた相手の様子が少し怖くて敬語になっていた。
「なるほどね。それだからか忌々しくも堅強な印章なのか。外部との連絡も遮断するとは」
扉越しに省内が今までにないほどザワついているのが分かる。
あれ程気になり会いたかったクラーテールが目の前にいるのだが、その事が些細な事のように思える程今の省内の状況は異常に感じる。
部屋に貼られた封術の為か探れるのは省内の人の様子がせいぜいで、外の様子までは全く分からない。
「何が起こっているのか? お前分かる……ますか?」
クラーテールの目がカロルに向く。緑のその瞳に見つめられドキリとする。
マレの兄弟だと聞いて納得する。クラーテールの方が身体は大人だがマレにソックリなことに気がつく。
違うのは髪の色と目の色だけ。
見つめられて、カロルの脈が乱れて落ち着かなくなる。
「すまない。お前が私を最近ずっと呼んでいたのは感じてた。
お前とは向き合い話し合わないといけないとは思っているし、逃げる気はない。
ただ、今は状況が状況だけに落ち着いて話なんかしている場合ではない。そこを理解して欲しい。
これが終わったら文句も怒りの言葉も聞いてやるから、今は勘弁して欲しい。緊急事態だ」
カロルは素直に頷く。パッセルの言う通り悪い奴でもなく、話は通じる人には思えた。
この時までは……。
柔らかそうな髪、宝石のようにギラギラと光る瞳、額を飾る装飾品それらを見つめる。
マレにそっくりな顔なのに、真逆な印象を与えるその顔。
不思議な気分だ。激しい感情を宿した瞳から目を離せない。
「お前はこの部屋から出られるのか?」
そう聞かれてビクリと身体が震える。完全に威圧感にやられてしまっていた。
立ち上がり扉の方に行きノブを回すがやはり開かない。ビリビリとした感触からカロルが外に出ることも拒まれている。
「駄目みたい。俺もこの部屋の紋章の対象になってるみたいだ……です」
クラーテールはため息をつく。
「交信は? 外の誰かに連絡をつけられるか? 誰かと繋がるか?」
カロルは悩む。外の誰に心話を送れば良いのか? 居場所が分かっておりそして気軽に話しかけられる。そんな相手がそもそもそんなにいない。
「駄目みたいだな……マレはお前には繋がらないと言っている……」
悩んでいるうちに、クラーテールはあっさり結論を出してくる。
「お前はマレと話せるのかよ!」
思わずそう声を上げてしまう。
「お前の方がソーリスの血は濃いよな? イービスの印章を壊せないか」
聞いた事には答えないで、クラーテールはとんでもない事を言ってくる。
「こう言う印章は精密で、まず扱える人も少なく作成出来る人間は選ばれた一部の人間だ! それだけ特別なものなんだ!
俺も過去に散々壊そうと頑張ったけど全く歯が立たない! だから無理!」
こういった印章を使われるような場所で拘束されていたということ事態が問題なのだが、カロルは自信を持って言い切る。
クラーテールはカロルに興味を無くしたかのように黙り込む。
自分の世界に入ってしまい黙り込んみ何やら考えているようだ。
外が賑やかな事から、何か大変な状況になっているのは理解出来るが全く様子が分からない。
前にいるクラーテールは恐らくはマレと交信できているようだ。
真似をしてマレに話しかけるが繋がる気配がない。試しにフラムモーにも連絡をとろうとするが同様だった。部屋の印章で阻まれているのか、全く通じない。
「マレはなんていっているの?」
カロルは聞くが返事はない。
ジッと一点を見つめたまま動かない。なにを見ているのか? カロルもその方向を見るが壁があるのみ。
人形のように動くことも喋ることも止めたクラーテールを前にカロルは途方にくれる。
気持ちの悪い沈黙が支配した部屋で二人は向かい合いながらも視線合うこともない。
話しかけても一切返事も来ない。
非常に気持ち悪い沈黙が部屋を支配した。
「ошибка」
クラーテールが目を見開き叫ぶ。立ち上がる。そして部屋の中を歩き回る。
「どうしたの?」
そう聞くが、何も答えてくれずに周囲を見渡している。
「ここの部屋の構造は? 隣はどうなっている?」
「どうって……このように似た小部屋が並んでいるだけ。打ち合わせとか会議とかおこなわれている」
「成程……今は人もいないな」
カロルにというか独り言のような言葉を吐く。それにどう反応するか悩むカロル。
「カロル、念の為自分に結界術を貼っておけ」
そういきなり話しかけられ、クラーテールは術を壁に向かって思いっきりぶつける。その力がルークスであったことにカロルは内心驚く。
チッ
舌打ちの声が聞こえる。壁を見てみると部屋全体に術がかけられているようで前の棚はこわれたが、壁は無傷のまま。
「アンタ……なにを……」
室内で強烈な力を放つなんて、有り得ない話である。
イービスに見張れと言われたが、改めてとんでもない任務を命じられていた事に気がつく。
ヤバい人物と共にこの部屋に閉じ込められた事に気がついた。
ブツブツと何かを呟いているクラーテール。
「アンタ……何者?」
そう聞くと、やっとカロルの方をみてくれた。
細い体ながらに盛り上がった厚い胸、そして先程のスピード感のあるしなやかな動きから、身体を鍛えていることが分かる。
髪は逆立ち緑の瞳は今狂気にも似たギラギラとした光を帯びている。
「自己紹介するまでもないだろ? クラーテールだ。
……何とかして行かないと……レ……。キ……」
クラーテールはそう言いながら部屋を見渡している。部屋にどこか抜けられる要素がないか探しているのだろう。
「無理だよ術は部屋全体にかけられている。術や物理的な攻撃ても穴は開かない……。
そもそもマレの所に行ってどうする気? あんた話せるなら会うまでしなくても良くない?」
まさか拐う気では? その懸念から聞いてみる。
クラーテールはカロルに視線を戻し、変なことを聞くという感じで首を傾げる、
「決まってるだろ? 守る為だ。
マレが外に出た。直接説得する為に」
戦う? マレが?
「何故……? 転移術か……転移術……。
カロル! お前は転移術は使えるか?」
頷くべきか悩む。頷くととんでもない事を頼まれそうでカロルはそれより気になることを聞く事にした。
「待てよ! マレが外にいる何だよ! マレも出られなくなっていた筈では?」
クラーテールに縋ったことで見えてくる相手が察知している光景。
「無理やり、研究所を抜け出した。
やめろ!
貴方が戦うな……。
子供を連れて逃げろ……
っカロル! 頼む! 私を連れてマレの所に飛べ!」
武器を手に迫ってくる敵を冷静に切り捨てるマレの姿。有り得ない光景が見えてくる。
「何だよコレ……何故マレが……」
そこから感じるモノでカロルはマレのいる場所を測る。北の森で先程自分達がいたところよりさらに南東に位置する所、何かを守るようにマレは公安の人物と共に闘っている。
混乱からカロルは暴れクラーテールを壁へと突き放す。
今回は時間がなかった事もありカロル自身に枷となる術紋が施されて居ないことに気がつく。転移術がここでも使える。
「待て!! 私もつれていけ!」
そう叫ぶクラーテールの声が聞こえたが、気にしていられなかった。マレの側に行かねばならない。カロルは一人、森へと飛んだ。
パッセルの事、マレの事、クラーテールという人物の事。
クラーテールは何者なのか?
マレが父親とは別に愛し合った相手。何故か皆から敬称をつけて呼ばれている人物。
その名を聞いてから、カロルの心はひどく揺さぶってくる。何故ここまで気になるのか? マレが愛したという相手だから?
どこにいてどんな顔をしているかも分からない会った事も無い人物に、心話で話しかけても返って来る筈も無い。しかし存在を知ってからカロルの心に引っかかり続ける。
パッセルの弟から準備が案内する整ったと返事が来たのは昨日のこと。
次の日カロルはその人物と共に南の森を歩く。
「この向こうは立ち入りを禁じられたエリアの筈。どこへ行く?」
南の森は禁域で、許可なきものが行けない場所。その先の世界に着いて話をする事もタブーとされているのか人は見ないふりをする。
ソーリスの護りのない世界。罪人が追放される先。
「この先にクラーテールは住んでいる。そこには罪深き者たちが暮らす村がある。そこにアイツは住んでいます」
カロルは頷く。
「分かったありがとう。場所が分かったからもういいよ」
そう答えると男は嬉しそうな顔をする。
「カロル様が呼べばアイツはすぐ出てくる筈です。
そして貴方様の力を持ってすれば村ごと壊滅させられます」
男の言葉にカロルは首を傾げる。
「そんなこと何故する必要が?
用があるのはクラーテール一人だ。
それに俺はそいつと話をしたいだけ。
まぁ個人的な事だから今度一人の時に訪ねてみるから今日はいいよ。帰ろう」
相手は何故か慌てる。
「待ってください! 兄の仇をとってくれるのではないですか! あいつはパッセルを殺したんですよ」
カロルは溜息をつく。
「あぁ、その話。
それは、ありえ無いらしいよ。
パッセルの事件が起きた時クラーテールというヤツは別の所にいたらしいから」
「それは公安の人の言葉ですよね!
そんなアイツらに都合の良い言葉を信じるのですか!? 嘘に決まっています!
クラーテールのヤツが貴方様の大切な友達のパッセルを殺したんですよ」
カロルはその言葉に苦笑して顔を横にふる。
「あのさ、俺も見習いとはいえ公安の人間なの。
いきなり話しかけてきた見知らぬヤツの話と、それなりに付き合ってきた人間の言葉。どちらを信じると?」
男は目に見えて動揺しているのが分かる。
「そしてずっと聞きたかったんだ、お前誰? 何者?」
カロルが真っ直ぐ見つめて問われると男は固まる。
「誰って。俺はパッセルの弟で……」
カロルは不快げに顔を顰める。
「ふーん。弟ね~。
パッセルは末っ子なんだよ。それで兄の仇ってなに?」
短い期間ながら、パッセルとは沢山の会話をした。
家族の事、未来の夢、悩み、あらゆる事を互いに晒け出して付き合ってきた。そういう事が出来た初めての友達。
誰よりもパッセルの事をカロルは知っている。そういった事もあり最初からこの男に不信感を抱いていた。
「お前さアイツらの仲間だろ?
パッセルを本当に殺したヤツの事知っているんじゃねえのか?」
男は顔を強ばらせ、後ずさる。その目がキョロキョロと動く。
背後に空間が揺れるのを感じた。カロルは気を放つが外れた。
カロルは元々力のコントロールが下手。ズレた所に放たれたモノが当たるわけない。しかし相手を少しビビらす事には成功したようだ。
「あぶね! バカって聞いてたけど、少しは頭が回るんだな」
新しくやってきた男はニヤリと笑う。その手には先が尖った長い棒を持っている。
鋭利な長い凶器で背後から前面にかけて刺されたパッセルの身体にあった傷が脳裏に蘇る。
「順序は逆になったが、まぁいいか。お前を先に殺すことにするよ」
相手から感じるのは明確な殺意。カロルは身体を緊張させる。
カロルは背後からかかってきたパッセルの弟と名乗る男を後ろ蹴りで吹き飛ばす。そのまま男は木に叩きつけられて意識を失った。
「貴様か? パッセルを殺したのは」
低い声でカロルは相手に聞く。
カロルの言葉に、男ほ嫌な笑いを返してきた。
「俺ではないが無様に死んでいったという話は聞いたぜ。馬鹿みたいに突っ立てた木偶の坊だったと」
その言葉にカロルは男に飛び掛る。しかしその手は宙をきる。
この男を締め上げれば、パッセルを殺した人物に辿りつける。
また解決させたという実績を出せば、公安で自分が役に立つことを示せる。そうすれば友と見た夢の先へ踏み出せる。
公安で活躍して世界の平和を守るという夢を。
そう挑むが間合いの長い武器を持っている事で近付けない。
逆に言えば相手の武器が刺して攻撃するように作られている為に、切先を避ければ致命傷は受けにくい。
気がつくと複数の男に囲まれていた。術を放ちたいがカロルの技術ではこんなに激しく動きながらたと手加減が出来ない相手を簡単に殺してしまうだろう。
加減を間違えると消し炭になり手掛かりも消える。
カロルは戦闘しながらも考える。敵は四人。
相手も術を使う事にリスクがある為使えない。
転移術のように種に関わらず使える能力は個の特徴は出ないが、攻撃といった術は後に残る波形に個性がハッキリ出てしまう。それが動かぬ証拠となり特定の原因となる。
その為彼らは証拠を残さないように武器を使い人を殺す。
またカロルが強すぎる力を持つために能力だけの差は大きい。ファクルタースでカロルを殺すのは難しいだろう。
カロルとて簡単に殺られるつもりはない。持ち前のスピードで相手の攻撃を避け迫ろうとするが。
相手が四人で、それが息のあった攻撃をしかけてくるので避けるのが精一杯で反撃に出れない。
ボワッ
突然リーダー格と思われる男の腕から火が登る。カロルはその隙に相手の武器を奪い、それで頭部を思いっきり殴り一人は無力化に成功する。無力化というか頭部損傷の為死亡しているのだが、カロルにそこまでを確認する余裕はない
リーダーを失い三人が動揺する。そこで一気にかたを付けれれば良かったが、カロルも集中を切らしていた。
それ以上にリーダー格の男に火のファクルタースを放った人物が気になったからだ。
「ここは緩衝地帯で一般人の立ち入りは禁じられている筈だが。
しかも穏やかではない様子だな」
声のする方向を見ると川の向こうに黒いフードのついたマントを羽織った細身の人物が立っている。
フード越しにゆっくりと皆に視線を巡らせる。
「貴様、何者だ?」
三人の男は近くにいるカロルの動向を気にしつつ、その人物に問いかける。
相手の人物は肩をすくめる。フードで、顔は見えない。
「無礼な奴らに名乗る義理はない。
その子供を置いて立ち去れ」
原理主義者らはその言葉で、互いに顔を見合わせる。その一人がいきなりカロルを刺そうと動くがカロルにいつの間にか貼られていた結界で弾かれる。
否、攻撃してきた男はカロルに貼られた結界から放たれた炎に包まれる。
結界そのものが人を攻撃してきたことに相手は驚き隙が出来る。
逆にカロルはそこで初めて反応もできる。手にしていた武器で燃えている男を刺す。
肉を貫く嫌な感触にカロルは顔を顰める。
次の瞬間もう一人の原理主義者の男が、素早く近づいてきたフードの人物の武器で胴体が切り裂かれる。
コチラは切るという事に特化した武器なようだ。
【お前は結界でも貼ってそこにいろ! 動くな! 素人は下がってろ】
そんな心話がカロルの耳に響く。
素人と言われた事は心外だが、明らかに相手の方が手馴れた様子で闘っている。
敵では無いようだ。カロルを守るかのように立ち、フードの人物は前に達残った一人と対峙する。
動いた事で、フードが外れている。そこで見えた髪、そして顔にカロルは目を見開く。
「なんで? フ……」
その名を呼ぼうとするのを遮るように原理主義者が叫ぶ。
「クラーテール! 貴様か!! どごまでも……」
改めてその後ろ姿をカロルは見つめる。1つに纏めた鮮やかな色の髪。鍛えているようで細く引き締まった身体。よく見るとカロルが名を呼ぼうとした人物とは別人だった。
顔は似ているが、よく見ると年齢も違う。そして発する気がまるで異なる。
睨み合う原理主義者とクラーテールと呼ばれた二人。
その緊張した場は相手の原理主義者の身体が強ばり倒れる事で唐突に終わりを見せる。
捕縛術を掛けられたようだ。
「勝手な行動は困りますね。クラーテール様。
お前もだカロル」
声のした方を見ると顔にマスクをした姿の公安の実行部隊の男達が立っていてコチラを睨んでいる。全部で五人。早い登場に自分か相手に監視がついていた事をカロルは察する。
「お前らが、雑な仕事をしているからフォローをしたまでだろ? この土地を護るのが私の仕事だ」
勝手な行動をした事を理解しているのでカロルは怒られると身体を強ばらせるが、クラーテールは不快げに顔を顰めそんな横柄な言葉を返す。
「こうしてきっちりと対処しております。
それにコレは、こちらの問題で、貴方が首を突っ込むことではないでしょうに」
カロルは色々言いたいが、文句の言葉を言う空気では無いのは理解できた。
黙って会話を聞くしかない。
改めてクラーテールの姿を見る。細身のしなやかな身体を持ったその人物はカロルが思っていた人物と全く異なっていた。
ど派手な色の髪と緑の瞳を持ち、気が強そうでピリピリとした空気を纏っている。
その人物を見るとカロルは何故か切なく胸が締め付けられるような不思議な感覚に囚われる。
この感覚はマレと初めて会った時に似ていた。
あの医務棟にいた黒髪の男は逆に誰なのか? 逆にそこも気になる。
「貴方も拘束させて頂きます。ご同行」「断る。忙しいから帰させて貰う」
公安の人物の言葉を遮りクラーテールは言い放ち、背中を向けて去ろうとする。
そんなクラーテールの動きを止めるように二人の男が進路に立ち塞がる。
「コレは要請ではありません」
その言葉と共にクラーテールは二人の人物に腕をられ抵抗する前に転移術で消えた。
カロルも別の男に捕まれ移動させられる。
送られのはソファーと少しの家具のある小さな部屋。公安の隊員が打ち合わせなどに使う部屋である事を察する。
そのソファーにはイービスが座り、冷たい表情でクラーテールと向き合っていた。クラーテールはソファーには座らずイービスを立ったまま睨みつけている。
「お久しぶりです。クラーテール様。どうぞお座り下さい。
喉もお乾きでしょう。お茶を用意させます。
カロル! お前も座れ」
カロルは命令され慌てて座るが、クラーテールは立ったまま。
「久しいなアイビスとかいったかな? お前は何故ここにいる?」
「こちらではイービスでお願いします。
以後お見知りおきを」
イービスは立ち上がり、上位のものにする丁寧な礼をとり、再びソファーを勧める。しかしクラーテールは座らない。
「お前はマレの警護をしていると聞いている。それが何故ここにいる?
警護対象を離れるとは有り得ないだろう」
クラーテールはイービスを目ねつけるが、イービスも負けずに睨み返す。
「貴方が、余計な事をされるからでしょう。マレ殿が安心して過ごして頂けるように配慮するのも私の仕事ですから。
ご安心下さい、マレ殿は研究所から決して出られないようになっていますし、見張りはつけています」
クラーテールは目を釣りあげてイービスを見る。それに負けずイービスもキツい視線を返す。
「見張りね……」
「マレ殿に絆されたり、丸め込まれるという事も有り得ないシッカリとした人物なのでご安心下さい」
イービスの言葉にクラーテールは目を細める。それにニコリと笑みを返しカロルに視線を向ける。
「この機会にお二人で親交を深めては如何ですか?
せっかく感動的な涙の再会をしたわけですから。
邪魔する気はありません。ごゆっくりこの部屋でどうぞ」
クラーテールはカロルにチラリと視線を向けてすぐに目をそらす。
逆にイービスはカロルを睨むような鋭い視線を向けてくる。
「今回のバカについては、後日シッカリ聞かせて貰う。
今はこの人物の見張りとお守りを命じる。
お前もこの部屋から出る事は出来ない、仲良く過ごせ」
そう言って冷たく笑うイービス。いつもの様子は実はかなり砕けていて優しい姿だったとカロルは理解する。真剣に仕事をしている時の姿は別人のように冷たく容赦ない。
「嬉しい誘いだな……。
しかし出来たら研究所の方に移動させてもらってよいかな? マレが心配なので」「私も忙しいのでここで失礼する」
イービスは強引に会話を切り部屋から出ていってしまった。
カロルはどうしたものかとクラーテールを見上げる。しかし相手はカロルの事等構ってられないようだ。
イービスを追いかけるように出口に向かうが鍵がかけられているのだろう開かない。
呼吸を整え気を溜めてクラーテールは蹴破ろうとするが扉にかけられた術紋に弾かれたようだ。軽く吹き飛ばされた。
その後非戦闘員の職員がお茶とお菓子を持って現れる。その隙にもクラーテールは逃げようとするが、扉のあるなし関わらず紋章で阻まれるようで失敗する。
お茶を持ってきた人物は、逃げるように部屋から出ていっとことで二人きりになる。
諦めたのかソファーにドカリと座り大きくため息をつくクラーテール。
茶に手を出すでもなく、じっと宙を睨んでいる。
「さっきの生意気な男、ソーリスの近親者か?」
そういきなり話しかけられてきて、カロルはビビる。会って話したいとは思っていたが、よく分からない状況で会い、さらに訳分からない状態に置かれてしまった為にどう対応して良いのかわからなかった。
しかもブリームムの事を呼び捨てにしたことにも驚く。
「はい。ソーリス様の孫で、俺の甥にあたります……つまり俺の三つ上の兄の子供でして……母親がトゥルボー兄さんの……」
怒りに満ちた相手の様子が少し怖くて敬語になっていた。
「なるほどね。それだからか忌々しくも堅強な印章なのか。外部との連絡も遮断するとは」
扉越しに省内が今までにないほどザワついているのが分かる。
あれ程気になり会いたかったクラーテールが目の前にいるのだが、その事が些細な事のように思える程今の省内の状況は異常に感じる。
部屋に貼られた封術の為か探れるのは省内の人の様子がせいぜいで、外の様子までは全く分からない。
「何が起こっているのか? お前分かる……ますか?」
クラーテールの目がカロルに向く。緑のその瞳に見つめられドキリとする。
マレの兄弟だと聞いて納得する。クラーテールの方が身体は大人だがマレにソックリなことに気がつく。
違うのは髪の色と目の色だけ。
見つめられて、カロルの脈が乱れて落ち着かなくなる。
「すまない。お前が私を最近ずっと呼んでいたのは感じてた。
お前とは向き合い話し合わないといけないとは思っているし、逃げる気はない。
ただ、今は状況が状況だけに落ち着いて話なんかしている場合ではない。そこを理解して欲しい。
これが終わったら文句も怒りの言葉も聞いてやるから、今は勘弁して欲しい。緊急事態だ」
カロルは素直に頷く。パッセルの言う通り悪い奴でもなく、話は通じる人には思えた。
この時までは……。
柔らかそうな髪、宝石のようにギラギラと光る瞳、額を飾る装飾品それらを見つめる。
マレにそっくりな顔なのに、真逆な印象を与えるその顔。
不思議な気分だ。激しい感情を宿した瞳から目を離せない。
「お前はこの部屋から出られるのか?」
そう聞かれてビクリと身体が震える。完全に威圧感にやられてしまっていた。
立ち上がり扉の方に行きノブを回すがやはり開かない。ビリビリとした感触からカロルが外に出ることも拒まれている。
「駄目みたい。俺もこの部屋の紋章の対象になってるみたいだ……です」
クラーテールはため息をつく。
「交信は? 外の誰かに連絡をつけられるか? 誰かと繋がるか?」
カロルは悩む。外の誰に心話を送れば良いのか? 居場所が分かっておりそして気軽に話しかけられる。そんな相手がそもそもそんなにいない。
「駄目みたいだな……マレはお前には繋がらないと言っている……」
悩んでいるうちに、クラーテールはあっさり結論を出してくる。
「お前はマレと話せるのかよ!」
思わずそう声を上げてしまう。
「お前の方がソーリスの血は濃いよな? イービスの印章を壊せないか」
聞いた事には答えないで、クラーテールはとんでもない事を言ってくる。
「こう言う印章は精密で、まず扱える人も少なく作成出来る人間は選ばれた一部の人間だ! それだけ特別なものなんだ!
俺も過去に散々壊そうと頑張ったけど全く歯が立たない! だから無理!」
こういった印章を使われるような場所で拘束されていたということ事態が問題なのだが、カロルは自信を持って言い切る。
クラーテールはカロルに興味を無くしたかのように黙り込む。
自分の世界に入ってしまい黙り込んみ何やら考えているようだ。
外が賑やかな事から、何か大変な状況になっているのは理解出来るが全く様子が分からない。
前にいるクラーテールは恐らくはマレと交信できているようだ。
真似をしてマレに話しかけるが繋がる気配がない。試しにフラムモーにも連絡をとろうとするが同様だった。部屋の印章で阻まれているのか、全く通じない。
「マレはなんていっているの?」
カロルは聞くが返事はない。
ジッと一点を見つめたまま動かない。なにを見ているのか? カロルもその方向を見るが壁があるのみ。
人形のように動くことも喋ることも止めたクラーテールを前にカロルは途方にくれる。
気持ちの悪い沈黙が支配した部屋で二人は向かい合いながらも視線合うこともない。
話しかけても一切返事も来ない。
非常に気持ち悪い沈黙が部屋を支配した。
「ошибка」
クラーテールが目を見開き叫ぶ。立ち上がる。そして部屋の中を歩き回る。
「どうしたの?」
そう聞くが、何も答えてくれずに周囲を見渡している。
「ここの部屋の構造は? 隣はどうなっている?」
「どうって……このように似た小部屋が並んでいるだけ。打ち合わせとか会議とかおこなわれている」
「成程……今は人もいないな」
カロルにというか独り言のような言葉を吐く。それにどう反応するか悩むカロル。
「カロル、念の為自分に結界術を貼っておけ」
そういきなり話しかけられ、クラーテールは術を壁に向かって思いっきりぶつける。その力がルークスであったことにカロルは内心驚く。
チッ
舌打ちの声が聞こえる。壁を見てみると部屋全体に術がかけられているようで前の棚はこわれたが、壁は無傷のまま。
「アンタ……なにを……」
室内で強烈な力を放つなんて、有り得ない話である。
イービスに見張れと言われたが、改めてとんでもない任務を命じられていた事に気がつく。
ヤバい人物と共にこの部屋に閉じ込められた事に気がついた。
ブツブツと何かを呟いているクラーテール。
「アンタ……何者?」
そう聞くと、やっとカロルの方をみてくれた。
細い体ながらに盛り上がった厚い胸、そして先程のスピード感のあるしなやかな動きから、身体を鍛えていることが分かる。
髪は逆立ち緑の瞳は今狂気にも似たギラギラとした光を帯びている。
「自己紹介するまでもないだろ? クラーテールだ。
……何とかして行かないと……レ……。キ……」
クラーテールはそう言いながら部屋を見渡している。部屋にどこか抜けられる要素がないか探しているのだろう。
「無理だよ術は部屋全体にかけられている。術や物理的な攻撃ても穴は開かない……。
そもそもマレの所に行ってどうする気? あんた話せるなら会うまでしなくても良くない?」
まさか拐う気では? その懸念から聞いてみる。
クラーテールはカロルに視線を戻し、変なことを聞くという感じで首を傾げる、
「決まってるだろ? 守る為だ。
マレが外に出た。直接説得する為に」
戦う? マレが?
「何故……? 転移術か……転移術……。
カロル! お前は転移術は使えるか?」
頷くべきか悩む。頷くととんでもない事を頼まれそうでカロルはそれより気になることを聞く事にした。
「待てよ! マレが外にいる何だよ! マレも出られなくなっていた筈では?」
クラーテールに縋ったことで見えてくる相手が察知している光景。
「無理やり、研究所を抜け出した。
やめろ!
貴方が戦うな……。
子供を連れて逃げろ……
っカロル! 頼む! 私を連れてマレの所に飛べ!」
武器を手に迫ってくる敵を冷静に切り捨てるマレの姿。有り得ない光景が見えてくる。
「何だよコレ……何故マレが……」
そこから感じるモノでカロルはマレのいる場所を測る。北の森で先程自分達がいたところよりさらに南東に位置する所、何かを守るようにマレは公安の人物と共に闘っている。
混乱からカロルは暴れクラーテールを壁へと突き放す。
今回は時間がなかった事もありカロル自身に枷となる術紋が施されて居ないことに気がつく。転移術がここでも使える。
「待て!! 私もつれていけ!」
そう叫ぶクラーテールの声が聞こえたが、気にしていられなかった。マレの側に行かねばならない。カロルは一人、森へと飛んだ。
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