蒼き流れの中で

白い黒猫

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十六章 〜真実がひらくとき〜 カロルの世界

明時に

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 朝と言うには早すぎる太陽すら登っていない時間の為、宮殿内を歩いている人等殆どいない。
 要所要所に立つ警備がイービスの姿を見ると敬礼をしていく。それに軽く頷く形で返しイービスは研究所へともどる。
 マレの気配がそちらにあるからだ。
 マレの執務室の前に立つ警護を代行させていた男と視線で会話し帰らせる。
 扉をそっと開けて中を覗きイービスは溜息をつく。
「こんな時間に何をされているのですか」 
 ソファーで寝てくれていることを望んでいた。煌々とついた灯りの中で机に向かっている。
 昨日と変わらぬマレの洋服。恐らく昨日別れたあとここで仕事をしていたのだろう。
 シルワからの指示もあり、イービスはマレの一日のスケジュールの管理もしていた。
 三食食べさせ、夜は部屋に書類といったものを一切持ち込ませず戻す。
 規則正しい生活をさせるという警護の職務を超えた業務。しかしマレは寝食をすぐ忘れるので仕方がない。
 目を離すとすぐこのザマ。下手したら昨日の昼と夜の食事すらしていないだろう。
 イービスは睨むが、マレは微笑み迎えてきた。
「おかえりなさい」
「おかえりなさいでは無いでしょう!
 一睡もされてないですよね」
 マレは何故か可笑しそうに笑う。
「貴方もそうでしょうに」
 確かにイービスも寝てはいないが、食事はとっているし、ここに来る前に風呂に入り着替えも済ました。
「お疲れでしょ? お茶でも煎れます」
 マレは立ち上がり止める間もなく部屋から出ていく。この時間だと流石に侍従をしている職員もいない為、お茶が、飲みたかったら自分で煎れるしかない。
 マレは希少なファクルタースを持つことで、人に傅かれて生きてきた。
 侍従経験もなくこういった事は出来なさそうに見えてお茶くみや一人での着替え等躊躇いなく行う。
 お茶に関してはイービスより上手く美味しいお茶を煎れてくる。
「貴方は何故、そう自己管理が出来ないのですか!」
 マレは心外だと言わんばかりに目を見開く。
「ちゃんと私なりに状況みて作業を進めていますよ」
「それで、過去に何度かぶっ倒れて大変なことになっているでしょうに」
 そう返すイービスにマレは溜息をつく。
「いつまで過去の話をしてくるのですか?
 あの時間感覚を狂わせるような忌々しい部屋に幽閉されていた事の弊害。もうそのような事はしていないでしょうに。
 あと最近私がぶっ倒れるのは仕事のせいではなく、ソーリス様が原因ですよね?」
 間違えていないのでイービスは反論も出来ない。
 アミークスがノービリスより勤勉であることは理解していた。マレの働き方はそんな表現の範疇を超えている。イービスにはそれが生き急いでいるようにみえた。
 その事を実際マレに投げかけた事もある。するとマレに笑われた。

『生き急ぐ? 寧ろ逆なのだと思います。
 死を覚悟して自分が納得できる形の最期という事ばかりを考えていた過去から一転の今のこの状況。
 まだ自分は色んな事が出来るという事が嬉しくて。楽しくて』

 一見前向きで健全な発言にも聞こえる。しかしどこかその生き方に危うさを感じているのはイービスだけでない。
 トゥルボーやシルワもお茶や酒に誘いマレを仕事から引っぺがす事を良くしている。
 ソーリスがマレを抱き潰すのも……そこまで考えてイービスは否定した。これに関してはソーリスの趣味だと。

 部屋に戻りイービスはマレと二人ソファーで向き合う。
 視線を机の方に向けた。背後の棚に飾られている剣がやや移動している。
 武器なんてものを身近に置くのは歓迎すべき事ではない。だが一度この部屋で命を狙われた事があるだけに容認されていた。
 マレがもしイービスら相手に剣を使ってきたとしても脅威でもなんでもない。だから許されているというのもある。
 それにイービスとしては自分のいる所でそんなものを使わせるつもりもない。
 イービスはマレが今日、剣を手にとり何を想い考えたのかは気になった。
「私に働き過ぎと言いますが、貴方も人の事は言えないでしょうに。貴方の方が疲れた顔していますよ」
 イービスは苦笑した。
「疲れているのではなく、貴方に呆れています」
 マレはイービスに艶やかに微笑む。
「まあ今日の事は勘弁して下さい。眠れなかったので。怒りで」
 イービスはマレの美しい笑みを見つめながら、その奥にある強い感情を察する。マレのこの笑みが喜の感情からきているものでは無い。
 気分を落ち着かせるためにイービスは香りの良いお茶を一口飲んだ。
「犯人は必ず捕まえシッカリ罪を償わせる」
「お願いします」
 そう言ってマレは目を伏せた。
「貴方にとってそれ程に大事な方だったのですねあの人物は……」
 つい聞いてしまったイービスにマレは首を傾げる。
「どうなのでしょうかね。あの者に私自身は特別な感情を持った事はないですけど」
 余りにも無情な言葉にイービスは一瞬自分が言葉を、聞き間違えたのかと思った。
「では何故そこまで貴方が悩まれる?」
 マレは顔を苦しげに顰める。
「寧ろ……ずっとあの者にイラついていた」
 思わず顔を上げマレの顔を観察してしまう。
 マレの表情は怒りも憂いも秘めているようには見えない。その静けさが余計に強い感情を隠しているようにも感じた。
「可愛らしくはあるけど余りにも愚かだから……私は突き放すしかなかった。それなのに私の視界にいつまでもチョロチョロと……。本当に苛立たしい。
 何故こんな私をあの者はあれ程まで求め縋り愛し続けるのか? 
 何も与えられない、寧ろ奪ってばかりなのに。馬鹿としか言い様がない」
 返す言葉もなくあぜんと見つめてくるイービスにマレは微笑む。
 「誰よりも幸せな人生を生きて欲しいと望んではいましたよ。私から離れ無関係な形で。
 それなのに、あの者は私のみに尽くし依存する人生を選んだ!」
 マレの淡い青い瞳が今はグレーに染まっている。目の充血によるものだろうが、寝不足の為なのか怒りのためか? 
「で、今回のフラーメンの件は、私はどう対処すれば良いのでしょうか?
 子供達へ説明しなければいけませんし」
 マレの質問にイービスは一フーと息を吐く。
「散歩中に体調を崩し亡くなった後、獣の餌食になったということになりました」
 マレがクスリと冷たい笑みを浮かべる。
「貴方は納得行かないのは分かりますが、むしろ情報を公表する方がヤツらの思うつぼで」
 不穏分子が無残な遺体をわざわざ目立つ場所に放置した。
 ノービリスとアミークスの信頼関係を崩し悪化させる意図もあったのだろうとイービスは推測した。
 その説明をする前にマレは頷く。
「分かっていますよ、それが妥当な落とし所でしょう。その政治的判断に異論を挟む気はありません……」
「だからといって罪はなかったことにはしない。
 ヤツらは楽に死なせません。
 あの者が、受けた苦痛以上の苦しみある処分をします」
 マレは華やかな笑みを返してきた。
「ところで、そろそろ寝ていただけませんか? でないと私も休めない。
 まさか誰かに添い寝して貰わないと眠れない訳ではないですよね? お望みならば添い寝してさしあげますが」
 マレが目を細めイービスを睨んできたがすぐフッと笑う。態とこういう言い方をして気分を紛らわす事に成功したようだ。
「貴方にお願いした仕事もいっぱいあるだけに、ここで倒れられても困りますから。素直に寝るとしましょう」
 イービスも色々やるせない事件が立て続けに起り気が滅入っていた。だからこそこうして軽口を言い合って少し気持ちが楽になる。
 マレは感情的にはならず、冷静に物事を受け止めて最善な道を模索出来る。その点は有難かった。
「お部屋までお送りさせていただきます」
 立ち上がり気障な仕草でマレに手を差し出す。マレは苦笑しその手を取らずに立ち上がり扉へと先に歩き出しそれにイービスもつづいた。
 このようなやり取りも一時の気休めにしかならない。

 休眠をとり仕事に戻ると現実が否応なしに目の前に存在しつづける。
 研究所内の混乱はマレが上手く対処したようだった。所内で誰にどう何を伝えるのかはマレに一任した。
 研究所内の者は真実を察しつつも、マレ同様怒りの感情をのみ込み静観するというスタンスをとっている。シルワの元で働いてきているだけあってその点は冷静。
 若い隊員の葬式は、皆純粋な感情を露わに怒りと哀しみの中でとり行われた。
 ノービリスの研究員の葬式は棺を閉ざされたままという異様な葬式でも粛々とした空気の中勧められた。
 一人納得いかないのはフラムモー后だったようで、火葬の前に最後に顔を見たいと訴えごねだす。
 后にとって妹の遺体も焼却処分され空の棺で葬式が行われた。そして親の葬式では閉じられたままの棺という事態は受け入れがたいものがあるのだろう。
 イービスはマレを頼るように視線を向けるが動く様子もない。隣にいたローレンスとかいう研究員が穏やかに言い聞かせている様子を見守っている。
「俺は、遺体を見たが、酷い状況だった。あんな姿をお前にみせたくない。フラーメンもお前の記憶に残るのは元気で笑顔の姿である筈だ」
 上手い言い方だとイービスは感心する。フラムモーはローレンスに縋りつき子供のように声を出して泣く姿を皆が複雑な感情で見つめていた。
 その様子をみて彼らが納得できる決着をしなければならないとイービスは気を引き締める。咎人たちを許す気など更々ない。トゥルボーも今回は殲滅する気で動いている。
【マレ殿、シワンはどうでした?】
【ショックは受けていたようです。
 葬儀に参列をしたいと訴えていたらどう説得するべきか悩んでいましたが、あの子は自分で判断してくれた。二人にそれぞれ手紙を出してフォローもしてくれてた。いつまでも大人が面倒みなくても子供たちはシッカリ成長している。逞しく。
 今は死者の為ではなく、遺った者の為に行動すべきというのを理解しているのでしょう】
 幼いのに、驚く程冷静に状況を判断し動いてくれているシワンにイービスは頼もしさを覚える。あえてマレがここで出て行かなかった理由にも納得した。
【アイツらしい】
【……本当に――にソックリ。そういう所が……】
 イービスはマレの顔を見るがマレはもうイービスにも興味ないように視線を別の所に向けている。直前に心話で会話していたために漏れてしまったようだ。哀の感情を秘めた目で子供たちの二人を見つめていた。
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