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十六章 〜真実がひらくとき〜 カロルの世界
君がいないだけ
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カロルが目を覚ますと、石造りの天井が見える。石の硬い床で目を覚ましたようだ。
狭い部屋、窓も扉もない石が積まれた硬強な壁。
それらの事からカロルはここが牢であることを察する。何故自分がこんな場所にいるのかカロルには理解出来ない。
「なんなんだよっ!これは、どういうことだ!
出しやがれ! ここからだせ!」
しかし、なんの反応もない。もう一度叫び人を呼ぶが答えるものもいない。不条理なこの状況にだんだん怒りが込み上がってくる。
力を爆発させ叫び暴れるが牢は壊れる事もなく、外部からの反応もない。
カロルは吹き上がった感情を抑える事ができなかった。先程必死に目の前の事実を否定し抑えていた衝撃、悲嘆、怒りか制御不能で吹き荒れる。
カロルのそれまで耐えていた感情がここで一気に膨らみ爆発したのだ。パッセルの死で感じた衝撃の全てを。パッセルの事を想い哀哭する。同時に沸き起こる友を奪った輩への激墳。どちらにしてもカロルの激情でそれをそのまま表現したかのように部屋中炎に包まれる。獣のように激越に業火の中で叫び続けた。
爆発し続けた事で、体力も気力も尽き、カロルは崩れるようにその場にへたり込む。
ゼイゼイと荒い息を吐きながらカロルはボンヤリと周囲を伺う。
何だかの術を施こされている部屋のようで激しく荒ぶったカロルの力を受けても壁はビクともしていない。身体中汗に濡れ不快。転移術を試みて空間に干渉しようとしても散らされてそれも叶わない。無理やり抉じ開けようにも身体が疲れ過ぎてそうする気力もなかった。
カロルはそのまま床に転がり目を閉じる。明るいパッセルの笑顔が浮かんできた。
天井がボワっと歪んでくる。目尻から暖かいモノが流れた。拭っても緑の瞳から涙が止まらず流れていく。
カロルはもう拭うのも諦めて両手で顔を覆い泣き続ける。
「カロル何やってんだ。ホントお前はガキだな」
パッセルの言葉が蘇る。
「うるさい……パッセル。お前こそ何してんだよ」
そう応える事で精一杯だった。カロルは力を使い過ぎた。限界を迎えていた身体はカロルの意識を強制的に落とし、夢すら見えない深い眠りに引き込んでいった。
頰を叩く刺激でカロルは覚醒していく。目を開けると緑の瞳がカロルを見下ろしている。
「大丈夫か?」
ボンヤリとしていた意識も時間と伴にシッカリとしていき、イービスがカロルを覗き込んでいる事を認識する。
「何で俺をここに?」
イービスは手にした水の入った革の水筒を手渡す。
「お前が我を失い暴れたからだ。あのままだと周りにいた全員の身が危険だったからここに収監した」
カロルはムッとした顔を返すのを見てイービスは溜息をつく。カロルは意識失う前までの一連の出来事をお思い出す。
「あの友達の遺体を共々部屋にいた人間すべてを焼き尽くしたかったか?」
その言葉でカロルは自分があの時もアグニの力を放出しようとしていた事に気が付いた。さらにパッセルの死が夢ではない事を再認識し心は悲嘆に乱れる。
「怪我人は? パッセルは無事?」
死者に対しては無事もなにもないが、遺体でも傷つける事は嫌だった。
「そうなる前に対処した。誰も火傷は負ってないし、お前の友達も毛一本も焼けてない。
ここで思う存分暴れて満足したか?」
カロルはどうしようもない気持ちを落ち着かせる為に深呼吸をする。
「何でこんな事に……」
カロルは壁に凭れそのまま座り込む。
「彼は不穏分子の捜索任務についていた」
カロルは顔をあで状況説明をするイービスを見上げる。
「そんな危険な仕事を?」
イービスはハァと息を吐く。
「新人なこともあり、捜索し発見までが与えた任務。後は諜報術に長けた専門の隊員に報告し引き継がせる流れを命じていた。
彼は功を焦ったのか、余計な好奇心が出てしまったのか必要以上敵に近づきすぎて見つかった」
最後の言葉にカロルは拳を強く握る。そうでないとまた感情が爆発思想だからだ。
「何故、助けに向かわなかった?」
イービスはカロルに鋭い視線も向ける。
「勿論彼の命を最優先に救援を向かわせた。
しかし彼は更に過ちを重ねてしまい間に合わなかった。未熟な身で自衛を最優先にすべきところを反撃行動に出るなんて愚行としか言いようがない」
まるで全ての責任がパッセルにあるうような言葉だ。原因がパッセルにあると言わんばかりのイービスの発言にカロルは怒りを覚える。
「パッセルは被害者だろ! そんな言い方」
そう叫んでからイービスが鋭い視線にカロルはそれ以上の言葉にを言えなくなる。
「今回の件でお前は自分だけがショックを受けていて、怒りを感じているように思っているのか?
それは誤りだ。
俺もお前以上にムカついている。愚かな奴らのせいで未来ある若者の命が奪われた事。此方が事細かに伝えていた筈の言葉が若い隊員には伝わっていなかった事。
こんなところで大事な仲間を失った」
口先だげで言っているとはとうてい想えないイービスの強い感情の籠った目にカロルは何も言えなくなる。表情も口調も冷静だか、強い感情は伝わってきた。その圧をうけカロルの昂った感情が少し醒めた。
カロルにイービスは水を飲めと促す。不思議と冷たい水を飲む事で気持ちが落ち着いてくる。
落ち着いた事でパッセルとの最後の会話が蘇る。必死な様子で伝えてきた言葉。『クラーテール』という名と『死』『危険』といった感情。それらから導き出される意味は?
「……クラーテール……にやられたとアイツは言っていた」
イービスは片眉をあげカロルを見下ろす。
「報告は見た、聞いた事実だけ述べろ。お前の意見・憶測・妄想を混ぜるな」
カロルは不満気に顔を顰める。
「『クラーテール』とだけ俺に訴えていた。それに必死な様子で」
イービスはカロルの言葉に目を細めジッと何か考えるように黙り込む。
「クラーテールというヤツが何か知っているはずだ!
何処にいる、そいつは! 会わせてくれ」
縋りそう頼んでくるカロルにイービスは深い溜息をつく。
「無理だ。ソーリス様の許可はおりない。
今回の件に関してクラーテール様は何もご存知ないだろう。聞くだけ無駄だ」
「何故そう言い切れる?」
カロルの頭に医務塔の奥で眠っていた男の姿が蘇る。体格はそれなりに良いが片腕の男。言ってから自信がなくなる。かなり重傷状態だったあの男はまだ医務棟にいる可能性もある。そんな男がまともに戦えるのだろうか? カロルの中でクラーテールへの憎しみは少し下がる。
「クラーテール様を犯人と思っているなら見当違いも甚だしい。
奴らと対極の関係にある存在だ。マレ殿の事だけにを考え、マレ殿の為だけに動くそんな方だ……」
前にあの男の事をトゥルボーが『部下』と言っていた事を思い出す。イービスがクラーテールには『様』をつけて言う事に違和感を覚える。公安のかなり上位にいるのだろうか? カロルは悩む。ますますクラーテールという人物の事が分からなくなる。
「な、なら何でその名がここで出てくるんだよ」
カロルの言葉にイービスは形の良い眉を寄せる。
「クラーテール様の生存がバレたか……。こんな時に‥…」
イービスはカロルに対してと言うより一人言のようにそんな言葉を呟く。
パッセルの死、最期の言葉、不穏分子への怒りと憎しみ、クラーテールという人物への好奇心。カロルの頭の中でそういった様々な感情がうねり絡まる。
「怒りに震える気持ちは俺も同じだ。
だがコレだけは決して忘れるな!
俺たちがすべき事は報復ではなく正義! 私怨で動く事は許さない。
感情でなく理性で動け! 法を守るべき公安に所属すべきお前がそれを破るな」
「分かっているよ! ……ます」
唇を尖らせそう答えるカロルにイービスは眉を寄せ。
「あと、お前が公安の人間として一人前になりたいなっら自分を律しろ。
今回のように、直ぐに理性を飛ばしファクルタースを暴発させるようでは危なすぎて任務を与えられない」
イービスの言葉にカロルは何も言い返せず唇を噛む。先程がしでかしそうになったことだけに自分が情けなかった。
「もう、自分を、見失わない!
だから捜査に参加させてくれ!」
カロルは懇願するがイービスはため息をつき応は微妙。
「今のお前に何が出来る? 諜報能力もない、探査術が優れている訳でもない、邪魔なだけだ」
カロルはイービスの冷淡な言葉に固まる。
「気持ちは分かるが、今は練達の士に任せろ。
俺もそうだったが、強いファクルタースを持つ者は他の者以上に鍛錬が必要だ。その為現場への配属というのはどうしても慎重な扱いになる。
さらに言うと今のお前は余りにも未熟。
怖くて現場に出せない。分かるか? 現場は特殊な状態であることが当たり前の事ばかりだ。その時に冷静に動構えれば、お前の友だった男のようになる。少し判断を誤るだけで、とんでもない結果を生み出すことになる」
カロルは未熟と言われた事は悔しいが、それを自分でも否定は出来ない。
「……訓練させて下さい。早く任務に就けるように」
イービスは溜息をつく。
「光降祭の後に議案として出してはおこう」「今からでも大丈夫だ! だから--」
言葉を遮るカロルをイービスは凝然としてみる
「今は、与えられた任務の中で学べ」
「俺はすぐにでも訓練出来るから! お願いします」
目を細めカロルを見下ろすイービスに黙り込む。幹部に対してありえない態度をとっていた事に気が付いたからだ。
「今、様々な任務についている新人だが、皆本採用となっている訳では無い。
実際に公安隊員として認められるのはその後に行われる最終訓練を経てからになる。
それは新人をトコトン追い込み追い詰めた状態で行うものだ。受ける側にとって苛烈なもの……」
「それでも耐えてみせる!」
カロルとしては自分の意志の固さを示す為の言葉だった。しかしイービスの言葉はまだ途中だったために睨まれた。
「訓練する方の、負担も大きく片手間で出来るものでは無い」
言っている意味がまだ理解出来ていない様子のカロル。だからこそ続きを待つカロルにイービスは言葉を続ける。
「苦しみながらも必死に本気で挑んでくる相手を、手加減をしながら相手をし続けないといけない。更に言うと事故が起こらないように複数人でチームを組み管理して行われる。
お前の場合は制御が不安定な上に能力が高すぎる。万全な体制を整えてから行わないといけない。今は大祭の最中でそんな余裕はない」
俯き黙り込むカロルにイービスは少し表情を和らげる。
「今お前に与えられている部署も、良い学びの場だろ? 有意義に過ごせ」
カロルはあの職場の何処に学びがあるのか理解できず首を傾げる。
「あと……ソーリス様の血を引くという事は、社会に出るとそれが却って枷になることが多い」
顔を上げたカロルに見えたのは苦い笑みを浮かべるイービスの表情。以前トゥルボーからも似たことを言われたことをカロルは思い出す。
「良い意味でも悪い意味でも注目される。
期待されたり、媚びてこられたり、疎まれたり、妬たまれたり、怖がられたり。無責任で勝手な印象を抱きそう接っしてくる。
だからこそシッカリしろ! 細かい事に惑わされず周りを見て考えて動け」
イービスの真剣な表情と言葉にカロルは頷く。漠然とだが、かつて兄が言っていた事の意味が分かった気がしたから。
カロルはイービスが差し出した手を握る。その途端に空間が揺れる。気がつくと訓練場に二人で立っていた。誰もいないところを見ると日中では無いようだ。
カロルが、時間を聞くと早暁だという。
「今日は疲れただろ。一日休め」
そう言われて部屋に戻ったが、一人の空間が異様に寂しく感じる。時間になるのを待って公安本部へと向かう。そこでいつもカロルを迎えていた笑顔はもうない。
パッセルの死はもう皆に伝わっていたようだ。涙を流すもの、怒りに震えるもの、反応は様々だが皆パッセルの死を悼んでいる。そこで同期の候補生と共に哀しみを分かち合う事で、少しだけカロルは気持ちを紛らわす事が出来た。
最近はそれぞれ別の場所で仕事していた。前のようにパッセルとベッタリと一日いた訳ではないが、パッセルという存在の消失は思った以上に大きかった。
帰りに慰安室に寄ると昨日と変わらない風景がそこにはあった。
眠っているようだが、パッセルの閉じられた目は開く事はない、分厚く男らしい唇も言葉を発することもない。変わりようのない現実に打ちのめされた。
何か考える事も出来ず放心しながら部屋を出る。途中誰かにぶつかってしまったが、謝る事も出来ずにふらつきながらその場所を後にした。
公安を出た所で、さっきぶつかった人物が見た事のある人物であることに気が付いた。シワンとフラムモーの兄だというローレンスという男。何故あの男が公安などにいたのか? そう思ったものの戻って聞くのも面倒だった。またまたあの男と向き合ってキツイ言葉を受けたくない。そのまま部屋に戻る事にした。
狭い部屋、窓も扉もない石が積まれた硬強な壁。
それらの事からカロルはここが牢であることを察する。何故自分がこんな場所にいるのかカロルには理解出来ない。
「なんなんだよっ!これは、どういうことだ!
出しやがれ! ここからだせ!」
しかし、なんの反応もない。もう一度叫び人を呼ぶが答えるものもいない。不条理なこの状況にだんだん怒りが込み上がってくる。
力を爆発させ叫び暴れるが牢は壊れる事もなく、外部からの反応もない。
カロルは吹き上がった感情を抑える事ができなかった。先程必死に目の前の事実を否定し抑えていた衝撃、悲嘆、怒りか制御不能で吹き荒れる。
カロルのそれまで耐えていた感情がここで一気に膨らみ爆発したのだ。パッセルの死で感じた衝撃の全てを。パッセルの事を想い哀哭する。同時に沸き起こる友を奪った輩への激墳。どちらにしてもカロルの激情でそれをそのまま表現したかのように部屋中炎に包まれる。獣のように激越に業火の中で叫び続けた。
爆発し続けた事で、体力も気力も尽き、カロルは崩れるようにその場にへたり込む。
ゼイゼイと荒い息を吐きながらカロルはボンヤリと周囲を伺う。
何だかの術を施こされている部屋のようで激しく荒ぶったカロルの力を受けても壁はビクともしていない。身体中汗に濡れ不快。転移術を試みて空間に干渉しようとしても散らされてそれも叶わない。無理やり抉じ開けようにも身体が疲れ過ぎてそうする気力もなかった。
カロルはそのまま床に転がり目を閉じる。明るいパッセルの笑顔が浮かんできた。
天井がボワっと歪んでくる。目尻から暖かいモノが流れた。拭っても緑の瞳から涙が止まらず流れていく。
カロルはもう拭うのも諦めて両手で顔を覆い泣き続ける。
「カロル何やってんだ。ホントお前はガキだな」
パッセルの言葉が蘇る。
「うるさい……パッセル。お前こそ何してんだよ」
そう応える事で精一杯だった。カロルは力を使い過ぎた。限界を迎えていた身体はカロルの意識を強制的に落とし、夢すら見えない深い眠りに引き込んでいった。
頰を叩く刺激でカロルは覚醒していく。目を開けると緑の瞳がカロルを見下ろしている。
「大丈夫か?」
ボンヤリとしていた意識も時間と伴にシッカリとしていき、イービスがカロルを覗き込んでいる事を認識する。
「何で俺をここに?」
イービスは手にした水の入った革の水筒を手渡す。
「お前が我を失い暴れたからだ。あのままだと周りにいた全員の身が危険だったからここに収監した」
カロルはムッとした顔を返すのを見てイービスは溜息をつく。カロルは意識失う前までの一連の出来事をお思い出す。
「あの友達の遺体を共々部屋にいた人間すべてを焼き尽くしたかったか?」
その言葉でカロルは自分があの時もアグニの力を放出しようとしていた事に気が付いた。さらにパッセルの死が夢ではない事を再認識し心は悲嘆に乱れる。
「怪我人は? パッセルは無事?」
死者に対しては無事もなにもないが、遺体でも傷つける事は嫌だった。
「そうなる前に対処した。誰も火傷は負ってないし、お前の友達も毛一本も焼けてない。
ここで思う存分暴れて満足したか?」
カロルはどうしようもない気持ちを落ち着かせる為に深呼吸をする。
「何でこんな事に……」
カロルは壁に凭れそのまま座り込む。
「彼は不穏分子の捜索任務についていた」
カロルは顔をあで状況説明をするイービスを見上げる。
「そんな危険な仕事を?」
イービスはハァと息を吐く。
「新人なこともあり、捜索し発見までが与えた任務。後は諜報術に長けた専門の隊員に報告し引き継がせる流れを命じていた。
彼は功を焦ったのか、余計な好奇心が出てしまったのか必要以上敵に近づきすぎて見つかった」
最後の言葉にカロルは拳を強く握る。そうでないとまた感情が爆発思想だからだ。
「何故、助けに向かわなかった?」
イービスはカロルに鋭い視線も向ける。
「勿論彼の命を最優先に救援を向かわせた。
しかし彼は更に過ちを重ねてしまい間に合わなかった。未熟な身で自衛を最優先にすべきところを反撃行動に出るなんて愚行としか言いようがない」
まるで全ての責任がパッセルにあるうような言葉だ。原因がパッセルにあると言わんばかりのイービスの発言にカロルは怒りを覚える。
「パッセルは被害者だろ! そんな言い方」
そう叫んでからイービスが鋭い視線にカロルはそれ以上の言葉にを言えなくなる。
「今回の件でお前は自分だけがショックを受けていて、怒りを感じているように思っているのか?
それは誤りだ。
俺もお前以上にムカついている。愚かな奴らのせいで未来ある若者の命が奪われた事。此方が事細かに伝えていた筈の言葉が若い隊員には伝わっていなかった事。
こんなところで大事な仲間を失った」
口先だげで言っているとはとうてい想えないイービスの強い感情の籠った目にカロルは何も言えなくなる。表情も口調も冷静だか、強い感情は伝わってきた。その圧をうけカロルの昂った感情が少し醒めた。
カロルにイービスは水を飲めと促す。不思議と冷たい水を飲む事で気持ちが落ち着いてくる。
落ち着いた事でパッセルとの最後の会話が蘇る。必死な様子で伝えてきた言葉。『クラーテール』という名と『死』『危険』といった感情。それらから導き出される意味は?
「……クラーテール……にやられたとアイツは言っていた」
イービスは片眉をあげカロルを見下ろす。
「報告は見た、聞いた事実だけ述べろ。お前の意見・憶測・妄想を混ぜるな」
カロルは不満気に顔を顰める。
「『クラーテール』とだけ俺に訴えていた。それに必死な様子で」
イービスはカロルの言葉に目を細めジッと何か考えるように黙り込む。
「クラーテールというヤツが何か知っているはずだ!
何処にいる、そいつは! 会わせてくれ」
縋りそう頼んでくるカロルにイービスは深い溜息をつく。
「無理だ。ソーリス様の許可はおりない。
今回の件に関してクラーテール様は何もご存知ないだろう。聞くだけ無駄だ」
「何故そう言い切れる?」
カロルの頭に医務塔の奥で眠っていた男の姿が蘇る。体格はそれなりに良いが片腕の男。言ってから自信がなくなる。かなり重傷状態だったあの男はまだ医務棟にいる可能性もある。そんな男がまともに戦えるのだろうか? カロルの中でクラーテールへの憎しみは少し下がる。
「クラーテール様を犯人と思っているなら見当違いも甚だしい。
奴らと対極の関係にある存在だ。マレ殿の事だけにを考え、マレ殿の為だけに動くそんな方だ……」
前にあの男の事をトゥルボーが『部下』と言っていた事を思い出す。イービスがクラーテールには『様』をつけて言う事に違和感を覚える。公安のかなり上位にいるのだろうか? カロルは悩む。ますますクラーテールという人物の事が分からなくなる。
「な、なら何でその名がここで出てくるんだよ」
カロルの言葉にイービスは形の良い眉を寄せる。
「クラーテール様の生存がバレたか……。こんな時に‥…」
イービスはカロルに対してと言うより一人言のようにそんな言葉を呟く。
パッセルの死、最期の言葉、不穏分子への怒りと憎しみ、クラーテールという人物への好奇心。カロルの頭の中でそういった様々な感情がうねり絡まる。
「怒りに震える気持ちは俺も同じだ。
だがコレだけは決して忘れるな!
俺たちがすべき事は報復ではなく正義! 私怨で動く事は許さない。
感情でなく理性で動け! 法を守るべき公安に所属すべきお前がそれを破るな」
「分かっているよ! ……ます」
唇を尖らせそう答えるカロルにイービスは眉を寄せ。
「あと、お前が公安の人間として一人前になりたいなっら自分を律しろ。
今回のように、直ぐに理性を飛ばしファクルタースを暴発させるようでは危なすぎて任務を与えられない」
イービスの言葉にカロルは何も言い返せず唇を噛む。先程がしでかしそうになったことだけに自分が情けなかった。
「もう、自分を、見失わない!
だから捜査に参加させてくれ!」
カロルは懇願するがイービスはため息をつき応は微妙。
「今のお前に何が出来る? 諜報能力もない、探査術が優れている訳でもない、邪魔なだけだ」
カロルはイービスの冷淡な言葉に固まる。
「気持ちは分かるが、今は練達の士に任せろ。
俺もそうだったが、強いファクルタースを持つ者は他の者以上に鍛錬が必要だ。その為現場への配属というのはどうしても慎重な扱いになる。
さらに言うと今のお前は余りにも未熟。
怖くて現場に出せない。分かるか? 現場は特殊な状態であることが当たり前の事ばかりだ。その時に冷静に動構えれば、お前の友だった男のようになる。少し判断を誤るだけで、とんでもない結果を生み出すことになる」
カロルは未熟と言われた事は悔しいが、それを自分でも否定は出来ない。
「……訓練させて下さい。早く任務に就けるように」
イービスは溜息をつく。
「光降祭の後に議案として出してはおこう」「今からでも大丈夫だ! だから--」
言葉を遮るカロルをイービスは凝然としてみる
「今は、与えられた任務の中で学べ」
「俺はすぐにでも訓練出来るから! お願いします」
目を細めカロルを見下ろすイービスに黙り込む。幹部に対してありえない態度をとっていた事に気が付いたからだ。
「今、様々な任務についている新人だが、皆本採用となっている訳では無い。
実際に公安隊員として認められるのはその後に行われる最終訓練を経てからになる。
それは新人をトコトン追い込み追い詰めた状態で行うものだ。受ける側にとって苛烈なもの……」
「それでも耐えてみせる!」
カロルとしては自分の意志の固さを示す為の言葉だった。しかしイービスの言葉はまだ途中だったために睨まれた。
「訓練する方の、負担も大きく片手間で出来るものでは無い」
言っている意味がまだ理解出来ていない様子のカロル。だからこそ続きを待つカロルにイービスは言葉を続ける。
「苦しみながらも必死に本気で挑んでくる相手を、手加減をしながら相手をし続けないといけない。更に言うと事故が起こらないように複数人でチームを組み管理して行われる。
お前の場合は制御が不安定な上に能力が高すぎる。万全な体制を整えてから行わないといけない。今は大祭の最中でそんな余裕はない」
俯き黙り込むカロルにイービスは少し表情を和らげる。
「今お前に与えられている部署も、良い学びの場だろ? 有意義に過ごせ」
カロルはあの職場の何処に学びがあるのか理解できず首を傾げる。
「あと……ソーリス様の血を引くという事は、社会に出るとそれが却って枷になることが多い」
顔を上げたカロルに見えたのは苦い笑みを浮かべるイービスの表情。以前トゥルボーからも似たことを言われたことをカロルは思い出す。
「良い意味でも悪い意味でも注目される。
期待されたり、媚びてこられたり、疎まれたり、妬たまれたり、怖がられたり。無責任で勝手な印象を抱きそう接っしてくる。
だからこそシッカリしろ! 細かい事に惑わされず周りを見て考えて動け」
イービスの真剣な表情と言葉にカロルは頷く。漠然とだが、かつて兄が言っていた事の意味が分かった気がしたから。
カロルはイービスが差し出した手を握る。その途端に空間が揺れる。気がつくと訓練場に二人で立っていた。誰もいないところを見ると日中では無いようだ。
カロルが、時間を聞くと早暁だという。
「今日は疲れただろ。一日休め」
そう言われて部屋に戻ったが、一人の空間が異様に寂しく感じる。時間になるのを待って公安本部へと向かう。そこでいつもカロルを迎えていた笑顔はもうない。
パッセルの死はもう皆に伝わっていたようだ。涙を流すもの、怒りに震えるもの、反応は様々だが皆パッセルの死を悼んでいる。そこで同期の候補生と共に哀しみを分かち合う事で、少しだけカロルは気持ちを紛らわす事が出来た。
最近はそれぞれ別の場所で仕事していた。前のようにパッセルとベッタリと一日いた訳ではないが、パッセルという存在の消失は思った以上に大きかった。
帰りに慰安室に寄ると昨日と変わらない風景がそこにはあった。
眠っているようだが、パッセルの閉じられた目は開く事はない、分厚く男らしい唇も言葉を発することもない。変わりようのない現実に打ちのめされた。
何か考える事も出来ず放心しながら部屋を出る。途中誰かにぶつかってしまったが、謝る事も出来ずにふらつきながらその場所を後にした。
公安を出た所で、さっきぶつかった人物が見た事のある人物であることに気が付いた。シワンとフラムモーの兄だというローレンスという男。何故あの男が公安などにいたのか? そう思ったものの戻って聞くのも面倒だった。またまたあの男と向き合ってキツイ言葉を受けたくない。そのまま部屋に戻る事にした。
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