蒼き流れの中で

白い黒猫

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十六章 〜真実がひらくとき〜 カロルの世界

一足先に

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 パッセルは上官からの指示で今日担当すべき地域を確認する。マップを頭の中に叩き込み目を一旦閉じて気合いをいれる。
 光降祭の行程も半分超えた辺りから、パッセルも任務を与えられるようになった。
 その事は嬉しく光栄だと思っているが、素直に喜べない。
 解散になり任務に向かおうとするパッセルをジッと見ている目がある。カロルの緑の瞳だ。パッセルが微笑みかけると、カロルは困っているような、拗ねたような表情を返してくる。
【お前の分も、頑張ってくるから!】
 そう心話を、投げかけると笑い、エールを送るように返し親指を立ててきた。パッセルも同じ動作を返し部屋を出て溜息をつく。
 カロルは笑い返してくれたが、内心はかなり複雑で悔しくてたまらない状態なのは理解できた。
 早く任務に就きたい、一人前と、認められたい。それは見習い皆の共通した想いだ。
 次々と見習いが任務を与えられる中、カロルはどんどん取り残されている。最近では資料整理などの仕事は与えられているようだが、それで満足できるものではないだろう。
 カロルに外での任務が与えられない理由も分かるだけに、パッセルにはこの状況はどうしようもない。できる事は自分の任務をしっかり追行する事だけ。

 パッセルに与えられた任務は森でのネズミの探索。
 最初それを聞きガッカリしたものだ。しかしそれがテロの予防には欠かせない重要な仕事な事が分かり気を引き締めて任にあたっている。
 ここで言うネズミは所謂動物の鼠ではない。隠れて世界の隅でチョロチョロ動く不穏分子の事。
 彼らは非常に慎重で街や宮殿内ではなく森でこっそり集まり良からぬ事を相談するという。
 何故宮殿内や街の部屋で行わないのか? それは監視の目が厳しいからだ。
 公安隊というのは制服を着て宮殿や街の警備や要人の警護をしている人間というものが一般の人の認識。実はそれはごく一部の公安の姿。
 殆ど隊員一般人に溶け込んで普通の生活をしている。その目が今まで多くの企みを未然に防いできていた。
 心話使えばよいと思われるが、心話は複数人で綿密な情報をやり取りするのには向かない。しかも心話は感情とか隠している事も漏れやすい。
 術や感情のコントロールが上手いか人なら問題はない。しかし心話は余計なものも駄々洩れとなる。
 普通は本当に親しい人と、信頼している人、それか単純な言葉のやり取りにしか使わない。
 その為にコソコソ話は森などの野外でという流れになったようだ。
 この任務担当に選ばれた人をみてパッセルは自分がここにいることの意味を改めて納得していた。
 能力そのものは高くなく、土若しくは風の能力者。森林保全の仕事をしていても不自然に見えず、それでいて探査向いた属性である事。

 森を歩き、発育の悪い木や、密集しすぎている木に印をつけていく。後日本当の環境省の者が仕事をすぐ取り掛れるように。森の保全の仕事もしつつ、探査術を使い周囲を探っていく。
 元々故郷では森での仕事もしていた為に、パッセルは慣れた手付きで鉈で下枝をはらう。器用に切った木を土に還りやすくなるよるに小さく解体する。
 額に垂れた汗を腕でぬぐいながら、上を見上げる。
 陽の光に透けた葉と抜けたように美しい空が見える。森の中で聞こえるには風に靡く木々の葉の音、鳥の囀り、軽やかに走る鹿などの動物の足音。
 なんとも穏やかで平和そのものの世界をパッセルはしばし楽しむ。今日も探しているネズミはいないようだ。そのことに半分ガッカリしながらも、ホッとしている自分もいた。
 実際発見してしまったら? そう考えると怖いと思う心もパッセルにはあった。
 報告をしてから相手に気取られない距離をとり監視を続ける。冷静にそれらの事を行う事が重要。失敗したらどうなるのか? 色々考えてしまい身体が震える。
 任務をやり遂げて自分を示したいという想い。同時に改めて危険な仕事をしているという緊張感がパッセルの中で重く強く広がっている。

「異常はありませんでした」

 本部に戻りそう報告することがどんなに良い事であるかを、パッセルは改めて実感した。
 内勤を終えたカロルと合流して、本部内にある食堂で夕飯を食べる。ここはほぼノービリスしかいない為に肉が殆ど出てこない事がパッセルには寂しい。しかし仕事をしてから緊張感で食欲が無いために軽い内容の食事が丁度良かった。
「一日中、暗い部屋で書物整理、つまんなかったよ」
 カロルの呑気な言葉にパッセルはなんかホッとして笑う。それにムッとした表情を返すカロルがいつもどおりすぎてパッセルは癒される。
「俺も似たようなものだよ、森で一日木の枝を切っていただけ」
 カロルはパッセルの言葉に驚いたように目を丸くする。
「なに? その作業」
「森はね、自然のまま放置すると荒れるんだ。だから木が健康に真っ直ぐ育つように手をかけてやる必要があるんだ――」
 任務ではなく森林保全についての説明にカロルは感心したように聞いている。しかしカロルはハッとしたような表情をして顔を傾げる。
「そんなのが治安維持の役に立つもの?」
 治安維持には役にそこまで立ってない。自然の中で人が過ごしているからには生活の役には立っていると言うべき内容だろう。
「まぁ、整備された森林だと人は迷いにくくなる。作業中に遭難している人も見つかることもあるだろ?
 コレは任務というより訓練の一つなんだろうな」
 カロルはパッセルの言葉に納得したようなしていないようなという微妙な顔をした。
 上官に詳細な任務の内容は例え公安内の仲間であっても語るなと釘を刺されていた。
 特にカロルにネズミの話をすると、手柄を立てようと一人で勝手に動く可能性もある。
 カロルのように気の気配が強すぎる人が森を歩くと相手はその気配だけで避けて逃げる。そうなると情報得る所の話ではなくなる。
「でも遭難ってありえる? 転移術使えばすぐ戻れるじゃん」
 そう当たり前のように返すカロルにパッセルは苦笑するしかない。
「あのな、そんな高度な技術使える奴ばかりでは無いだろ!」
 カロルはキョトンとした顔をする。
「まさか、お前出来るのか?」
 カロルはあっさり頷く。
「と言っても、微妙に到着点がズレるんだ。障害物が少ない開かれた場所にしないと危ないけど……」
 カロルの周りには高位の人しかいなかった。だからそういった事も出来て当たり前な世界で生きていたのだとパッセルは理解すた。
「すげぇな、転移術使えるなんて」
 そう言うとカロルは照れで顔を赤らめ顔を横に振る。
「そんな事ないよ、もう隊員として任務に着いているお前の方がスゴいよ」
 カロルはそんな言葉を返してきた。
「あのな、俺はお前より長く生きてんの! だから先に任務につけるのも当たり前だろ!」
「そうか……そう言われてみたらそうかも」
 素直に頷くカロルをパッセルは可愛いと感じる。
「いいよな。お前とこうして話をするの。なんか、楽しくて疲れも吹っ飛ぶ」
 カロルは「何だよそれ」と言いつつ嬉しそうに笑う。
「俺も楽しい。こうして何でも話せる友達ってパッセルだけだから。一緒にいて楽しい」
「だな」
 パッセルはそう受けながらも、何となく悟っていた。カロルとこうして無邪気に話を楽しめるのは今のうちなのだと。
 カロルが能力のコントロールと冷静な思考を身につけたら事態は変わってくる。パッセル等とうてい横にいることも適わない地位へと登ってしまうのだろう。
 だから今の時間を楽しもう。そう思いながらパッセルはカロルに笑いかけ他愛ない会話を楽しんだ。

 探査の仕事ぶりが認められ、パッセル正隊員となった。働き初めてから一月程経ちパッセルは相変わらず森を歩いている。
 森林保全の仕事は身体が自動にやっている状態で、神経は遠く広い範囲の世界をめぐっている。ネズミというのはなかなか遭遇できるものでは無いようだ。同じ任務をしている者は多いのに、発見報告をしたものは数名のみ。だがその者達の何処か誇った表情が羨ましくも感じていた。
 見つけられてない自分は、指定される土地の運がないだけなのか? それとも無能だからか? そういう焦りも出てきていた。そんな時だった。パッセルその気配を感じたのは。

 ザワッ

 何か異質なモノがその張り巡らせた神経に引っかかるのをパッセルは感じた。
 より詳細な情報を調べるために探査の範囲を狭め違和感のあった場所に神経を集中する。
 数名の人間が一里先の洞窟の中にいる事を確認した。
 パッセルの顔にニヤリとした笑みが思わず浮かぶ。
【ネズミ発見 アウダークス山西方にある滝の左側の洞窟に、十五名の人影あり】
 そう報告を飛ばす。
【お前はその場でネズミを見張りながら待機。専門隊員を派遣する】
【了解】
 パッセルはそう答えたものの、ネズミらがどんな悪巧みをしているのか気になった。公安隊員になり初めて視認した不穏分子だったから。
 ゆっくりと近づき、パッセルの探査術でも音声を認識出来るのか距離まで詰めていく。
『……あの忌々しいクラーテールを囮に――』
 聞こえてきた言葉の内容にパッセルは動揺してしまった。その動揺がネズミへ放っていた探査術に揺らぎを与えてしまったようだ。
 洞窟の中の人物が皆パッセルのいる方向に向けられるのを感じパッセルは焦りながらも悩む。即逃げるべきなのか、立ち向かうべきなのか……。立ち向かうと相手の姿もハッキリ視認出来るのかも……。
 その迷いと欲が行動の遅れを生んだ。
 気がつくと五人の男に囲まれている。
「こんな所にまでバカイヌがいるとはな」
 嫌な笑いを浮かべた男がニヤニヤと笑っている。皆顔そのものは整っている。衣装の質もよくそれなりの地位であることも察する事はできる。しかし瞳に嗜虐の色を滲ませパッセルを見つめている姿は醜悪なものにしか見えなかった。
 相手が棒のような武器を振り回しかかってうる。パッセルは避け足元の木の葉を蹴り相手の顔にぶちまける。
 公安隊であろうパッセルにこうしてちょっかいを出してくる。その意味する事にパッセルは焦る。
「さっさと殺らないと危ないぞ。仲間のイヌがくる」
 そうはさせない! パッセルはかかってきた男の攻撃を避けその腹に拳をめり込ませる。
【何している、やり返すのではなく身を守れ! 結界をはって逃げて身を護る事に集中しろ!】
 援護にコチラに向かっている仲間のそういう声が頭に響く。その声で、自分が行うべき手順を間違えていた事に気が付く。慌てて結界を貼ろうとしたが遅かった。貼る余裕もなく相手が仕掛けてくる。

 今までの人生味わったことのない鋭い痛みが身体に走る。
 パッセルは自分の胸をみると尖った金属の棒が身体から突き出ていた。それは背中から全面にかけて突き抜けているようだった。
 パッセルの身体から一気に力が抜けていく。足下が崩れるように地面に倒れ込む。
 離れていく周りの男達、コチラへと近付いてくる公安隊の仲間の気配。明度を失っていく景色。
 パッセルは薄れていく意識の中、友に伝えねばならない言葉を感情のままに必死に投げかけた。カロルが自分の名を心話で叫んだ声を聞きながら闇の中へと落ちていった。

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