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十六章 〜真実がひらくとき〜 カロルの世界
純粋で単純
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シワンと遊ぼうと研究所を探したが見つからない。仕方がなく外に出ることにする。官庁街を通り抜け、殆ど訪れた事のないギルド街へと進む。
官庁街はもちろんギルド街も、今の時間此処にいるのは大人ばかり。というか職を持って働いているものばかり。
皆楽しそうにシッカリ働いているように見え、カロルの心は焦りを思い出す。
闇雲に歩いても仕方がないので、初めて食堂という場所に入ることにした。食堂はいくつもあるが地位によって入れる場所が異なる。地位つまりは社会的貢献度。ノービリス、アミークスは関係ない。身分証代わりの指輪により分別される。
食堂は何が違うかと言うと内装と食事内容と料理人のレベルが全てにおいて違う。
と言っても最も下位の食堂でもパンとシチューに何種類かのメインディッシュも用意される。
栄養学的に計算されお腹も満足するモノが食べられる。
使われている具材も同じ畑で取れたもので、そこまで違いがないのではないかとは思う。しかし味見た目に明らかな違いがあるようだ。
このシステムの為に食いしん坊程出世すると笑い話がある程である。
万事この状態で地位が高い程良い住居に住め、良いモノを身に付けられ、良い生活が出来る。
カロルは自分が入れる下から三番目の食堂へと入る。お昼の時間から少し遅い為か人はそこまで多くなかった。
空いている席を探していると視線を感じる。辺りを見渡すと、見慣れた顔がカロルを見ていた。ギョロ目で体格の良い男。同じ訓練生の男だ。
カロルに負け、カロルを背後から殴ってきたあの男。あの後この男は謹慎をくらいそのまま訓練が中断されたので会っていなかった。
向こうが軽く頭をさげてきたので、軽く頭を下げ返すが、男の視線を離れない。何が言いたげな顔のまま。
カロルは息を吐き、男の前に座る。
「何か、用か?」
ぶっきらぼうにカロルが聞くと、男は慌てて顔を横に振る。
「いえ、先日は申し訳ありませんでした」
そう言って頭を下げられて、カロルは驚く。もしかして『汚い真似して勝ちやがって』とか言って文句の一つでも言われると思っていたから。
「いや、訓練の中の事だから」
カロルはどう答えてよいのか分からずそう返す。怒っている訳では無いカロルに相手はあからさまにホッとした表情を返す。
「本当に申し訳ありませんでした。した事が余りにも卑怯で自分が恥ずかしい」
「……もういいよ、済んだことだから。俺もこの通り元気だし。
それよりここってどう使うの? 俺、初めてで」
周りの慌ただしい様子を眺めながらカロルは聞く。相手は驚いた顔をしたので、カロルは少しムカつき睨む。
「いやさすが光の子様だと……」
あからさまに不機嫌な顔をしたカロルに、相手は慌てる。
「いや、良い意味で言いました」
「関係ないだろ? そういうの。
食堂って宿舎のしか使った事ないから」
相手は必死に謝ってくる。なんかそれはそれでイラつく。光の子でもまだ何の役にも立たない。そして下位の食堂しか使えない身分である。
「同じだよ。食堂は基本どこも。
席についたらそこにある札を青のままにして待つ。
すると注文を取りに来るからその中から食べたいものを選んで頼む。その時に札はひっくり返して赤い面が上にする。待っていると料理が運ばれてくる……という流れ。
宿舎と違うのは食器を戻さず置いたまま札を青に戻して去れば良いだけ」
そう言っているうちに、給仕が注文を取りにきた。バケットと豆のシチューとサラダを頼んだ。
それが終わると必然的に男と向き合う事になる。少し気まずい。
【あのさ、光の子とか言うのは、やめてくれない? 街では俺、悪評高くて。俺だってバレたくないんだ】
【え?】
【若い頃色々やらかして、街そのものに入るのすら禁じられていた時がある】
失礼なことに相手は笑い出す
「悪い」
睨むとそう、謝ってきた。
「なんか、思ったより話しやすいヤツだから、ホッとした」
相手は言葉を続ける。なんか途端に馴れ馴れしい言葉になっている。
【多分周りはもう察していますよ。貴方が誰かなんて。
見た瞬間からオーラが違うんですよ! 貴方は】
カロルは相手の心話に視線だけ巡らせる。確かに皆、此方をみている。
「怖い人と思っていたけど、いい奴だったんだな! 仲良くやってけそうで嬉しいよ」
周りに聞かせるように、相手はそう言いカロルに笑いかける。
言葉がフランクになったのは、彼なりにカロルをここで溶け込ませようとしての気を使っての事。思ったよりもいい奴なようだ。
【貴方は見た目も若い。それでこのランクの店に入れること事態珍しくて目立つんですよ。
職人について修行を始めた若い子もこのエリアの食堂使います。でもそういう子はまだこのランクの店には入れない】
改めて自分が世間からズレた存在である事を実感する。最初から下から三番目からスタートできるというのは恵まれているようだ。
「俺、変?」
「いや、偉いと思うよ! もう働き始めるなんて! 俺なんて成人と認められるギリギリまで遊んでいたから」
そう言っている間に相手の料理とカロルの料理が運ばれてくる。
相手は塊の入ったシチューを美味そうに食べている。聞くと兎だと言う。カロルはその言葉が信じられず目を剥く。
ノービリスは基本菜食主義。カロルも勿論肉なんて食べた事がない。
アミークスは肉を食べるから野蛮な民族であると言う人がいる。それからも分かるように肉食を嫌厭する人が多い。
「そ、そんなもの、食べて大丈夫なのか?」
相手は一口食べて二カリと笑い「美味いぞ! 結構いける」と答える。
余りにも美味しそうに食べる相手をしばらく呆然と眺めるカロル。その視線を何か相手は勘違いしたようだ。
「食べてみる?」
そう言われ皿をコチラに差し出されてカロルはギョッとする。同時に見えた皿をもつ腕の筋肉を見て思う。
「お前肉を食っているから、そんなに良い筋肉しているのか?」
自分にはない、男らしい筋肉が少し羨ましい。相手は眉を寄せ、首を傾げる。
「いや、ラーディックス様とか、ミルク、卵も食べないほどの菜食主義だと聞いています。それであの身体ですし、関係ないかも」
カロルはラーディックスという人物が、誰か分からない。イマイチ実感として分からないが、食べ物の問題ではない事は何となく理解できた。
考えてみたら、肉を食べなていなくても父ソーリスや兄のトゥルボーは大きい。その事に気が付き自分の未来が少し楽しみになった。
気分がよくなると目の前の肉料理が気になってくる。塊からあまり嗅いだ事のない香りがしている。どんな味なのか?
好奇心に負ける。勇気を出して一口食べてみた。口が痺れるとか身体が拒絶反応を起こすとかいった事はない。不味くはないが何と表現して良いか分からない謎の味だった。
「なんか不思議な食感。そして不思議な味」
カロルの言葉に相手は何故か嬉しそうに笑う。
「これが鳥、牛とか動物によってまた味わいが違うんだ。兎は比較的淡白で食べやすいよ」
相手の肉についての説明を聞きながらカロルは視線を下に動かす。自分用に運ばれてきた豆のシチューを見つめる。
「お前も俺のシチューを少し食べるか?」
相手は顔を顰める。
「いや、俺青豆が嫌いで……」
ならば仕方がないとパンを頬張ってから、豆シチューを食べる。
ソーリスの保護下時代に食べていた料理に比べるとかなり味も見た目も悪くなっている。
しかし元々そんなに食にこだわっていなかったため、カロルは食事に抵抗感や不満はなかった。
確かに味自体は一味どころか三味くらい足りてない気はするが別に食べられない事はない。
「お前、そういえばなんで肉なんて食べられるの?」
カロルが聞くと相手は照れたように笑う。
「実は母親がよく作って食べさせてくれていたもので。なんか懐かしくなるんですよね」
嬉しそうに言う相手に、チリリと軽い嫉妬を覚える。自分にはそういう想い出は一切ない。そもそもマレって料理とか作れるのだろうか? と考える。そういう姿も想像できない。
「周りは何も注意しなかったのか?」
「俺に興味なかったのでは? 俺がどういう風に過ごしているなんて気にもしてなかったと思う。
俺の母親は珍しく息子の世話をして可愛がる人だったから」
寂しそうに笑う男に、カロルは複雑な感情を覚える。ソーリスはカロルにどうなのだろうかと。父親としての愛情はあるとは思う。
離宮に来てくれる事は殆どなく、何かの式典の時顔を合わせると声をかけてくれただけ。
「なんかいいな、母親とのそういう記憶があるって」
カロルの呟きに、相手は困った顔をする。
「……良かったら、俺のシチューもっと食べます?」
カロルは苦笑して顔を横に振る。
「やはり、俺の事、変人とか野蛮とか思います?」
カロルは顔お横にふる。
「いや、スゲェと思うだけ。勇気あるなと」
相手は何故か感動したようにカロルを見下ろしてくる。そういう視線がなんか擽ったい。
「ところで、お前の名前は?」
そう聞くと、相手は哀し気な顔になる。確かに一年程共に訓練しておきながら名前もしらなかったというとそういう顔にもなるだろう。
「パッセルです」
「俺はカロル」
パッセルはカロルが名乗るとフフと笑う。
「知っています」
カロルは改めてパッセルの顔を見る。修練場では憎々しくてたまらなかった顔が、なんか親しみを感じる顔にカロルには見えた。
「お前とはそれなりの時間を過ごしたのに……俺って本当に周りを何も見ていなかったんだな」
カロルはそう呟き溜息をつく。
「それは俺もです! カロル様以外の人の事は実はあまり分かっていません。
貴方を始めてみた時、その圧倒的な存在感に俺……越えられない差を見せつけられた気がして……。それて嫉妬して。執拗に……戦い挑んで。それで勝っていたと思っていた所を任されてカッときて……子供みたいでバカですよね」
「だからもういいよ。俺もムカついていたからやり返した。お互い様だよ。あとさ、同期なんだから変に敬語使うのは止めてよ。
俺そんな態度で来られると偉いのかと勘違いして性質わるくなるよ」
カロルとパッセルは二人で笑い合った。
お互い暇だった事もあり、そのまま二人で行動を共にすることにした。
話してみると同じように任務について悩んでいた事が分かる。悩んでいたのは自分だけでなかったことにもカロルは安堵する。
パッセルが考えたのが街で食事するという事だったようだ。
食堂は実はさっき入れるレベルの食堂だけではなく下位の店でも入る事は自由。そこで毎日食堂を変え食事をして周りの様子を見ていたという。そこだと一変に大勢の人を見張れる。
叛意を持つものは、この社会において落ちこぼれた者に産まれがち。ということは、二人が入れる場所にそういう人が出現する確率も高い。
「お前、頭いいな!」
カロルが感心して言うとパッセルは照れて頭を掻く。
「そんな事ないですよ」
「もしかして俺達にこの任務が命じられたのはそういう事もあるのかな。そういう場所に自然に入れるから任務を任せられた」
「カロル様こそ、そういう事に気が付かれるなんて、流石です」
カロルは、その無邪気な誉め言葉が嬉しくて、楽しくなる。
パッセルはカロルにとってコンプレックスを一切感じることがなく、同次元で物事を見て話せる相手だった。
良くも悪くも純粋で単純な二人の友情は一気に深まるのも時間はかからなかった。
この日を境にこの凸凹コンビが共に行動する姿を街でよく見かけるようになる。
二人で仲良く食堂を巡りそこで怪しい人を探るどころか、二人で盛り上がり会話を楽しむ。
本来の目的を忘れていても、それを指摘する人がいない。だから二人とも気にしない。
また二人は人のいる所で公安隊予備隊での話や、それぞれの、家族の話などをしまくる。
カロルにとって初めて知る異なる境遇の人の話は楽しかった。パッセルにとってもそうだったようだ。
パッセルは元々別の宮殿で暮らしていたから。その為ソーリスの宮殿での事が余計に新鮮だったという。それでカロルは再確認する。
この宮殿が他の場所に比べて生活している人のレベルが高く素晴らしいと。
食堂についても最下層の場所のでも他所の宮殿でいうと下から四番目くらいレベルのモノが出てくるという。
その為にここに移った当初パッセルは感動したと目を輝かせながら語る。
カロルは人に話せる程の事が余りない。その為話すのは父親の事を、兄の事、マレの事。友であるフラムモーの事、シワンの事。訪れた時の研究所の様子や離宮の事。
「カロルって、本当にマレ様の事が好きなんだな~」
そんなカロルの話をパッセルは無邪気に楽しみ、感想を返してくる。それが更に話したくなる理由でもあった。
「当たり前だよ! 家族だもの! 俺にとって誰よりも護りたい大切な存在」
パッセルは最初は何も知らず。マレに良い感情を持っていなかった。カロルがマレの事を大好きである事を話すと微妙な反応を返してきた。
マレの悪い噂を鵜呑みにしていたようだ。 そういう状態だったからカロルはマレの素晴らしさを熱く語る。どれ程優秀なのか? 美しいのか? そしてソーリス様から愛されているのか?
話していくうちにパッセルも理解し、今ではスッカリファンになっていた。マレが語ったという名言をメモに取り心の言葉にして大切にしている。
二人で互いに大切な思い出を共有し、同じ御飯を食べる事、それらが余計に二人の絆を深めた。
ただ二人は分かっていない。互いが相手のみに語った言葉が周りに丸聞こえであることを。
さらに困った事に、カロルが自分の大切な人達の事をまったく理解出来てはいない。それどころか間違えた認識をしていた。
それを訂正出来るだけの情報や知識がパッセルにはなかった。
したがってカロルが間違えた認識をしている事をここで晒していた。
純粋に好意をもって語るカロルの大切な人についての話も、聞く人によっては不快なものである事も理解出来てない。
カロルにとっては、マレ達の話を楽そうに聞くパッセル。それが世間の反応だったから。
二人の自由すぎる言動は他の訓練生により気付かれて報告された事で止めることができた。
一週間の謹慎処分を喰らうが、二人で謹慎だったので今までの処分い比べカロルには苦痛でもなく寧ろ楽しかった。
官庁街はもちろんギルド街も、今の時間此処にいるのは大人ばかり。というか職を持って働いているものばかり。
皆楽しそうにシッカリ働いているように見え、カロルの心は焦りを思い出す。
闇雲に歩いても仕方がないので、初めて食堂という場所に入ることにした。食堂はいくつもあるが地位によって入れる場所が異なる。地位つまりは社会的貢献度。ノービリス、アミークスは関係ない。身分証代わりの指輪により分別される。
食堂は何が違うかと言うと内装と食事内容と料理人のレベルが全てにおいて違う。
と言っても最も下位の食堂でもパンとシチューに何種類かのメインディッシュも用意される。
栄養学的に計算されお腹も満足するモノが食べられる。
使われている具材も同じ畑で取れたもので、そこまで違いがないのではないかとは思う。しかし味見た目に明らかな違いがあるようだ。
このシステムの為に食いしん坊程出世すると笑い話がある程である。
万事この状態で地位が高い程良い住居に住め、良いモノを身に付けられ、良い生活が出来る。
カロルは自分が入れる下から三番目の食堂へと入る。お昼の時間から少し遅い為か人はそこまで多くなかった。
空いている席を探していると視線を感じる。辺りを見渡すと、見慣れた顔がカロルを見ていた。ギョロ目で体格の良い男。同じ訓練生の男だ。
カロルに負け、カロルを背後から殴ってきたあの男。あの後この男は謹慎をくらいそのまま訓練が中断されたので会っていなかった。
向こうが軽く頭をさげてきたので、軽く頭を下げ返すが、男の視線を離れない。何が言いたげな顔のまま。
カロルは息を吐き、男の前に座る。
「何か、用か?」
ぶっきらぼうにカロルが聞くと、男は慌てて顔を横に振る。
「いえ、先日は申し訳ありませんでした」
そう言って頭を下げられて、カロルは驚く。もしかして『汚い真似して勝ちやがって』とか言って文句の一つでも言われると思っていたから。
「いや、訓練の中の事だから」
カロルはどう答えてよいのか分からずそう返す。怒っている訳では無いカロルに相手はあからさまにホッとした表情を返す。
「本当に申し訳ありませんでした。した事が余りにも卑怯で自分が恥ずかしい」
「……もういいよ、済んだことだから。俺もこの通り元気だし。
それよりここってどう使うの? 俺、初めてで」
周りの慌ただしい様子を眺めながらカロルは聞く。相手は驚いた顔をしたので、カロルは少しムカつき睨む。
「いやさすが光の子様だと……」
あからさまに不機嫌な顔をしたカロルに、相手は慌てる。
「いや、良い意味で言いました」
「関係ないだろ? そういうの。
食堂って宿舎のしか使った事ないから」
相手は必死に謝ってくる。なんかそれはそれでイラつく。光の子でもまだ何の役にも立たない。そして下位の食堂しか使えない身分である。
「同じだよ。食堂は基本どこも。
席についたらそこにある札を青のままにして待つ。
すると注文を取りに来るからその中から食べたいものを選んで頼む。その時に札はひっくり返して赤い面が上にする。待っていると料理が運ばれてくる……という流れ。
宿舎と違うのは食器を戻さず置いたまま札を青に戻して去れば良いだけ」
そう言っているうちに、給仕が注文を取りにきた。バケットと豆のシチューとサラダを頼んだ。
それが終わると必然的に男と向き合う事になる。少し気まずい。
【あのさ、光の子とか言うのは、やめてくれない? 街では俺、悪評高くて。俺だってバレたくないんだ】
【え?】
【若い頃色々やらかして、街そのものに入るのすら禁じられていた時がある】
失礼なことに相手は笑い出す
「悪い」
睨むとそう、謝ってきた。
「なんか、思ったより話しやすいヤツだから、ホッとした」
相手は言葉を続ける。なんか途端に馴れ馴れしい言葉になっている。
【多分周りはもう察していますよ。貴方が誰かなんて。
見た瞬間からオーラが違うんですよ! 貴方は】
カロルは相手の心話に視線だけ巡らせる。確かに皆、此方をみている。
「怖い人と思っていたけど、いい奴だったんだな! 仲良くやってけそうで嬉しいよ」
周りに聞かせるように、相手はそう言いカロルに笑いかける。
言葉がフランクになったのは、彼なりにカロルをここで溶け込ませようとしての気を使っての事。思ったよりもいい奴なようだ。
【貴方は見た目も若い。それでこのランクの店に入れること事態珍しくて目立つんですよ。
職人について修行を始めた若い子もこのエリアの食堂使います。でもそういう子はまだこのランクの店には入れない】
改めて自分が世間からズレた存在である事を実感する。最初から下から三番目からスタートできるというのは恵まれているようだ。
「俺、変?」
「いや、偉いと思うよ! もう働き始めるなんて! 俺なんて成人と認められるギリギリまで遊んでいたから」
そう言っている間に相手の料理とカロルの料理が運ばれてくる。
相手は塊の入ったシチューを美味そうに食べている。聞くと兎だと言う。カロルはその言葉が信じられず目を剥く。
ノービリスは基本菜食主義。カロルも勿論肉なんて食べた事がない。
アミークスは肉を食べるから野蛮な民族であると言う人がいる。それからも分かるように肉食を嫌厭する人が多い。
「そ、そんなもの、食べて大丈夫なのか?」
相手は一口食べて二カリと笑い「美味いぞ! 結構いける」と答える。
余りにも美味しそうに食べる相手をしばらく呆然と眺めるカロル。その視線を何か相手は勘違いしたようだ。
「食べてみる?」
そう言われ皿をコチラに差し出されてカロルはギョッとする。同時に見えた皿をもつ腕の筋肉を見て思う。
「お前肉を食っているから、そんなに良い筋肉しているのか?」
自分にはない、男らしい筋肉が少し羨ましい。相手は眉を寄せ、首を傾げる。
「いや、ラーディックス様とか、ミルク、卵も食べないほどの菜食主義だと聞いています。それであの身体ですし、関係ないかも」
カロルはラーディックスという人物が、誰か分からない。イマイチ実感として分からないが、食べ物の問題ではない事は何となく理解できた。
考えてみたら、肉を食べなていなくても父ソーリスや兄のトゥルボーは大きい。その事に気が付き自分の未来が少し楽しみになった。
気分がよくなると目の前の肉料理が気になってくる。塊からあまり嗅いだ事のない香りがしている。どんな味なのか?
好奇心に負ける。勇気を出して一口食べてみた。口が痺れるとか身体が拒絶反応を起こすとかいった事はない。不味くはないが何と表現して良いか分からない謎の味だった。
「なんか不思議な食感。そして不思議な味」
カロルの言葉に相手は何故か嬉しそうに笑う。
「これが鳥、牛とか動物によってまた味わいが違うんだ。兎は比較的淡白で食べやすいよ」
相手の肉についての説明を聞きながらカロルは視線を下に動かす。自分用に運ばれてきた豆のシチューを見つめる。
「お前も俺のシチューを少し食べるか?」
相手は顔を顰める。
「いや、俺青豆が嫌いで……」
ならば仕方がないとパンを頬張ってから、豆シチューを食べる。
ソーリスの保護下時代に食べていた料理に比べるとかなり味も見た目も悪くなっている。
しかし元々そんなに食にこだわっていなかったため、カロルは食事に抵抗感や不満はなかった。
確かに味自体は一味どころか三味くらい足りてない気はするが別に食べられない事はない。
「お前、そういえばなんで肉なんて食べられるの?」
カロルが聞くと相手は照れたように笑う。
「実は母親がよく作って食べさせてくれていたもので。なんか懐かしくなるんですよね」
嬉しそうに言う相手に、チリリと軽い嫉妬を覚える。自分にはそういう想い出は一切ない。そもそもマレって料理とか作れるのだろうか? と考える。そういう姿も想像できない。
「周りは何も注意しなかったのか?」
「俺に興味なかったのでは? 俺がどういう風に過ごしているなんて気にもしてなかったと思う。
俺の母親は珍しく息子の世話をして可愛がる人だったから」
寂しそうに笑う男に、カロルは複雑な感情を覚える。ソーリスはカロルにどうなのだろうかと。父親としての愛情はあるとは思う。
離宮に来てくれる事は殆どなく、何かの式典の時顔を合わせると声をかけてくれただけ。
「なんかいいな、母親とのそういう記憶があるって」
カロルの呟きに、相手は困った顔をする。
「……良かったら、俺のシチューもっと食べます?」
カロルは苦笑して顔を横に振る。
「やはり、俺の事、変人とか野蛮とか思います?」
カロルは顔お横にふる。
「いや、スゲェと思うだけ。勇気あるなと」
相手は何故か感動したようにカロルを見下ろしてくる。そういう視線がなんか擽ったい。
「ところで、お前の名前は?」
そう聞くと、相手は哀し気な顔になる。確かに一年程共に訓練しておきながら名前もしらなかったというとそういう顔にもなるだろう。
「パッセルです」
「俺はカロル」
パッセルはカロルが名乗るとフフと笑う。
「知っています」
カロルは改めてパッセルの顔を見る。修練場では憎々しくてたまらなかった顔が、なんか親しみを感じる顔にカロルには見えた。
「お前とはそれなりの時間を過ごしたのに……俺って本当に周りを何も見ていなかったんだな」
カロルはそう呟き溜息をつく。
「それは俺もです! カロル様以外の人の事は実はあまり分かっていません。
貴方を始めてみた時、その圧倒的な存在感に俺……越えられない差を見せつけられた気がして……。それて嫉妬して。執拗に……戦い挑んで。それで勝っていたと思っていた所を任されてカッときて……子供みたいでバカですよね」
「だからもういいよ。俺もムカついていたからやり返した。お互い様だよ。あとさ、同期なんだから変に敬語使うのは止めてよ。
俺そんな態度で来られると偉いのかと勘違いして性質わるくなるよ」
カロルとパッセルは二人で笑い合った。
お互い暇だった事もあり、そのまま二人で行動を共にすることにした。
話してみると同じように任務について悩んでいた事が分かる。悩んでいたのは自分だけでなかったことにもカロルは安堵する。
パッセルが考えたのが街で食事するという事だったようだ。
食堂は実はさっき入れるレベルの食堂だけではなく下位の店でも入る事は自由。そこで毎日食堂を変え食事をして周りの様子を見ていたという。そこだと一変に大勢の人を見張れる。
叛意を持つものは、この社会において落ちこぼれた者に産まれがち。ということは、二人が入れる場所にそういう人が出現する確率も高い。
「お前、頭いいな!」
カロルが感心して言うとパッセルは照れて頭を掻く。
「そんな事ないですよ」
「もしかして俺達にこの任務が命じられたのはそういう事もあるのかな。そういう場所に自然に入れるから任務を任せられた」
「カロル様こそ、そういう事に気が付かれるなんて、流石です」
カロルは、その無邪気な誉め言葉が嬉しくて、楽しくなる。
パッセルはカロルにとってコンプレックスを一切感じることがなく、同次元で物事を見て話せる相手だった。
良くも悪くも純粋で単純な二人の友情は一気に深まるのも時間はかからなかった。
この日を境にこの凸凹コンビが共に行動する姿を街でよく見かけるようになる。
二人で仲良く食堂を巡りそこで怪しい人を探るどころか、二人で盛り上がり会話を楽しむ。
本来の目的を忘れていても、それを指摘する人がいない。だから二人とも気にしない。
また二人は人のいる所で公安隊予備隊での話や、それぞれの、家族の話などをしまくる。
カロルにとって初めて知る異なる境遇の人の話は楽しかった。パッセルにとってもそうだったようだ。
パッセルは元々別の宮殿で暮らしていたから。その為ソーリスの宮殿での事が余計に新鮮だったという。それでカロルは再確認する。
この宮殿が他の場所に比べて生活している人のレベルが高く素晴らしいと。
食堂についても最下層の場所のでも他所の宮殿でいうと下から四番目くらいレベルのモノが出てくるという。
その為にここに移った当初パッセルは感動したと目を輝かせながら語る。
カロルは人に話せる程の事が余りない。その為話すのは父親の事を、兄の事、マレの事。友であるフラムモーの事、シワンの事。訪れた時の研究所の様子や離宮の事。
「カロルって、本当にマレ様の事が好きなんだな~」
そんなカロルの話をパッセルは無邪気に楽しみ、感想を返してくる。それが更に話したくなる理由でもあった。
「当たり前だよ! 家族だもの! 俺にとって誰よりも護りたい大切な存在」
パッセルは最初は何も知らず。マレに良い感情を持っていなかった。カロルがマレの事を大好きである事を話すと微妙な反応を返してきた。
マレの悪い噂を鵜呑みにしていたようだ。 そういう状態だったからカロルはマレの素晴らしさを熱く語る。どれ程優秀なのか? 美しいのか? そしてソーリス様から愛されているのか?
話していくうちにパッセルも理解し、今ではスッカリファンになっていた。マレが語ったという名言をメモに取り心の言葉にして大切にしている。
二人で互いに大切な思い出を共有し、同じ御飯を食べる事、それらが余計に二人の絆を深めた。
ただ二人は分かっていない。互いが相手のみに語った言葉が周りに丸聞こえであることを。
さらに困った事に、カロルが自分の大切な人達の事をまったく理解出来てはいない。それどころか間違えた認識をしていた。
それを訂正出来るだけの情報や知識がパッセルにはなかった。
したがってカロルが間違えた認識をしている事をここで晒していた。
純粋に好意をもって語るカロルの大切な人についての話も、聞く人によっては不快なものである事も理解出来てない。
カロルにとっては、マレ達の話を楽そうに聞くパッセル。それが世間の反応だったから。
二人の自由すぎる言動は他の訓練生により気付かれて報告された事で止めることができた。
一週間の謹慎処分を喰らうが、二人で謹慎だったので今までの処分い比べカロルには苦痛でもなく寧ろ楽しかった。
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