蒼き流れの中で

白い黒猫

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十六章 〜真実がひらくとき〜 カロルの世界

堕ちる先

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 しばらく見つめあっていたソーリスとマレ。マレの視線が先に逸らされる。興奮からか少し赤らんだ頬が可愛いく感じソーリスは微笑む。
 目の前にある赤みの帯びた耳が美味しそうで齧りたい欲求に駆られる。
「もっと傲慢に貪欲に生きろ。
 お前には今度、士爵の地位が拝命される」
 マレの表情にギラッ挑むような強い感情が宿る。
 驚きではなくそんな表情を返してきたことで、マレが既にシルワから聞いて知っている事を察する。
「それであっけなく、犬死なんかで消えるような事態は許さない。
 俺の側で華やかに、ふてぶてしく生きろ」
 清楚な顔立ちに似合わぬ艶やかで華のある笑みがソーリスへと向けられる。
 十二爵の下の地位を持つ二十四人の士爵。それにマレが就任することが先程の会議で決まった。
 これ程まで若い者がその地位につくのは異例中の異例。トゥルボー以来の快挙である。しかし太陽の子ならまだしも、余所者のノービリスがその栄誉を受けるということは、今後かなりの衝撃を世間に与える事が予想される。
異分子ともいえる存在が皆の上の地位で活躍を約束される。そんな事は、ここでの常識ではありえない事だった。
己こそ優れた選ばれた者で、権力を持つ者に相応しいと勘違いしている者には許しがたい事態だろう。

 ある士爵の一人が地位の返上を申し出た。その人物が後任に指名したのがマレ。その流れでこの結果となった。
 反対したのは十二爵と二十四人の士爵の中で、シルワとシルワの睨みの効く八名。
 ソーリスを含め六名は出た結果を支持するとし、残りは賛成票を投じた事で決定した。

 マレの目に求めていたものとは違う光が灯った事にソーリスは落胆する。その反応でソーリスは今日の口説きを若干間違えた事を察したから。
 地位についての話題をしたことで、業務モードに気持ちが一気に切り替わってしまったようだ。マレの心を蕩けさせその気にさせる事は、何よりも難しい。
 今のマレはソーリスとの議論を楽しむ姿勢となっている。色気のある空気とは真逆。
 普通の人間なら、ソーリスにここまで期待を匂わせた事を言われると、皆頬を高揚させ陶酔した表情を返す。しかしソレがマレには当てはまらない。
 ソーリスは内心ため息をつく。
 マレは身体を動かし少し距離をとる。気が付くと妙に距離が近くなり過ぎていた事に気がついたからだ。
「犬死には、私もゴメンですね。
 しかし士爵として地位の代償に与えられた、囮の仕事はシッカリ務めさせていただくつもりです」
 シルワがマレに色々裏の事情まで全て明かしてしまっているようだ。ソーリスは余計な事をしたシルワにムカつきを感じる。その要らぬ助言がマレの心に壁を作り口説きにくくなっている。
 ソーリスはマレの言葉に顔を顰めるしかない。マレを矢面に立たせ不穏分子を刺激する。その事はソーリスが求め狙ったことでは無い。
 マレを士爵にする。その事は面白そうなので余計な意見を述べる事をせずに見守ったに過ぎない。
 高位の人間がマレをあえて持て囃す事で、敵を刺激し炙り出す。
 二位セクンドゥムであるトゥルボーの真っ直ぐ過ぎる正義感と使命感。堅物な平和主義なようでいて、実は行動的な過激派の十二位ドゥオデキムムの動きが困った形で合致をみせた。
 それが強い実行力を持ち動き出したのが要因の一つだろう。
「お前の為に面倒な奴らをここで一掃してやろう。という十二爵・士爵の歓迎の気持ちだろ。囮なんて身も蓋もない言葉を言ってやるな」 
 ソーリスは肩をすくめ、あえて軽く返す。少し身体をよせ距離を近付ける。
「私の為? そう言って恩着せがましく言うのは止めて下さい。
 貴方がたは無駄に長く生きていたのに、今更の行動ですか?
 馬鹿を大掃除する時間はいくらでもあったでしょうに。お陰で色々面倒に巻き込まれている私達は良い迷惑ですよ」
 マレの生意気な言葉にソーリスは苦笑する。
 まあ積極的には狩らず弱体化しあえて残して来たというのは真実。
 原理主義者の思想はわかりやすく犯意のあるものを引き寄せ、集めてくれてくれるから。何も無い奴ほど、民族の崇高なる思想と民族の優位性とやらに惹かれる。何もない者ほど、煌びやかに見え民族の誇りという言葉に縋り、その言葉を纏う事で自分の存在意義を勝手に上げて悦に入る。
「あのな、馬鹿はどんなに頑張っても集団の中で一定数発生する。潰しても、潰しても、湧いてくるものだ。
 だから光降祭という茶番劇をやって定期的に掃除してきたのだろ」
 光降祭。それは能力の低い層に力を与える事で社会全体の力を底上げする意味だけでない。強大な力を示す事でソーリスの権威を知らしめ社会を引き締める意図がある。
 忠誠心を高めると同時に、このソーリス体制下において、不満と抱える人を刺激して揺り動かす事であぶり出す。
 プライドだけが高い者は、自分より低いと思う者が力を付けることを必要以上に嫌がり馬鹿な行動を起こしやすい。
「囮役する事に関しては、文句は言っていませんよ」
 マレはキスを仕掛けようとするソーリスの唇を自分の手で塞ぐ。その手をソーリスは掴み指にキスをしてくる。
 眉を寄せ不快そうな顔を返すマレ。
 マレとしてはソーリスのその行動は意味不明。真面目というかシビアな状況についての話をしているのに、キスをしてこようとするソーリスの行動が理解できない。
 ソーリスのニヤニヤとした顔を見てやっと察する。ここに来たのは士爵についての話をして、マレに何だかの注意を促す為でも、対話する為でもない。
警戒し身体を引き距離をとる。
「あくまでも役割内で行動しろと言っている。囮役であって、本当に囮になる必要はない。
 せいぜいそのニコニコとした、人をやたらムカつかせる笑みで奴らを刺激してくれれば良い」
 ソーリスはマレの顔に手を伸ばし撫でる。
「そして俺には、もう少し可愛い顔を見せろ。ほら可愛く笑ってみろ!」
「別に私は人を不快にさせる為や、貴方に媚びる為に笑うつもりはないです」
 マレは冷たい表情でそう返し、ソーリスの手をはたく。
 ソーリスとしてはどうも色気から離れた方、離れた方へと向かう会話にどうしたものかと考えていた。
 ソーリスはマレの不機嫌そうな顔を見つめる。その目はこんな所で仕掛けてきている事について明らかに怒っている。
 マレの目はソーリスと会話しながらも、少し離れた所に眠る男の事を常に気にして動いている。
 確かにここでは、マレの気も散って仕方がないだろう。ソーリスはマレの身体に、手を回し抱き寄せ自分の私室に一気に転移する。時間をかけて口説いて誘うのも面倒になったから、手っ取り早く行動する事にした。

 部屋に連れ込まれた事を察し、マレは素早くソーリスから離れた。その動きを利用しマレを背後にあったベッドに向かって突き飛ばす。
「眠りたかったのではないですか? もうこんな時間ですよ」
 ベッドの上で即座に身体を起こしソーリスをハッタと睨みつけるマレ。
 労わるような言葉とは違い、その姿はまるで警戒心丸出しの猫である。
 別に暴力をふるおうとしている訳ではなく、共に楽しみたいだけなのに、この態度かとソーリスは苦笑する。
「こんな時間だからこそ、恋人が楽しむのだろ?」
 マレは身体を反転させベッドの反対側から出ようとするが、その前にソーリスに捕まる。
 咄嗟にマレは蹴飛ばして抵抗しようとするが読まれ避けられた。
 攻撃をしかけたことで体勢を不安定にした事が不味かった。
 気が付くと手をしっかりベッドに縫い付けられた状態で押さえこまれてしまう。
 この体格差で上に乗られて、腕の自由を奪われるとどうしようもない。
「本当に顔に似合わずヤンチャだな。
何そんなに抗う? もっと素直になれと言っているだろ」
 顔を横にして、視線を逸らすマレの耳にソーリスはそう囁き舐める。
 マレの身体がビクリと震えた。その初心な反応がいつもながら可愛くてソーリスは嗤う。必死に身体をよじり逃げようとするが、身体を完全に抑え込まれていて叶わない。
 さらに耳、頬、首筋へとキスを落としていく。愛撫と共に身体より先に気を交わらせていく。
 愛撫により、耳が赤く良い色に染まっていくのをソーリスは楽しんだ。
 マレが顔を戻し、ソーリスを睨みつけてくる。その目は潤み、淵は赤く染まっている。
 その表情はソーリスの身体をゾクゾク奮い立たせるほど色っぽい。
 淡い青い目がソーリスを見つめ細められる。その表情は一見微笑んだようにも見える、がその意味は自嘯だった。
「……素直に……ですか……」
 マレは今まさに己を抱こうとしている男を見上げる。愛撫と強すぎるルークスの気により火照ってきている身体とは裏腹に冷静な感情で。
 気侭で傲慢、好き勝手に振る舞い生きていながら、施政者としては完璧な男ソーリス。大胆ともいえる行動で皆をしっかり導いている最高の指導者。
 一方マレは理性的に物事を見て考えて行動し、善き導きを目指していた。結果国を見捨て潰し多くの人を破滅させた。国の歴史において史上最悪な導き手。
「意地をはって必死に抵抗して、何を守っている?」
 マレが何かを言い返す前にソーリスは、その唇を塞ぎキスをしてきた。マレは濃いソーリスのキスを受けながら逆らい動かしていた身体の力を抜いた。ソーリスからの視線から逃げる為にマレは目を閉じる。
 それが、ささやかなマレの抵抗。
 マレ自身が一番よく分かっていた。
 今は拒んでいるが、いずれは自分がこの相手に堕ちてしまう未来しかないことを。
 最初からどうしようもなく惹かれていたのだから。この様な意味ではないにしても。
 ソーリスはマレの今まで抱えていた概念をぶち壊し、新しい世界に誘ってくれた。役割をなくしたマレに未来を示し導いてくれている。
 この大き過ぎる存在に最初からスッカリ魅了されていたのだ。
 抵抗しているのは、ソーリスの言う所のちっぽけなプライドと下らない意地張りなのだろう。
マレがソーリスを拒む理由は既に倫理観、価値観の相違の問題ではなくなっている。
 今のマレにはソレは何よりも大事な事だった。かけがえのないものとの絆を、そして愛する人からの信頼を護る為の行動。
 言わば自分の弱さ、醜さ、狡さと言うべきモノを剥き出しにさせる人たち。でも今のマレには何よりもかけがいのないもので愛おしい大切な感情。
 ソーリスが馬鹿で愚かとする感情、行動の原点となる想いこそがマレがマレである証。
 ソーリスの手がマレの衣類を剥いでいくが、マレは抵抗する事はもうしなかった。ただし自分から求めることは絶対にしない。ソレが今のマレが出来る精一杯の反抗。

 この男に堕ちる訳にはいかない……今だけは……。

「今日は疲れているんです。本当に。するならさっさと終わらせてくれませんか?」

 唇が離れた瞬間にマレから放たれたあまりにもつれない言葉にソーリスは吹き出す。
「善処しよう」
 ソーリスは短くそう答え再びマレに覆いかぶさる。今度は直に肌に手を滑らせ、ジックリとマレを責めていく。

 マレはソーリスに抱かれながら愛しき人達の事を想う。自分も含めて皆まだ幼く未熟。だからこそ見離せず、愛しい。
 ソーリスに対する、この向き合い方は卑怯で甘えきったものかもしれない。しかしソーリスはそんなマレの事などは全てお見通し。
 与えられる愛撫に快楽を感じながら必死に耐え、なんともないように振る舞っている今のように。
 ソーリスは見透かしながら、マレの隠している本音に容赦ない言葉をかけてくる。
 ゆっくりと瞳を開けると金の眼を輝かせマレを抱くソーリスの姿が揺れて見える。いや揺れているのはマレの方かもしれない。
 熱に浮かれたように荒い息を吐きながら、マレはぼんやりとソーリスを見つめ続ける。
「どうした?」
 ジッと見つめているマレにソーリスは優しく話しかける。
「……楽しそう……ですね」
 ソーリスは艶やかに笑いかける。
「あぁ、お前は最高だ。
 お前も思う存分楽しめ」
「ァッ」
 そんな事を言い放ち、ソーリスの動きが激しくなる。
 マレは耐え切れず、唇から声を漏らす。そのまま会話を続ける事はもう出来なかった。マレはもう理性では処理しきれない快楽に声をあげ鳴き続けるしかできなかった。
 
 ソーリスはいつもそうだ。言葉を投げかけておきながら、それに言葉で応える事を求めない。
 言い放ち、やりたいようにするだけ。
 ならばマレあえて、中途半端な言葉や想いを返す必要もない。そういう甘えに順じても良いだろう。
 マレはまばゆい光にのまれ、身体の全て融けてなくなる。そんな幻想を感じながら意識を手放した。
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