蒼き流れの中で

白い黒猫

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十六章 〜真実がひらくとき〜 カロルの世界

求めるもの

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 スッカリ通い慣れてしまった高度特別治療エリア。マレも以前ここで治療を受けた。
 その時、感染は認められなかった為に十日チョットの収容で済んでいる。
 だが今回の場合は感染が確認された為に最低でも一月以上、ここでの治療が必要となる。
 身体が闇に侵されている者にとって、この部屋での治療は激しい苦痛を伴う。拘束で動かせない身体を捩り、顔を歪ませよく苦悶の声を上げ続けている。
 意識も混沌としていることが多いようで、会話もまともに出来ない。そんな相手にしてあげられることは何も無い。ただこうして見守る事だけ。
 時々意識を取り戻すことはあるが、マレの知る冷静でいて知的な姿ではない。迷子になった子供のように涙を流しながらマレを求める。
 マレの姿を見つけると縋るように見つめ名を声が枯れるまで叫び続ける。マレは『大丈夫。もう心配はない』と声をかけ微笑む事しかここでは出来ない。
 今は昏昏と眠っている。その様子に少しだけ、ホッとする。
 マレは通路に不自然に置かれたソファーに腰掛け、眠る男の姿を見つめ続ける。
 ここには元々椅子どころか家具などない。しかし一度ここでマレが倒れてから置かれるようになった。
 散々ルークスに曝されて過ごしたマレ。今さらルークスの照射程度で倒れる事はない。
 激務の昼を過ごし、夜は殆ど寝ずにここで仕事をしながら見守るという生活を一週間続けた事が原因である。
 暫く神経と体力をつかうトゥルボーの補佐をし続けて既に数度倒れるような事もしていた。
 そんな後だっただけに身体が限界だったのだろう。
 マレも愚かではない。ここで倒れ迷惑を周りにかけた事は自覚している。だからこそもう倒れるような無理はやめていた。
 ここへの見舞いを止めはしないが、時間を減らし、休息はとり自己管理はするようにはなった。
 ここにいてもすることもない事もある。それに何だかのコミュニケーションをとることが出来る状況でもない。
 相手にとって今のマレは夢の中の住人でしかない。ここに通う事の意味がどれ程あるのかも不明なものの、ここに通う事は止められない。
 目の前に横たわる人物を見つめ記憶の中の時間を漂うのみ。目の前の人間ではなく記憶の中の相手と対話し、自分を見つめ直す意味しかない。
 結局は相手の為ではなく、自己満足を得るためだけの見舞いなのかもしれない。
 マレがこの世界で唯一甘える事が出来た相手。好きだから、必要だから常に身近に置き、自分に縛り続けてきた。それではいけないと離れ手放した。
 このような形での再会はどういう結果を生み出すのかマレにも読めない。マレは溜息をつく。

 何者かが部屋に入り近付いてくる気配にマレは思わず顔を顰める。隠しきれないというか隠す気もない強い気の気配でそれが誰であるか察したからだ。
「飽きずにこんな所によく通うな」
 黄金の髪と瞳を持つ男はゆっくりと近づいてきて断りもなくマレの隣に座る。
 マレが挨拶といった動作や言葉を言う前に言いたいことを言って、好き勝手に行動してくる。それがソーリスという人物。
「何故ここに?」
 医務塔。この宮殿の中で最もソーリスが訪問する必要のない場所である。人の百倍元気で寧ろそのファクルタースが病人に負担をかけかねないレベル。このエリアにしてもそう。ルークスを浴びる必要など一番ない人物。
 ソーリスは苦笑する。 
「恋人に会いに来ただけだが?
 俺の恋人は浮気性だからな。最近毎晩他の男の所に通っているとなると気にもなるだろ」
 マレはソーリスを睨みつける。マレの目が睨む前にルークスに満ちた光の中で眠る男の様子を気にして一瞬動いていた。
 ソーリスはその事に気が付き笑う。その目は閉じられて深い眠りにあり、周囲の様子も分かってもいないようだ。
「安心しろ。遮音結界を張った。あの男だけでなく、ここに働く奴らにも俺とお前との会話は聞こえない」
 マレは安心するどころか、より一層警戒した視線をソーリスに向ける。
「貴方は光降祭の準備でお忙しいでしょうに。どうぞ私の事など気にせず、お仕事に戻って下さい」
 ソーリスは可笑しそうに笑う。
「シルワ以上に鬼だな、俺を更に働かせようなんて。
 お前は。こんな時間まで俺に働けと? 夜くらいは眠らせろ」
「別に貴方の睡眠を邪魔するつもりはありません。お部屋に戻られて、どうぞお休み下さい」
 ソーリスが腕を伸ばしてきて、肩を組もうとしたのでマレはその手を払う。その時にソーリスらしくない甘い香りがマレの鼻腔を擽る。
 その甘ったるくて不快な香りに顔を顰めた。同時に既に発散は出来ているのでここで自分を襲う事はないだろうとマレは読み、少しだけ安堵する。
 先日、マレに大きな課題を与えたソーリス。ゆっくり考えさせる為に距離を取り放置してくれると思ったが、違っていた。
 変わらずソーリスらしい物言いでマレの心を乱し、変らず抱いてくる。
 強引に無理やり奪う形で抱いてくる事はない。身体を撫で優しいキスを仕掛けて迫ってくるからタチが悪い。
 無理矢理こられたなら、それこそ叫び蹴りなどして拒める。しかし混乱している間に仕掛けられ気が付くと腕の中で乱らされているとどうしようもない。
 以前程拒めてなくなっている事態にマレも困惑していた。
 何故かよりにもよって家族との再会のタイミングで掻き回して来るのか? だからこその事だともマレは判断する。マレに判断の決断を委ねたのではない。要求を示しソレが叶うように行動しているだけ。
 流石のマレも此処にはソーリスには来てもらいたくなかった。出来れば直ぐに去って欲しい。
 ソーリスは強引に肩を掴み抱き寄せるという事はしなかった。払われた手はそのまま戻さず背もたれにのせる。そのため近いままの距離感は変わらない。
「息抜きも良いですが、サボった分は働いて下さい」
 マレは顔を向かい合わせるためを装い身体の位置をズラしソーリスから離れる。ソーリスは何故か楽しそうにニヤニヤしている。
「なんだ、嫉妬か?」
 やはり誰かと楽しんできた後のだったようだ。
「何故嫉妬だと?
 純粋に貴方の職務怠慢についての苦言です。シルワ様が今どれ程仕事を抱え大変な状態なのか……ご存知でしょうに。それなのに貴方は遊び呆けている」
 シルワ並に小言を言うようになったマレを、ソーリスは楽しそうに見ている。反省している様子は全くない。
「シルワはお前という優秀な部下が出来た。だから今回は例年より遥かに楽なものだろう。
 研究所の事は丸投げできるからな。
 それにトゥルボーも先ほど戻ってきた。手は十分足りている」
 呆れた冷たい視線を向けるマレにソーリスは微笑む。
「俺が何のために優れた人間を集めたと思う? 面倒な事を全部任せて楽をするためだ」
 何処か威張るように言われ、マレはため息をつく。
「しかし楽をする為に集めた筈の部下が、皆揃って口煩いときている。
 お前が思っているほど遊ぶ事も出来ていない。変に心配はするな。やるべきことはしている」
 ヤレヤレといった顔のソーリスにマレはつい、吹き出す。ソーリスの側近は皆勤勉。甘い人もいない。サボりまくる事も不可能なのは確か。
「それよりお前だ。シルワが心配していたぞ」
 マレは首を傾げる。
「また全て抱え込み、バカみたいに仕事しているのと。
 研究所にはシルワが貪欲に集めた優秀な人材がいるだろうに。
 お前こそ周りにも仕事をふり、動かす事を覚えろ」
 マレは、叱っていたつもりが、逆に叱られている状況にどうしたものかと考える。
「お前は何のために呼び戻した?」
 ソーリスは視線を離れた所で眠る男に向ける。マレは表情を少し強ばらせる。
「忙しい事を理由に、向き合う事から逃げる気か?
 それで身体を虐めて無茶しているのか?」
 マレは溜息をつき、頭を横に振る。
「誰が逃げると? 逃げてないからこそ、ここにきているのでしょう。
 彼から向けられるであろう怒りや憎しみをシッカリ受け止める為に」
 マレは視線をソーリスから外し、緊張した面立ちで視線を兄へと向ける。ソーリスは眉を寄せマレを見つめる。ソーリスが予想していた感情とは異なる表情をしているからだ。                                 
 ソーリスは背もたれに置いていた手を動かしたマレの頭を撫でる。
 その手の動きは淫靡なものには感じられなかった。寧ろ父親が子供にするようなものだったからマレは何も言わずそのままにした。
 それこそが認識が甘い所という事をマレはまだ気がついていない。
 ソーリスには父親のような導き手な存在として見守って欲しい。というのはあくまでもマレの一方的な願望でしかない。
 ソーリスはそんな穏やかで平和な関係になる事はまったく考えてもいない。
「お前らしくないな。そこまで人に対して緊張して怯えるとは」
 マレは気持ちを落ち着かせる為に小さく深呼吸をする。
「ソーリス様にとって家族とはどう言う存在ですか? 父親、母親、兄弟、子供は……」
 唐突な質問にソーリスはンーと声を出し悩む。ソーリスにとって家族なんて事は、あえて考えた事もなかったモノ。
「俺はそういう感覚は特に薄いのだろうな。母親は俺が小さい時に殺された。殆ど覚えてもいない。
 父親兄弟は馬鹿ばかりだったから纏めてぶっ殺した。……子供は……見ていて分かるだろ?
 血筋というより、使えて気に入った奴が身内だ。俺にとって」
 マレは目を丸くしてソーリスを見上げるが、フッと柔らかく笑う。
 ソーリスらしい言葉に羨ましさすら感じる。
「お前も伽で生まれ、他人の手で育てられてきた筈。
 何故そこまで血縁に拘り囚われる?」
 マレは首を振る。
「拘っている訳でも執着している訳でもありません」
 ソーリスは疑わしそうにマレを見下ろす。そう言う目で見られても仕方がない行動をしている事はマレも理解していた。
「何なのでしょうね。本当に」
 そういった関係を繋げる事を否定して生きるように躾られてきた。その反動か……。そこまで考え、もっと本能的な所からきている感情と気がつく。
 マレは顔を横に振る。両親に甘える事など絶対に許されなかった。
 マレだけではない皆も同じ状況。しかしそんな愛を欲していた。
 神の愛などいう高尚で美しいだけのものではなく、人間らしい血の通った愛を。
 だからこそ兄妹で隠れて愛を育み深めてきた。その互いに対する想いは純粋なものだった筈。
 現に前に眠る男は責任と孤独に震える自分をいつも『大丈夫』と抱き締め支えてきていた。純粋で真っ直ぐな想いで。
 マレの返答にソーリスは笑う。
「自己愛が低いようで、実は物凄いナルシストだったんだな。お前は」
 マレはキッと顔を上げソーリスを睨みつける。
「そうだろ? 自分に近いモノを持つ人間だけを愛して可愛がる。
 あれだけ大勢の子供を作っていながらも、気にかけ可愛がっているのは一部の人間だけだ。お前に近いナニかをもつ人間だけ」
 マレは黙り込む。
「お前は俺と同じで元来冷淡な人間だ。
 どんなに相手から想いをよせられようがそれで心を乱されない。ソイツがどんな事になろうと気にしない。
 しかしお前はごく一部の人間に対しては、狂った馬鹿な行動をみせる」
 ソーリスの言葉をマレは改めて考える。確かに二十人以上の子供がいながら、明らかに向ける愛情に差がある。気にかけている子供は極一部だけ。
 自己愛とは違う。また子供の出来不出来でもない。自分が数少なく愛した人への繋がりを感じる子どもだけ慈しむ。なんとも身勝手な愛である。
 マレはそんな己を呆れ苦笑する。
「まあ、可愛がるのは良い。そういう関係を築き上げ育むのは、それはそれで楽しい遊びだろう。
 お前の趣味にまで口を出す気はない。
 しかしそう言う存在に惑わされるな。
 狂わされるな。もう」
 ソーリスはマレから目を離し目の前で眠る男に視線を向ける。マレはソーリスの言葉に顔を上げた。
「切り捨てる無情さを持て。お前が命をかける程の価値はそいつらにはない」
 マレは口をポカンと開け惚ける。しかし直ぐに言われた言葉の意味を理解し苦い笑みを浮かべる。
 ソーリスのシンプルでいて容赦のない言葉を突き付けられたからだ。
 ソーリスにとってマレの家族はさほどの価値はない。
 子供達も失ったとしても、また作り直せると考えているのだろう。
「一度死にかけて懲りないか? いい加減過去から学べ。
 この男を庇ってお前は致命傷ともいえる傷を負った」「それは貴方が……」
 ソーリスは笑う。
「俺はお前とそんな約束をしたか? コイツまで護ると」
 マレは思わず絶句する。
「お前が連れて来た人間は保護してやるとは言った。
 俺が興味をもったのはお前だけだ。
 シルワは違うのだろうが、正直俺は他のやつの事などどうでも良い」
 マレはソーリスの身も蓋もない言葉に唖然とする。しかし同時にやはりと納得もしていた。
 過去に二人で交わした会話を思い出しつつ、今の状況から導かれる現実について考え込む。
「現にお前は他の仲間が倒れていっても、冷静に対処出来ていた。
 それを見ていたから同じ認識で行動しているのだと思っていた」
 マレは下を向きその拳を白くなるほど握る。
「だが、お前は寸前の所で馬鹿な行動をした。
 突き出された刃の前に躍り出るという自殺行為をするなんて、流石の俺も思わなかった。俺の言っている事は、間違えているか?」
 マレは何かを言い返そうと口を開けたが言葉は出てこなかった。
「この男も可哀想に、何に代えたとしても護りたいと思っている相手にあんな事をされるなんて。
 あの後の風景を見ていないから分からないか。コイツがどれ程取り乱し嘆き苦しんだか」
 マレは頭を激しく横に振る。
「そうであろうと生きて欲しいと、望むのは間違えだと? 貴方にとって彼の命の価値は、低いかもしれません。
 だが、私にとって違います! そもそもあの契約を持ちかけたのも家族を守りたかったから……」
 マレはソーリスを怒りに震えながら睨みつけた。

 ソーリスは感情をむき出しにした様子のマレを嬉しそうに眺めている。楽しくて堪らないからだ。
 マレを様々な形で揺ぶり、心を晒させて様々な表情を見る。
 それが身体を繋げている時と同じくらい楽しい。いや二人の時間を楽しく過ごす為の素敵なスパイスのようなもの。
 その表情の全てが可愛らしい。愛しさも深まり身体が疼く。
「……彼はこの世界で唯一、私を普通の人間に戻してくれる人だった。人に崇められる象徴でしかない私を、生きている人間にしてくれていた」
 ソーリスは鼻で笑う。
「意外とお前は青い所があるよな。本当に。
 まあその歳を考えると逆にもっと青くてもおかしくはないのか」
 マレは形の良い眉を寄せソーリスを睨む。
「分からないではない。その気持ち。
 俺もお前くらいの年齢の時そんな感じの馬鹿な事で悩んだ時もなくはないからな」
 マレはハッとしてソーリスの顔を見上げる。
 真っすぐ見つめる金の眼にドキリと心が動く。
 その目はいつもと違った真剣な色を帯びていたから。
 物理的な意味ではなくソーリスがかつてないほど近くに感じられた。
 そこにも戸惑い、返す言葉が見つからず、黙ったままソーリスを見つめる。
「しかし何故つまらない普通の人間になろうとする? そんなゴッコ遊びをして楽しいか? 仲の良い平和で穏やかで平凡な家族ゴッコ。
 そうする事でお前に何の利があった?」
 ソーリスの手がマレの頭を撫でそのまま移動し頬を撫でる。
 マレは黙り込んだままされるままになっていた。言われた事を真剣について考えていたから。
 大きな男らしい手でするとは思えない程優しく繊細に頬をタッチし愛撫する指。
 ゆっくりとソーリスは顔を近づけてくる
「お前がなりたいのは、何も生み出すこともない凡庸なくだらない価値のない人間か?
 違うだろ?」
 マレは耳元で囁かれた言葉にハッと目を見開く。平々凡々の暮らし。憧れはしたが、本当に求めていたのか?マレの本能が否と答える。
「現にお前は、何者にも替え難い特別な役割をもった人間だ。そうだろ?
 世界にとっても……。俺にとっても」
 マレの耳にふれるようにソーリスの唇が動く。その感触にマレは身体をビクリと動く。マレの身体が少し離れる。
 欲しい言葉が、欲しい人物から返ってくる喜びに心が震える。
 二人はほぼキスするかのような距離感で見つめあっていた。
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