蒼き流れの中で

白い黒猫

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十五章 ~毀れる足下~ キンバリーの世界

主へ繋がる

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『ラリー私はお前の目から見てそんなにか弱い存在か? 

 護られてばかりの情けないモノにしないで欲しい。

 コレから我々に降りかかる厄介事や困難を共に立ち向かい歩んで行く同胞とは見てもらえないのか?』

 苦笑しながらローレンスにそう話しかけてくるその顔は、美しさに加え人間くささをもち魅力的に見えた。二人っきりの時のみ見せてくれる、その表情がローレンスは好きだった。弱いなんて思った事はない。ただその清純な瞳に、醜いもの、悍ましいもの、浅ましいものを映したくなかった。その人物に相応しい清廉な世界の中で穏やかに生きて欲しかっただけ。何よりも尊い存在としながら、自分を殺し世界に仕える事を教育した大人達。その為自分の事をいつも後回しにして他者の為だけに行動するから、ローレンスだけはその子の為だけを見て考えて生きていくことにした。自分といる時は家族として、人間として過ごしてもらいたかった。
 

『共にずっと戦ってきた。今更余計な気遣いは止めて欲しい』

 ローレンスは、堕人が作ったバリゲードを破壊し、相手を滅しながら先ほど聞いたキンバリーの言葉を思い出し苦笑する。
 キンバリーがもっと幼い時から気が付いていた。生き写しといっていい程、キンバリーがソックリなのだと。顔は勿論の事、その性格や気質が。
 そこに気が付いたからこそ、あの方が本当に望んでいた人間らしい生き方をさせたくて育てた。指導者としてではなく父親のように接し、子供らしく過ごせるようにしてきた。

 そんなキンバリーも気が付けば成長し、自分と対等に話す存在になってきている事を嬉しいと思う反面、寂しさも覚える。出来る事なら見せたくなった残虐な光景を見て傷ついても、それに怯み立ち止まるのではなくて、キンバリーらしく前に進んでいる。頼もしい限りである。

 菊のエリアを反対側からくるキンバリーが率いる隊の存在を敵も察知しているようで、混乱し注意力が散漫となってきている。ローレンスは自分の探査能力とは異なり、俯瞰で戦況を伝えてくる情報を元に部下に指示を与え進んでいく。この情報が誰からもたらされているのか、ローレンスには察していた。その事がローレンスの気分をどうしようもなく高揚させていた。この戦いが終わったら、自分は失っていたものを取り戻せるのだと。この赤い眼の堕人との戦い。最初この旅の目的であったが、今では一つの通過点でしかない。だからこそ、主力から外されても冷静に流せた。この戦いをしっかり見届けることが自分の役割。あるじであるあの方が今のローレンスに求めた事はキンバリーを見守る事。その為に今ローレンスは戦う。
 いや今はここの闘いは反対側から進んでいるキンバリーと合流するようにトンネルを掘っているかのような作業となっていた。

 とはいえ、この状況でそうなるのはローレンスだけではない。こういった大規模な闘いにおいて人は殺戮といった行為を狩りのように楽しむか、仕事として割り切って倒していくしかなくなる。賞金稼ぎは兎も角、聖騎士は使命として割り切り戦うものが多い。キンバリーのように純粋な怒りと、真っすぐな想いで闘いを進めていける人物は稀である。逆にそんな青さをもち戦い続けていたら心が普通もたない。しかしローレンスが考えている以上にキンバリーは強い。

『お前の眼から見て、そんなに私はか弱い存在か?』

 その言葉がローレンスで脳内に再び響く。か弱くなどなく、ローレンスよりも靭で強靭な心をもっていた。だからこそローレンスに縋る事もせずに一人で決断し行動しローレンスをおいていく。キンバリーも何れそうやって自分の手を離れていくのだろう。

 前後からの攻撃により、堕人はあっという間に殲滅された。蘭から貼られた結界が彼らの動きを封じていた事も大きかったのだろう。ローレンスは焼き焦げた香りの漂う菊を歩きながら周囲を見渡し指示を細かく与えながら奥へと進む。囚われていた巫のいる部屋へと。
 女性の方は殆ど心を完全に壊しており、人形のように大人しく与えられる食事を抵抗もせずに食べ、そして恥じる事もなく排泄してそれを世話役に清められるという生活をしていたようだ。ローレンスは裸身のままの彼女たちにブランケットなどで身体を隠してあげ外に連れ出させる。

 さらに奥の部屋に入り、ローレンスは目を細める。
 言葉というものを知らぬ子供達が、キンバリーを囲み甘えるように擦り寄っていた。キンバリーは優しい笑顔で子供たちの頭を撫でている。言葉は通じぬが、心話により対話を試み宥め落ち着かせたようだ。ほぼ獣のように育てられただけに、野生の勘ともいうべき感覚でキンバリーの圧倒的なカリスマを察しているのだろう。従うべき存在として皆必死に愛を請おうと競い擦り寄っている。そんな子供達をキンバリーは聖母のような表情で見守っている
 ローレンスに気が付き、キンバリーは顔を上げ微笑んでくる。暗い部屋の中だけに赤い髪も彩度が落ちている為に目立たず、余計にその姿が|主(あるじ)に見え、ローレンスも縋り跪きたくなる。

《さあ、行こう外に!》

 子供達に声をかけ入ってきた巫に子供達を任せる。

「子供達は逞しい! あの様子だときっと大丈夫」
 キンバリーは自分を名残おしそうに何度も振り向きながら去っていく子供達を見つめながらそうローレンスに話しかけてきた。
「そうだな。巫であることから心話が通じるのは助かったな。健全な世界に戻れば直ぐに言葉も覚え健やかに育つ」
 キンバリーは頷く。そして視点を領城のある方向へ向ける。半分捨てているこの花街とは違い、精鋭を集結させているのか本隊はやや苦戦しているようだ。特にパシオス提督の隊が。
「どうしますか?」
 キンバリーの視線と言葉に悩むローレンスに対してソーレの心話が割り込んでくる。
《俺の友人の加勢に言ってくれないか? そうすると助かる》
《余計な指示をするな。そういう個人的な事情で動くのはやめろ》
 ソーレの心話を遮るようにイサールの心話が響く。
《個人的? それはお前では? 皆揃って過保護なんだなお姫様に。
 俺は政治的観点から言っている。今、この土地で提督という存在を失うと、その後のバランスが狂うからな。
 お前の可愛い小鳥も、隠れながらの援護で苦労してきるようだぞ》
 ローレンスは一つの意志をもって真っ直ぐ見つめてくるキンバリーの視線を感じ頷いた。
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