蒼き流れの中で

白い黒猫

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十五章 ~毀れる足下~ キンバリーの世界

人であらざるもの

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 花街は赤く大きな丸い壁が幾重にも重なるように配されており、中央に行くほど盛り上がり高く配置された不思議な構造を持つ所だった。赤い壁は外側から内側に向けて緩やかなカーブを描いており花弁のようだ。この壁の形は可憐な雰囲気作りの為にだけでなく、よじ登る事が、難しく中から外に逃げにくいようにする為というのもある。
 街全体が花つまり女を示しているらしい。入口は三箇所あり、一つは薔薇《ロサ》、一つは蘭《オルケデア》、一つは菊《クラサンテモ》が施されたデザインとなっていると、ソーレが説明する。中に入った事があるという事からこちらの部隊に参加しているソーレは観光案内をしているかのように呑気な口調で皆に花街の説明をしている。
 三つの門はそれぞれが唇、女陰、肛門を表現していると聞いてキンバリーの顔は引き攣る。唇と女陰までは分かるが肛門から出入りするという事は嬉しい事なのだろうか? とキンバリーは理解に苦しむ。
 そしてそれらが入口と出口という感じに別れているのではなく薔薇《ロサ》の入り口は金がある人が遊ぶ『薔薇の園ハルディンデラロサ』の入口で、一般人は蘭《オルケデア》の門からは入り『蘭の園ハルディンデラオルケデア』、菊《クラサンテモ》の門は『菊の園ハルディンデラクラサンテモ』……説明をしかけてキンバリーの強ばった表情とローレンスの睨みに気がついて説明を止める。
「……貴方はいつも何処から入るの?」
 キンバリーの冷めた眼にソーレは苦笑し頭を掻く。
「ここ数年はきてないが、入ったのは薔薇《ロサ》だな。そんな目で見るなよ。仕事だよ。
 娼技の絵姿を頼まれてね」
【俺が普通の人間と交わったら拙いだろ! まあ、その時は酒呑みながの色っぽい時間は楽しんで相手を悦ばせただけだ……】
 ソーレはそのように心話で捕捉する。巫と普通の人間の交わりは巫の力が高い程身体を交わらせた時に巫の力が相手に影響する事がある為にタブーとされている。女の巫と普通の人間ならばその影響はまだ緩いが、男の巫と普通の女性との組み合わせは下手したら女の方が狂う事がある。
「睨まないで下さい。私だって仕事してお金を稼がないといけない。しかも美しい人を描ける意味では良い仕事だ」
 キンバリーの冷たいままの目にソーレは肩を竦める。
「ここの厄介な所はそれぞれの階層から入った人が交わらないように出来ている。金持ちは折角高い金を出して楽しむからには日常忘れて優雅に遊びたい。遊んでいる姿を下々の人らに見られたくも無いという事なのだろうな。そして一般人は秘されているからこそ上の薔薇《ロサ》の世界に憧れる。極上の体験をしたければ金を稼げという事だろう」
「で、巫の女性は何処に囚われている?」
 説明を遮り、ローレンスは訊ねる。キンバリーも先程から中を探るが、あの堕人が作った結界が施されているのか今は何故かキンバリーの探査能力が上手く働かない。中が見通し難くまた迷路のように入り組んだ通路と壁の多い構造が、余計に中が見え辛くいるのかもしれない。
「薔薇《ロサ》と蘭《オルケデア》は普通の通り営業しているという噂だ。この街にとって良い稼ぎの出来る場所だからな。しかしここ数年……菊《クラサンテモ》は封鎖されている。そして貧乏人は奴隷化して……ここに来る事も出来ず鉱山で扱き使われるか、船を動かす使い捨て動力として利用しているようだ」
 自分の領地で働いていた人を盾にしたり、腐人にしたりして妨害要員に利用するような相手である。そんな事をしていても不思議でもない。キンバリーは考える。
「薔薇《ロサ》と蘭《オルケデア》は今通常状態なの?」
 聖戦軍が進軍している状況下で街も壊滅している。通常状態もないとは思うが、中で働いている人、もしくは働かされている女性の事がキンバリーは気になった。また腐人にされる可能性もある。
「流石に聖戦軍の動きはここら界隈でも有名だったから、客は今いなさそうだな。賢いヤツはサッサと逃げて……呑気な奴はもう昨日で灰になっているだろうな」
 問題は客ではない人でここに残っている人間。
「完全に各階層が独立しているのか?」
 ローレンスの言葉にソーレは首を横にふる。
「まあ通用口はあるようだ。そこは二重の扉が設けられ使う時のみ双方からそれぞれの鍵が解除され開くとか言っていた。とは言え隔てているのは所詮扉と壁だ。貴方がたの能力使えば壊す事は造作ないだろう。
 それからここの街は……実は上の階層からは下は覗けるんだ。淫行に耽りつつ下の階層のはしたない行為を見て嘲笑い優越感も楽しめるからだろうな」
 どこまでもえげつない所なようだ。さらに言うと上からは攻撃しやすいという事になる。
「壁面に矢を撃ち込み共鳴結界を貼れば、壁に近付く事はある程度防げるだろう」
 ローレンスは気を放ち、中を探っているようだ。風の能力者であるローレンスにはキンバリーよりも中が良く見えているようだが、今日のローレンスはキンバリーの身体に触って気を交わらせたりしての情報を共有する事を何故かして来ない。ローレンスの周囲にいつもと違う気を感じる。今はソーレと気を交わらせ裏で相談しつつ戦術を組み立てているようだ。
「まあ、菊《クラサンテモ》のエリアはネズミの交尾場とも言われているだけに、殆どが半地下というか屋内だから外周部分さえ抜ければ矢の心配はないだろうが、逆に上階を落とされて潰される可能性も無きにしも非ずってか」
 目を細めてからソーレがローレンスの方に視点を向ける。この二人の会話が普通の作戦案をまとめているのだが、その会話のトーンも淡々としている事にキンバリーは心地悪さを感じる。
「シスター・キンバリー! 矢による先制攻撃が終了した後、お前は薔薇《ロサ》から入り薔薇《ロサ》と蘭《オルケデア》二層にいる部隊を指揮し制圧及び一般人の保護をしろ。ソーレ殿、彼女が貴方を護るので同行し案内を頼む」
 一見二つ階層を攻めるキンバリーと菊《クラサンテモ》の階層のみを攻め入るローレンス。後者の方が楽そうに思えるが、実は迷路のように複雑な構造の菊《クラサンテモ》は兵を展開しにくい。薔薇《ロサ》が大きな劇場のような空間を中心にしたシンプルな構造の為攻略が楽なのだ。制圧するとそこから蘭《オルケデア》を矢等で共鳴結界を貼り敵の動きを封じてから殲滅できる。しかも上階での結界は菊《クラサンテモ》エリアにも影響をもたらす。その為菊《クラサンテモ》の階を攻める人の為にもキンバリーらの素早い制圧が必要となる。
「はいはい、了解」
 ソーレは面倒くさそうな顔で答えているが、その目はローレンスを見つめており何かを確認しあっているようだ。あくまでも道案内としてだけで来ている一般人の振りをしているが、ローレンスの副官としての役割がキンバリーではなくソーレになっている。キンバリーはこのような大規模な戦闘の経験がないので役に立たないのは仕方がない。己の未熟さを痛感する。
「上の階層の制圧終了後、私も最終的に菊《クラサンテモ》に行き合流すれば良いのでしょうか?」
 キンバリーの言葉にローレンスは眉を少しだけ寄せる。
「……いや……そのまま上階に留まり、共鳴結界を完璧なものにして、そこにいる者達の保護に当たれ」
 キンバリーは、ローレンスの言葉に若干の違和感を覚えつつ頷いた。

 作戦が皆に伝えられ結界石の矢がローレンスの号令で撃ち込まれることで戦闘が開始された。共鳴結界が発生した筈の後にも花街からも逆に矢が放たれてくる。どうやら結界に関係ない堕人ではない人間が矢を放って居ることに聖戦軍の皆は顔を顰める。
 ローレンスが眉を寄せ、剣を抜きベントゥスの力を花街に放つ。すると蘭《オルケデア》の階層の花弁のような壁がその陰に隠れていた人と共に裂け崩れる音をたてて落ちる。血を吹き出しそのまま倒れる数人の下半身がチラリと見えて消える。その一撃で矢の攻撃はピタリと止む。怯えの感情がこの距離でも伝わってくる。
「コチラに抵抗するものは、敵とみなし魔の者同様処理する! 神の教えに戻るならば命は取らぬ」
 ローレンスの声が花街へと響く。ガタッ、ガタッと何かを床に落とす音が聞こえ、暫くして薔薇《ロサ》と蘭《オルケデア》の門が開かれ、手を挙げた男達がそこから出てくる。諂うような笑みがキンバリーの気に触る。出てくるのは男のみという事実も気になる。この男達は中の女を見捨て自分たちだけ逃げて来た事になる。
 出てきた男達は、待ち構えていたパラディンらに捕えられ拘束された。命は助かったものの、魔に与し巫を攻撃したという事実は消えない。裁かれそれなりの処遇を受けるのだろう。しかしそれでも生に執着して行動するところからも、逆の行動も同じ理由だったのかもしれないとキンバリーは考える。
「進軍を開始しろ!」
 ローレンスの号令に二手に別れた部隊が入っていく。
 花街の『薔薇の園ハルディンデラロサ』はもっと怪しく淫らな雰囲気だと思っていたが、金銀をふんだんに使った装飾が施され第一印象は豪華絢爛。以前訪れた神国ゼブロの国に通じる品のなさがあり美しいとは思えなかった。またゼブロにあったのは神や皇族の黄金像だが、ここではあられもない格好をした男や女の像で、しかもそれが人間同士、ありえない事に動物と絡み合い卑猥な事をしており、見ているだけでも気が滅入る。キンバリーは像の人間がなにしているのか意識しないようにする事にした。
 薔薇《ロサ》は馬車のまま街内に入れる事もあり道も広く、この人数でも進軍しやすい事だけは薔薇《ロサ》の良い所に思えた。
 腐人相手との戦いとは異なり堕人との戦いは、相手に知性があることもあるが色々と気を使わねばならぬ所が多く厄介なもの。
 能力を持つもの同士の戦いになるからだ。互いの位置を察知しその気を読み攻撃をかけるか防御すべきかを瞬時に判断し実行せねばならない。能力の高い方が有利ではあるが、それ以上に、より鋭く相手の攻撃を読むかが鍵となる。このような部隊で戦う場合は更に複雑となる。それぞれ専門の役割が与えられ、戦闘を実際行う者、戦闘隊員を守る為結界や盾を使い守る者、後方で敵の動きを探り情報を収集して前線に伝える者。そうして一つの方向で部隊を動かしていく。初めて将の役割をさせられキンバリーにかかるプレッシャーは強く、いつも以上に緊張した戦闘に臨む。
 蘭《オルケデア》の娼館が門の近くから制圧されていく報告を聞きながら、キンバリーは気を放ち次々と堕人を滅していく。聖戦軍皆が結界石を持つことで、石同士が共鳴反応を起こしており、その圧により敵の動きも鈍い。
 昨日の戦闘によって敵にもキンバリーの特異性と脅威が伝わっているのか、敵の攻撃がキンバリーに集中してくれている事で、より他の者が自由に動けているようだ。皆の導き手と言うより囮として役に立っている事にキンバリーは苦笑する。堕人らが放つ矢はソーレの作り出した風でキンバリーには届かない。それどころかソーレはまるでキンバリーが放ったように調整し気を放ち腐人を倒し援助している。能力が高いだけでなくかなり器用なようだ。
 蘭《オルケデア》エリアに食い込むようにある卵のような形の建物にキンバリーは剣を手に突入する。後ろから着いてきているパラディンらは左右へと別れ上へと繋がる階段を進んでいく。キンバリーはその何れにも向かわずそのまま建物中央へと進む。そこには円形の形の舞台を中心にした劇場がある。周りにある席は大理石のテーブルに柔らかく座り心地の良さそうなソファーが配されている。客はここにゆったりと座り舞台で行われるショーを楽しんでいたのだろう。
「キンバリー様!」
 そんな声で止められるのも無視しキンバリーはゆっくりとホール中央へと進む。着いてこようとする者も手で静止し、一人ホールを歩く。大きなドームの壁面には多くの窓が内側にありそこからも舞台が見下ろせるようになっているようだ。今は多くの堕人がいてキンバリーの動きをそっと見張っている。キンバリーは頬に風を感じる。ソーレの風《ベントゥス》の力がキンバリーを守っている。キンバリーは中央の舞台に立つ。床には支柱を立てるためであろう穴、さらにフック等をつけるための金具がついている。そしてその床の石がどす黒く汚れているのが分かる。それを見てキンバリーは顔を顰める。ここで行われているショーの碌でもなさを察したから。キンバリーは魔の物との闘い用に顔下半分を覆うようにつけていたマスクを外す。深く深呼吸をしてから視線を上に向け、今はカーテンに隠れてコチラを伺っている堕人に鋭い視線をむけ微笑む。  
 堕人は下から巫が攻めてきて戦闘状態に入っている気配を気にしつつ、キンバリーの動きを探っているようだ。
「何を怖がっている? それだけいて私が怖いか? こんな子供の私が」
 キンバリーの冷静な声がホールに響く。極度の緊張感の中にいた事もあるのだろう。刺激を与えた事で相手は反応し四方から矢を放ってくる。その一瞬早くキンバリーの目が見開かれ緑の瞳にギラギラとした光が宿る。見守っていた者にはキンバリーの身体が眩しく瞬いたように見えただろう。キンバリーに向かっていた矢は空中で鏃も砕け散っていく。次の瞬間ホール中に数多くの悲鳴が起こり、いくつかの窓から堕人が砕けながら落ちていく。
 光《ルークス》の混じった結界をホールの中に貼ったのだ。自分を守る為でなく、結界をぶつけ攻撃する為に。ルークスの力は魔の者らには猛毒。結界とは防御だけではないと知った昨日の戦闘の応用である。何故攻撃術にしなかったのか? 理由は簡単である。キンバリーの攻撃術を昨日のように利用したらこの建物にいる全員を焼き尽くすからだ。その点結界術は普通の人や巫には圧程度の影響しかない。しかし結界術は壁とか障害物といったものの影響も受けやすい。だからこそこのような開かれた空間で利用した。
 心配し見守っていたパラディンは数多くの堕人がアッサリと滅された状況に呆然としている。

 パチパチパチ

 劇場としては正しいのだろうが、この場においては場違いな拍手が起こる。ソーレである。
「流石にお姫様。される事が大胆かつ華やかで素敵です」
 キンバリーは苦笑をソーレに返し、肩を竦める。パラディンらに喝を入れ任務を再開させる。舞台の横にある下に向う階段が見えた。キンバリーの視線に気が付きパラディンらは入っていく。
 蘭《オルケデア》の侵攻具合を確認してからキンバリーも彼らに続き階下に行こうとするのを背後から伸びてきた手に肩を掴まれる。
《その中は堕人も少ない。だから彼らに任せて上に》
「上には前に絵を描いて知り合った女性がいるのですが彼女の事が気になるので上に行かせてもらいませんか? いい女なんですよ! ここは俺が救いに行き感謝されたいじゃないですか」
 ソーレは緊迫感のない表情でそういうが、キンバリーは肩に添えられた手の強さに首を傾げ見上げる。ソーレと繋がり視界が鮮明になり広がっている筈だが、何故か階段下の空間の様子がキンバリーには見えない。
 キンバリーはソーレの紫の瞳を見つめ細める。
「そんなに見つめられると照れますよ」
 からかうような言葉で誤魔化そうとするソーレから視線を外し、キンバリーは離れ階段を降りようとするが、後ろから片腕で抱きしめられ止められる。
「下にはお嬢ちゃんが救えるような人はいない。人であったモノがあるだけだ。アンタは人を救いに来たんだろ? だったら上で助けを待っているか弱き人たちの元にいけ」
 いきなり抱擁され強ばっている耳元にソーレのそんな言葉が囁かれる。キンバリーは振り向き間近にあるソーレの顔を睨むように見つめる。
「あの舞台でまともなショーが行われた訳ではない事は察しているだろ?」
「だから? なかったことにして避けていけと?」
 ソーレは溜め息をつく。
「視野は広い方が良いし、様々な価値観が世界にある事を知っておくべきだとは思うよ。しかし世の中知らない方が、見なかった方が良いモノもある。お嬢ちゃんのその目を悍しい悪意により穢したくない」
 キンバリーは息を整えソーレの共有している探査術に意識を集中する。先程から感じていた違和感の理由に今更気が付く。ソーレの見せる景色には部分的に見えない場所が存在する事。そしてこれだけ近くで戦闘している筈のローレンスが、一切キンバリーに連絡して来ないこと。気配は追えて戦闘しているのは分かる。しかしいつもなら交信して、そこから向こうの様子や感情も探れる。離れて闘っているマグダレンの心のほうがキンバリーに伝わっている。
 キンバリーはソーレの腕を解き階段を駆け降りる。まず感じたのは人のあらゆる体液が交わり腐り発酵したようなムッとした嫌な臭い。暗い中に人の力ない呻き声とも溜息とも判断がつかない音が聞こえる。先に突入した巫の術から作り出された光がぼんやりと辺りを照らす。堕人は先行した巫により確かにもう滅されていないようだった。いるのは呆然と佇むパラディンと……服も着ていない全裸の人たち。いや人間だったモノ。
 呻き声をあげながら拘束された身体を捩らせている者、耳だけでなく全身にリング状のピアスを施された者、全身に傷や火傷を負った者、身体中にタトゥーをされた者、手足を切られた状態で壁に吊るされている者……。
 年齢性別は様々だが、共通しているのは皆正気を失っていること。
 キンバリーの身体かガクガクと震えてくる。感情がついていかない。恐れなのか怒りなのか嘆きなのか……重く熱を帯びた感情がキンバリーの中を渦巻く。フラつきよろけた所を背後から伸びてきた手に引かれ、身体がダンスをするように反転し、暖かいモノに包まれる。
「言ったろ? 見るべきモノではないって」
 ソーレの声が抱きしめられた胸から響く。
【菊《クラサンテモ》も……何故ローリーも貴方も私から隠すの?】
【あそこも此処と変わらない碌でもない状態だから。
 人間っていうものはな、人として扱われる事で、人間でいられる動物なんだ。
 そして心も弱い。簡単に壊れてしまい人であることをすら放棄してしまう】
 キンバリーは手を伸ばし抱きしめられていた胸を押し返しソーレから離れる。ソーレの胸をポンポンと軽く叩く。深呼吸をして息を整え、動揺とぶつけようのない怒りや悲しみを隠し、冷静という仮面を被り、部屋にいるパラディン達に視線をむける。この状況に動揺し怒りを感じているのはキンバリーだけではない。パラディン達も余りにもの状況に震えている。人によっては涙を流している。
「この方たちをお願いします。こんな場所から出して手当をしてあげて下さい」
 そのフロアにいるパラディンらに柔らかい口調でそう告げる。皆の顔がハッとしたように動きその表情は真剣なものになる。彼らにしてあげられる事に気がついたのだろう。身体の傷を手当して布を纏わせ裸体を隠し、せめて人として丁重に扱う。相手に伝わる事はないとしても。
 キンバリーは指示に従い始めたパラディンを確認してから、闘いに戻る事にする。蘭《オルケデア》の階や上の様子を探ると順調に制圧は進んでいるようだ。
【余計な暈しは解除して!】
 キンバリーはソーレに向き直る。ソーレはヤレヤレと溜息をつく。
 ソーレが制限を解除したことで見えてきた菊《クラサンテモ》の状況は別の意味で悲惨だった。
 見えてきたのは暗い部屋の中詰め込まれた女達と子供達。探査術の為に詳細な表情や状況は見えないが様子は分かる。逆に人がいれば見えるはずのモノが見えない。
 女達は腹に子供を宿しているのにそこに喜びといった感情はない。手を中途半端に上げた体制でぼんやりとしている。そのような形で手を拘束されているのだろう洋服を身につけていないようだが、壁に凭れた体制で恥じらうこともなく毀れた人形のように足をだらしなく広げた感じで放り出している。胎内で育つ我が子を慈しむ様子もない。幽閉され無理やり孕まされるというそんな状況においても恐怖や悲しみ怒りといった人なら当然あるべき心の動きが一切ないのだ。
 一方別の部屋では周りの騒動を察して興奮して暴れる子供の姿があった。激しく動いて元気そうではある。しかしその感情には知性がない。首輪で壁に繋がれているようでそれを引き千切らんと動き、唸いてているが言語という思考的な感情を発する事がない。まるで獣のようだ。尋問された堕人がそこを牧場と言っていた意味を嫌という程理解する。巫ではなく家畜として飼われているだけなのだ。
 そんな状況を察しながら通路を進むローレンスは、吹き上がる怒りを抑え闘っている。そしてまともな思考で怒りや恐怖を覚えながら必死に戦ったり、逃げようと動く堕人たち。
 大人だから、強いからと悲惨な状況を目の当たりにして平気な訳ではない。先程の部屋にいたパラディンもそう、激しいショックを受けながらも自らの与えられた任を果たそうとしている。そんな中で自分だけが甘やかされ守られていた。そこにも情けなさを覚える。
「さっさとヤツらを片付けます。そしてローレンスを援護する。下の人達も救出しないと」
 ソーレは嫌味っぽく笑う。
「あんな状態でもか?」
 キンバリーは翠の瞳をソーレに真っ直ぐむける。
「少なくとも、ここにいるべきではない。もう誰にも痛めつけられない傷付けられない所に連れていく」
 しっかりとした口調で話すキンバリーにソーレは目を細める。気障な仕草でキンバリーをエスコートするように手を差し出す。
「微力ながらお手伝いさせて頂きます。お姫様」
 キンバリーは頷き、差し出された手をあえてとらず、微笑みだけを返して覚悟を胸に駆け出した。

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