蒼き流れの中で

白い黒猫

文字の大きさ
上 下
171 / 214
十四章 〜想いとズレていく現実〜 カロルの世界

気付きの時間

しおりを挟む
 ノービリスの人間は基本享楽的でおおらかな性格をしている。
 人生の長さがそうさせているのか、以前の奴隷がいて面倒な仕事を全て奴隷にさせて自分達は優雅な生活をしていた時代の名残りなのか、ガムシャラに仕事をする者は、あまりいない。業務時間を超過えて仕事をしているのは仕事が趣味という職人や研究者くらい。
 熱中し過ぎてプライベートな時間も仕事した。そんな感じで仕事を楽しんでしまっている人くらい。
 公私の区別をキッチリつけ仕事にしっかり勤しみ、プライベートな時間は思いっ切り謳歌するそれがノービリス。
 基本特性を見極めて仕事につかせているのもあり、余程のレベルの事をしでかさない限り、仕事は自分のペースで覚えて行けば良いという長閑なノリがある。
 血を吐くような努力や苦労というものは馬鹿にはされないものの、物好きな人がする事という目で見られる事がある。
 しかしトゥルボーが率いる公安司令部のみは空気が違う。ストイックに自分を追い詰めていく者が多く、その雰囲気にカロルはまずおののいた。
 誰もが一日でも早く一人前となり世界に尽くせるようにと必死に修練している。そして公安司令部があるからこそ、平和な生活が保たれている。
 そう言う事実があるからこそ公安司令部の者は一目置かれているのである。とはいえ皆から敬られるのは正隊員になれればの話。
 カロルは候補生となったが、周りに付いていく事すら難しい現実が待っていた。百の努力も、生まれ持った能力の高さの前では意味はないという傲りをへし折られた。
 能力の高さが自慢だったカロルにとってはその事はショックでしかない。
 ここへの入隊が許された段階でそれなりの資質を認められての事だが、ここで最も求められるのは、緻密に術を操る事。大雑把なカロルにとって苦手な事だった。

 この司令部は警備隊と公安隊の二つの組織があり、警備隊はこの領地周辺の警備が主な仕事でその付近を彷徨う魔の物退治を行う。公安隊は人が対象で犯罪の抑制を目的にし、事件の捜査や犯罪者の取締りが業務となっている。
 カロルが目指すのは司令部の華ともいえる公安隊の方だが、司令部の入隊希望はまず魔の物退治の訓練からさせられる。
 戦闘能力の高さを見極めて為である。また人間を相手にした訓練より魔の物相手の方が躊躇いを感じにくく訓練に向いているからだ。
 指示された場所で仮想の敵として複数の場所に置かれた人形を破壊する。その人形には魔の物に似た気を発する印章が施され。その気配を探り個別に滅する事が求められる。
 カロルは誰よりも早く殲滅に成功したが、他の候補生を固まらせ、教官らに盛大に溜息をつかせる事となった。一気に全ての目標物を焼失させたからだ。かなり広い範囲の森ごと。共に訓練を受けていた者からひかれて、教官からは呆れられた。それは『流石、太陽の子!』と褒め讃えられると思い込んでいたカロルにとって想定外の反応だった。
「手っ取り早く、全滅させただろ!」
 余り自分を評価していない感じの教官にそう訴えるが返って来たのは冷たい目だった。
「お前は、鳥の巣箱作るのにハンマー使うのか?
 我々の仕事は破壊活動ではない。危険な存在の排除だ」
 教官は静かな低い声でそう言い、無残に燃え朽ちた森に視線を向けた。カロルもその光景を見て流石にやり過ぎてきた事を察した。しかしコレでも制御したつもりの結果である。
 他の候補生のやり方と自分に対する反応で、カロルら思い知る。どんなに強力な力もそれを完全に制御出来ていて使いこなせてこその事だと。
 能力の高さが自慢のカロルだったかが、それがかえって邪魔になる事があるとは思いもしていなかった。
 巨大な力はそれだけ制御にも技術がいる。無理矢理押さえ込もうとしても、アグニが弾け不安定に暴れる。その為想定以上の広い範囲を破壊する事となる。
 まだ救いは、適正なしとされ除隊される事はなかったこと。それは能力の高さには定評のあるカロルが完全にソーリス派に属している事を周囲に知らしめる事に政治的な意味があることと、カロルの成長を見越しての事。
 一人修練室にて与えられた課題にひたすら取り組む事を強いられた。それは基礎的訓練で本来なら皆仕事に就く前には終わらせている課題だが、十数年の謹慎処分期間ファクルタースの訓練が中断されてきた事と、カロル自身がある程度の制御出来るようになった段階で訓練をサボったツケがここに来て一気にきた。
 こんな事ならばシルワから指導されていた時代に真面目に取り組んでいれば良かったと、カロルは今更の様に後悔するが無駄にしてした時間は戻らない。
 今日与えらたのは結界の中で放たれたポインターの気配を追い、床に落とさないように気で弾き続けるのだが、気を抜くとポインターは落ちて、頑張るとポインターは明後日の方向に飛び制御不能となる。その何れかの失敗の繰り返し。
 部屋もポインターも燃える事ないので、そこは気にせず気を放つ事は出来るのだが、無駄に強く力を使う為に消耗も激しい。
 カロルの熱意だけでなく、カロルの発したアグニのファクルタースで部屋の温度も高く全身から汗を流し肩で息をして、膝から崩れるように床に座り込む。
「うっ、暑っ! おい大丈夫か?」
 その声にボンヤリ振り向くと、イービスが立っている。
「そんなフラフラだと、余計に勘も鈍り無駄になる。今は休め」
 背後に様子を見に来た教官も立っていたが、イービスは頷くと礼の姿勢をとり下がっていく。その様子から、ここでは教官よりもイービスのほうがはるかに上官で、それだけではなく敬意をもたれているのが理解できた。
「煩い! 放っておいてくれ! 笑いに来たなら」
 あまりにも思い通りにならない自分への苛立ちもありカロルは叫ぶ。カロルの言葉にイービスは目を見開き心外といった表情を返してくる。
「ここでではそうやって必死に汗流しながら努力することはあたり前の事で特別な事でもないから、笑う奴もいない。そもそも必死になって頑張る人を笑う人ってどうかしてないか?」
 そう言ってトゥルボーによく似た柔らかい笑みを向けてくる。その笑顔にいじけている自分が恥ずかしくなりカロルは目を逸らす。
「ここに何しに来たんだよ!」
「ん? 業務報告書を届けに来たついでに、ここに寄ってみた」
 イービスはカロルを立ち上がらせ修練室の外にある休憩室にカロルをエスコートする。
「お前もうここの人間じゃないだろ? なんでいる?」
 イービスはカロルを椅子に座らせ棚にあったタオルを手渡す。
「俺はまだ公安隊所属だよ。トゥルボー様の指示で研究所には出向しているだけ。研究所の警護を兼ねてあちらの仕事もしている。
 それから司令部内では、俺はお前の上官だ。そのように接してくれ。周りへの示しもある」
 方や見習い、方や組織の上位、改めて立場の違いという事実を突き付けられる。
「……なんでいきなり優しいの……ですか? いつもなら嫌味のひとつでも言ってくるのに……調子が狂う……います」
 改めてそう言われると敬語は出てこなくなるものでモゴモゴしているカロルにイービスは苦笑し、瓶に入った水をグラスに注ぎ、カロルに渡す。
「今は良いよ、他に人もいない。親戚として話そう。
 別に嫌味言っていた訳ではないだろう。お前があまりにも問題ありすぎだから注意していただけだ!
 それにムカついていた。誰もが羨む能力持ちながら生まれながら無意に生きている事が。それにただ気侭に遊んで生きているだけなのに何で傲慢に振る舞えるのかと不思議だった」
 カロルは、真面目な顔でそう言ってくるイービスを思わず見上げる。
「俺は、そんな、別に……」
 ここに来て数日だが良く分かった。皆が当たり前ようにしている事すら自分はやってきてもいない馬鹿だと。
「まず水飲んで少し落ち着け。喉が渇いているだろ?」
 そんなに冷たいわけでもなかったが、その水が今まで飲んだ水よりも遥かに美味しく感じた。
 自分で瓶をとりコップに水を注ぎ二杯目を飲み干す。それでやっと一息つけてカロルは改めて前に座るイービスへと視線を戻す。
 イービスはとっくにこんな事乗り超えて遙か上にいるそう思うと、前の様に横柄には接する事も出来ない。そして今更それもなかった事も出来ない。とは言っても謝罪するのも気恥しい。
「イービス……様は……どの位で今の俺の課題をクリアーしたの?」
 イービスはンーと声を出し。記憶を、辿っているようだ。
「十歳くらいからやらされて二十歳の頃にはもうこなせていたと思う」
 カロルは思った以上早い時期であったことに驚くしかない。
 教官の話では大抵な人間は五十歳くらいまではこなせている事だが、カロルの能力が一般より高い為に制御の技術習得が遅れているのだろうという話だった。
 一般よりかは能力が高い筈のイービスが、一般よりもはるかに早くそれを乗り越えてきている事実が信じられなかった。
「まあ、俺の場合は、父親がアレだから。
 ノービリスには珍しく自分の子供の教育に厳しく口を出してくる。
 なんで他の奴が皆呑気に遊んでいるのにコッチは訓練と勉強漬けなんだと思ったよ。
 俺としては他の奴のように、のんびりとしたペースでやりたかったよ」
 カロルに対しても合えば口うるさく言ってくる十二位ドゥオデキムムを思い出しカロルは顔を顰める。
「確かにアイツは細かいし煩いもんな」
 カロルの言葉にイービスは苦笑する。
「お陰で早くトゥルボー様の元に行けて、そこで子供扱いしてもらえて可愛がれた。
 順番が逆になったと思えばいいかな、早く保護者から独立した方が気侭な生活が出来るというのも変だけど。
 ……ある意味お前が今からこの訓練を始める事。帳尻はあっているのかもな。そして訓練するには最良なのかも」
 カロルはいつになく真剣にはなしかけてくるイービスに内心驚きつつもその話を黙って聞く。
 今更こんな事で苦労するなんて愚かだなと馬鹿にしていると思っていただけに。今の自分を肯定してくれている事も意外だった。
「シルワ様が仰っていた。人それぞれのペースとタイミングがある。今が動き足掻く事がお前にとって良いタイミングなのかもしれないと」
 シルワには特に散々歯向かい迷惑をかけたことを今なら自覚しているだけに、その言葉の続きが気になった。
「何よりも自分で気がついて身に付けて行く事が大切で、そうして手に入れた事が何よりもかけがえのないものになる。だからお前が目覚め行動し始めた事を喜んでいた。
 それにそれだけの力を制御するのに、ある程度の身体と精神の成長も必要だっただろうから、今から始める事も理にかなっているだろうってさ」
 カロルは手に持った空のコップを見つめる。
「でも一般的にみたら遅いよな……」
 ポツリと呟くカロルにイービスは笑う。表情ははっきりと肯定の意思を見せている。
「そう思うなら、頑張ってサッサと課題をクリアーしろ」
 カロルはその言葉に頷きたいが、その道が険しく困難に思えて顔を臥せる。
「俺とお前は属性も違うから良いアドバイスはあげられない。
 ただこの訓練どの属性の奴にも共通して言える事がある。
 焦りや苛立った状態だと絶対成功しない。気と感情は密接な関係にあるからだ。まずポインターではなく自分の気を意識してやれ。
 失敗した感覚ではなく成功した時の感覚を追うようにする。それが近道だ。
 俺から言えるのはそれくらいかな? 
 今日はもう日も落ちて遅くなった。だから帰って休め。心も身体もスッキリさせて明日また挑め」
 イービスの言葉にカロルは素直に頷く。確かに今は疲れ過ぎていた。
「……りがと」
 カロルの言葉にイービスは首を傾げる。
「色々、ありがとう。イービス少し楽になった」
 イービスは目を見開く。そしていつもの嫌味っぽい顔で笑ってくる。
「気持ち悪いな、お前がお礼言ってくるなんて」
 その言葉にカロルはムッとする。
「俺だって、感謝の気持ちを感じたら礼くらい言うよ! 今までお前がムカつかせる事しか言わなかったからだろ!」
 イービスはフッと笑う。
「お前が聞く耳を持ってないだけだろ?」
「悪かったな」
 カロルがいつものようなノリで答えてくるのをイービスは楽しそうに見ている。
「まっ、頑張れ」
 更に嫌味言ってくると思ったら、そんな言葉を言われカロルは戸惑いつつも『ぁあ』とだけ答えるしかできなかった。しかしその応対を上司として怒ることも無く、イービスは部屋から出ていった。
 カロルは入れ替わりで入ってきた教官に今日の訓練の終了を告げられ挨拶をしてから離れることにした。
 教官はイービスとカロルの話が終わるのを外で待ち待機しており、風呂へと向かう落ちこぼれの候補生に複雑な表情で見つめていた。
 此処では見習いでしかないが、太陽の子である事で上層の人間から注目もされて、このように働きかけもされているカロルの扱いというのは実はかなり悩ましい存在。
 教官は大きく溜息をつき、カロルと反対の方へ去っていった。
 司令部きて初めて使うことになる共用風呂で汗を流すことも、カロルは意外と数日で慣れることが出来た。
 部屋に帰れば侍従のいる風呂があるのだが、そこまで我慢するよりもここで汗だけでも流し帰る方が快適だと分かったからだ。それにそこでの会話で他の人の仕事の様子を感じることが出来るのも、今のカロルにとっては良い刺激だった。


 司令部を出てつい向かうのは研究所だった。疲れ果てている為に身体は休養を求めているものの、マレに会いたかった。
 カロルが決意して公安司令部に行く事にした事をマレに報告したかったが、未だに会う事が敵わなかったからだ。マレは忙しいようで、カロルが入れない区域で何やら作業しているとかで顔すら見る事が出来なかった。研究室に入るがマレの気配を感じない。
 そんな時に前から見知った顔が近づいてくる。シワンである。何今日は顔色悪そうだったが、カロルの顔を見てさらに強張らせる。
「シワン! マレは今どこ?」
 カロルの言葉に、何故かシワンは顔を哀しそうに歪める。
「今、医務塔の方に……先ほど倒れられて」
 その言葉にカロルは頭を殴られたようなショックをうける。部屋の方ではなく医務塔に運び込まれるという事はそれだけ看護や治療が必要な重症な状態ということになる。
 固まり黙り込んだままのカロルにそれ以上の言葉もかけずシワンは横を通り過ぎていこうとする。カロルはシワンが今向かおうとしている場所を察する。カロルも慌てて追いかける。
「マレは何で倒れたんだよ!」
 速足で歩くシワンにカロルは質問をぶつける。
「作戦中のアクシデントと聞いています」
 固い表情のままシワンは視線も動かさずに答える。
「作戦? なんの?」
「部外者にお話することは出来ません」
 相変わらずの言葉に強い怒りを感じたが、そのタイミング医務塔につきカロルはシワンを置いて走りっていると、前にシルワの姿が見えた。
「ったく、こんな所で走りまわるとは。そんな元気残っているようならば、もっと厳しい訓練にしてもらいますか」
 話を聞く前にそんな事を言われてしまう。
「マレが倒れたんだろ! 大丈夫か!?」
 シルワは溜息をつき、後ろから近づいてくるシワンを軽く睨む。
「ただ、気絶しているだけですから」
「ならば、なんで医務塔に?」
 普通単なる失神だったら近くのソファーかシルワの温室に運べばいいだけである。それを聞こうとしていたら、シルワに礼をしてからシワンが一つの部屋に入っていくのを見て、それを追いかける。案の定そこにマレはいた。
 白い部屋の中でマレは眠っており、いつもより顔色がないこともあるが、目も閉じたままのこともりいつも以上に色味がなく無機質なモノに見えた。良く見ると規則正しく胸が上下しているのが分かり少しだけホッとする。
「マレ様……」
 シワンがそっとマレの手を握るが、マレは何の反応も返さない。流石にシワンを押しのける訳にはいかないので、反対側に回り右手を触るが思った以上にその手が冷たくてカロルは不安になる。
 カロルも声をかけるが全く反応がない。部屋に入ってきたシルワにカロルは縋るような視線をむける。
「何があった? 何故マレは倒れたの? そして目を覚まさないの?」
「直ぐに目を覚ますでしょう。心配する必要はありません」
 二人が話している間にシワンは視線をマレからベッドの隣にあるテーブルの上にある籠に向けられていた。そこには治療中に不要なマレのアクセサリーが入れられている。シワンの眼が細められる。
「全然声かけても目覚まさないじゃないか!」
 カロルはあまりにも求める情報も言葉もくれないシルワに叫ぶ。
「マレが少し無理をし過ぎただけです。いつもの事ですが。
 今回は神経の方にも強いショックを受けてしまったのであえて術で強制的に深く眠らせ安静させています。ここで騒ぐなら追い出しますよ」
 そのように言われると、カロルは黙るしかない。一緒に駆けつけてきたシワンはどうなのかと気になり見ると、少し立っている位置が移動しておりジッと静かにマレを見つめている。
 冷静なようだがその右の拳がグッと握られている所をみると心配で腹立たしい気持ちは同じなのだろうとカロルは解釈をする。
 大人しくしている、長居をしないという約束のもとシルワは去っていくのを見守り、カロルは再びマレに意識を戻す。しかし全く先ほどと光景は変わっていない。
 シワンが床に跪きベッドに寄り沿っている。そして両手でマレの手を包むように握り見つめている。その表情が何故か先ほどの泣きそうなモノではなくどこか微笑んでいるように見えるのに違和感を覚える。
「シワン?」
 シワンが顔を上げ、カロルにフワリと微笑む。
「少しホッとしました。倒れたと聞いて驚いてしまったけど。大丈夫そうでしたので」
 どこが大丈夫で、何が安心なのか? カロルには分からなが、シワンはテラの能力者。
 カロルのアグニと違って、テラはそういった事を読み取るのに長けている。シルワがあっさり離れていった事と、シワンがこのような事を言うならば、そうなのだろうとカロルも安堵する。安心すると身体が疲れを思い出す。
「マレ、早くよくなってね。またくるから」
 カロルもシワンのようにマレの手を取り、そう声をかける。
【レ……もう無茶はしないで】
 手を握った時にそんな心話をカロルは感じる。それはシワンの声ではない事はカロルにも理解できた。顔を上げるとシワンはスッとマレから手を離しカロルを見ている。
「今、何か聞こえた?」
 シワンは困ったように笑う。
「いえ、何も。
 何かありました?」
 シワンは静かにそう答えてくる。マレの手から聞こえてきたように感じた言葉は、触れている手からもう聞こえてこなかった。
「心話が聞こえたような」
 シワンは口角をあげてカロルをジッと見つめてくる。
「今この部屋には強力結界が貼られていて。外部からのマレ様への干渉は出来ないようになっています。だからそれはあり得ません」
 シワンは視線を天井に向けると、そこに何か印章が付けられている。
 詳しい内容は読み取れないがマレを守るようにそれは存在しているのをカロルは感じた。カロルは気のせいだったのかと首を横にふる。
「俺は流石に疲れている。だから今日はもう行くね。お前は?」
「私はもう少しだけいて、帰ります」
 シワンの言葉にカロルは頷き離れることにする。
「じゃあ、またな」
 そう声をかけ、シワンの肩をポンポンと叩き別れを告げる。
【大丈夫だから。心配しないでクラーテー……】
 ふと接触から漏れてきた心話にカロルはシワンに首を傾げる。
「友達も心配していたので……」
 何かひっかかるものをカロルは感じながらも頷き部屋を後にした。
 部屋に戻り用意されていた食事をして、風呂に入り訓練でのコリをマッサージで解してもらい、そのままベッドに倒れこむように入り眠りの世界に深く落ちていった。しかし変に深く眠ってしまった為か中途半端な時間に目が覚めてしまい眠れなくなる。
 眠る事を諦めて起きて、一人で着替え部屋を出る。向かうのは医務塔。もしかしてマレが起きているのではないかという予感のようなものもあったから。
 受付で挨拶をして良い子を演じ『許可を得ている』と言って入り込む、人気のない廊下を通り、マレが眠っている部屋に入り込む。しかしマレは変わりなく眠りつづけている。
 マレに近づきそっとその手に触れようとしてカロルは首を傾ける。左手の薬指に先ほどはなかったモノを見つけたからだ。
 やたら光る赤い石のついた指輪。そっとその指輪に触ると、カロルの視界が一変する。青く揺れる世界。
 カロルは思い出す、昔マレと泳いだ奥宮の泉の中の風景。あの時以上にマレを強く感じたというか、マレに包まれているような心地良さをカロルは大きく深呼吸をして味わう。
 周りを見渡すがマレは見つからない。水の奥に愛しい気配を感じカロルはユックリと潜っていく。水の中だけど息苦しくなく、あの時のマレのように自由に泳いでいく。
 水中は深くなると光が届かなくなってくるのか暗くなっていくが怖くはなかった。その奥に求める人がいるのを感じるから。その奥に蹲る人影を感じる。
【マレだ!】
 カロルは先にマレを感じ喜び近づこうとしが違和感から動きを止める。
 色のない世界でマレと勘違いした相手がその腕に誰かを抱いている。愛おしそうにその身体を抱き身体を寄せる。
 抱かれている方がマレであることに気がつく。マレはベッドの上と同じ様子で目を閉じたまま人形のように、誰かに抱きしめられている。
【愛しい人……】
 相手がそうマレに話しかける言葉が聞こえる。強すぎる想いの籠ったその声がカロルの感情を揺さぶる。
【やめろ! マレに触るな!】
 思わずカロルは叫ぶ。それで気が付いたようにその人物は顔を上げカロルを見つめてくる。
 その視線にカロルの心が熱く震えてくる。身体が震え、涙がこぼれてくるのを感じる。その感情の名前をこの時カロルは良く分からなかった。
【……お前は何者?】
【カロルか……】
 相手がカロルを見て苦笑する気配だけ感じる。
【誰だと言っている!】
【クラー……】
 相手が答えようとした所で、カロルは激しい力で水の中から追い出されるのを感じた。背中に痛みを感じてから病室の壁に背中をぶつけている自分に気が付く。
 シルワがカロルを睨みつけている。真夜中に駆けつけてきたのか、髪は纏めておらず下ろしており、いつもより艶やかに見える。
 大きく溜息をつきマレに近づきその指から指輪を外す。しばらくジッと指輪を見つめてから、それをテーブルの上の籠へと放り入れる。
「こんな時間に何をしているのですか?」
「今のは……何なんだ! マレは誰といた!」
 カロルは叫びながらそう聞くが、シルワは大きく溜息をつく。
「何を言っているのですか? 今どうみてもマレは一人で寝ているだけでしょう。寝ぼけているのですか?」
 確かに今部屋に誰もおらず、もうあの気配も感じない。そう言われてしまうと、ここでウッカリ自分は寝てしまっていて夢をみていたのだろうか? カロルはそう思うが先ほど感じた相手の存在は生々しすぎた。
「マレを守る為に、訓練しているのでしょ? ならばここでバカしていないでジックリ身体を休めて訓練に集中すべきでしょ?」
 そう言われてしまうと従うしかなくなる。カロルは色々納得いかないモノを感じながら部屋に戻るが、部屋に戻っても変に昂揚した感情は収まらず、結局そのまま眠る事も出来ずに朝を迎えることになった。
『カロルか……』自分の名を呼んだ、その相手の存在を思い出すだけでカロルの心は激しく乱れる。お陰でその日の訓練の結果も散々だった。
 無意味となった訓練を終え医務塔に向かうが、真夜中にマレに会いに行ったことが悪かったのか、マレへの面会は禁じられ入れてもらえなかった。ならばシワンに会って状況を聞こうと思ったが研究所で見つける事が出来なかった。
 イービスに聞くと顔を顰められ『実は少しやらかして謹慎をくらっている』という答えが返ってきた。
 何をやらかしたの? そう聞くが『お前がそれを言うか?』と訳わからない事を言われるだけで何も分からなかった。
 数日後マレ目を覚まし、仕事にも復帰して元通りの生活をするようになる。それに伴いカロルも冷静さを取り戻すが良く分からない蟠りが残った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

ロリっ子がおじさんに種付けされる話

オニオン太郎
大衆娯楽
なろうにも投稿した奴です

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

お屋敷メイドと7人の兄弟

とよ
恋愛
【露骨な性的表現を含みます】 【貞操観念はありません】 メイドさん達が昼でも夜でも7人兄弟のお世話をするお話です。

連れ子が中学生に成長して胸が膨らむ・・・1人での快感にも目覚て恥ずかしそうにベッドの上で寝る

マッキーの世界
大衆娯楽
連れ子が成長し、中学生になった。 思春期ということもあり、反抗的な態度をとられる。 だが、そんな反抗的な表情も妙に俺の心を捉えて離さない。 「ああ、抱きたい・・・」

奴隷の私が複数のご主人様に飼われる話

雫@更新再開
恋愛
複数のご主人様に飼われる話です。SM、玩具、3p、アナル開発など。

エッチな下着屋さんで、〇〇を苛められちゃう女の子のお話

まゆら
恋愛
投稿を閲覧いただき、ありがとうございます(*ˊᵕˋ*) 『色気がない』と浮気された女の子が、見返したくて大人っぽい下着を買いに来たら、売っているのはエッチな下着で。店員さんにいっぱい気持ち良くされちゃうお話です。

処理中です...