蒼き流れの中で

白い黒猫

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十四章 〜想いとズレていく現実〜 カロルの世界

愛しき人

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 マレが再び意識を取り戻し、目を開けるといつもの天蓋が見えた。
 起きた時にどの程度の時間が経過したのか? それをまず考える。
 腹部の刺された痛みがまだある事からそこまでの時間はたっていないのだろう。
 全身を蝕む痛みも薄れて、気酔も軽くなっているところから、トゥルボーの来訪の後、さらにソーリスから抱かれたという事は無さそうだと推測する。身体を捩り視線を巡らせ、今更のようにこの部屋の主がそこにいる事に気が付く。
 衣類を何も纏わず、ソファーに座り書類を一心に読んでいる。仕事があるのならこんな所ではなく執務室の方ですれば良いのに、とマレは思う。こうして真面目な顔をしていると端正な顔もより凛々しく、マレが見ても麗しく見惚れるものはある。
 衣類が無いからこそ良く見える身体を覆う美しい筋肉、男らしく大きな手……マレはその姿をジックリと観察する。
「どうした? そんなに熱い目で見つめてきて。俺に見惚れているのか?」
 マレの視線に気がついたのか、ソーリスは顔を上げニヤニヤと笑い話しかけてくる。ソーリスの指摘に内心の焦りを隠しマレは顔を顰める。
「……いえなぜ裸なのか? と思いまして。裸のままで寒くないのですか? 
 ……この部屋に仕事を持ち込むとは珍しいですね」
 マレは態とぶっきらぼうな言葉をソーリスに返す。
「これか? お前とジックリ楽しもうと思っていたのに、シルワの奴がここに大量に運び込ませやがった」
 マレは部屋にうっすら漂うテラの気に状況を察する。仕事があるとはいえソーリスがこんな格好でいるのに関わらず、自分を抱いた形跡は全く感じられないこと。
 その割に上機嫌で真面目に仕事をしていること。
 つまり、ソーリスはシルワと楽しんだという事だろう。ソーリスに仕事をさせる為にご褒美として身体を繋げたのか? 単にシルワも楽しみたかっただけか? と思いそちらは否定する。
 シルワは、勝手な事をしたソーリスにかなり怒り狂っている筈である事を思い出したからだ。そんなシルワと享楽的で行為を最大限に楽しもうとするソーリスの情交、改めて考えると怖いものがあった。
 しかも二人はどこでそういった事を行ったのか? という事もあまり深く考えたくも無い。
 まさかこのベッドで自分が眠っている横でそういったことをやられたとしたら、恐ろしくて今すぐベットから逃げ出したくなる。マレはその光景を振り払う為に頭を横に振った。
「マレ、お前もいい加減に素直になれ」
 人の悪い笑みを浮かべそう話しかけてくるソーリスにマレは首を傾げる。
「私はいつでも、素直ですが」
 ソーリスは手にしていた書類をテーブルに投げ、マレに向き直る。マレは怠く重い身体を起こして身構えるが、ソーリスは立ち上がり近付いてくる気まではない事を察して緊張を少し解く。
「そこが素直じゃないと言っている。私への気持ちを、頑なに認めようとしない」
 マレは眉を怪訝そうに寄せる。しかしソーリスがいつものようにからかっている様子でもない。
「自分自身の事ですからよく理解していますよ。
 かなりムカつきながらも、貴方をお慕い尊敬はしております。私が敬愛してお仕えしたいと思った唯一のお方ですから」
 マレとしては、珍しく本気の言葉を返す。そもそもその感情がなければマレは此処に残ってない。ソーリスはその返答を鼻で笑う。
「敬愛か。そうやってお前は自分自身をも騙し誤魔化しているんだな。
 本当は俺に惚れているというのに」「はぁ?」
 マレは思わず間抜けな声をあげてしまう。口をポカンと開けソーリスを呆然と見つめ返す。しかしソーリスの表情は至って真面目で冗談を言っているようもではない。
「お前とは、一度は腹を割って話さないといけないと思っていた。丁度よい。コチラ来い。
 面白い酒もある、一緒に飲まないか?」
 マレは探るようにソーリスを見つめながらベッドから出て裸の身体にガウンを羽織り、前をシッカリ合わせ、腰ひもを強く結ぶ。その様子にソーリスは苦笑した。
 ソーリスは自分の隣の部分を叩き招いていたが、マレはテーブルを挟んで座る。ソーリスは自分が今まで飲んでいたグラスに酒を注ぎそれを渡してきた。
「お前とは、色々すれ違いによる誤解が生じている。それをいい加減に何とかした方が良いだろう。
 お前は賢いからもう少し事態を冷静に分析してくれると思っていたが、驚く程見当違いな方向に思考を進ませていくのでどうかと思ってな。
 お前が真面目な分、頭が固く頑固な事を忘れていた」
 マレは反論しようとしたが、ソーリスが何をしかけようとしているのかを見極める為にも口を閉じた。そんなマレをソーリスは愉しげに見ている事が、また気に障る。
 手にした酒を口に含むと喉が熱くなるほどの刺激が襲って来る。マレは顔を僅かに顰めたがすべてをあおり挑むように目の前の男を見上げグラスをテーブルに戻す。どう考えても仕事をしながら飲む酒には思えない。
「お前は、俺が何故お前を抱いていると思っている?」
 挑むようにマレはキッとソーリスに鋭い視線を向ける。クラーテールと繋がった状態で抱かれた事を思い出しより怒りが増し顔を赤くする。ソーリスは空いたグラスに更に酒を注ぎマレに渡す。
「その表情を向けてくるという事はやはり通じてないな。いや気付かないふりしているだけか」
 ソーリスの意味ありげな言葉にマレは警戒するが、口角をあげ肩をすくめて喉が焼けるような酒を煽る。
「お前は俺が、単なる趣味でお前とのそういう行為を楽しんでいるとでも?」「実際そうなのでしょ?」
 冷静な声ですかさず返すマレにソーリスは声を上げて笑う。
「確かにお前の容姿は俺の好みど真ん中だな。性格は兎も角その可憐な顔にしなやかな身体。最高だ。
 しかし飽きっぽい俺が、こんなにも長い期間一人の相手をしているのは何故だと思う?」
 抱いているのはマレ一人だけではないだろうに、マレはそう思う。それこそシルワとはマレよりも長い期間身体の関係を続けているし、他にも様々な相手に手を出している。
 タイプにはうるさいようでいて、手当り次第にも見える所もある。とはいえ他者に不必要に与気をさせないために同じ相手を長くても五回以上で長期にわたって抱く事はしていない。例外はシルワとマレのみ。
 下手に話を広げ掻き回すと面倒になるのがソーリスとの会話。論点をぶれさせない事を心がける事にする。
「……私がアクアの能力者だからですよね。貴重なアクアの能力を持つ人間を長く保持する為の処置。趣味と実益を兼ねて貴方は私を抱き続けているのでしょう?」
 ソーリスの金の目を細められる。いつになく真摯な視線にマレは緊張を高めていく。
「ならば何故、お前は俺に抱かれ続けている?」
 マレは口角をクイっと上げ、ソーリスを睨む。
「私が一度でも貴方を求めた事がありましたか? そういう意味で」
 事実一回もないし、逆に止めて欲しいと懇願した回数は数え切れない。どんなに抵抗しようが、みっともなく泣きながらお願いしても抱く事を止めなかった。
 ソーリスはフフっと声を出して笑った。楽しそうに。
「ならば何故逃げない? 俺はあえて、お前に抜け道を作ってやっていた。態々選びやすいようにお膳立てまでしてやった。にも関わらず前はそれを選択しなかった」
 マレは目を細める。
「抜け道ね……。それは私が最も避けねばならない未来にしかつながっていませんから。その道を選んだら私は……人としての道を完全に踏み外した畜生になる」
 そこまで言って、マレは顔を顰め、頭を横に振る。会ってしまうと駄目だと分かりつつも。再び抱き合ってしまった先日のように。ソーリスの印章に頼りクラーテールとの魂の境界を緩めたままだった自分の迂闊さを呪う。
「選ばないのは、あくまでもアイツの為と。
 アイツはその道を望んでいるだろうにお前との破滅の道なら喜んで進むだろう。
 そして、お前も……睨むな。
 分かっている。
 お前はギリギリの所で踏みとどまった。自らの手で最も愛する者を毀してしまう前に。
 もう一度聞く、お前は何故俺に抱かれ続けている。最初は確かに無理矢理抱いた。しかし今は?」
 マレは苛立ちげに息を吐く。
「ですから、この際ハッキリ言わせてもらいますが、私は貴方とそのような関係は、最初からそして今も望んでいません、求めているのは」「もっと深い関係だろ?」
 遮るように言われた言葉にマレは言葉を詰まらせる。
 自分が今から告げようとした言葉よりも、自分の中でしっくりとくる言葉を言い当てられていたから。マレの青い瞳が揺れる。惑いの感情を見せて。
「ですから、私には貴方に対してそんな感情はありません。愛しているのは……いや、愛する事が出来るのは、クラーテールだけ……」
 ソーリスは穏やかに笑う。それがいつものからかうような表情であればどれ程気が楽だったかとマレはその笑顔を見て思う。
「そこがお前らしい。お前は真面目だ。クラーテールを愛しているからこそ、そしてクラーテールの想いを受け入れてしまったからそれをしっかりと返そうとする。離れていてもアイツだけを愛するという事で、あの愛に応えてきたつもりなのだろ? それがアイツに対する誠意だと」
 マレは頭を振り苦笑する。
「応える? 違います。堕としただけです。
 私の狂っている……愛する人の全てを欲して奪い支配する……。
 ……まともに人を愛せない」
 ソーリスは微笑む。
「それはアイツだ。お前をそうやって縛り、お前を他の愛から遠ざけて。お前だけを求め、欲して、他のものを一切必要としない。自分という檻に相手を閉じ込めるそういう愛し方しか出来ない。お前は違うだろう」
 マレはおずおずと顔を上げる。
「お前の性(さが)は救済だ。人を導くべき存在になるようにひたすら教育された弊害だな。だからお人好しなまでも人を救おうとする。相手がお前による救済を求めてなかろうが強引に助ける。クラーテール以外を愛せない? 馬鹿な事言うな」
 マレは納得出来ていないように眉を寄せる。
「お前とアイツへの愛を否定している訳ではない。お前にとってクラーテールは本当に特別だ。他の誰もその間に入れない。この俺でも、これ程時間を置いても褪せる事もない。それは事実だ。
 久しぶりの再会、どうだった? 理性も効かぬ程、愛しかったか?
 それ程の想いを抱えていたから、お前はあのアミークスに逃げたのだろう」
 マレはその言葉にカッとしたように顔を朱に染める。
「違います! あの子は私達二人を救ってくれる唯一の存在。最後の歯止め!
 愛していた!だから! それを貴方が……」
 ソーリスは苦笑し肩を竦める。マレにとってクラーテールには及ばないもその大きな存在それをこんな軽い表情で言われる事が許せない。マレの中で何とか折り合いを付けようとしている友の死。それをソーリスは事ある事に蒸し返してくる。悪びれた様子もなく。
「愛していたか……やっと本音が出たな」
 ソーリスの言葉にマレは動揺する。マレは自分に言い聞かせる。その愛の意味はソーリスが指摘するようなものでは無いと。友として愛していただけだと……。「お前はあの人物を愛していた。気が付いてなかったのか? だから俺も小憎たらしかった。
 殺すつもりまではなかったが、残念な結果になった。
 あのアミークスへどんな表情を向けていたか分かっているか? 穏やかに微笑み、キスまでをしている様子までを周りに見せつけて」
 ソーリスの言葉にマレはポカンとした表情を返すしかない。
「お前が普段、他人に見せない表情をむけ、そういった事をする。お前には無意識で自然な行為だったようだな。それをクラーテールや俺はどう見ていたか分からないか?」
 ソーリスが言った場面を必死で思い出しているかのようにマレは考え込む。
「……あ……え? あの……もしかしてそのような事をしていたかもしれませんが、ソレが貴方になんの関係が?」
 マレのそんな言葉にソーリス苦笑して頭を横に振る。ソーリスにとってマレのこういう所が一番ムカつく所であるが本人は全く気が付いてない。
 マレは周りを気遣っているようで、実は何も見ていないし気にもしていない。ソーリス同様だが、人に対しての応対は実に気ままで傲慢である。周りが求めていることではなくマレがしたいように振る舞う。
 救済も加護も一方的で相手に差し向けるだけで、相手からの想いは不要とばかりに背を向ける。
 マレは愛を求めてやまない存在にただ穏やかで優しいだけの笑みだけを返し、クラーテールと限られた人物にだけ蕩けるように柔らかい表情を浮かべ抱き撫でていた。
 それぞれの感情に【家族愛】や【親愛】とか【友情】という名前を付けて近くに侍らせる。常に近くで見せつけられていたマレの信者と化していた人達はどう感じていたのか? クラーテールにしてはもっと堪らなかっただろう。
「くだらない話はもういいです。
 それより、トゥルボー様から聞きました。何故この中途半端なタイミングで情報公開を?」
 ソーリスは苦笑する。
「トゥルボーはどう言っていた? 怒っていただろう。シルワも面白い程カンカンに怒っていた。
 しかしお前は理解してくれても良いだろう」
 マレの形の良い眉が寄せられる。
「お前が俺の横に立つことが相応しいと、皆に知らしめる為だ。お前を名実共に手に入れる布石というところかな?」
 マレはその言葉に目を見開くがすぐに真顔に戻し動揺を隠す。
「意味が分かりません。貴方と私とは隷属契約がある。そんな事をしなくても既に私はあなたの所有物でしょうに」
 ソーリスはため息をつきグラスに酒を自分でつぎ煽る。いつになく真剣な目でマレを真っ直ぐ見つめてくる。
「いい加減、理解しろ! 俺はお前の全てが欲しいのだと。身体だけでなく、お前の能力、頭。そして心そのものも。
 あんな愚かな事をしてしまう程まで、欲しかった。お前を求めていた。
 ここまで俺を執着させ求めさせた奴は他にいないぞ。お前だけだ。
 俺の横にお前の場所を作る為に公開に踏み切った」
 ソーリスの言葉にマレは水色の目を見開き固まる。瞬きもせずにソーリスの姿を映す瞳。
 ソーリスはマレをしばらく見守る。しかしマレは固まったまま全く動かなくなったので、立ち上がりマレに近付いてくる。
「あ……ソ……いえ……私は……」
 ソーリスはマレの頭をただ優しく撫でる。その刺激でマレは言葉を取り戻すが思考が伴わない。焦りながらもそれにその手の大きさ、温かさを心地いと感じてホッとしている自分にも戸惑う。
 マレはソーリスの手を拒絶することもなくただ、大人しく撫でられていた。しかしその身体が小さく震えてくる。マレは両手で顔を覆い俯きその顔を隠す。それが今出来る唯一の抵抗だった。ソーリスに対してではなく自分自身に対して。
 マレが身体を震わせているのは自分が必死で守ってきたものを理論で崩された事による悔しさからからではない。
 混乱からである。友への愛を実感し、その友を殺した男の言葉に激しい怒りと憎しみを改めて覚えながら、言われた言葉にどうしよもなくこみ上げてくる快感と昂揚感。ぐしゃぐしゃな感情に心と身体が震えるのだ。同時に感じるクラーテールに対する強すぎる愛情と大きな罪悪感。
「マレ、俺はお前を追いつめるつもりでこんな事を言ったのではない。
 お前とクラーテールの関係を否定はしてしない。
 お前がクラーテールを誰にも代えがたく愛しているのは理解している。お前がクラーテールを守りたいその気持ちも尊重する。俺もアイツは可愛い。だからその破滅は望まない。
 どうしようもないお前達二人を見守ってやる」
 マレはゆっくり顔を上げソーリスを見上げた。その瞳は理論や感情で武装も防御も出来ていない素のマレの瞳だった。ソーリスは艶やかな笑みを浮かべ、そんなマレの瞳をジッと見つめてくる。自分を真っ直ぐ見つめ微笑んでいる金の瞳にマレの魂が震える。
 マレが知る中で最も強く美しく、そして最高の能力とカリスマをもつ男が、自分を真っ直ぐ見つめ求めている事に感じるゾクゾクとする悦び。圧倒的な力と存在感を持ち、嫉妬することすら馬鹿らしくなるほどの世界最高の人物。それがマレに求愛しているのだ。
「お前の心に余裕が出来たらでいい、俺をちゃんと見ろ! そして自分の中にある俺への気持ちと向き合え。
 それまでは、俺の隣でそうやって馬鹿みたいに悩んでいろ。必死に俺にぶつかり抗っていろ」
 マレの瞳の光がその言葉に揺れる。
 ソーリスがマレを愛している。これは単なる戯れでしかないとハッキリ否定し、この関係を特別なものにしないことで、自分とクラーテールの関係を守るべきなのに、マレにはそれが出来なかった。複数の人物を同時に想い惹かれてしまっている事への疚しさも同時にマレを苦しめる。
 かつて自分に愛を捧げてくれたある人物。その相手にどうしようもない愛しさを感じキスした自分を思い出す。
 感情の全てを曝け出せるその友人と関係を【友情】と名付け誤魔化し、ソーリスへの感情を【敬愛する指導者】とする事で誤魔化し自分の価値観を護ろうと足掻いていた自分に気が付いてしまった。多数の人物に愛を求める浅ましい自分への嫌悪感。
 一人悩み考え込むマレにソーリスは満足したように笑い、優しく抱きしめその背中を撫でる。それはベッドでするような淫靡なものではなかったのでマレは素直にそのままされるままになっていた。
「お前はまた、しょうがない事で悩んでいるだろ?
 何故人を愛する事を、そんなに怖がる? 悩む? 素直にその自分の気持ちを全部、受け入れろ。
 最初に愛したのが、愛してはならない相手だったからか?
 愛というのはお前の信じていた神とやらが最も素晴らしいとするものだろ? それらの人に愛され愛せる事を誇れば良い」
 余りにもズレた言葉に顔を上げるとソーリスは能天気な笑みを見せている。
「何故か愛を一つだと決めつける? 真面目なお前が感じた感情どれも本気で相手を真剣に向き合っての事だろ? それにお前にはどの想いも向けられるだけの価値はある。お前はそれらを認めただ受け入れればよい」 
 性に関しては奔放なノービリスらしいその言葉、いつものマレなら苦笑して否定していただろうが、混乱し動揺して、ただ聞いていることしか出来なかった。
 ソーリスはテーブルに手を伸ばし、酒の瓶を引き寄せ煽り中身を口に含み、それを口移しでマレに呑ませる。そのまま深く接吻しマレの理性をすこしづつ奪い、身体の奥の疼きを呼び起こしていく。
 マレの心の奥底を焼けそうに熱くしたのは、強すぎる酒の所為かキスのせいか。
「馬鹿みたいに考えて悩むな。
 偶には頭空っぽにして、今だけを楽しめ」
 マレは浮遊感のある酔いの中、瞼を閉じ身体の力を抜いた。固く結んでいた筈のマレのガウンの紐はソーリスの手によって簡単に解かれていた。
 はだけられた外気に晒された肌をソーリスの大きな手が滑りマレは身体を震わせた。
 ソーリスは閉じられている瞼にキスを落とすとマレは身体を震わせる。いつも以上に敏感に良い反応を示すマレにソーリスはほくそ笑む。
「マレ、お前らしくないぞ。目を瞑り時分の中に閉じこもり、現実から目を逃げるなんて。目を開けて俺を見ろ。今は俺だけを感じていろ 」
 マレが目を開けるとそこには眩い程のルークスの気を纏った男がいる。マレは眩しそうに目を細める。
 ソファーに押し倒されたマレに覆い被さってくるソーリスをボンヤリと見上げマレは抵抗もせず迎える。ソーリスはマレの赤い唇をゆっくりとジックリ味わう。
 柔らかい唇、綺麗に並んだ歯列、温かい舌を絡めてから離す。唇を離そうとした時にマレが無意識に少し追い縋ってくる仕草を見せた事にソーリスは気を良くし嬉しそうに目を細める。
 より楽しもうとマレに近付き身体を屈めようとしたが、背後に殺気を感じて身体を強ばらせる。
  
 扉が激しく開かれる音とガッという鈍い音と何かが転げる部屋に響く。
 マレはソーリスが愛撫をやめ自分を守るよう身体を抱きしめ、顔を顰め背後にふり向いている事に気が付く。
 マレが床を見ると青銅製の大きな花瓶が転がっている。扉の両脇に置かれていたものだったことをマレは思い出す。どうやらソファーにいる二人に向かって投げつけられた物のようだ。
「まったく朝から、貴方は何しているのですか!」
 シルワの声がして、その気配がコチラに近付いてくるのをマレは感じる。
「昨晩あれだけ抜いてあげたのに、まだ足りなかったとは。
 今、重要な計画が進行している時だけに、マレを早く仕事に復帰させるために、我慢しろと言いましたよね?」
 憤怒の表情を浮かべる恐ろしい状況のシルワにソーリスは怯える事もせず顔を顰め不満げな表情を返す。
「シルワ。良い所だったのに不粋な事をするなよ」
「不埒な事をしようとしたので、止めてさしあげたのでしょう。マレ?」
 シルワはソーリスにそう言い捨ててマレに視線をむける。シルワのテラのファルクタースの香りで少し冷静になりマレはソーリスから身体を離しガウンの前を合わせ、紐を結びなおした。
  
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