蒼き流れの中で

白い黒猫

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十三章 ~還る場所~ キンバリーの世界

奔流する想い

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 闘いが始まり、次々と鉱山へと飛び込み堕人を滅していく様子を静かに見つめるキンバリー。内なる気を高め出番を待ち備える。海からやってきた敵に対抗するために向かってくるもの、慌てて内陸側へと逃げていくものと二つの異なる流れが出来ており、どちらにしても混乱し動きも乱れており、冷静に攻め入っている巫の敵ではないようにみえた。その事にキンバリーは安堵する。
 隣に立つイサールは、真剣な表情のキンバリーとは異なり悠然と笑みを浮かべ鉱山を見つめている。別に不真面目にしている訳ではなく、形よく緩やかなカーブを描いた唇で元々微笑んでいるように見える事と、このように穏やかででいることがイサールの常態。唯一怒りを見せたのは、ゼブロの王族を前にした時だけだ。その時ですらイサールは穏やかで上品に笑っていた。
【目標地点を確保】
 マグダレンの心話が聞こえ、キンバリーはイサールと目を合わせ頷く。前方に走りだそうとした所を伸びてきた腕がキンバリーの腰に回され抱き寄せられる。
 キンバリーが『えっ』と声を出した瞬間に抱きあげられ、身体は宙にあった。イサールの両腕に抱えられたままキンバリーは船のマストより高い場所から景色を見下ろす。そのまま鳥のように崖へ向かって移動し、気が付けば穴の中に入っていた。
「ィッ」
 キンバリーは横抱きにされたまま、キンバリーは目を見開きそう声を出すと、イサールはニコリと微笑みを返す。
 騎士が姫君をおろすように丁寧な仕草でイサールはキンバリーを地面に戻す。
「……イ、イサール……貴方空を飛べるの?!」
 キンバリーの言葉に、イサールは可笑しそうに笑う。
「まさか、風を利用して大きくジャンプしただけですよ」
 あっさりそう答えるイサールにキンバリーはどうリアクションをとるべきか悩む。風の巫は他の能力者よりも風を使い高くは飛べる。しかし彼の場合はレベルが違いすぎる。
 彼からしてみたら普通の事をしただけ。怒るのも違う気がする。 
 イサールはキンバリーに視線を向け、首を傾げる。形のよい眉が気遣うように寄せられる。
「もしかして、怖い思いをさせてしまいましたか?」
「いやビックリしただけ。突然だったし、他の人のように前の船に飛び移ってから行くつもりだったから」
 心配そうに見つめるイサールにキンバリーは慌てて笑みを作る。責めるつもりも心配させる気もなかく。ただ説明不足だと言いたかっただけなので、そんな表情をされるとキンバリーも困る。
「怒っているわけでも怖がったわけでもないですから。本当に驚いただけです。
 寧ろ気持ちは良かったですから。爽快ではあったし」
 キンバリーの返事にイサールは嬉しそうに目を細める。
「さて、行きますか。周りには邪魔な堕人もいないようですね」
 つい、差し出された手を取ってしまったキンバリーはそのままエスコートをされるように鉱山を歩くことになる。浄化燃やされた遺体の転がる坑道。長閑とも言えない場所を手を繋ぎ歩く自分にキンバリーは違和感を覚えて手をソット離す。不思議そうな顔をするイサールにキンバリーは苦笑する。
「こういう場所で利き腕を塞ぎたくないので」
 笑みを作りキンバリーはそう返した。イサールと手を繋いでいたのは、別に戦場を舐めているのではなく彼が感じている周辺一帯の状況の共有の為である。キンバリーは探査能力の有効範囲の狭い火の巫である為により広範囲を探れる風の能力を持つイサールがフォローしてくれていたのだ。またこの後キンバリーが行う作業は精神力と体力を使う。その為に今余計な事で消耗させないようにという気遣いなのも分かった。
「まあ、貴方の仕事は鉱山の結界化。
 邪魔は俺が排除します……と言いたい所だけと、見事にマギーがこの辺りの堕人を排除してしまっている……困った事に」
 イサールの言葉にキンバリーはフッと笑う。
「あら? イサールも暴れたかった?」
 キンバリーの言葉にイサールは顔を横にふる。
「いえ、そんな好戦的に見えますか?
 ただ……身を盾にしてか弱き乙女を守る騎士的な役割は楽しみたかったかなと」
 キンバリーは顔を傾ける。
「私がか弱き乙女?」
 イサールはフフッと笑う。
「私も騎士ではないですね。
 でも美しい乙女……いや貴方とこうして共に仕事をするのは楽しい」
 綺麗な碧の瞳が細められ柔らかい色を帯びてキンバリーに向けられる。何故この状況でこういう言葉が、出てくるのか……キンバリーは呆れつつも、だんだんこういうイサールの言動にも慣れて流す事を覚えてきている自分に気がつく。
「貴方といると緊張もしないでいいから、今、共にいるのが貴方で良かった」
 イサールは何故か苦笑する。そんな反応をされた事が気になり、尋ねようとしたが坑道が途切れた事に気が付きキンバリーは表情を引き締める。目的の場所についたからだ。イサールはしゃがみ地面に手を付き軽く探査能力を使い周囲を確認してから、転がる小石を拾い投げキンバリーが術を行う場所を整えてくれる。
 邪魔な石が取り除かれたその場所にキンバリーは跪き、地面に両手を置く。イサールが左隣に片膝で寄り添うように座り右手を地面に、左手はキンバリーの肩に回し軽く抱き包むような体勢をとる。イサールから感じる爽やかな森のような香りを静かにキンバリーは吸い込み目を瞑る。香水なのか? それともイサール自身の香りなのか、心地良い香りに包まれキンバリーは気を高めていきその力をソッとアクアの石へと注ぐ。石が輝きを増すことでアクアの気の存在が増す。アクアの石に込めた自分の力をゆっくりと地中へと潜らせた。地中にある水を少しずつ集め蜘蛛の糸のようにアクアの道を張り巡らさせていく。雨だった為に思った以上に地中の水が多く操りやすかった。そこまでの作業を行いフーとキンバリーは息を吐く。そこで自分を見守るもう一人の存在に気が付く。イサールとは異なる形で自分に寄り添ってくれているのは、この石の製作者で、恐らくはキンバリーの父親。
【貴方も以外に過保護だな】
 イサールも気がついたのかフッと笑いそう相手に言葉を漏らす。
【巫と堕人が本格的にぶつかるまえに、結界を完成させなさい】
 相手はイサールからの対話を無視して、キンバリーにそう指示してくる。キンバリーはその言葉に我に返り術を再開させることにする。大きく深呼吸をして再度地中に意識を集中させる。キンバリーは張り巡らせ聖霊石に結び付けたアクアの気にルークスの力を宿らせ聖霊石にマーキングをする。
【接続作業完了。皆さんの協力をお願いします!】
 キンバリーの呼びかけに、鉱山の様々な場所から巫により力がそそがれるのをキンバリーは感じた。アクアの道を通して多くの巫の力と魔を倒したいという真摯な感情も混じり合いそれがアクアで作った経路の中で激走しぶつかり合う。
「クッ」
 聖霊石だけでなくキンバリーの方へも逆流しぶつかるその衝撃に思わず声をあげる。身体が燃えるように熱く、強い酔いに似た感覚をキンバリーに与え身体は揺れる。地鳴りのような音が聞こえる。揺れているのは鉱山なのか? キンバリーの身体なのか? それすら分からない。その身体をイサールが優しく支えた。指輪をしている指に誰かの手が添えられる。その瞬間、力の逆流は軽減されキンバリーは周りを確認する余裕も出来た。手をそっと握ってきたのはイサールかと思ったがイサールの腕はキンバリーを支えている。アクアの力は尚も地中でうねり暴れている。キンバリーに向かっていた気を代わりに誰が受け止めているのか気が付く。
【皆の想いを無駄に散らすな、この力の全てを石へと刻み付けさせろ】
 聖霊石ではなくキンバリーに向かってくる力から守りながら指示を出してくるその言葉にキンバリーはハッとする。意識を地中へと向け、力の流れのコントロールを試みる。別の場所でマグダレンとローレンスがアクアの石を使い、流れを整えようと働き掛けている気配は感じるが末端の流れを動かす事しか出来ていない。多くの巫から発せられる力はあまりにも膨大でキンバリー自身も翻弄されそうになるのを必死で耐え気を強める。青い石が暗い鉱山の中でより光を強める。アクアの力で張り巡らせた力の道にキンバリー自身が気を注ぎ、流れを作ることを試みる。キンバリーだけでなく、石自身からも力は発せられるのを察する。
 アクアの石のついた指輪が嵌ったキンバリーの手に大きな手が重ねられる。イサールの手だ。イサールからも気が発せられその勢いが強引に気の流れを作り出していく。共にここにキンバリーといる二人の男性の存在がキンバリーの気持ちも強くする。キンバリーは瞳を閉じてさらに気を強め聖霊石へと注ぐ。次々と聖霊石が結界石へと転じていくのを感じ、キンバリーはさらに集中させ皆の力を石へと誘導していく。結界石が鉱山の中で次々と産まれていくにつれ、石同士が共鳴をしさらに輝く。
  
 キィィイイーン
  
 キンバリーの耳にそんな音が聞こえた気がした。鉱山の空気が澄んだ心地良いものとなるのを感じる。堕人の悲鳴。周囲の状況を確認しようとするが、その気力すら残っておらず身体の力も抜ける。
  
「成功だよ。キンバリー。
 それにしても想定以上だったな……」
 腕の中に抱かれている為に耳というより肌越しでイサールの言葉が聞こえる。背中を撫でる手が心地よい。
【良くやったキンバリー
 ……ったく、貴方がたは計画を綿密に立てておこなっているようで、計算が大ざっぱだ】
 フフとイサールの笑う気配。労いの言葉から無事任務を完了させたとことの安堵感がキンバリーの中に広がり、気が抜けた事で身体の感覚も麻痺するように薄れていっている。瞼を開けることも億劫である。
【力が想定以上でした。しかもそれがこんなに無制御でくるとは思わないでしょうに】
【……それが、見通しが甘いと……】
 二人の会話に加わる元気すらなく、そんな会話を子守歌のように聞いているしかキンバリーには出来なかった。イサールの想定よりも作戦に参加した巫の気の操作能力がかなり低かったことが、今回気があそこまで奔流した原因なようだ。
【逆に心配性な君がいてくれるから丁度良い。良いコンビだと思わないか? 俺達も】
 そんなイサールの言葉に相手が呆れ溜息をする気配。
【大らかなのは良いけど……この子を危険に晒すな……】
【それは悪かった。しかしある程度の事態も自分で乗り越えられる経験も人の成長には必要な事だろ?】
 心のどこかで、自分とマグダレンを不要として捨てたと思っていた父親から向けられている、確かな愛情が心に染みてその暖かな温もりを楽しむ。キンバリーは心地よく誘う眠りに沈むように意識が薄れていきそのまま落ちていった。
【……大丈夫か?】
 イサールは心話をしていた相手に語りかけるが返事はない。
「あっちも気を失ったか……」
 フーと息を吐く。気絶寸前まで疲弊していながらも、イサールに文句を言ってくるその根性に笑ってしまう。イサールは腕の中に改めて視線を向け微笑む。
「二人ともゆっくり休め」
 穏やかな顔で眠るキンバリーの額にイサールはキスをする。キンバリーを抱き上げイサールはその場を後にした。
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