蒼き流れの中で

白い黒猫

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十三章 ~還る場所~ キンバリーの世界

最後の抱擁

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 島群の一つにあるバシリオ提督の砦にてキンバリーはローレンスやマグダレンと合流しそこで二日ほど過ごす。とはいえのんびりまったりしている者は一人もおらず、各自それぞれが戦闘に備え動いており、ピリピリとした緊張のある空気は緩む事はなく時間とともに更に高まっていく。海賊は船の整備に、武器の手入れに勤しみ、巫はそれぞれの役割毎に別れ予行訓練に勤しんでいた。火の巫らは武闘訓練に勤しみ、風系の巫らは己らの能力の精度をさらに高める訓練に励む。いくらベントゥスの巫が風を操るが出来るとはいえ、それは嵐に打ち勝てるものではない。出来るのは自らの周りに風を纏わたり動かしたりすること。攻撃の際は剣などといった媒体に力を宿しそれを威力を増加させる事をけ。嵐をねじ伏せるなんて能力はない。ただ風を読む事には長けているので、風を読みつつ自分の力を沿わせることは出来る。それを利用し風上から矢を使い有利に戦闘をする作戦である。
 明日の朝が決行ということで、皆は早めに身体を休め備えているが、キンバリーは気が冴えてしまい眠ることを諦め入江から海を眺めていた。最初にイサールに見せてもらった海とは異なり、水面は荒々しくうねり陸へと襲い掛かり激しい水しぶきをあげていく。あんなに青く美しかった海が、今は夜の闇の中で黒く染まり禍々しい存在に見える。
 
 キンバリーは左手の指輪を弄り台座を回転させ青い石を表に出す。それを見つめていると少しだけ心が落ち着く。深く深呼吸し気をその石へと注ぎ、その力を波に向かって放つ。アクアの力は海水に吸い込まれていく不思議な感覚を楽しむ。アクアの力を通してみると不思議と海への恐怖も薄れていく。風によって大きく動かされている水も奥へといくと静かで、そこで不思議な生物が泳いでいるのを感じる。さらに海底から島の地中へと浸透していく水へと意識を動かしていく。キンバリーはその一連の流れを確認し、明日は大丈夫と自分に言い聞かせる。そうしてキンバリーは鍛錬に夢中になり海面の高さが上がっている事に気が付かなかった。気が付くと想定していたよりも手前にきていた波が激しくキンバリーへと迫っていた。そこで初めてその事に気が付いたキンバリーは咄嗟に背後にジャンプしそれを避けようとする。波を避けている時に不思議な光景を目の当たりにして翠の眼を瞠る。
 飛沫が意識をもったように再び大きな水の塊に戻り、そのままキンバリーを避けるように海に戻っていったのだ。安全な場所まで移動してから、キンバリーは深呼吸してから意識を石に集中する。
【ありがとうございます。
 ……この石を作った方ですね】
 フッと相手が微笑む気配を感じる。同時に肯定の意志が伝わってくる。
【もう寝なさい。明日は早い】
 キンバリーは言葉になっていない相手の意志や感情を読み取ろうとより集中して話かける。
【ありがとうございます。先程の訓練の時も、貴方は手伝ってくださいましたよね? お陰で私はアクアの力を易に習得することができました】
 地中にある聖霊石をアクアによって探査してそれへの気の道筋をつくる。キンバリーその事を行うのにどう訓練を行えばよいのか困惑していた。テラの石の力を使った探査術と同じようにアクアでの地中の探査までは容易くできた。しかしその見つけた対象に対してどう道をアクアの力を使い作っていくのかが読めなかった。キンバリーが持っている能力はむしろ発散させる形でしか使わないもので、コントロールするといっても強弱か力を向ける範囲の調整くらいしかしない。それだけに今回のように流動的に気を動かすという感覚が分からなかったのだ。そのように悩んでいるキンバリーにソッと寄り沿う誰かの気配を感じた。最初はマグダレンかとも思ったが、マグダレンは別の場所で他の巫の戦闘訓練をおこなっていて、コチラにそんな気をむけている様子はなかった。少し離れた所にいるイサールを見たが、冷静にキンバリーの様子を見守っているだけで何か働きかけている訳ではないようだ。視線があったキンバリーに【大丈夫ですよ、貴方ならできます】と楽観的な言葉をかけられてしまう。キンバリーの惑いを気遣い寄り沿う気配はなくキンバリーが楽にそれを行う事が出来ると信じている感情である。その気と違うのはハッキリわかった。ならばローレンスか? とも思うがローレンスは自分の訓練に集中しておりそんな余裕はない。
 その気配はキンバリーに具体的な言葉を話しかけることはなく、ただ手本を示すようにアクアを使い気の流れを示してくる。その流れを感覚として掴めたから、キンバリーは今回の作戦で求められたアクアの力の使い方を習得できたのである。
【お節介だったかな。君は一人でも大丈夫だっただろう。しかし今回は時間がなかったから……】
【助かりました】
 予期せずに向き合う事となると、意外と上手に会話を進められないものである。キンバリーは相手に多すぎる訊ねるべき言葉を頭の中でかき混ぜる。
「貴方は何者?」そう聞こうとして【何故貴方はマグダを捨てたの?】
 最も聞き辛い内容をといかけてしまう。相手の窮する感情が伝わる。
【捨てたのではない開放……
 いやこんな形ではなく、ちゃんと会って向き合って話したい】
【本当に?】
 何故今ではダメなのか? キンバリーは責めるような気持ちで本当に自分と会って話す気があるのか? そう聞き返してしまう。相手から嘘ではないという意志が伝わる。【もうすぐ】という言葉が加わる。その言葉にキンバリーは何故か緊張する。
【貴方は誰?】
【******】
 帰ってきた答えは、何故か不明瞭だった。聞こえないのではない、いくつもの言語が同時に混ぜ合わさった形で頭に響いた為に、それを固有名詞である音として認知できなかったのである。聞き返したかったが、何故かそれがキンバリーには怖かった。相手の存在を明確にすることで、自分の中の何かが壊れてしまう気がしたから。ふと相手の意識が自分から逸れるのを感じる。相手が意識を向けた方をキンバリーも視線を向けるとマグダレンが離れた場所からコチラを見つめている事に気が付いた。ベッドにいない娘に気が付いて探しにきたのか? 愛しき相手の気配を追ってきたのか? 迷子の子供のような目でコチラを見つめている。
【キンバリー、マギーを頼む。
君だけは彼女を否定しないで憎むなら俺にしろあげて欲しい】
 同時に感じるもう一つの言葉に戸惑い、どう返すか悩む。マグダレンがキンバリーに近づいてきていることに気が付きそちらにも気がとられる。マグダレンはキンバリーに話しかけるでもなく、抱きしめてくる。キンバリーは気が付いていた。マグダレンが今腕に抱こうとしているのは自分ではない。キンバリーが今は対話している相手。
 キンバリーが繋げている対話の回線を通じて、マグダレンの強く激し過ぎる相手への愛が流れこむ、それを相手はただ柔らかく受け入れる。言葉という概念不要で想いを交わす二人にキンバリーは眩暈に似た心の揺れを感じる。
【もう眠りなさい。先の事より今は明日の事を考えて】
 相手の言葉がどちらに向けられたのか? 恐らくは二人に対してだろう。そのあとすぐに心話の繋がりは切れてしまう。二人っきりになりマグダレンは何もキンバリーに言葉をかけてくることはなかった。キンバリーも自分の世界に入り込んだままのマグダレンに何も言えなかった。そんなマグダレンの手を引き黙ったままッキンバリーは部屋に戻る。マグダレンをベッドに座らせキンバリーは自分のベッドに移動しようとするがその手を引かれる。
「……リー」
 名前を小さい声で呼ばれる。マグダレンはキンバリーを見上げてくる。緑の眼が怯えたようにキンバリー映す。
「あの人は……な」
 そこまでしか言葉を言わなかったがマグダレンが何を聞こうとしてきているのかキンバリーには察せられた。
「何も。ただアクアの力の使い方を教えてくれただけ」
 少しだけ安堵したような色が揺れる瞳に宿る。
「もう今日は寝よう。明日の為に」
 キンバリーはそう声をかけ宥めるように抱きしめその背中を撫でる。そのまま二人で同じベッドに横たわる。
「……キンバリー。私は貴女を愛している」
 マグダレンはキンバリーを抱きしめながらその髪を愛し気にキスをしてくる。
「私も愛しているよ。お母さん」
 キンバリーはあえてそう応え、目を瞑りマグダレンの身体の温もりを味わう。
『あの人は何者なのか?』
『マグダレンは過去に何をしたのか?』
 本当は色々と聞きたかったが、聞けなかった。今はこういう時間が二人には必要であるように感じたから。それは正解でキンバリーにとっては重要な時間だった。そういう想いというのは意外と互いに理解はしていても言葉にすして伝えるという事は大きな意味をもつ。
 またこうして無邪気に母としてマグダレンに真っすぐ愛を告げられた最後のチャンスだった。二人はそのまま互いの温もりを感じながらそれぞれの夢の世界へと旅立っていった。

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