蒼き流れの中で

白い黒猫

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十三章 ~還る場所~ キンバリーの世界

海賊達

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 ソーレは気侭に見えて仕事はしていたようだ。ダライの神官長のベルナルドがメリサスに入ってすぐにこの海域を仕切っているという大海賊のトップであるバシリオ提督が接触してきた。神殿で密に行われた会合にローレンスらも呼ばれ参加することになる。この国の人の特徴である派手な色の服を着た海賊の一団、それに対するのは様々な国の巫の代表。民族も宗教も異なる為に、肌の色や纏う衣装もそれぞれ個性的。それらが一同に会する聖堂の空気は緊張し賑わっている訳ではないが、見た目は華やかな光景となっていた。

 海賊側のメンバーの中にしっかりソーレがいることにキンバリーは気がついていた。当然だがイサールはソーレに視線を向けることすらせず、バシリオ提督その腹心らしき男と向き合い対話している。

 体格の良いバシリオ提督は、綺麗に整えた豊かな髭に金のアクセサリーをあしらった赤い華やかな色の服を纏い、意外にお洒落な壮年の男だった。豪快な感じはするものの、その言動は丁寧。共に連れてきた男も同様、バシリオ提督ほど華美ではないものの、清潔で整った格好をしている。海賊でありながら、【ボス】やら【頭】ではなく【提督】と呼ばれているところから、それが無法者の一団ではなくそれなりの厳格な組織であることを窺えた。またバシリオ提督は大艦隊を率いている男だけあり、部屋にいる巫に負けない存在感があり、普通の人とは思えない程周りを圧倒させるオーラを持っている。

 ソーレ同様、食えない男のようで、最近世界中で起こっている巫誘拐事件を憂いている言葉を口にしつつ、その同じ口で自分達に優位な交渉を仕掛けてくる。神の教えのもと真面目に生きてきた巫たちは完全に話術で負けている。今回参加している巫が、特に魔と戦う事でその地位を築いてきた者が多いことも、こういう腹の探り合いのある交渉を苦手とすることがあるようだ。そんな曲者相手にただ一人、のんびりとした表情で受けているイサール。

 今回の聖戦に参加し協力してやる代わりにその後の島の地権を求めてきた海賊の言葉に聖戦軍の一同は皆難色を示しそこで話は拗れている。巫の皆がそれぞれ国の代表、それぞれの国の思惑を知っているだけに。その言葉に素直に頷けないのだ。
「まぁ、あなた方の都合も色々あるでしょう。断るのは自由です」
 そう言ってからニヤリとバシリオ提督は笑う。
「しかしその時は、空を飛ぶか泳いで島に行って下さい」
 その海域は彼らのモノである。彼らの意に背くと聖戦軍は戦うどころか、島に到着することすら出来なくなる。隣国から船を出しても同じ事。その船は彼らが拒めば海域にすら入れて貰えない。巫は人を守り魔との戦う存在。それ故に人とは闘えない。そういう意味でも歩が悪い。


フフッ


 部屋の緊張感を壊すような笑い声が響く。イサールの笑い声である。
「なかなか愉快な方々だ。そして頼もしい」
 ニコニコと笑いイサールはそんな事を言う。
「巫と堕人との闘いに参加しようとは、酔狂な」
 そう言葉を続けベルナルドに『ねえ』と声をかける。ベルナルドはやや返答に困っているが、バシリオ提督はイサールを意味ありげな笑みを浮かべ見つめている。イサールという男を、値踏みしているのだろう。

 キンバリーはローレンスが以前、イサールは聖職者ではなく政治家だと評した意味がよく分かった気がした。巫側ではダライの神官長ベルナルドとイサールが中心となって対応しているが、真っ直ぐと本意を伝え、大義を訴えるベルナルドに比べ、イサールは相手の話術にのせられることなく言葉を返す。ローレンスはあえて発言はせずに会話の流れを読みつつ見守っている。しかも他の巫とは違いこのやり取りを楽しんでいるようだ。マグダレンも同じように口を出すこと無くやり取りを見つめているが、真剣に聞き入っているという様子はなく、真面目な顔をしているものの、どこかボンヤリと部屋全体を眺めているだけ。四人きりという事も少なくなった事もあるが、マグダレンは最近めっきり口数が減り、感情も表情に出さなくなったようにキンバリーには見える。逆にローレンスの方がキンバリーに対して話しかける事が多くなった。今まで頑なに語らなかった過去をキンバリーに伝えてくる。その両者の微妙な変化がキンバリーの気持ちを落ち着かなくさせていた。
 ローレンスを主としてきたキンバリーらのグループは気がつけばイサールが率いており、今は聖戦軍までもダライ皇国のベルナルドを差し置いて一番の発言権を持つ存在となっている。自然に、それが当たり前のように。何故四人の中で一番浮世離れしているようにも思える男が、こうも容易くあらゆる集団に受け入れられ中心の存在になるのか? キンバリーにはそこも不思議でたまらない。
「海の闘いにド素人のアンタらが、無謀にもあの島を攻めると言うので見てられなくてね。それに奴らに好き勝手にされるのにも耐えきれなくなってきていたしな」
 イサールは笑みの表情のままバシリオ提督の顔を見つめる。
「我々がするのは彼らの説得や改心ではなく殲滅なのですがね……。
 ところで……今までそれだけの好き勝手を許してきた貴方がたが、今回どう活躍出来ると? 船を動かす以外に」
 のんびりとしたイサールの言葉に部屋の空気が固まる。バシリオ提督は顔に笑みを浮かべているが目にギラリとした光が宿る。
 ダライの神官長であるベルナルドは生真面目な彼らしい表情を海賊らに向ける。
「我々は魔との闘いに、只人である貴方がたを巻き込み、犠牲を出させる事は望んでないだけです。島まで送り届けて貰えば、後は我々が戦う。
 コレは神と魔の戦いなのです」
 巫らしい言葉で真摯に訴えるベルナルドに少し部屋の緊張は緩むが、バシリオ提督は苦笑いといった表情を浮かべている。
「只人ねぇ」
 小さい声でイサールはつぶやき、十数人いる海賊らに視線を巡らせる。
「その割に、各国のお偉いさんはあの島の領有権で揉めているようだが? 我々としては、先ほどおっしゃったようにあの厄介モノをさっさと処理してもらいたいのに、アンタらがここに集うのもこんなに遅くのんびりされているようで、だったらお手伝いも必要かなと思ったのですが」
 巫らが気まずそうな顔をするがイサールはフッとその言葉に笑う。
「それは政治家の机上の戯言。バカバカしく我々も、ほとほと困っている。
 そもそも彼らの話し合いの意味なんてないのに。
 誰かがあの島の領有権だけを主張しても、その周りの海域全てを貴方がたが支配している。そこに囲まれている土地の領有権に何の意味がある? 世界と隔絶して生きていくなら兎も角、国家の利とするべく利用するにはいささか難しい環境。
 貴方が我々聖職者相手にここで無意味な議論して口約束を得ようが得まいが結果変わらないのでは? 無意味な話はもう終わりにしましょう。
 それより、さっさと実務的な話をすすめませんか?」
 バシリオ提督がイサールの言葉に愉快そうに笑い出す。逆に各国の代表の巫は黙り込む。
 いくら鉱山もあり豊かな農耕地をもつ島でも、その恩恵を外に持ち出さなければ意味が無い。巫らも政治家らが話し合っている事の無意味さに今さらのように気が付いたのだろう。
「流石、聖人様。人と人の争い事には興味ないと。勝手にやってくれと言うわけか」
 イサールは笑い肩をすくめる。
「こんな放浪者の口約束。そんな言葉になんの意味が? そんなモノなくても貴方は上手くやれるお方だ」
 どこまでも爽やかにイサールは微笑む。
「綺麗な顔の割にくえねえ男だ。まっ嫌いじゃねぇが……」
 バシリオ提督とイサールは見つめあい微笑みあうが、そこにあまり朗らかな空気はない。
「逆に今彼らが、領有出来それなりに経済活動が出来ているというのも不思議な話で……」
 イサールは目を細め海賊らに視線を向ける。その言葉にバシリオ提督は顔を顰め睨みつける。
「俺たちが、ヤツらの存在を歓迎しているとでも?」
 バシリオ提督は険しい目をイサールに向ける。
「貴方は非常に現実的な方とお見受けする。色々状況を判断しての事でしょうね」
 イサールの言葉にバシリオ提督は大きく息を吐き眉を寄せる。
「あの島を管理しているのは、ジャグエ家だ。元々は我々連盟の一員で、対外的なやり取りをしているのもソイツ。あのバケモンらを味方につけ絶妙なバランスでかじ取りをしていやがる」
 イサールは相槌だけをうち、言葉を促す。
「ジャグエ家の奴らは、今まで一族が培ってきたノウハウに加え、新たなる力で強引に事をすすめ力を増大している、そして儲けたお金の一部を国にも流すことで公的にも色々な特権を得てゴキゲンな状態ってわけだ。
 邪魔してくる存在をねじ伏せ。最悪相手方の誰かを腐人にして放つなんて舐めた真似をしてくる」
 バシリオ提督の忌々しい顔と、周囲の海賊らの表情から堕人を抱え込んだジャグエ家と周囲の海賊らの関係も見えてくる。
 基本、巫と変わらない能力をもつ堕人に単なる人が対抗出来る筈もない。しかも腐人相手になると、戦っている間に味方も腐人となり敵となり襲ってくる最悪な状態である。聞いていた巫も顔を顰める。
「それでやむをえず静観していたと」
 イサールの言葉に海賊らがムッとした顔をして睨んでくる。心外だと言わんばかりの表情である。
「まあ、連盟にいた男。俺たちの、厄介さは理解しているからか、本気でやり合うつもりはないようだ、アイツらの利権を脅かすことさえしなければ、コチラを攻撃しないとしているようだが……アイツは人間として犯してはならない領域に踏み入れてしまった。俺達の手でも決着をつけたい」
 バシリオ提督は顔を上げ、イサールを鋭く見つめる。
「しかし、堕人を相手に貴方がたがどう戦うと」
 ベルナルド神官長の言葉にバリシオ提督はニヤっと笑う。
 次の瞬間に風が起こりテーブルの上に載っていた紙が舞い上がりハラリと舞う。明らかに風の力が働いておこった事に巫は慌てるが、イサールは面白そうに笑っている。力を放ってきたと思われるバシリオ提督に警戒態勢を取ろうとする参加していた巫を仕草で抑える。巫の力が神職者だけに利用されている訳ではないのは知っていたが、まさかその力をつかい海賊のトップに昇りつめている人がいることにキンバリーは驚く。逆に言えば、能力者もいる集団でも島にいる堕人らは抑えられなかったという事になる。その事実の方が、コレから闘いに挑む巫らにとって深刻な現実だった。
「おやおや、もう手の内をこうして晒してくれるとは。心を開いて話しができそうで嬉しいです」
 イサールの言葉にバシリオ提督は不敵に笑う。
「あんたとは、無駄な手順を踏まずにスムーズに話せそうだからな。聖人ってやつは思ったよりも頭が良いし、固くなさそうで面白いようだ。
 心を預ける気まではない。しかし腹を割って話そう。ここで探り合いしあうのも面倒だろ? 時間もない」
 イサールは目を細め楽しそうに笑い頷いた。これでここいる者たちの意志は無事一つの方向に向かったようだ。バシリオ提督はイサールから視線をベルナルド神官長そして周りの巫へと視線をめぐらせる。
「その前に一つ確認したい。俺達は厄介な奴はぶっ潰す、そう単純に生きている。しかしこの戦いで本当に覚悟がいるのはあんたらの方だぞ! 本気でヤツらと闘う気はあるのか?
 何故我々が奴らに手を焼いて、ここまで手こずってきた本当の理由が分かってのことか?」
 ベルナルドは眉を寄せる。敵の規模が思ったよりも大きいというのは理解できている。たがらこそ皆、覚悟を持って挑んでいるだけに、今更何故そんな事を聞かれるのか良く分からなかったようだ。
 赤い眼の堕人との闘いの時の事を思い出し、キンバリーはその理由に気がつく。
「棄教者か……」
 顔を顰め呟いたキンバリーの言葉が思った以上に部屋に響く。その発した言葉に部屋の空気は重くなる。
 生殖能力をもっているとはいえ、十人前後しか生き残っていない筈の彼らが、現状の規模まで力をつけたことは異様であった。そして考えてみたらすぐ分かる事だった。その理由が。

 【棄教者】とキンバリーは控えめな表現で言ったが、現実はそんな優しい話ではない。腐人となる恐怖からかもしれないが神の教えを完全に背き、自らかつての仲間を喰らう魔の存在となる道を選んだ者がいたのだ。それも少なくない人数。ベルナルドの顔は険しくなり、拳を激しく握る。
「愚かな者には、それに相応しい罰を与えるのみ」
 低い怒りに満ちたベルナルド神官長の声が部屋の空気を引き締める。他の者の意見も同じだったのだろう。その言葉に想いを同じくして覚悟を固める表情になる。
「皆様もそこまで想いと覚悟を抱えて挑んで頂けるならいい。安心した。
 じゃ、そちらが求める実務的な話をすることにしましょうか」
 バシリオ提督はその空気に満足したのか、そう言って笑いかけてきた。
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