蒼き流れの中で

白い黒猫

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十三章 ~還る場所~ キンバリーの世界

哀しげな微笑み

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 頬を赤く息も荒い状態でマグダレンはベッドに横たわっている。キンバリーはもう何度目になるか分からない回数、額にのせた濡れた布を取り換える。
 あの日の次の日からマグダレンは高熱に苦しんでいる。
 体調を聞いても相変わらず『大丈夫』、『すぐ治るから』といった事しか言わず、これだけの熱を出していたらかなり苦しいだろうがそういう苦痛を訴える事はまったくしない。その事がよけいにキンバリーには辛かった。ローレンスと交代で看病をするが、身体に異常は認められないので治癒術もかけられない、解熱薬も効かない、ただ水分を摂らせ身体を物理的に冷やさせることしか出来ない。
 不安げに見守るキンバリーに『そんな顔しないで、大丈夫だから』といった言葉をかけてくるのを見ていると、やはり先日の謎の言葉はマグダレン本人だったのでは? とも思えてくる。しかしあの冷静で穏やかすぎる色をもった瞳をするマグダレンの表情は後にも先にもあの時だけだった。

 ブン

 何度目かになるか分からないため息をついた時に、空気が震える音がする。その音のする方向をみるとイサールが立っていた。そしてその近くにあの時の感じた時空の歪みを感じる。消えた時と同じ格好だが近づいてくると近づいてくると、柔らく芳しい香りを感じる。キンバリーも嫌いではない心地よい香りも今は心を癒すことは無い。
「マギーの体調が良くないと聞いて、大丈夫ですか?」
 キンバリーの返事を待たず、イサールはベッドのマグダレンをのぞき込む。そして眉を寄せる。
「貴方何をしたの! 何故マグダはこんなことに!」
 責めるような口調になったキンバリーにイサールは顔を上げる。しかしイサールがなにか施術してマグダレンの体調はおかしくなった。
「俺は何も……あの時のひどく興奮していたから眠らせただけだ。
 それ以外は何もしていない」
 問い詰めるように言葉を続けるキンバリーにイサールは困ったよう笑う。
「ても、貴方がいなくなって、容態がどんどん悪くなった」
「この症状は単に酔いだろ? 見て分かるように気が暴走しているだけだ」
 あっさり穏やかにそう返してくるイサール。その言葉の前半は納得出来ず、後半の意味がキンバリー分からない。更に詳しい事を聞こうとするが、イサールはキンバリーからマグダレンに意識を移してしまう。
「全く貴女は何やってるのか……」
 そう言いながらもマグダレンの額に張り付いた髪を引き離し、そのまま頭を優しく撫でる。マグダレンはその刺激で目を開け、思いっきり顔を顰める。
「私の所為って何故そういう言葉出てくる……今のこの状況が……クッ」
 イサールは溜息をつき、手を額に当て何が治癒と思われる術をかけようとするが、マグダレンが激しくその手を払う。
「不要だ、余計な事するな!」
 マグダレンの拒絶にイサールは驚いたように目を見開く。
「しかし、貴女がそれでは苦しいでしょうに」
 呆れたように言うイサールをマグダレンは睨みつけている。親の仇を見るかのように。
「それが? 耐えていれば治る。これは私のモノだ! お前に奪わせない」
 イサールはマグダレンを治療出来るようだが、ソレをマグダレンが拒否しているは理解出来た。イサールは溜息をつく。そして再び手を伸ばし、頬を撫で後頭部に手を滑らせる。マグダレンは途端に怯えるような表情になる。身体が上手く動かせないようだ。頭を横に振り嫌がるマグダレンにイサールは優しく話しかける。
「大丈夫だ。奪わない。しかしその苦痛にただ耐え続ける事も辛いだろう。眠らせるだけだ。キンバリーに君がそのように苦しみに耐えている姿を見せ続け不安がらせたいのか? 痛みを忘れるくらい深く眠れ」
 そう柔らかく囁きマグダレンに微笑み、イサールは何か術をかけたようだ。マグダレンはそのまま目を瞑り穏やかな眠りに落ちていった。
 ジッと様子を見守っていたキンバリーにイサールは笑いかけてくる。マグダレンを見ると熱の為呼吸は荒いがさっきまでのように痛みに苦しんでいる様子はない。それを確認してからイサールに視線を戻す
「こんな事になっていて大変だったね。君が不安に苛まれている時に側にいてやれなくて悪かった」
 イサールはマグダレンの大事な時に不在だった事だけ謝ってくる。
「貴方が、何かしたからではないの?」
 キンバリーの言葉にイサールは苦笑し、首を横に振る。
「誓って言うよ。今の彼女の状況は俺とは完全に無関係だ」
 真っ直ぐ視線を横に向けて落ち着いた声でいうその言葉に嘘は無いように見える。
「逃げたのではないなら、何処に行っていたの! 理由も言わず、その後連絡もしないで!」
 『逃げた』と我ながら心無い言葉を使った事を認識したが、マグダレンがどうやら助かったようだという事が見えたのと、自分と向き合って話が出来る存在が戻って来た事で、ここ数日抱え込んできら苛立ち、不安、哀しみ、無力感といったモノが爆発してしまい、それをイサールにぶつけてしまう。
「呼ばれ、少し国戻っていた」
  そう答え笑う表情は少し哀しげに見えた。その表情に昂っていた感情が醒めて冷静になる。軽い感じで答えてきたが、単に里帰りしたにしては唐突過ぎる。
「何かあったの?」
 イサールはそう聞くと、哀の色を深めた表情になるがそれを微笑で隠す。
「たいした事はない。軽いイザコザがあっただけだ。その問題にもケリはついた」
 そう呟くように答えフーと息を吐く。
 基本穏やかな人物だけに分かり辛いが、イサールがいつになく沈んでいるのを感じた。
「大丈夫?」
 しかし自分を心配げに見つめてくるキンバリーに気がつき、明るくニコリと笑う。
「怪我しているように見える? 見ての通り元気だよ」
 イサールは笑うが、キンバリーにはいつもの能天気さが欠けているように感じた。
「それで、マギーだけど心配することはないよ。と言っても彼女が苦しい事は変わらないけど」
 話が逸らされた、というか戻されてしまいそれ以上聞くことはできなくなる。
「気の暴走って何?」
 イサールの憂いの表情以上に気になる事を先ず聞くことにする。イサールはその質問に少し考え答えてくれる。
「君も過去に経験ないかな? 自分の中で制御しきれないレベルで気が膨れあがり、身体がついていけなくなった事」
  キンバリーはその言葉にハッとする。そういう経験はあった。身体をまともに動かす事もできないくらい細胞レベルで痛みを感じる、内側から噴き出してくる熱い力で自分が爆発するのではないかと恐怖すら覚えた事が昔あった。その時どうしたのか? マグダレンがずっとその期間抱きしめ自分の気とキンバリーの気交わらせ循環させ続ける事で少しずつ楽になり治っていった。
「アレが今マグダに起こっているという事? アレは何?」
 イサールはウーンと悩む声をあげる。
「所謂成長痛みたいなものと言えば良いかな。一般の成長痛は身体の成長に身体自体が追い付いていかず悲鳴をあげた状態。この暴走も体内で急激に成長なり膨れ上がった気に身体が対応出来ず身体が異常をきたす」
 キンバリーはイサールの言っている事は良く理解は出来た。しかし……。
「マグダの気が何故急に成長したの?」
 その疑問にイサールも考え込む表情を返す。
「気の膨張は成長といった内的要因だけでなく外的なことでもおこりうる。最近彼女の体験した様々なことの何がそれを誘発させる要因があるのだと思うけど……ハッキリとした原因は分からない。そして今彼女は他者による治療ではなく、自分自身の適応力でその膨れ上がった力を受け入れ自分のモノとする事を望んでいる。だから我々はそれを見守るしかない」
 最近、取り憑かれたように修行していたマグダレンを思い出す。それが今回の状況を引き起こしたというのか? キンバリーは考える。
「マギーの事はもう心配はしないで、時間が解決するから。意識障害や、精神破綻まで起こすようなレベルなら強引でも治療するけど、俺に噛み付いてくるくらいの元気もある。彼女なら大丈夫だ」
 ハッキリと断言された事で、安堵からキンバリーの身体から力が抜ける。咄嗟にイサールがその身体を支え、全室のソファーにまで抱えて連れていってくれる。その逞しい身体の温かさか心地よかった。マグダレンの柔らかい母の身体、ローレンスの父親のような大きさをもつ頼もしさとは違ったこの温もりを抵抗もせず受け入れてしまった。最近覚えていた疎外感、不安感といったものが思いの外キンバリーの心に痛みを与えていた。マグダレンとローレンス、二人共キンバリーへの愛情が薄れた理由ではないのは理解している。それぞれ自分の求める未来を見据えて動き出しているだけ。しかしその二人の未来の中で、自分はどういう役割をもつのも見えず、キンバリーはただ静かに二人を見つめそれを見極める為に見つめていることしか出来ない。
 自分でも歩けたが、イサールの逞しい身体の心地よさについされるままになっていた。ソファーにキンバリーを座らせた後、イサールは寝室のドアを閉める事はせず水差しからグラスに水を注ぎ、それをキンバリーに渡す。飲み干しキンバリーは喉が乾いていた事を改めて気が付きその水で癒される。喉だけでなく心も潤ってきたようで、気持ちも落ち着いてくる。チラリと視線を寝室に向けると変わらず眠っているマグダレンの姿を確認し、何も心配はもうないと自分に言い聞かせる。イサールはキンバリーの隣に座ってくる。部屋にソファーが一つしかないからそうして座るしかない。二人で並んでしばらく隣の部屋のマグダレンを見つめ続けた。
「ありがとう」
 空になったグラスを前のテーブルに置いてから、身体を隣のイサールに向けてからキンバリーはそうお礼を言う。イサールは突然のキンバリーの言葉に目を見開く。
「色々と、ありがとう。帰ってきてくれて、そしてマグダレンを助けてくれて。私を安心させてくれて」
 キンバリーの補足の言葉にイサール嬉しそうに笑う。その笑みがあまりにも無邪気なものだったのでキンバリーはその表情から目を離せなくなる。
「マグダレンの事は何もしてあげられてないよ。アレは彼女の戦いだ。何かしようとしたら『余計な事するな!』と怒られる……。それに俺が関るべきではない。
 にしても…………別に感謝されたくて色々と動いたわけではないが……『ありがとう』の言葉って嬉しいものだな。気持ちが温かくなる」
 キンバリーはイサールを見上げる。イサールの笑みがどこか憂いを秘めて見える。
「大丈夫?」
 心配そうに見上げてくるキンバリーにイサールは少し照れたように笑う。
「君と一緒かな? なんかここにきてホッとして気が抜けた。色々あったから」
 その言葉に二人で、顔を見合わせ笑ってしまう。いつもよりイサールが近い存在に思えた。同じように悩み考えている人間なのだと。
「色々って……?」
 見つめ合い続けるのも恥ずかしいので、そう会話を続ける事にする。イサールの笑みが少しひくのを見て、続けるべき言葉を間違えたのを察する。イサールは首を傾げてから視線を隣の部屋に眠るマグダレンに戻し目を細めた。
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