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十三章 ~還る場所~ キンバリーの世界
護り手たち
しおりを挟む「クッ」
背後でマグダレンの苦痛に満ちたうめき声が聞こえ、キンバリーは我に返り部屋へと戻る。身体を捩らせてマグダレンがもがき苦しんでいる。
「マグダ!」
意識を取り戻した訳ではなく、目を閉じたまま苦しみの声を上げるマグダレンをキンバリーは強く抱きしめる。同時に気を交わらせマグダレンの体内を探るが、身体の何処かに異常とかいったものも感じない。しかし痛みに苦しむかのように身体を捩じるマグダレンに、キンバリーはその名を呼び意識を取り戻させようとする。状況が分からないだけにマグダレン自身から聞く必要があるからだ。覚醒を促すようにマグダレンの身体を抱えながらその名を呼び続ける。
背後で部屋のドアが開く音がして、ローレンスが近づいてくる気配を感じキンバリーは少しだけ安堵する。
ローレンスはマグダレンを抱き上げ、寝室のベッドに連れていく。手を翳しキンバリー同様マグダレンに苦痛を与えている原因を探っているようだ。
「身体にコレといった異常を感じないの。ラリーには分かる?」
ローレンスも悩んだ顔をしているので、キンバリーは自分が見た範囲での経緯を話すことにする。しかしマグダレンがイサールと共にどこかに行こうとしていたという事は話せなかった。話がややこしくなりそうだから。
「…リー」
マグダレンの小さな声が響き視線を向けるとマグダレンの潤み怯えたような翠の瞳がローレンスへと向けられている。マグダレンの手が先ほどイサールにしていたように縋るようにローレンスの腕を掴んでくる。それが痛かった訳ではないだろうが、ローレンスは顔を顰める。
意識を取り戻して理性が働いているからか、顔に脂汗を流しながらもマグダレンは震え痛みに耐えているようだ。
「マグダ! 大丈夫? 何処が痛いの?」
そう声かけるがマグダレンの視線はローレンスから離れない。二人が心話で会話しているのを察する。何故ここに三人しかいないのに、二人は心話で話すのか? キンバリーもマグダレンに触りさえしたら、その会話を盗み聞く事が出来る。しかしキンバリーには怖くて二人の身体に触れなかった。
ガッ
マグダレンが翠の目が突然見開き、その身体を仰け反らせる。
「マグダ!」
ローレンスとキンバリーが同時に叫ぶ前で、身体を強張らせたまま震わせている。キンバリーはその身体を思わず抱きしめる。ローレンスの大きな身体がキンバリーごと二人を抱きしめる。痙攣するように震える身体を必死に止めようと強く抱きしめているうちにマグダレンの震えも治まってくる。突然身体は弛緩して身体の重さを取り戻す。痙攣が止まった事にホッとしたものの、マグダレンを抱きしめる力を緩めることができなかった。離すと何処かにそのまま行ってしまいそうで怖かった。
『……う大丈夫だから』
「え?」
聞こえてきた言葉に思わずキンバリーは声をあげる。マグダレンを見ると気を失っているのか目を閉じていている。
「キンバリー? どうした」
ローレンスの声も聞こえる。先程聞こえた声はローレンスの言葉でもはなかったようだ。
『……泣かないで……』
聞こえてくる声がどこからするのか分からずキンバリーは部屋を見渡す。心配している誰かを宥めるような優しい声がまた聞こえる。誰が誰にかけた言葉なのか? キンバリーに対しての言葉ではないようだ。そもそもキンバリーは泣いてはいない。
「キンバリー、何を気にしている?」
ローレンスの質問にキンバリーはどう応えるか悩む。ローレンスにはこの声が聞こえていないようだ。それにローレンスの声とは明らかに違う響きでキンバリーに伝わってきている。心話か? とも思うがそれだとマグダレンの身体に接しているローレンスにも聞こえる筈である。
「ラリーには聞こえないの? この声」
ローレンスは怪訝そうな表情をして少し身体を離し周りを見渡す。キンバリーはマグダレンを抱きしめたまま周囲に視線を巡らせるが、その声を発した存在は感じられなかった。そしてマグダレンに視線を向けると翠の目は開けられていていた。ジッとその瞳はぼんやりと周りを見渡す。
「マグダ! 大丈夫?」
マグダレンの瞳はキンバリーを見て止まりその姿を映しゆっくりと見開かれるが、すぐに愛し気に細められる。
『……って……』
先ほど聞こえていた声がマグダレンの口から聞こえてくる。マグダレンとは異なる声。微かな声だったので、その言葉はキンバリーには正確には届かなかったが親愛の想いは通じた。
「……-!」
ローレンスがマグダレンに向かって異なる誰かの名前を叫ぶ。
しかしその名前よりもキンバリーはその自分を見つめる瞳から目を離せなくなる。懐かしいが初めて感じるその表情に。同時に今腕の中にいるのはマグダレンではない事にも気がつく。状況についていけず、そのマグダレンではない人物と見つめ合うことしか出来ない。
キンバリーがその人物の言葉に応える前に、そしてローレンスの呼びかけにその人物が応える前にその瞳は閉じその相手の気配は消える。
しばらく待っても、その瞳が再び開けられる気配はない。キンバリーはそっとマグダレンの身体をベッドにおろす。ローレンスに謎すぎる状況が何なのか聞こうとするが、ローレンスはキンバリーの存在を忘れたように横たわるマグダレンを愛しげに見つめたまま動かない。ローレンスは手を伸ばし優しくマグダレンの頭を撫でる。何かの儀式のようにマグダレンを敬うようにその頬を身体を撫でながらただ見つめているローレンスの邪魔をすることが躊躇われキンバリーはそっと離れ、壁際にある椅子に腰かけその様子を見守る。マグダレンの呼吸は落ち着いていて、身体そのものの異常は感じられない。その事だけで安心して良いのかもキンバリーには分からない。ローレンスはすっかり自分の世界に入ってしまい相談することも出来ない。早くマグダレンが目を覚まし自分の名を呼んでくれる。その事をただ待つしか出来なかった。
一刻程してマグダレンは目を覚ました。意識のある表情でそれがマグダレンと認識出来たことにもキンバリーは安堵する。ローレンスは何か言いたげにな表情をしていたが何も聞かなかった。まだ体調は良くないようで、そのままベッドで眠る事にしたようだ。何処が痛いとか、苦しいとかは一切言わずただ、『もう、大丈夫』『心配しないて』とあの時聞こえた言葉に似た言葉を繰り返すだけ。熱はあるようだが痛みも和らいで来た様子なので、安静に過ごしてもらう事にした。
※ ※ ※
ローレンスは何度目か分からない寝返りを打ち大きく息を吐く。神殿で各人に与えられた部屋で床についていたにだが、感情が高ぶって眠れない。歓びなのか怒りなのか戸惑いなのか? 全ての感情が滾り落ち着く事が出来ない。誰よりも大切で愛しい存在が、自分の手に届く所に帰ってきた歓びと、それが一瞬でしかなかった事の哀しみ。その身に何かがあったらしいという事への不安。それらの感情が渦巻き眠れない。
【ローレンス殿、起きていらっしゃいますか?】
複雑な感情を持て余していると、イサールからの心話が届く。
【何があった?】
今のローレンスには、悠長に挨拶している心の余裕はなかった。
【ちょっとイレギュラーな出来事がありましたが無事解決しました。貴方が危惧される事態は回避出来た事だけをお伝えしようかと】
ノンビリとした様子のイサールの声が響く。
【だから、何があった?】
ローレンスのいつに無く怒気を孕んだ言葉にイサールが驚く感情が伝わって来るが、ローレンスは感情を抑える事は出来なかった。
【説明しろ! 何があった!】
イサールが珍しく黙り込む。今のローレンスには一切誤魔化しが効かない事を察したのだろう簡単だが状況を説明してくる。しかしその事がローレンスの感情を落ち着かせる事にはならず、更に怒りが深まるだけだった。
【お前らはいつもそうか?】
【いつも?】
ローレンスの言葉の意味が分からないという感じでイサールが聞いてくる。
【救う、助けるといい、いつもコレだ!】
過去の血みどろの光景が蘇り、ローレンスの身体は怒りで震えてくる。
【……逆に聞いていいですか? 貴方がたと我々の契約って何なのでしょうか? 俺はそちらの契約に一切関わっていないので詳細まで分からないが……貴方がたが求めた事を我々が了承しそれで果たされている状態だと認識していた。保護までその契約に入っていたのでしょうか?】
ローレンスはその言葉に逆に黙り込む。契約にはそういった要項は一切なく必要最低限の内容のみ記されている。ただ自分が果たせなかった事の八つ当たりをしたに過ぎない。ローレンスが弱かったから止められなかっただけで、他者を責める事は間違えている。
【とはいえ、貴方がたを危険に晒す事態は全く望んでない。俺も腸煮えくり返る程ムカついているし、やり切れない気持ちを抱えている】
イサールの言葉の裏に抑えている怒り悔やみといった強い感情を感じ、ローレンスは大人げなく感情的になった自分に反省する。イサールには感謝すべきで、怒りをぶつける相手ではない。
【自分は万能ではない。そんな事は理解していても、こういう愚かで馬鹿々々しい事を目の当たりにするとどうしようもなく空しくなってくる……】
【イサール殿、申し訳なかった】
ローレンスは謝る。
【……ローレンス殿、三年程時間を下さい】
その謝罪を受け入れる事もせず、唐突に話題を変えたイサールに、ローレンスは思わず聞き返す。
【三年? 何の為の年月として?】
ローレンスの質問に、しばらく沈黙が降りる。
【厄介者を綺麗サッパリ排除するのに……】
言葉の奥に恐怖すら覚える熱く激しい怒りを感じ、ローレンスは身体が震える。その怒りは自分達に対してではないのは分かるが、イサールは本気で怒らせたらかなり恐ろしい存在であるとローレンスは改めて認識する。
【ま、その前にあの堕人の件を片づけますか】
気を取り直したのか、そう明るく言ってくるイサールにローレンスは肯定の意志を返すしかなかった。そちらもローレンスが果たさねばならない仕事。ローレンスは静かに大きく深呼吸する。愚かな感情に委ねている暇などない。さっさとこの件を終わらせ、自分の手で護るべき者を護らねばならない。瞳を閉じてからゆっくり目を開ける。そして正面をしっかりと見つめた。今度は間違えないと自分で護るのだと誓う。
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