蒼き流れの中で

白い黒猫

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十三章 ~還る場所~ キンバリーの世界

均衡の世界

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 街の中央にある神殿の一室でキンバリーらはダライ皇国の神官長ベルナルドを交えて会議をしていた。流石に粗末な宿屋で神官長を交えての会合が出来るわけもないことと、聖女と聖人にそんな宿屋で過ごさせる訳もないと領主の館に滞在する部屋を用意させようとしたベルナルドの意見の間をとった結果、三人の滞在場所も宿屋から神殿へと移させられていた。
 ベルナルドは前にマグダレンとイサールと共に監獄で大量発生した腐人退治を共に行った人物で、神官の中でも武闘派で魔との戦闘を主に担当している人物だという。黒い長い髪に黒い目の壮年の男性で、武人らしい引き締まって逞しい身体に精悍な顔立ち人物だった。周りのパラディンの敬意の篭った態度からも彼の為人がキンバリーには分かる。低いがよく通る張りのある声で語られるその言葉には強く熱い正義感と真面目な性格が現れていた。ゼブロで人間性を疑う巫しか見ることが出来なかった事もあり、こうまでも全うな巫の指導者の様子に感動すら覚えてしまっていた。彼らと比べる方が失礼なのかもしれないが、それだけゼプロのトップが酷すぎたと言うべきだろう。
 彼らの調査で怪しい石を使う堕人の拠点が判明したようだ。テーブルについているのは、ローレンス、マグダレン、イサール、キンバリー、ベルナルドとこの国の枢機卿の六人、ダライのパラディンやビエルの司祭らはその後ろに立ち意見を求められた時や情報に補足がある時のみ言葉を挟んでいる。そして神官長と枢機卿どちらの地位が上に当たるかはキンバリーには不明だったが、どうやらこの中では自分達四人が最も上位で、国力の差もありダライの一団のほうに発言力があり、ビエルの一団は大人しく会話を受けるという形で話は進行していた。
  堕人の拠点は予めイサールのもたらしてきた情報と同じであったことから驚きはなかった。その場所が大陸の南方の国メサリスにある島と判明した。もともと海賊が多い地方で、その島ら昔ある有名な海賊が根城にしたことで発展した島のようだ。商業都市というより砦。メサリスは封建制国家の為、各領主が納税の責を果たし権力を安定できるたけの治安維持能力さえあれば自治を認められ自由に采配をふるえる。昔から利を生み出す存在であれば海賊であろうと盗賊であろうと力ある者が自治権を握る事が可能となっているという。そしてあの堕人は海賊や盗賊らを配下に海側の防衛を担っているという。それと同時に人身売買など裏の仕事で懐を潤わせその力を強めている。
「堕人が領地を持ち政治を行うなんて世も末だな」
 マグダレンの呆れた言葉にベルナルドは困ったように笑う。
「人より強き能力を持ち、しかも人としての思考能力は残っている。そうなると権力を掴みにくるという流れは今までも無くはないですから。人間に偽装するのは得意ですし、権力をもつ方が人を動かすことも出来彼らの糧となる巫を狩りやすくなる。弱い能力の巫の妻を数人娶り喰らい続けたギリアード卿とかもいたことですし」
 マグダレンはその言葉に顔を顰める。流石に表だって堂々と行動している訳ではないが権力者に擦り寄り裏の仕事を請負う事で保護されている堕人もかなりいるという。普通の人間は彼らの餌になり得ないだけに、巫とその存在への感覚も変わらないのかもしれない。巫でも傭兵となっている者もいるので、その見分けも難しいだろう。ダライのように神殿が機能し強い国では難しいようだが、そういう事も多いという。とはいえ魔の者は正体がバレたら駆除される。【悪魔の遣い】【災いをもたらす者】【忌むべき存在】それが彼らの一般の認識だからだ。
「領主となると、駆除も厄介なのでは? 彼らはこの国においてはなかなか悪くない存在のようだし」
 ローレンスの言葉にベルナルドは頷く。
「そこはそう言った政治的駆け引きを得意とする者がおりますので、今水面下で討議中です。しかし話を通した分コチラの動きを悟られるということ。しかも相手は海に囲まれている。奇襲は難しいでしょう」
  魔の者を取り立てる、政治に利用するといった事が世界的に公となると国家として非常に危険な状況に追い込まれる。それを知り放置したとなり神に背いたとされ世界の敵とされる。流石にメサリスもそういう事態は避けたい所なようだ。ダライ側もメサリスが言い逃れ出来ないだけの情報を突き付けて交渉を行っているという事だろう。
  そういった動きも巫がそれだけ上手く人に擦り寄りかつ、腐人や堕人といった魔の者を共通の敵の存在として利用し、それを倒せるのは巫のみという立場を手に入れた図式がキンバリーにも見えてくる。だからこそ、今回の件は何として巫の力で解決しないといけない。巫の手でも倒せない魔物などいてはならないのだ。
 イサールは『なるほど』と言いながら顎に手をやり何が考えているようだ。魔物狩りしかした事のないキンバリーは政治の絡む都市での戦い方が分からないからそのやり取りを聞いているだけになっている。聞きながらテーブルの上の地図を見つめるキンバリーの耳に、ベルナルドらによる民衆に対して堕人が巫ではなく人間に対して行わっている非道な行為の数々を流し危機感を煽っているという話が入ってくる。公人となった存在を堂々と攻撃する大義名分を手に入れる為にそれだけの根回しも必要なのだろう。しかし、それは同時に失敗が許されないという事になる。
 キンバリーはテーブルの上の地図の青い部分に目をやり、その広さに驚いていた。大陸の南方を示している地図なのだがその大半が海という部分となり、そこに島と呼ばれる大陸が点在し、北の方に今キンバリーらがいる大陸がある。地図の上で大陸の変わらぬサイズの広さが水とはどういう光景なのか? その果てしない大きさに呆然とする。そんな所にいる相手を、どう攻めろというのか? しかも堕人のいる島はかなり大きく、島内での長い移動も必要となる。しかも彼らがいるとされる居城は断崖絶壁の上にあるという。上陸しやすい港側からだと都市がありそこには一般市民も生活しており、彼らを巻き込む事は避けたい。
 偽装して都市に入り込み島の上で部隊を整え居城を攻める必要があるが、島で馬等を整調達も難しくかといって繊細な馬を船で運ぶのも大変である。しかも相手はあの石を使ってくるとなるとこちらは巫だけに、厄介である。
「囚われている巫もいるでしょうから、彼らの安全も考えねばならないでしょう。もう少し詳しい事を調べる必要もありますね」
 イサールの言葉にベルナルドの背後にいたパラディンが前に出て紙を広げる。
「かなり古いものとなりますが、コチラがあの島の居城の見取り図。あとコチラは旧鉱山の見取り図です。憶測になりますがコチラは元々金発掘作業を罪人にさせてきた事もあり監獄であった所。それなりの人数を収監するには適しているかと」
 その二つの地図を見つめローレンスはジッと見つめる。
「鉱山か……セイレイ石もそこで」
「その可能性は高いですね。実際金鉱床からセイレイ石が出てくるという事も多いですしね」
 同じ事を考えていたからだろうイサールはそう受ける。イサールとは違いベルナルドはハッとした顔をして素直に感心した顔を見せてから悩む顔をする。その様子を見てベルナルドの青さというのもキンバリーは感じる。真っ直ぐな気質、己の職務への使命感そういったものは好ましいが、こうしてローレンスやイサールと並ぶと未熟さ感じる。それはベルナルドが半人前であるというのではなくむしろ優秀な男。ここでの会話を聞き戸惑い検討違いな発言しか出来ていないビエルの神職者に比べればそれも明らかで、話術も巧みで言葉にも説得力があり他者を引き付けるカリスマもある。ローレンスやイサールと共にいると二人の方があらゆる事への察しが早く話題を早く展開させていくので劣って見えてしまうだけだろう。その事にベルナルド自身も気が付いているようだ。その事を不快に思うのではなく、二人に更に敬意の念を示し学ぼうという姿勢を見せる所が、彼の質の良さだとキンバリーは感じた。
「あの石の対策も悩ましい所ですね」
 キンバリーはヤツらがどの段階からあの石を使ってくるかというのを、様々想定しつつ考える。個々で上陸している段階で狙われるのも困った問題であるし、城塞に篭もり矢で攻撃してこられても被害をどの程度抑えられるものか読めない。
「結界が効きにくいという話ですし、風の能力でどの程度逸らす事が出来るのか……」
 そうつぶやくベルナルドの言葉にマグダレンはチラリと視線をイサールに向けるのをキンバリーは気がつく。能力がいくら高いとはいえ矢の雨全てを動かす程の力がイサールにはあるのだろうか? とも考える。イサールはマグダレンの視線、キンバリーの目の動きには気付いたと思うが、イサールは考えこんだまま黙っている。
「ベントゥスの巫も自分に向かってくる矢を逸らすくらいは出来るが、隊全体を矢から守るというのは現実的な案とはいえないな。大きな戦力ともなるかベントゥスの者を盾でとられるというのも戦略的にも苦しい。矢の対策として原点に戻って盾や鎧の利用も考えた方が良いだろう」
 その言葉に、ベルナルドやパラディンは渋い顔をする。巫は結界をもつことで、機動力の下がる鎧や盾などいった装備をつけて戦う事はない。また剣はもつものの、身体一つで闘うことを誇りとしている者も多い。
「あの石は体内に入る事で効果を発するという認識でいいのでしょう? 傷を受けただけでは、巫には影響ないものなのでしょうか?」
 キンバリーは素朴な疑問を口にすると、ベルナルドは頷き肯定する。となるとやはり不便でも防具を付けるのは仕方がないとも思える。キンバリーの頭にある案が浮かぶが、イサールとローレンスがそれに気づいていない訳もなく、それでかつ黙っているという事からここでは言わない方が良いと判断し黙る。
 風の封力石を防具に着け風を身体に纏わせれば身体に刺さる危険性は下がる筈。しかし結界石は一般的なものだが、封力石は里特有の技術である。便利な技術を公開し広めるというのは素晴らしい事のように思えるが、それは同時に危険の拡散にも繋がる。使い方によっては誰でも使える武器ともなりえるからだ。
「その件への対応について幾つかの考えている事はありますが、もう少し共に検討しましょう。
 使わせなくするのが一番なのですが」
 イサールにしては珍しく、ぼやけた意見を口にする。そして視線をローレンスやマグダレンに向けて何かの意思確認をしているようだ。『幾つか』といった言葉、そしてそれを二人が察している事実に、キンバリーは自分の未熟さを感じる。
 様々な事が未確定のまま発展しないまま、会議は終了する。
 ダライの一行は、今回の件で各国の巫も共闘するという事でその調整があるようで去っていく。そのまま神殿にて用意された部屋でお茶を四人で飲みキンバリーはフーと息を吐く。
「共闘というのは、心強いようで色々面倒臭いですね」
 イサールはノンビリとそんな言葉を言ってくる。
「それぞれの立場と面子というのもあるしな」
 イサールの言葉にマグダレンは顔を顰めそう受ける。ローレンスは何も答えず考え込んでいるようだ。
「どうします? 封力石はそこまでの能力がなくても取り入れやすく応用の範囲が広いことを考えると、ここで使うべきではないでしょうね」
 黙り込んでいるローレンスにイサールはそう声をかけてくる。
「印章はそれ以上に公開できる技術ではない」
 イサールは肩を竦める。
「まあ、アレが何か察するだけの能力をもつものはコチラの世界にはいない。神の加護だと言ってその期間だけ施す事も出来ますが。ますます私達を神格化させてしまうような事は、お二人は嫌そうですよね。私もそれは面倒なのでどうしたものかと思っているのですが」
 以前ゼブロの王族にかけた技だとしか聞いてなかったキンバリーは、改めて印章について様々な疑問が浮かぶ。
「そもそも印章って何なの?」
 イサールは首を傾げるようにキンバリーを見つめる。そしてスッと手を伸ばし壁に向かって何かを放つ。壁に円形の不思議な光の筋で描かれた文様が浮かびあがる。キンバリーはそっと近づいてそれを見つめる。壁に描かれているというより気がその文様の形に形成されているようだ。文字と図形の組み合わせのようだが、その象形文字のような言葉で描かれており意味は分からない。
「貴方には見えますよね。貴方の気をそれに注いで見てください。治癒術をする要領で」
 言われたとおりそっと手をかざし力注ぐとその文様が輝きだす。その光の美しさにキンバリーは思わず感嘆の声をあげる。同時にこの事に驚いたのが自分だけという事が不思議になる。
「灯の印章です。一番分かり易いので」
 そう言ってからイサールはキンバリーに柔らかく笑いかけてくる。他の二人を見ると、壁の印章にも興味はあまりなさそうにそのやり取りを聞いているだけだった。
「このように文様そのものに意味を持たせ、それを任意の所に刻み付ける。それが印章という技術です」
 二人から質問がないので、キンバリーがするしかない。
「つまりこの文様を作り出す事が出来たら、誰でもこれは出来る技術なの?」
 イサールは、手を払うかのような仕草で壁の印章を解除する。
「誰でも、という訳ではないですね。これを維持し固定するにはある一定以上の能力の高さと、力を細やかに使いこなせるだけの技術が必要です。元々持つ属性によって出来る物と出来ない物も出てきます。鍵、封印といったものはどの属性の者も出来ますが、コチラはルークスの能力を持っていないと意味をなさない。でもまあコツさえつかめれば貴方は作れますね。それにキミ―なら印章の技術を使いこなせるでしょう。もしご興味があればいくらでもお教えします」
 そう言ってから、イサールは目を細めキンバリーを見つめてくる。キンバリーの好奇心は堪らなく擽られるが、同時にある事が気にかかる。
「……その技術って、確か秘術ですよね? 何故それを教えてくれるの?」
 キンバリーの素朴な質問に、何故かイサールは不思議そうな顔を返してくる。その様子を見てマグダレンは嫌味っぽく笑う。
「理由は簡単だ。つまり我々がこの技術を使ったとしても、コイツらには何の脅威もない。意に沿わない形で利用しようとした時は存在ごとぶっ潰せばいい」
 マグダレンの言葉にイサールは眉を寄せる。
「技術・情報の共有。それを貴方がたへの信頼だと思って頂けないのですか?」
 ローレンスはマグダレンを諫めるわけでもなくやり取りを聞いているだけである。
「信頼ね、私らがお前の支配下にあるから安心しきっているそれだけだろ」
 イサールは哀し気な顔でマグダレンを見つめて、そのキツイ眼つきに大きく溜息をついた。しばらく二人はそのまま見詰めあっていたが、目を逸らしたのはマグダレンだった。
「頭冷やしてくる」
 そう短い言葉だけ残してマグダレンは部屋から出て行ってしまった。
「なんか申し訳ありません。彼女とは腹を割って正面から向き合っているつもりなのですが、全ての言動が邪推される」
 ローレンスはイサールの言葉に苦笑する。
「女心は複雑だからな。特にアイツは」
 その会話を聞きながら、この二人の拗れ方は女心とか性別とかの問題なのだろうか? キンバリーは思う。それに今回に限り、マグダレンの言うこともあながち的外れではないようにもキンバリーには思える。秘術というのは信頼とか言うだけの問題ではない筈である。しかもイサール実はそんなに甘い人物ではないのに自分達にこういった事を晒してきたことの意味は思った以上に重いと感じる。そして二人はそういった事をコチラに見せてきたという事実を喜んでいるかどうかは別として受け入れている。
「まあ、マグダが貴方を気に喰わないと思っている感情は本物で本気の感情だろうが……」
 ローレンスの言葉にイサールは唇をヒクリと動かす。あまりにも容赦ない言葉を返せなかったのだろう。
「しかし、随分貴方に心を開いているんだな。そして甘えている」
 イサールはそのローレンスの言葉に目を見開くが、キンバリーはどこかその内容に納得している。いや、マグダレンだけでなく、ローレンス自身もそうだ。イサールという存在をしっかり受け入れてしまっている。そしてあの秘術も既に二人には真新しいモノですらない。だから見せつけられても驚きも感動もしなかった。
「アイツは、どうでも良い相手には心を晒さないし、甘えない。
 本当に気に入らない相手はただ攻撃するだけだ。相手に想いや感情を見せないしぶつけない」
 イサールはローレンスの言葉に困ったように黙り込み、大きく溜息をつく。
「心を開くなら、もっと無邪気な感情を見せて欲しいし、甘えるならもっと可愛く甘えて欲しいですが」
 そのイサールの言葉にローレンスは笑ったが、キンバリーは仲良く大人な会話する二人をボンヤリと眺めていた。
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