蒼き流れの中で

白い黒猫

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十二章 ~母と子と~ カロルの世界

何も出来ない

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 カロルが転移された先では案の定シルワが待っていた。
「まったく、最近やっと真っ当になったと思っていたのに。何考えているのですか。后を拉致とは」
 最近はあまり見ずに済んでいた冷酷な笑みを浮かべシルワがカロルを見下ろしていた。しかも拉致とは話が大きくなっている。
「違う! 子育てで大変なフラムモーを少しの間だけ解放したかったんだ。散歩に誘っただけだ」
 シルワはハァと溜息をつく。
「貴方が善意から連れ出したというのは理解しています。また他人にそういう事をしようとするように成長した事は認めますよ。
 ただ貴方のやり方は、余りにも短絡的で横暴」
 横暴と言われた事に反論したかったが、結果フラムモーをあのような状態にしてしまっただけに何も言い返せなかった。
「それに貴方が行った事の結果、フラムモー后は体調を崩した。その事からも褒められる要素なんて一つもないのは理解出来るでしょうに」
 そう言われてしまうと言い訳も一切きかないのは、カロルにも分かる。
「フラムモーは?」
 シルワは、不安げに聞くカロルに眉を寄せまた大きく溜息をつく。
「介抱した者の対処も良かったのでしょうね。ショック状態から立ち直り自分の足で離宮に向かっています」
 その言葉にカロルは少しホッとはした。しかし気に食わないやつの手柄を増やした事が悔しい。
「貴方には一週間の謹慎を命じます。その間毎日今回の件の事件の概要・反省点・問題点。貴方の愚かさといったテーマで纏めたレポートを書いて下さい。あと后に合う事を禁止します。あの子もやっと悲しい過去から立ち直り前向きに生きようとしていたというのに……」
 その言葉にカロルも傷つく。逆の想いからだった。哀しい過去から守りたかっただけで傷つけるつもりはない。
 何も答えらないカロルは保安隊の手からそのまま下げさせられ牢へと放り込まれてしまった。完全にファルクタースを封じられてしまう部屋ではフラムモーに心話を飛ばして謝る事も連絡とることも出来ない。カロルは大きく声と息を吐いて床に座り込んだ。

 二日程経った時に、牢にマレが訪れる。その事に一瞬喜ぶが、マレのカロルに対する失望の色を帯びた目に感じたのは恐怖だった。呆れられてマレに見捨てられるのではないかと……。
「マレ、俺は……フラムモーを救いたかったんだ……」
 言い訳の言葉も尻すぼみになっていく。
「救う? 貴方にとってそれはどういう意味なのですか? ああいう事をする事でどう救うつもりだったのですか?
 貴方のここ二日のレポートも読ませて頂きましたが、そこが理解出来なかったので、ここに来ました」
 カロルとしては本気で反省し取り組み書いたつもりの想いを全否定され言葉を返せなくなる。
「俺は……フラムモーに本気で……」
 マレの冷淡な目に、カロルは言葉が続けられない。
「貴方のレポートを読んだ正直な感想を言わせて貰って良いですか?」
 許可を求める言葉のようで、これは宣言だった。カロルは黙って頷くしか出来ない。
「貴方の行動起点は常に自分です。人への想いを理由にあげていますが、いつも自分の為に動いている。
 以前パーウォーへの行為もそう、貴方が寂しい思いをするのが嫌だからその死を嫌がり治癒術をかけた。
 そして今回の事もフラムモーを一人占めしたくて連れ出した。フラムモーに喜んでもらう為ではなくて」
「違う! 俺は……」
 思わずそうカロルは叫ぶが、それ以上反論はできなかった。改めて言われるとそれが図星だったから。
「貴方にとって、友とは何なのですか?」
 落ち込んだ様子のカロルにマレは少し言葉を和らげて聞いてくる。しかしその質問は難しい。
「俺を温かく幸せにしてくれるそんな存在。そして大事な……」
 マレは困ったように笑う。
「そうですね。でも相手にとっても貴方がそういう存在でなければ友情は成立しませんよ」
 マレのいう事はもっともである。そして思い返す、パーウォーはカロルに懐いていつも楽しそうだったし、フラムモーもカロルとお話して楽しそうではあった。
「また、自分にとって都合の良い所だけを相手に求めるというのも、それは友情とはいえない。カロルが楽しむだけの相手そんな存在を友達として求めているのですか?」
 カロルは違うと言いたいが、そうはいえなかった。自分を置いて死にかかっているパーウォーが許せなかったし、自分の前なのに他の事に気を取られたり哀しそうな顔をされたりするが嫌だった。
「そんな状況だと一生友達を作れませんよ。
友達の全てを理解しろとか、受け入れろというのは誰だって無理です。でも相手の哀しみや傷みに寄り沿った上で笑い合うのが友達ですよね?」
 柔らかいマレの言葉を聞きながら、今までのあまりにも自己中心的で我儘な自分が恥ずかしくなってくる。
 黙り込んだカロルをマレは優しくなでる。
「カロル、人に何かを求める前に、まず相手を見て相手を知り愛することから始めなさい。周りにいる人を見てごらん。しっかり見れば新しい事も見えてきますから」
 マレの言葉にカロルは静かに頷く。フラムモーに合って謝りたい事を求めるがマレにやんわりと断られてしまった。今回の勝手すぎる行動をシルワは問題視し当面の面会を禁じたからのようだ。
 マレが去り、カロルは一人で色々考える。人と向き合えと言われたがここにいる間はそれも出来ない。だから様々な人の事を頭で思い浮かべる。
 大好きなマレの事を一番多く考える。優しい笑みを向けてくれる表情、カロルを叱っている表情、父の横で少し怒った様子のマレ、そして寂し気遠くを見つめる姿。一番好きなのはマレの微笑み。しかし改めて考えるとそれはマレの一部であることが分かる。仕事を真剣な表情でしている姿、カロルを叱っている姿、どんなマレもマレで、カロルの大好き存在。でも実は一部しか知らない。何故過去に罪を犯したのか? 何故時々遠くを切なげに見つめるのか? きっとそう言った事をすべて知ればもっと好きになっていくのだろう。カロルはそう思う。相手を理解し受け入れるとはそういうことだ。父親とマレのように。カロルは牢の中で大きく深呼吸をする。もう子供ではないのだから、気儘に過ごすのではなく、人と向き合い自分のすべき事を見つけていかなければならない。頑張る姿を見せる事でマレからの信頼を取り戻さねばならない。ここを出てからの自分のとるべき行動を考え決意を固める。

 牢を出て一番にしたかったことは、自分の考えなしの行動で傷つけたフラムモーに謝りたいという事だ。しかし離宮への道はカロルには鎖されていて逢いに行く事は叶わない。そこで手紙を書く事にした。
 そしてそれを誰に託すか悩む。シルワは論外として、マレかトゥルボーとなるが、トゥルボーは最近殆ど宮殿にはおらず、マレは一人でいる事がないのでコッソリと手紙を渡すのが難しい。そこで一人自由に離宮に出入りを許されている人間がいることに気が付いた。
 マレの元で働いているテラの力をもつアミークス。マレにも可愛がれ、シルワに目をかけられていて、最近イービスとも仲良くということもありカロルとしては出来たら頼み事なんてしたい存在ではない。しかも以前一度殺そうとまでしてしまっている。しかし背に腹は変えられず、研究所の廊下を一人で歩くそのアミークスを見つけ声をかける。するとそのアミークスはギョッとした顔をしてカロルに警戒した表情を返してくる。
「実はお前にやってもらいたい事がある」
 カロルの言葉にますます緊張し警戒するアミークス。
「……どのような事でしょうか?」
 翠の眼がジッとカロルを見つめてくる。
「……手紙を渡して欲しい……フラムモーに」
「お断りします」
 かなり覚悟と緊張をもってカロルが頼んだのに、ムカつく程アッサリと相手は拒否してくる。こみ上げてくる怒りを我慢してカロルは深呼吸する。
「お前の意志など関係ない、渡せ」
「嫌です。貴方にこれ以上フラムモーを傷つけられたくありませんので」
 アミークスは冷静な口調でそんな言葉を返してくる。
「違う! 傷つける為ではなく謝りたいだけだ! 本当は直にあってキチンと謝罪したいが、今の状況だとそれも出来ない。だからこういう形でも俺が悪かったと思っている事を伝えたいんだ」
 フ~とアミークスは溜息をつく。
「そうして、貴方は謝罪に対する許しを引きだし安心したいだけですか? それで今まで行ったことをチャラにしたいと」
 思わぬ反撃にカロルは絶句する。謝って許して欲しい、それは当たり前の感情だが、ただそれだけでは何も解決していない事にも気が付く。
「……いや、傷つけた過去はそれでも変わらないし、無かった事にはならないと思う。ただ申し訳ないという行き場のない気持ちを伝える事がそんなに悪い事か?」
 アミークスは目を見開きカロルを見る。
「いえ、そういう気持ちは理解できます。でも私としては、今は下手に彼女を掻き乱す事せずにソッとしてもらいたいです。彼女を本当に想うなら」
 そう言われてしまうとカロルには何も出来ない。しかしこの焦りと怒りはぶつけずにいられない。
「お前は何の権利があって、そういうこと言うんだ? フラムモーとそもそもどういう関係なんだ?」
 相手は眉を寄せ少し悩む表情をする。后に必要以上に親しくするという存在が良い事とは思えない。
「権利ですか、それはないですね。でも関係はあります。
 家族として、友として守りたいと思う事がオカシイですか?」
 思わぬ言葉が出ていてカロルはポカンとする。
「家族って?」
「一番近い形で表現すると弟になります。片方の親が同じですので」
 疚しいと責める事も出来ないその関係にカロルはしばらく相手の顔をジロジロみてしまう。瞳の色は確かにフラムモーと似ているが、痩せているし、なんというか地味たしフラムモーを感じさせる部分はまったくない。
「……なら、何故フラムモーがあの小屋のある場所に行きたがり、それで行ったのに喜ぶ事も出来ず悲しそうな顔をしたのか分かっているのか?」
 カロルの言葉に不快そうにアミークスは顔を顰めた。
「あの小屋は昔、俺とフラムモーと他二人の四人で作った思い出の大切な場所です。だからこそ懐かしみ、失ってしまった時は戻らないから哀しくなった。そういうことも分かりませんか?」
 相手が明らかにカロルに向けて怒りを覚えているのを感じる。カロルはフラムモーだけではなく、この相手にとっても大切な場所を燃やしてしまったのだ。
「悪かった。お前にもすまない事をした。取返しのつかない事をしたのは分かっている。本当にゴメン。謝って済む問題ではいけど……」
 カロルの言葉にアミークスは驚いた顔をする。そして大きく溜息をつく。
「謝罪の言葉は受け入れました。もういいですよ。終わった事ですから。私は貴方を許します。
 ……分かりました。手紙は渡せませんが、フラムモーに貴方が謝りたがっていた事だけは伝えておきますから」
 カロルはその言葉に、アミークスの手を思わず握ってしまう。
「ホント! 助かる! ありがとう。まじで!」
 アミークスは目を丸くしたまま、固まってしまいカロルに手を握られブンブン振り回されるままにしていた。
「カロル、お前なにしてんだ!」
 背後からイービスの声がして、二人は引きはがされる。イービスは背後にアミークスを守るように立ちカロルを睨みつけてくる。
「いや、何って、世間話? なあ」
 そう言ってから、相手の名前すら知らない事に気が付く。イービスが疑わし気にカロルを見てそのアミークスに視線を向ける。そのアミークスはフフっと笑い頷きイービスに問題ない事を伝える。アミークスが穏やかな感じでいるのでイービスも緊張を解く。
「ったくお前は、余計な事をしがちなんだら、考えなしで色々動くな」
 今までの事からも信頼はないのは理解しているので、ムカつくけれど頷いた。
「今回の事でも反省したよ。だからこそ色々考えての、ソイツとの会話だよ」
 イービスは顔を思いっきり顰めるが、それを二コリと笑いアミークスが宥める。言葉ではなく雰囲気だけ読み取ってコミュニケーションをとる二人を見て羨ましいと思う。コレが友情というものなのだろう。今もカロルがこのアミークスといるのを見て、またカロルが危険な目に合わせようとしていると思い守りにきた。そういう関係なのだ。
「お前ら仲いいな」
 そう呟くカロルにイービスは『まあな』といって笑った。
 しかしイービスの横でニコニコと笑っていたアミークスが突然身体を強張らせる。その直後研究所内で悲鳴が聞こえる。その悲鳴がある人物の名前を繰り返す『マレ様』と。呆然としているカロルを置いて二人は走りだしていた。慌てて追いかけた部屋で見た光景にカロルは立ち尽くす。
「ソーリス様、私はやりました貴方の為に、この毒の花を殺してやった。私は私の役割を果たした……」
 狂ったように高笑いをしながらしゃべり続ける老人と、デスクに凭れ蹲るマレの姿。その腹部には煌びやかな宝石が散りばめられた金属の何かが刺さっていて、そこから赤い染みが広がりマレの服を汚していく。カロルは身体から力が抜けるのを感じる。背中を壁にぶつけなんとか踏みとどまり倒れずに堪える。イービスが捕縛術を老人にかけ、先ほど一緒にいたアミークスがマレの名前を叫びながら駆け寄っていくのをカロルは見つめている事しか出来なかった。


~~~十二章 完~~~
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