蒼き流れの中で

白い黒猫

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十一章 ~自由という名の~ キンバリーの世界

還る場所

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 ビエルに戻り旅を、共にしたパラディンらと別れられることになった。大仰な衣装を脱げた事でキンバリーの心は少し軽くなった。
 一週間程離れるという事でイサールとも別行動となり三人に戻る。
 しかも真っ当に人が日々の営みを続けている様子は、ゼブロで疲れたキンバリーを癒してくれた。
 コチラは神殿がまともに機能している事で、ローレンスらが出ていく必要もなく、珍しくノンビリした時間を過ごしていた。ゼブロの報告とダライの調査待ちという状態である。
 ローレンスは市場を覗き、そこに売っている野菜や果物や薬草等を見てまわり、マグダレンは一人でどこかに出掛けそして夕方に帰ってくる。想い悩んでいるマグダレンはそっとしておくに限ると今までの経験で分かっていたので、キンバリーはローレンスと行動を共にしていた。今日は森に薬草採取に勤しむ。
 キンバリー自身も、マグダレンとの距離感に悩んでいた時期だけに、ローレンスといる方が気は楽だった。またゼブロで様々な事に心ざわめかされたのに、それを抑え続けていた事もあり、キンバリーの感情はいつになく不安定であらゆる事に敏感に反応する状態となっていた。そんなキンバリーを一番刺激しないローレンスといるのが一番良いことに思えた。
 ローレンスの薬学についての講釈を聞きながらキンバリーは薬草を摘んでいく。こうして二人で歩くのも久しぶりである。改めて見るローレンスの顔は穏やかで落ち着いた表情をしていた。キンバリーはローレンスが何だかの決意を固めそれに進もうとしているのをその表情から感じる。マグダレンのように感情を荒ぶらせることはなかったが、ローレンスも一時期何か悩みを深めていた事に気が付いていたが、ローレンスはキンバリーもマグダレンも頼らず一人で決断してそして進んでいく。そこに頼もしさと、寂しさを感じる。
 キンバリーは大きく深呼吸してからローレンスに声をかける。
「ねえ、ラリー。
 これからどうするつもり?」
 突然の質問に、ローレンスは首を傾げる。
「あの堕人の事とか、マグダの事とか、色々……ラリーはどう思っているのかなと」
 ローレンスは真剣な表情のキンバリーをしばらく見つめてから、優しく笑う。
「お前とも、一度ジックリと話し合わないといけないなと思っていたところだ。この先に日あたりの良い平原がある、そこで休みながら話をしよう」
 キンバリーは頷き、ローレンスの後ろを歩き。少し歩いた先にひらけた空間があり、野花の咲く、座ると心地よさそうな草原があった。そこで二人で腰を下ろし向かい合う。
 ローレンスは水の入った水筒をキンバリーに渡してきたので、それを一口飲んでローレンスに返す。その水に僅かに何か爽やかな香りを鼻腔で感じる。あ首を傾げると、ローレンスはイサールがやっていたハーブを水につけておくというのを真似してみたと言って笑う。
「美味しいね。
 ……あの……ローレンスは……
 イサールをどう見ているのでしょうか?」
 ローレンスは、何故か真面目な顔で聞くキンバリーを見て笑う。言葉使いを途中から変えたことは不自然だったかもしれないが、真剣に話したいという気持ちからあえてそうしたのである。
「まあ、お前が言うように面白い男だと思う。
 そしてこれは本人がアッサリ白状したが、偶然ではなく俺達が目的で近づいてきたようだ」
 キンバリーはその言葉に目を見開く。
「何が目的なのでしょうか?」
 ローレンスは肩を竦める。
「さあな、会う事が目的だったと」
 のんびりとした口調でローレンスは答える。
「マグダを追ってきたということ?」
 ローレンスは少し考え、小さく頭を振る。
「追ってきた訳ではないようだ。きっかけではあるようだが」
 ローレンスとイサールの間でどの程度会話がなされたのかは分からないが、そこにあるのはイサールへの信頼。ローレンスがイサールという人物を認め接するようになっている。
「マグダがあそこまでイサールに対して警戒をする理由は分かりますか?」
 イサールについてそんな方向から聞いてみる事にする。イサールがローレンスに何か話しているとしたらここから見えてくるからだ。
「さあな。俺にはマグダが一人で拗らせているように見える」
 その点ローレンスも気にしている筈だが、あえてそのように気のないような感じで答えてきた。
「イサールがそう言ったのでしょうか?」
 ローレンスは顔を横に振る。
「アイツは何も。俺にはただ仕事の話をするだけだ。彼が進めている調査の話だけだ。
 マグダについては言っていたのは、俺達が知りたいと思っている事は彼女の口から最初に聞くべきだと。
 逆にマグダレンが話したくないと思っているような事を俺達にイサールが話すような事をすると余計に事態は拗れ彼女を追い詰めかねない。
 という事だけだ」
 イサールの言っている事は間違えてはいない。しかし既にマグダレンは追い込まれている。イサールという存在そのものに。それを話すとローレンスは笑う。
「マグダを追い詰めているものは、寧ろアイツ自身だ……」
「……それと、私……」
 そう言葉を続けるキンバリーにローレンスは目を細める。
「むしろ逆だろ、アイツがお前も追いつめている。いや俺も同じだな。お前が良い子でいるしかない状況にさせている」
 キンバリーは『そんな事はない』と答えたかったが言えなかった。真っすぐキンバリーを見据えているローレンスに対して、繕った言葉は無意味だった。キンバリーは俯き視線を下げた。
「大人として認めていると言いつつ、お前の身体の成長が緩やかな事を良い事に俺達はお前に甘えてきた。いつまでも変わらない疑似親子な関係に縋っていた。失ったものを補完する為に」
「違う、それは私がそれを求めたからです。里で周りの人達は変わっていくのに、私は共に成長することが出来なかったから。そして二人の優しさに私が甘えたからです」
 顔を上げキンバリーは必死でそう訴える。ローレンスは何も悪くないと。そんなキンバリーを見てローレンスは寂し気に笑う。
「この旅の中で、お前は何を感じ思った?」
 いきなり話題を変えてきたローレンスにキンバリーは戸惑い、考え込んでしまう。里で時間的な意味で置いて行かれてしまう自分に小さくはない孤立感を感じていた時だっただけに、外の世界に行くというのはキンバリーにとって救いの言葉に聞こえた。しかし外に出てみた結果どうなのだろうか? ますます世界からの異物感を強め、よりローレンスやマグダレンへの依存を深めていくこととなった。
「様々な価値観や倫理観に触れることで、見識は広がり成長の糧にはなったと思います」
 キンバリーは相変わらず優等生的な返答をする自分に苦笑してしまう。
「俺は、ずっと悩み旅をしていた。自分にとってのこの旅に対する異議が分からずそれを求め彷徨っていた。
 ……キンバリーお前は最初に訪れた都市の事を覚えているか? あの街をどう思った?」
 キンバリーは頷くが答えるべき言葉はない。都市とはローレンスは言ったが、そこは無残な廃墟だった。崩れて元の形すら分からない状態の城と街、まるで巨人が踏み抜いたかと思う程陥没し巨大な穴となった寺院。ローレンスとマグダレンは何の言葉もなく、長い時間ただその風景を瞳に映し佇んでいた。哀しみとか怒りとかを超えて放心する二人にかける言葉などある筈もなく、今もかける言葉が見つからない。
「あそこが俺にとって旅の一つの目的だった。あそこに戻れば何か取り戻せる。何かが見えると思った。しかし空虚な想いを深めるだけだった。あの段階で俺はもうこの旅の意味を見失っていた。しかし進んでいけば何かが見つかり意味を見いだせるはずという想いだけで続けてきた」
 今は意見を求めているのではなく、ローレンスが何かを語ろうとしているのを感じ、キンバリーはただ黙って頷き話の続きを聞く事にする。
「そんな感じで七年目も彷徨っていた時に、そしてあの堕人の存在とイサールという男と出会い」
 イサールの事は兎も角、あれほどローレンスにとっても忌まわしいともいえる存在だった筈の堕人の事を、穏やかに僅かに笑みさえ浮かべて語る様子にキンバリーは戸惑う。
「正直神などもう頼る事も信じる事も忘れていたが、この事に神の意思を感じた。自分が生き残った事の意味を、求め続けてやっと与えられた気がした」
 ずっと神の教えを皆に説いてきたローレンスのそんな言葉は、一人苦しみ葛藤を抱き続けてきたローレンスの心を感じ、心が痛みキンバリーは顔を顰めてしまう。
「それが、あの堕人を倒す事だという事ですか?」
 ローレンスは頭を横に振る。
「いやそれは目的ではなく、あくまでも旅の終わりを決めるキッカケだ。全てを狂わせた奴らと対峙しすることで、俺はようやく自分の中に蟠っていた過去と向き合う事が出来る。その先に進む為に、いやいるべき場所に還る為かな」
 【還る】その言葉にキンバリーは翠の目を見開く。ただ帰るのではなく、ローレンスが心を寄せ想う場所へ還る。ローレンスが作り上げたあの土地。確かにローレンスにとってかけがえのない場所で最も愛しい土地であるのだろう。
「マグダレンはそう望まないだろうが、寧ろアイツこそがシッカリ自分の過去と向き合う為に里に戻る必要があると思う」
 キンバリーはその言葉の意味を考える、そして自分はどうしたらよいのか?
「白い髪と赤い眼の堕人の件が片付いたら、皆で里に戻ろう」
 キンバリーは頷くことは出来ず首を傾げてしまう。里に戻るという言葉に、安堵を覚えると同時に不安も沸き起こる。あのマグダレンはこの意見にどう反応を示すのか? ローレンスと別れる道を選んだらどうすれば良いのか? 
「マグダが拒否したら?」
 おずおずと聞くキンバリーにローレンスは笑う。
「お前が選んだ道にアイツは、従うしかないだろう」
 キンバリーは小さく唸り声を出してしまう。
「私も帰らないとダメですか?」
 ローレンスの深い蒼い瞳がキンバリーを真っすぐ見つめている。
「何処いくつもりだ? 今後お前がどこに向かうにせよ。ここは一旦戻りしっかりと過去と向き合うべきだ」
 あの里に何があるというのか?  キンバリーは考える。平和で穏やかな生活は待っているだろう。しかしあそこで新しい何が見つかるとは思えないのが正直な気持ちであった。
「今更帰ったところで里に何があるというのでしょうか?」
 ローレンスはキンバリーの言葉に頷き、北の方に視線を向ける。
「俺達それぞれがずっと求めていたモノ。俺達の過去であり未来があそこにある」
 聖書の一説を読むかのように、ローレンスの穏やかでいながら凜とはった声が草原に響く。その眼は目の前の風景ではなく、遙か遠くの世界を映しているかのように感じた。

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