蒼き流れの中で

白い黒猫

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十一章 ~自由という名の~ キンバリーの世界

放たれた矢

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 ぜブロの首都ジブタラードは荘厳なる黄金の都と呼ばれているらしい。そして目にしたジブタラードは離れた所からもギラギラと悪趣味に光り目立っていた。実際、中の様子も眩暈を起こすかと思う程何処も彼処もギラギラして目が疲れる。豪華絢爛といったらそうなのだろうが、屋根、街の銅像、あらゆるものまで金がつかわれていて。ハッキリ言うと装飾過多で落ち着かない。
 しかしこの街の問題は装飾以外にもあった。
 街でしかも首都だというのに一般人がまったく歩いておらず、要所、要所に衛兵が立っていて、そんな中、四輪馬車や荷馬車だけが街路を走っている。その衛兵も黒の布に金や銀の糸で刺繍された制服に、かえって動きにくそうな縦に長い帽子。そして実用性の低そうな槍をもっていて守っているというより、街に置かれた像同様飾りのようだった。
 街並み以上に趣味の悪い世界が宮殿内にあった。宮殿内は多くの人が働いているというのに静寂が広がっており。
 ローレンスらの靴音だけが響く。ここではさすがにあの纏わりつくような劣欲な目は向けられなかったが、警戒した鋭く刺すような視線が痛かった。
 キンバリーは皆に倣い無表情にやり過ごすしかない。ベールで顔を隠しているとはいえ、余計な感情は晒したくはない。
 ただこの光景を見続るのにも嫌気がさしてイサールに話しかける。
《何故、あの王子の話に乗ったの?》
 イサールはチラリと視線だけ向けてくる。上機嫌な様子のガロアの後ろ姿に視線を向け訊ねる。
《乗った? 俺はただ『なるほど、興味深い』と言っただけですよ。勝手にアチラが都合の良いように解釈しただけですから》
 確かに言われてみたらそうだ。しかしその後ガロアは上機嫌でそのまま自分の欲望を語り続けたが、イサールは何も余計な事を言わなかった。
《読みが甘いのはあの王子の問題で、勝手に糠喜びして失望してもコチラの責任でもない》
《……イサールって結構良い性格をしているよね》
 キンバリーがそう言うと何故かイサールは嬉しそうに笑い《ありがとう》と返してくる。
 ここ最近見えてきた意外にしたたかで食えない奴という印象と、こういう惚けた所のギャップが大きすぎる。
「コチラが神王の御座す謁見の間です」
 ガロアの声に正面に視線を戻す。
 無駄に大きくゴタゴタの装飾のついた扉をガロアは手で示す。

 そして入ったその場所に八人は戸惑う。余りにもおかしな空間だったから。
 単に円形の壁に囲まれただだっ広い部屋。壁は他の所とは明らかに異なっており組まれた石がむき出しで、頑丈さだけは分かる無骨な木の扉がいくつかと、壁に三角の穴がいくつか開いているだけ。
 背後の扉が閉ざされ鍵が閉められる音。
 いつの間にかガロアと案内をしていた人物もおらず、ダライのパラディンとキンバリーらの八人だけとなっていた。

 閉じ込められたという事ではなく、三尋程上にこの円形の部屋を見下ろす事の出来る空間があり、そこに複数の男達がコチラをニヤニヤと見下ろしている。
 その男らに共通してきるのは下卑な表情とブクブクとした体型。

「よく来たな。ダライの遣いよ」
 声がして方を見ると、上で見下ろしていた、人物の中で一際太って装飾も派手な男が横柄な様子で話しかけてくる。
 ソファーにだらし無く腰掛け見下ろしているが、表情はその格好に逢ってギラギラとしている。肌も眼の光も。
 座っているから身長は良く分からないが、体重はキンバリーの四倍はありそうな程ブクブクと太っている。
 髪もなくツルリと禿げた頭に金の輪に金の鎖がジャラジャラした良く分からない装飾品を身に着けている。
 布で出来ているとは思えない金色の洋服に宝石が、職人がヤケになって付けたのではないかというくらい宝石が付けられ、パッと見悪趣味なオブジェに見えるその男が神王なようだ。
 そしてその他の王子であろう人物らが、似たような体型と格好で囲み見下ろすように座っていた。
 そして彼らがいる空間は、客が立っている場所と、打って変わって金の彩飾が施された、悪趣味だが華やかで豪華な空間となっている。
 謁見者を常に上から相手にするなんて、どれ程失礼な構造なのだろうか? キンバリーは呆れるしかない。
 しかも周りにある扉や穴の奥に不穏な気配がする。
 気がつくとガロアもその王族の列に加わり、ソファーに座りコチラを楽しそうに見下ろしている。
 王族らの姿を見ていると、ガロアが豚と評したのがよく分かった。
 この中では彼が一番スリムで、理性の感じる顔をしている。他の奴は、領主の館にいた男よりも野卑な顔つきでコチラを見ているだけでない。
 風の能力者はキンバリーに力をしかけてきてベールを捲ろうとするなどのチョッカイをかけてきている。
 ローレンスの石で起こした風で打ち消すことで防ぐ。
 そうすると、あからさまにムッとした顔をされたがキンバリーは澄まして周りの状況をジックリ探っていくことにする。ここでの序列というのは、見ためでも分かり易く、王から地位が下がるにつれ、装飾が少なくなっている。
 この大陸で一般的な、巫は能力に応じて衣装の色を変えるといった事はしていないようで、朱色や桃色といった自由な色合いの服を身に着けている。
 王族ではない人物は寒色系の色を身につけなければならないようだ。そして能力はというと、神を名乗るからにはさぞ強いのでは? と考えていたのだが想定よりも低く警戒するような能力をもった気配を感じなかった。
 秘めているのかもしれないが、王にしてもダライの神官長らよりやや劣るくらい。そして他の者も序列程差はなく見える。
「この度は、我々を招待して頂き感謝いたします」
 ダライのパラディンが代表でそう挨拶をする。ダライの名で入っている事もあり、政治的な事情もある。イサールがその役割をパラディンに任せたからだ。
 神王は隣にいる男に何やらコソコソと声をかけるとその男はふんぞり返って八人を見下ろす。
「偉大なる神王様を前に、顔を隠すとは何事だ!」
 あえて逆らい余計な事で揉めるのも嫌なのでキンバリーとマグダレンは布を外すと、どよめきが起こり、部屋のテンションが気持ち悪い温度に上がった気がした。
 キンバリーは感情を隠すために表情を消すがマグダレンはあえて挑むかのように艶やかに笑う。想像以上の美貌に皆釘付けとなっていた。
 『これはコレでナカナカ良い。子供は狭いから締まりが良いしな』
 『子供の身体はまた違った味わいがあるからな』
 『まだ、男を知らぬ身体を、無理やり押し開き痛がる様子も楽しいしな』
 『女の方は猊下が、楽しまれるだろうし。子供は皆で嬲り楽しむ事にするが』
 そういった気持ち悪い会話もしている声が聞こえる。
 キンバリーは自分の身体はまだまだ幼く、男達がそういう意味で興味をもつものではないと思っていた。
 自分にも向けられる男達の舐め回すような視線に激しい嫌悪感を覚える。
「我々は現在大陸中で起こっている巫に対する不穏な動きを調査の協力を求める為にコチラに参りました。ここにおられる聖者様と共に」
 パラディンがあえて声を張り、話題を戻し皆の意識をそらせようとしたようだ。
 しかしパラディンの言葉に、ニヤニヤとした嫌な笑いを返す神王。そして再びマグダレンに視線を戻しやたら嬉しそうだ。
「余所では色々起きているようだな。能力のない者は憐れだ。そのように狩られて」
 神王の代わりに隣に立っている男がそう答えてくる。周りの者もそれに追従するようにヘラヘラと笑う。
 キンバリーにもそこの人間関係が段々見えてくる。各王族を囲むようにいる人を従えている。
 そして王族は感情の向くままに子供のような言動をして、周りに人物がそれをフォローするように言葉を足す。
 つまりは王族一人一人の力でなく、それぞれの従える集団の力でその序列が決まっている。
 しかし王族にしても側近にしても子供のキンバリーから見ても程度が低い。低俗で低脳で、欲深さを、隠そうともしない。
「では、コチラでは、奇妙な石を使った事件はまったく起っていないということなのでしょうか?」
 そう訊ねるパラディンに『知らぬな』と面倒くさげに答える神王とその、ニヤニヤしている側近と見られる男たち。神王の眼が周囲にある壁に向けられる。いや壁というより、そこに開けられた逆三角の穴に。
《マギー》
 イサールの心話がコチラのメンバーの間に響く。
《……わかっている》
 穴の向こうに弓兵がいるのを皆気付いていたのだろう。
《いや、それだと、面白くないから任せてくれないか?》
 イサールとマグダレンは仲良いと言えないのにこういう意思疎通は素晴らしい。具体的な言葉がなくても通じている。そこにキンバリーは違和感というか、何か妙な感情を覚える。
《お前が手出さずとも、私が予め燃やしてやるけど》
《マグダ!》《マグダレン先に手を出すな》
 つい物騒な提案するマグダレンにローレンスとキンバリーが同時に叱る。
《シスターマグダレン、そう言う事なようだ。ブラザーローレンス、俺は穏やかな手で対応することにします。ご安心を。
 苛立ちは理解できるけど、貴方達を守る。それが私の役割だ。貴方がたは、馬鹿が馬鹿な目にあうのを楽しんでいたら良い》
 イサールがノンビリとした感じで答える。視線は皆神王に向けた目をイサールは細める。
 その間もパラディンと神王の発展のない会話は続く。神王にとってパラディンの言葉が、どうでも良い事という感じだからしかたがないだろう。
 パラディンの質問にのらりくらりと答えながら、その頬の脂肪に埋もれた目はずっとマグダレンを舐め回すように見つめていた。
「で、その女らは余のへの貢ぎ物か? ダライも気が効いているな」
 神王の言葉にパラディンの表情が固く。
「この方がたは聖女様ですよ。正気で仰っているのですか?」
 パラディンが声を思わずあげ、怒りのこもった目で神王を見上げる。
「最高の力をもつ母体。ならば余の子を宿すに相応しいと思わぬか」
 マグダレンはフフフと笑う。それに嬉しそうな顔を見せる神王。
 獣が相手をなぶり殺すときにする表情だ。その表情にキンバリーは生理的な嫌悪感を覚える。
「私らは神に全て捧げた身。その故にお断りさせていただきます」
 済ましてそう答える。
「神などに捧げて、その身体が処女のままとは惜しいものを。余が思う存分可愛がってやる。女は男に抱かれてこそ意味がある。さあ余のモノになれ」
 マグダレンはフフと笑うが顔を横にふる。
「最も神の素晴らしさを知る筈の、神の血をひくと言われる方が、神を愚弄する言葉を言われるとはおかしな事を。
 真に神をご存知なのですか? 神を名乗りながら神を貶めるとは愚かな方だ」
 反論されたことに、神王はあからさまにムッとした顔をしてくる。近くにいる暗めのトーンの生地の服を着る男が『神王様こそが神である。貴様は大人しく従えば良い。
 その身を神王に捧げよ。そして子を孕む事がお前の役割だ。光栄に思え』
 そんなとんでもない事を言ってくる。マグダレンは蔑むような視線を神王に向ける。
 しかしそれはマグダレンの素の表情ではなくあえて見せている姿だと察する。
 マグダレンは相手の気に触るような言動を敢えて行っている。感情のまま言葉を、放つのではなく冷静に場の空気を読み支配している。
 案の定相手も分りやすく顔を赤くしてその術に嵌っている。

 フン

 隣にいたイサールはチラリ鼻で笑う音がする。その表情に気がついたのか、神王らは不快そうにイサールに視線を向ける。
「失礼。ただ、貴方はその程度の能力で何故この二人の相手を務められると思ったのか不思議で。
 釣り合いというものがまったくとれていない。
 貴方ごときの平凡以下な能力で、番えると本気で思ったのか? 寝言にしても酷すぎる」
 神王は一瞬ポカンとして、言われた言葉が遅れて通じたようだ。だんだん顔が赤くなり身体を少しソファーから起こす。
「生意気な! 余にそのような口きいた事を後悔させてやる。」
 手にした笏を上げると周りの四箇所あった木の扉が横に開かれ、そこに格子があり奥に巨大な虎の姿が見える。その瞳がイサールらを映す。その虎とはまだ格子で隔てられているがそれが外されると、獣がコチラにいる人に襲かかるという事らしい。
「態度次第では、そいつらがお前の相手をするぞ。その子供など喜んで喰らいに行くだろう。
 四肢を失った後に皆に犯される様子でも見せてやればお前のその忌々しい笑いも止まるかな?
 お前は楽に死ねるとは思うなよ。私を怒らせた事を心底後悔させてやる。その鼻を削ぎ落とし、切り刻み焼いてやったら見れる顔になるかな。そうした上で……」
 神王は美しい女は好きても美しい男は嫌いなようで執拗に顔を傷付けイサールを嗜虐していく妄想を口にする。
 キンバリーとしては自分やイサールに大しての余りにも下劣な言葉に嫌悪や怒りを通り越して呆れてきた。
 マグダレンは苦笑し、ローレンスはヤレヤレといった呆れ顔をし、イサールは平然として誰も怯えた様子を見せない。
 パラディン達も緊張こそはするが慌ててはいない。その事にゼブロの男達は初めて戸惑いを見せる。

 キンバリーが一番近くにいる虎に視線を向けると、虎は身体を震わせ身体を伏せ服従の姿勢をとる。他の虎も耳をたたみ地面にひれ伏すような行動をとり始める。
 キンバリーは大きくため息をつき、そして見上げてニコリと笑う。王族らをゆっくり見渡してからキンバリーは神王に向き直る。
「可愛い猫ですね。
 しかも礼儀正しくて大人しい」
 近くの格子に近づき、虎の頭をキンバリーは優しく撫でる。そうすると虎は少し緊張を解き甘えた仕草をしてくる。
「目の前にいる存在が、どの程度の相手かちゃんと読みとり相応の態度を返す」
 イサールとマグダレンの意図を理解したからキンバリーも、それにのることにする。
 イサールが言葉を継いだのは怒りの矛先をマグダレンから自分に向けさせる為だろう。
 しかし自分も守られてだけではなく共に戦う。そう考え動くことにした。と言うか、その最低な人達に自分も嫌味の一つも言いたかった。
 あからさまに蔑んだ言い方をする二人とは異なり、キンバリーは冷静に穏やかな声で話す。
 このような言い方になったのは、キンバリーがマグダレン程人に喧嘩を売るのが得意ではなかった事もあるが、見た目子供のキンバリーの言葉だけに、その事が相手への痛烈な嫌味となった。
「獣の方が貴方がたより賢いようですね。
 皆さんはもっと広く世界を見て学ぶべきだ。視野が狭く何も見えていない。可哀想に愚かである事に気付けていない」
 シンっと部屋が静まり帰る。ジッとキンバリーが見つめていると、神王はブルブル震え出す。
 立ち上がり火の玉を放とうとする。しかしそれは風の力によって出された直後に火の塊は霧散する。
 ローレンスの放った力のようだ。その事がますます神王を怒らせたようだ。思い通りにならないとキレる。まるで幼児のようだ。
「ええい! 生意気な! そのものどもの力を封じろ!」
 神王の怒声の直後三角の穴から四本の矢が勢いよく放たれた。肉に刺さる鈍い音がし、一瞬遅れて男の叫び声が部屋に響いた。

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