蒼き流れの中で

白い黒猫

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間章 ~狭間の世界5~

啓示

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 洞窟の中は異様な熱気に満ちていた。
 ある者は涙を流し、ある者は天に向かって手を広げ叫ぶ。ある者は手を合わせ前後に身体を揺らしている。している事は違っていても、共通しているのは誰もが興奮し、喜びの感情を弾けさせているという事。
 その様子を人々の中央にいる少年は、穏やかで慈愛に満ちた笑みを浮かべ見下ろす。青年と少女は洞窟の隅でその様子を戸惑いの表情で見つめていた。

「神からの啓示があった。
 我々の今向かう先に【約束の地】がある」

 少年が皆に語ったその言葉の意味について青年は悩むしかない。それが一月程前の話だったら、その言葉に別の恐怖を覚え震えていただろう。少年の表情はあの時のように追いつめられ苦悩している様子もない。その目には、もう暗さはなく本当に微笑みの表情をしているように見える。

「私達は本当に約束の地へ入る事を許されたのですね」
 そう確認してきた者に少年は静かに頷く。
「神は約束してくださった。
 もう十分我々が頑張った、休みなさいと」
 その言葉に集団に不安の声が上がるが、少年は安心させるように柔らかく笑う。
「与えられる土地は、何にも怯える必要はない。全ての脅威とは無縁なので、お前達は修行にただ励めばよい」

 青年はそっと隣の少女に近づきその腕を軽く持つ。
≪お前は見たのか?≫
 心話で話しかけられた言葉に、少女は何故か身体をビクリと震わせる。その唇は震え、その緑の瞳はジッと少年を見つめたまま。
≪見てはいない、だけど感じはした。最近レニーに何者かが接触してきているのは確か≫

 青年は悩む。最近、微かだが妙な気配がする。まるで自分達を観察しているような者の気配は感じた。それがどんなに探査の力を駆使しても、相手は見えないのだ。

≪お前はどう見ている?≫
 少女は考えるように目を細める。
≪奴は確かに何だかの強い力を持ってはいるようだ。でも……≫
≪でも?≫
≪なんか気持ち悪い。レニーには接触しているけれど、我々の事はだだ傍観している。我々が命がけで戦っている様子も≫

 青年は考える。神が我々に資格があるかどうか見極める為に観察しているというのだろうか?
≪それが本当に神だとお前は思うか?≫
 少女は青年の方をまったく見る事もなく顔を小さく横にふる。
≪レニーも神だとは思っていない。
 ソイツも神でなどないと笑って否定したとか言っていた≫
 青年は眉を寄せてしまう。相手が何者なのか検討がつかないからだ。
≪お前達の懸念する気持ちは分かる。しかし今は皆を不安にさせない為にも、そんな難しい顔をするな≫
 少年の声が二人にだけ届く。
≪二人ともわかっているだろ?
 もうこれ以上犠牲を出しながら、ありもしない【約束の地】を目指すなんて無理な事を≫
 青年が顔を上げると少年が真っすぐコチラを見ていた。
≪だから、我々で作るのさ、【約束の地】という名の楽園を≫
≪作るって! どうやって≫
 少年は華やかな笑みを浮かべる。
≪土地を貰った。我々が安全に暮らせる為の場所≫
≪誰に!?≫
 青年は短い言葉で即言葉を返す自分に余裕の無さを感じた。祈りの時間を終わらせ少年は散開させ二人の元にやってくる。そして他の者達から離れた場所に二人を誘う。
≪で、その土地をくれるといっている者は何者なのだ?≫
 もう一度、青年は聞き直す。盗み聞きされない為に、心話での対話で続きを始める。
≪さあ? 何者なのだろうね≫
 少年は珍しく無邪気に見える顔で笑い能天気な言葉を返した。青年は問いただす。
 相手の確かな情報は、少年も知らないのか、隠しているのか全く語らない。それでいて二人に協力を求める。
 偽りの約束の地に向かう決定はここでも繰り返すのみ。それを覆す気はないようだ。余りにも曖昧で不安要素しかないような未来。少年は何処か嬉々とした表情でそうするしかないと語る。
≪アイツの狙いは貴方だ! 接触は危険だ。近づいてはダメ!≫
 それまで黙っていた少女は少年の腕を掴む。その手が、白くなっていることからかなり強い力で掴まれていのだろう。しかし少年は痛がる様子もなく妹に微笑んだ。
≪そうだろうね。
 でも、俺もあの人物に興味がある。同じくらいにね。利用しようとしている。だからお互い様だ。逆に俺の存在が交渉としての価値があるのなら、それはそれで意味はある≫
 そう言い少女を抱き締めた。青年も少女に触れたままなので二人の会話は筒抜けだった。そもそもそれを理解した上で話しているのだろう。
≪ダメ! 止めて!≫
 フフと声出して少年は笑う。
≪お前が心配することなんて何もない≫
 少女は少年から身体を離し、頭をブルブル振る。
≪私は自分の事を心配しているのではない! 心配なのは貴方だ!≫
 少女が身体を動かした事で青年の手は外れてしまう。だが余りにも強過ぎる感情の為、近くにいた青年にもその叫びの心話は響いた。少年は困ったように笑い宥めるように少女を抱き寄せその背中を撫でた。
 青年も近付きその背中に手をやる。少女の言葉にならない苛立ちと恐怖が接した所から伝わってくる。
≪大丈夫だ、俺は何処にも行かない。いつもお前の側にいる≫
 少年の方が精神的にも血縁的にも近い。それだけに少女の複雑に乱れた感情の意味を読み取ったのだろう。そう言葉を返した。
 少女は顔を上げ少年を近過ぎる距離で見つめその瞳の奥にある心を探るように見つめる。
青年もその瞳を見つめ、何故少女がここまで怯えるのか分かった気がした。
 初めて感じる少年が他者に対して見せるここまでの強い関心。そして己の使命や守るべき存在ではなく、己の好奇心を優先させているように見える。
≪何が、そこにあるというのだ?≫
 恐る恐る問う青年。
≪力だ! 何者よりも強く、そして輝かしくも特別な力≫
 少年はそう答え、晴れやかに笑った。そしてその視線は問う青年ではなくどこか遠くへと向けられている。その瞳は微酔を帯びているようでどこか虚ろでいて妙な熱さをもっていた。  
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