蒼き流れの中で

白い黒猫

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十章 ~悔恨の先~ カロルの世界

ゲームの始まり

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 赤い豊かな髪を緩く結い上げた髪を、金の華やかな髪飾りがより華やかに彩りを与えている。大きく大胆な花の刺繍の施されたドレスも后フラムモーの魅力を最大限引き立てていた。
 離宮の庭に咲き乱れるどの花にも負けない美しき大輪の花のようだった。もともと美しい子だったが、ここにきて一気に大人びて美しくなったよ。親であるマレと似た顔立ち。その身体はマレよりも先に大人になった事で、特有の丸みと膨らみを帯びている。女性ならではのラインが色気を増しより魅力を増していた。女性として最も美しい時代なのだろう。
 そしてその瞳は、かつてのような明るさはなく、憂いを帯び大人の顔となっていた。言動もすっかり変わり、多くを語らず物静かな淑女へとなった。

 トゥルボーは思う。この子があんな事件により大人となるのなら、子供のままでいさせてやりたかったと。
 そしてあれ程の事を仕出かしてながら、相変わらず甘えん坊で子供のままの弟の事が頭に過ぎる。その事にホッとしながらもそちらはそちらで心配ではある。

 トゥルボーの視線がいささか不躾過ぎたのだろう。フラムモーはティーカップを手にしたまま首を傾げて見つめ返してくる。
「いえ、貴方の美しさに見蕩れていました」
 フラムモーはその言葉に困ったような笑みを返す。この一族は何故、容姿を、褒めるとこういう反応を示すのだろうか?
「ドレスが美しいので……」
「いえ、貴女が美しいから。
 元々可憐でしたが、最近さらに美しくなりました」
 お世辞でもなく、本当にその美しさに感銘を受けている事を伝えようとしただけ。フラムモーまますます困った顔を強めるだけだった。
「最近の貴女はなんと言うか益々美しい。なんか別人のように」
「え」
 その言葉に一瞬フラムモーは表情は強ばるのを見て、トゥルボーは失言だったと思う。しかし誤魔化すのは止めてそのまま伝えたかった言葉を告げる事にする。
「不思議ですね。今の貴女はフラムモーですが、そこに二人の少女を感じる。見つめてくる眼差しにマギーを感じ、そしてこうして会話をしている姿にキリーを感じた」
 フラムモーの目が見開かれる。
「私が言いたいのは、貴女は一人ではない。貴方の中に確実にマギーは生きている」
 そう言われフラムモーは俯き黙り込んでしまった。その肩が細かく震えている。最近は冷静さを取り戻し笑顔も見せていただけに大丈夫だと思っていた。しかしまだ言うべき言葉でなかったと後悔する。
 席を立ちその身体を抱きしめよかとした時にフラムモーは顔を上げ、笑みを作った。
「ありがとうございます。
 そうかもしれませんね。今の貴方が私がマギーにも私にも見えるというのは。
 双子って面白いもので、いつもあえて演じている所がありまして。他者が私達を識別出来るように……。一緒にいた時はよりキリーらしく……マギーらしく振る舞ってきた。
 そして一人になった今。私はその必要もなくなり素に戻れたのですね。結果キリーであり、マギーである私が残った。そう言う事なのでしょう。一人であって一人でではない。そう思うと楽になりました」
 トゥルボーはそう静かに語るフラムモーに何も言えなくなる。トゥルボーはこの少女も守る事も救う事も癒す事も出来ない自分が不甲斐なく感じる。
 二人の間に不自然な沈黙が訪れた。フラムモーは濡れた熱い瞳で、ただトゥルボーを見つめ続ける。トゥルボーはそれに静かな視線を返す事しか出来ない。静寂を破ったのはフラムモーだった。
「トゥルボー様、お願いがあります」
 口角をあげ頷き、トゥルボーは先を促す。
「あの香水をいただけませんか?」
 一瞬何の事か気付けず、トゥルボーは首を傾げてしまう。
「貴方が妹に作ったという香水」
 トゥルボーの元にある、送り先を失った瓶が頭に浮かぶ。
「……何故?」
 尋ねるトゥルボーにフラムモーは寂しげに笑う。
「その香りを知りたいから、貴女が感じた妹の姿を」
 フラムモーの言葉の意図する意味がトゥルボーには掴めなかった。
「つまらない感傷です。私達は別れの言葉を交す事なく別れたから。それに遺品も殆どない。
 その香りであの子を感じられるなら私は貴方の言うようにこれからも一人の時間を生きていける」
 【一人】という言葉にトゥルボーは痛々しさを感じる。
「分かりました。直ぐに届けさせます」
 あの香水が少しでもこの少女の支えになればと祈りをこめてそう静かな声でトゥルボーは答えた。
 フラムモーはそんなトゥルボーに何故か哀しげな切なげな視線を返す。その視線が気になった。だが今それを問うてはいけない気がし、トゥルボーはその後、他愛ない話題を心掛け離宮を後にした。


 そのまま仕事に戻るつもりだったが、シルワの心話で研究所へと誘われる。
 執務室ではなく温室に誘われた所をみると、ただ軽くお茶を楽しむ為だけでない事を察する。
「后の様子は如何でした?」
 お茶を振る舞いながらシルワは華やかな笑みで尋ねてくる。
「気丈に振る舞っていますが、まだ傷は深そうですね」
 そう返すとシルワは溜息をつく。
「マレの荒治療で吹っ切ってくれたとは思ったのになかなか難しいですね」
「荒治療?」
 シルワは苦笑する。
「傷付いた子供にあえて厳しい言葉をぶつけあそこまでは立ち直らせた。意識的になのか、無意識なのか分かりませんが、あの子のそう言う人を操るすべは素晴らしい」
 悲しむその身体をいだき、哀しむ心に沿う事をしての今の状況だと思っていた。それを聞いてトゥルボーはホウと声を上げる。
 カロルの事も、頬をひっぱたいたと聞いている。優しいだけの人物ではないのは理解していた。子供にもそこまでキツい面をみせていたのかと感心する。
「しかしシルワ殿も、今回カロルへの指導は見事だったのでは? 一月どのような罰を与えたのか知りませんが……。アイツが殊勝な言葉で俺にも謝罪の言葉を言ってきたのには驚いた」
 そう言うとシルワは人の悪い笑みを返す。
「今迄のやり方だとあの馬鹿は抑えられないと、やり方変えただけ。動物の調教と同じ。とことん追い詰めプライドもボロボロに貶しめた上で少しだけ優しい言葉をかけてやる。すると私の言うことも少しは聞くようになる」
 トゥルボーはその言葉に苦笑するしかない。
「アレは気侭に過ごすには力が大きすぎる。そして私が考えていた以上に馬鹿。今迄は単なる愚か者と考えていましたが、それなりに管理しなきゃ危険ですから。私という存在を植え付けた上で、監視下においておく事にしました。マレという首輪が、アレの場合別の危険を孕んでいるだけにね」
 低い声でそう言うシルワにトゥルボーは眉を寄せる。
「流石に今回の事でアイツも学んだのでは? もう馬鹿はしないだろう」
 トゥルボーの言葉にシルワは顔を横に振る。
「貴方は頭も良く、良識あるから理解しづらいと思いますが、馬鹿を舐めたらダメですよ。
 馬鹿は恐ろしいモノ。想像もつかない愚かな事しでかすので。だから貴方もちゃんと注意して見張っていてください」
 そこまで話している時に、侍従に案内されマレがやってきた。トゥルボーに挨拶をしてシルワに向き直る。シルワの指示で最近のマレは帽子など被り物姿をしている。今日もフードの上から細やかな細工の金のサークレットを付けており、それが似合っていた。慣れもあるのだろう。顔の痣がマレの美貌を下げるどころか凄みを与えかえって味わいを出している。そして頭部のファッションのバリエーションを楽しめるようなっている。
「お呼びとのことで、参りました。何か問題がありましたか?」
 シルワはニコリと笑いマレにソファーを勧める。
「いえ、貴方は直ぐに根を詰めすぎるから、休憩させようと思って」
 マレは口角をあげ笑うような表情を作る。
「お二人のお話のお邪魔では?」
 トゥルボーに視線を向けそう返すとマレに、シルワは笑う。
「フラムモー后の話をしていただけですから」
 マレはお茶を受取り一口飲みシルワを見つめる。
「先ほど、トゥルボー様が面会なさったところなので。
 彼女の心の傷は思った以上に大きいようですね。それで伽の再開は見合わせた方が良いのではと仰っているのですが、マレはどう思いますか?」
 そんな話などしていないのに、シルワはそう話を切り出していく。
「そうですね。
 しかし流産の事もあり、最低でも一年は療養させる話でしたよね? 何かその事項に変更でも?」
 冷静な言葉を返してきたマレ。しかし自分に向けられたキツい視線にトゥルボーは戸惑う。
「いえ、変更は何も。ただ私もトゥルボー様も后の事を心配しているだけです。早く元気になってもらいたいと」
 恍けるようにシルワは答え、カップでお茶を優雅に飲む。
「それはそうと、トゥルボー様、貴方の后が失われた事は残念でしたね」
 シルワはトゥルボーに話しかけながらマレにチラリと視線を向けた。シルワがニヤリとマレに笑い返すのをトゥルボーは観察する。トゥルボーは内心シルワに毒つく。何故シルワが自分とマレを招いたか理解したからだ。
「どうしようもないでしょ。何故、今更その事をここでその話題を持ちだしてくる?」
 トゥルボーは不快を露わに、言葉を返すが、シルワは気にする様子もない。
「それで、貴方は宜しいのでしょうか?」
「宜しいもなにもないだろうに。
 そしてフラムモーは父の后だ。まさか貴方はあの子を説得して契約を破棄させて、俺と婚姻しなおさせるつもりか?」
 少し責めるかのような口調となったトゥルボーにシルワはフフと笑う。
「いえ、そこまでは。ただ貴方はあの子をとても気にかけ気に入っていて、そしてあの子を上手く手懐けている。貴方がそのつもりなのかなと思いまして」
 トゥルボーは顔をしかめ、横にふる。
「コレ以上あの子を様々な事で振り回させたくない。煩わせるのも嫌だ。シルワ、余計な事をするな。あの子をそっとしておいてやれ!」
 その言葉にシルワは目を細める。その目は笑っているようにも見える。明らかにシルワの意図に逆らう反応を示したのに、楽し気なシルワが気持ち悪い。
 シルワはソーリスよりもトゥルボーとカエルレウスの子供との間に生まれる結果に興味を持っている。
 マレは……と探る為に視線を向けるとシルワとトゥルボーの視線での掛け引きをじっと見守っていた。そしてシルワはマレに向かってニヤリと笑う。
 その笑みにマレは苦笑を返すが、トゥルボーの視線を意識してか、直ぐに真顔に戻した。そしてトゥルボーへと向き直り真っ直ぐ見つめてくる。引込まれそうになるその瞳をトゥルボーは目を細め見つめ返した。
「……そこまであの子の事を考えて下さってありがとうございます」
 マレは二コリと可憐に笑う。トゥルボーもその言葉に笑みを返した。微笑みあっているのに何故か穏やかな空気はない。妙な緊張が流れている。
 心話もなく視線だけで交わされるやり取りの為に静かな時間が過ぎていく。
「トゥルボー様は、后を欲しいと思われないのですか?」
 シルワが横からそう聞いてくる。それを聞かれると悩ましい。本来なら后は契約だけで結ばれた相手。しかしそれで済まないだけの重荷を一方的に相手に与える関係。ノービリスにとっては人生のほんの一部分の関係だが、后にとっては一生その地位に縛られる。
 そして妻という存在が実際自分にとってどういうものなのか?
「后を娶らねばならぬというのは分かります。しかし今回のように相手を追いつめてその関係を結ばせるのはなんか嫌ですね」
 何今更そんな甘く青い事を言っている? と言われるのを理解しながらもトゥルボーはあえてそう答えた。シルワへの牽制である。何か余計な事してこないように。
 シルワはそんなトゥルボーに何か言ってくる事もなく、ジッとマレの表情を探るように見詰めているだけ。

 フッ

 マレが突然笑う。この妙な緊張した中で何故この反応をマレが示したのか? トゥルボーは分からずシルワに視線をむけるが、シルワはジッとマレを見つめている。
「申し訳ありません……。
 トゥルボー様ところで――」
 チラリとシルワとマレは視線を合わせてからトゥルボーに向き直る。

「少し遊んでみられませんか? ちょっとしたゲームを私としましょう」
 その言葉にトゥルボーは目を見開く。シルワも想定外だったのだろうマレの顔をポカンと見ている。
「……なんか、怖いですね」
 マレはフフと笑い顔を横に振る。
「そんな警戒されるような事はありません。貴方には全くリスクはありませんし」
 笑みを深めるマレ。
「貴方は負けたとしても何も変わらない」
「逆に俺が勝ったら?」
 トゥルボーは目を眇める。
「史上最高の能力の后が貴方のモノになる」
 マレが何を言っているのか、トゥルボーは理解できなかった。『史上最高の后』という言葉で呼ばれていた后が一人いる。それはソーリスの前の后、そしてカロルの母親。
「貴方は以前、恋愛にご興味あるような事を仰っていましたよね?
 だったら、試してみませんか? その人物と向き合い零から始める関係を」
「本気でソレを言っています?」
 ニッコリと頷くマレ。流石のシルワも目を見張る。トゥルボーは自分に向けられたマレの表情見て一瞬息を止める。マレの笑顔があまりにも華やかで妖艶だったからだ。顔に散った痣など些細なものに感じる程その姿は美しすぎた。
 トゥルボーは目を細めその姿を魅入ってしまう。こういう表情を見るとマレが見た目と若さで判断したらダメな事が良く分かる。
「もし私の細やか願いを聞いて下さるならですが――」
 笑顔でとんでもない条件の契約を求めてくるマレ。告げられたゲームへの参加条件はシンプルではあるもののかなり悩ましい内容である。しかもトゥルボーの勝ち判定が難し過ぎる。しかしそんな事をトゥルボーにあえてしてきたところに、マレの必死さと本音を感じた。シルワの強い視線を横からトゥルボーは感じる。あえてゲームと言う形で示してきたマレの意図。シルワの前で本気を晒した契約に流石のトゥルボーも悩む。

 クククク

 感情が色々複雑に絡むと笑えてくるもののようだ。トゥルボーはこみ上げてくる笑いに耐えきれず声を出して笑った。
「いいだろう。そのゲームは面白そうだ」
 トゥルボーは明るく笑いマレにそう答え、そしてシルワに視線をチラリと向ける。シルワは複雑な顔をしていた。
 大筋シルワのシナリオではある。しかし肝心なところは全てトゥルボーが抑えてしまった事は面白くないのだろう。
「シルワ様は、私がお願いしなくても今までどおり遊んで頂けるのでしょ? これを機会に、トゥルボー様も一緒にと思っただけですが」
 今のシルワにそんな言葉を言ってしまうマレも恐ろしいと思うが、そこにマレの面白さを感じる。シルワは溜息をつくが、すぐ笑いだす。
「ですね、でも私は貴方のルールではなく、私のルールで遊ばせてもらいますので」
「はい。感謝しております。いつも見守ってくださって」
 マレはあどけなく見える顔で微笑み、シルワは優しく見える笑みを返す。この見掛けの表情とはズレた本音のある会話、このように見ている分には面白い。認め合っていてもいるし、相性は良い二人だがそれぞれに譲れない部分でぶつかっている。その結果がこの契約である。

 この二人のゴタゴタにまんまと引きずり込まれた形のトゥルボー。シルワとマレ。そしてソーリスの三人のかけひきによるゲームへの参加を許された事について改めてトゥルボーは考える。自分はどう遊ぶ? 今までのスタンスで一歩引いて見守る感じで? それとも積極的に?
 二人らしい癖のある会話を楽しむマレに目をやる。子供っぽい実直さと、シルワでさえ時には舌を巻く狡猾さを合わせもった人物。そしてあのソーリスを夢中にさせる美貌と知性をもつ。
 どうせ遊ぶなら思いっきりやるべきだろう。マレをジックリ見つめていたトゥルボーはほくそ笑んだ。




~~~十章 完~~~
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