蒼き流れの中で

白い黒猫

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十章 ~悔恨の先~ カロルの世界

罪ヲ孕ム

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 ローレンスは伽の為に他の宮殿へと派遣されている為に今近くにはいなかった。心話で縋りたくなるのを堪え、次の日からも平常を装い教鞭に立つ。下腹部の貼る様な違和感は相変わらずというか、強まる一方だった。気が付いてしまうと、それは確実に自分とは異なる意志をもつ生命だと分かる。
 書庫に行き妊娠について調べるが、自分がどの段階にあるのか分からない。最期に抱き合ってからは一月もたっておらず、それ以前に出来たとなると、どの交わりがソレに当たるのかを導き出すのは不可能だった。
 お腹を見るとそんなに変わったようにも見えない。ペッタンコのまま。しかし触ると奥に何か蠢く存在を感じる。胎動を感じるのは二十週前後とあるが、そんな時期のお腹には見えない。
「マギーどうしたの?」
 図書室の明かりがついている事を不思議に感じ入ってきたらしいフラーメンが話しかけてくる。ビックリして落した本を見てフラーメンは首を傾げる。
「キリーに子供が出来ていたらどんな風に進むのか気になって……」
 そう言い訳する娘にフラーメンは疑問も感じなかったようで優しくて笑う。
「やはり貴方も感じたのね。今日マレ様の診断があって無事着床しているのが確認されたの」
 少女の身体がビクリと震える。
「え、だってまだ二週間も……」
 戸惑うように言う娘に、何故かフラーメンは誇らしげな顔をする。
「それがマレ様の能力だから。そういった生命の芽生えや動きが、あの方には見える」
 その言葉に感じたのは恐怖だった。最近忙しくしていてマレがコチラに来ていない事は幸いであった。研究所に行くのは避けねばと少女は考える。
「キリーはどんな感じなの? 元気?」
 フラーメンは可笑しそうに笑う。
「当たり前でしょ? 元気に決まっているじゃない。いってもまだ何も身体に自覚症状もないから不思議がっていました。それなのにお腹に赤ちゃんがいるという事を。彼女もまだ実感ないのでしょう。
 そうそう、そう言う事情だから暫く貴方は接触を控えて下さい。精神が近すぎるからまた余計な現象が起きて互いを危険に晒してはいけないからとシルワ様からの指示が出ました。しばらく面会は控えてくださいね」
 そう言われると頷くしかない。相談はしたいが、離宮に行くとマレに接触する危険性も高い。それに姉に何を言えるのか? 幾重もの意味で裏切った自分が。
 少女は妊娠についての流れを、改めてフラーメンから教授され別れる事にした。総体的に考えて、今自分は妊娠初期であろうと自己判断する。そしてどうするのか? バレると堕ろさせられるのが必須である。后となる身。内内に処理されるだろう。しかも相手までバレてしまうとローレンスも無事には済まず裁かれる。となるとローレンスを守り、この子供を殺させないためには、自分が消えるしかない。この土地から。 

 一番に思いついたのは、シワンが持っていた本の存在であった。あれは外の世界を知る人物が書いたもの。書庫で見つけたと彼は言っていたが、『じゃあ続き貰えたら……』『今忙しいらしくて書けないみたい』と口を滑らしていた。その人物ならば外の世界を知っている。それにああいう禁断の愛の物語ばかりを書いた人物ならば、自分のこの状況を理解してくれる筈である。女の直感であるが、あの話はまるっきりの創作ではない。実体験を元に描かれているに違いない。だから大丈夫だと確信していた。そこでその人物と接触すべくシワンに懇願してみたが断られた。真面目過ぎる彼がその頼みを受けてくれるはずもない。自分とその相手を守る為にシワンは絶対首を縦に振らない。また協力してもらえたとしても、下手に友人に関わらせると彼に迷惑が掛かる事に気が付く。
 とはいえ諦めた訳ではない。その人物のいる場所は予想ついていた。コソコソと南の森に消えシルワンの姿を見たのは一度でない。何処行っていたのか問いただしても必死にごまかすのを何度も見ている。禁断と言われている南の川の向こうしかない。トゥルボーもあの見知らぬ果実を南から持ってきたと言った。その方向に自分と子供にとって自由の世界がある。 

 お腹が大きくなるのを人に気どられる訳にはいかない。だから実行は早い内が良い。せめてローレンスと最後に会いたい。その事もあり、彼が戻ってくる二週間後以降に実行を起こす覚悟をした。その為に身辺を整理して荷物を纏めていく。后になる為の準備だろうと部屋を片付けていても誰も不思議には思わなかったようだ。
 しかし身体の方がソレを裏切っていく。お腹は別の生き物のようにみるみる大きくなっていく。このままではバレてしまうのも時間の問題だった。ローレンスが戻る五日前に少女は皆に手紙を残し、住み慣れた宿舎を後にした。
 マントに身を包み最低限の荷物を手に、森への入った所でひとまず深呼吸する。そして覚悟を決め歩き出す。その日は満月だった為に森は明るく歩くこと事態は問題なかったが、お腹の中の子供が動きをみせその歩きを遅める。それに旅の為に纏めた荷物が重く肩に喰い込んでくる。漸く川の所まで来た時に自分の名前を呼ぶ声が後ろからする。少女は背負っている袋の紐を握る。
「マギー、帰ろう! 今なら俺しか気付いていない」
 シワンはそう話しかけて来るが振り返る訳には行かない。罪を犯した自分に戻る場所はない。何よりもローレンスとの子の為にも戻れない。少女はそのまま川を超えるために水に入っていく。超えてはならない境界線。
「マギー! ダメだ!」
 叫ぶシワンの言葉を聞くわけにはいかない。対岸に行き前を見てギョッとする。そこに黒い人影が見えたから。森の中から黒いフードを被った人物が出てくる。やはり境界線の向こうにも人はいた。
 少女が近づこうとすると、手前の地面がバチバチと音がして燃える。
「それ以上コチラに来る事は許されない。次はお前にぶつけるぞ。帰れ」
 冷たい声に少女の足は止まる。
「お願い!! 通して! そちらに行かせて。貴方の所に」
 そう相手に懇願するが、その相手は答えない。大人なようだがマントの所為で男か女かも分からない。
「話にならない。シワン、さっさと連れて帰れ」
 話しかけようとしたが、その人物は後ろにいシルワンに話しかけてくる。
「ゴメン、クラーテールこんな夜中に呼び出して」
 フードで顔が、よく見えないがその人物が少女に視線を動かしたのは感じた。
「お願いします。貴方の所に行かせて。私には貴方しか頼る相手がいないの!!」
 フッと鼻で、笑われる。
「迷惑だ帰れ! 自分の巣に戻れ。外にお前のいるべき場所はない」
 相手の声はあまりにも冷たい。
「帰れないの! 罪を犯したから! だからそちらに行かせて」
 必死の願いを込めて少女は叫んだ。後でシワンが驚いた気配がしたが構ってられなかった。荷物を地面に下ろし縋るようにクラーテールと呼ばれた人物に歩み寄る。術を放って来ることはなかった。
「お前、何をした?」
 そう、問いかけてくる相手に少女はマントを脱ぎ、突き出した腹を持つ身体を見せる。妊婦を前に相手も、強引な事して来ないであろうという計算もあった。相手の驚く気配がする。
途端に周囲の空気が変わった。風の気が囲むように動き少女が前に行くのも後ろに下がるのも拒む。相手にが何かを手にする。銀色に輝く長く大きいナイフのようなものが見えた。その金属の輝きに感じるのは刺すような恐怖。
「悪いが穢れを放つ事は出来ない」
 その言葉に、目を見張る。『ケガレ』そう言われた事にもショックを受ける。怯える緑の目は銀色の金属が炎をまとうのを見てさらに見開かれる。自分を殺す気だと気付き、恐怖からへたり込む。
「クラーテールやめて! その子は俺の家族なんだ! 言い聞かせて連れて帰るから、だからそんな物騒なものしまって! ね?」
 駆け付けてきたシワンが間に立って止める。
「シワン。それは私にとってもそうだ。でもこの状況を見逃す訳には行かない。この子は魔を孕んだ。そちらに戻すこともさせない。そこをどけ! その子から離れろ!
 腐化が始まると、お前も危険だ」
 シワンは振り返り少女の、お腹を見て目を見開く。
「何? そのお腹。数日前はこんな事なかったのに」
「胎児の異常発育による暴走だ」
 母親の恐怖を感じ取ってきたのか? お腹の中の胎児が激しく動き母体を苦しめる。
「ウッ、お願い私はいい! この子だけは、この子の命だけは助けて!
 良い子だから大人しくして、大丈夫だから」
 そうクラーテールと子供に叫び、少女は暴れるお腹にそう話しかける。クラーテールの態度に少し戸惑いが現れる。その表情が強張りハッとしたように顔を上げる。
「マレ! くるな! この子はもうダメだ救えない!」
 その言葉に、少女は一条の光を見いだす。
「マレ様! 助けて! お願い」
 ここにはいないその存在に向かって叫ぶ。空を睨んでいたクラーテールは舌打ちをする。そして目の前にいたシルワンを抱き上げそのまま離れていく。少女の周りに貼られた結界は外されることはなく逃げる事は出来ない。
「マギー!! クラーテールおろして!」
 そういう叫び声も遠くなっていく。森に一人放置され少女はジッと辺りを見渡す。
 ビン
 空気が揺れる音がして、視線を上げるとそこにマレの姿を認める、フラリと身体が揺れ地面に跪いて苦し気な声をあげる。
「マレ様」
 少女の声にマレは顔を上げすぐに立ち上がり近づいてくる。マレが近づくと少女をそこに縛り付けていた結界も消える。縋る少女をマレは抱きしめる。マレは労わるように身体を立たせ少女を誘い木の根本に座らせる。木に凭れる事で身体は少し楽になる。宿舎を出たときよりも、お腹はさらに膨らみ倍以上の大きさになっていた。そのお腹をマレは撫でる。すると中の胎児は身体を捩るように暴れる。
「もう大丈夫。貴方を助けるから」
 マレの言葉に、少女はよくやく安堵し涙を流し、笑みを浮かべた。そして一旦離れマレを見上げると悲し気な顔で微笑む美しい顔が見える。
「マレ様ごめんなさい。でも私はこの子を……ウ、グ」
 マレがまとう気が変化したとたんに少女の身体がゾクゾクとした寒気を覚える。お腹の子供が異常な程暴だして少女を苦しめる。
「良い……子だか…ら大人……しく……て、怖く……な……」
 そう子供を宥める少女にマレはそっと話かける。
「研究所に連れて帰るまでの時間がない、だから苦しくても我慢して。今お腹のソレを取り出して処分する」
 マレの言葉に少女の心は凍りつく。
「イヤ、お願い産ませて、ローリーの子供なの。殺さないで」
 縋るようにマレに伸ばした手をマレは掴み両手をひとくくりに木に抑え込む。
「これは子供じゃない。分からない? 人間ですらない魔のモノだ」
 少女は必死で抵抗して暴れるが手はびくともしない。
「違う、私とローレンスの赤ちゃんなの! 殺さないで!」
 必死になりアグニの気をマレに放つ。少女の放った炎がマレの衣類や身体を焼くが、マレの手は緩む事がない。マレの手にナイフが握られ洋服の前が裂かれる少女はさらにがむしゃらに暴れるが片手だけで押さえつけている筈のマレの手は少女を木に縛り付けたまま動かない。その間にお腹はどんどん膨らんでいく。腹が裂けるような痛みに少女は叫ぶ。

 ~マギー! 怖がらないで! 私が助けてあげるから~

 そんな声が頭の中に響く中、狂瀾状態のまま高まる感情が抑えられなかった、周囲が少女が放った炎で燃え上がる。宥めようとするマレの声もそして自分を呼ぶ声すらも意識は遠のいていく。そして何かが爆発する音を聞いた。何が起こったかを確認することも叶わなかった。最後に感じたのはどこまでも暗い闇に放り出された自分。そしてその自分すらも感じなくなった。
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