蒼き流れの中で

白い黒猫

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十章 ~悔恨の先~ カロルの世界

新しき友と、古き友

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 マレの診察により后の着床が確認された事で、研究所は慌しくなる。喜びに浮足立つ研究所をシワンは静かな目で見つめていた。
 后を気遣い離宮への時間の増えたフラーメンに代わって友人は教鞭を執るようになり、兄は伽を行う為に別の土地へとその期間を過ごす事になり、物理的に距離感が生まれていた。
「意外、お前は冷静なんだな。トゥルボー様がお前も動揺しているだろうから様子見て慰めてあげろって言っていたけれど不要だった?」
 そう話しかけてくるイービスをやんわりとした笑みを浮かべ迎える。ノービリスの特性なのかイービスの性格なのかわからないが、シワンから見て、かなりおおらかで開けっぴろげな所がある。だがその遠慮したり気を変に使ったりして接してくるイービスとの付き合いに心地良さも感じていた。資料室にて、業務が増え職員の手が足りなくなり追いつかなくなった書類の整理を命じられ作業していたシワンの所にイービスはやってきて隣の椅子に腰かける。
「トゥルボー様にそんなにそんな気をかけさせてしまうなんて、恐縮です。
 でも動揺はしていないですね。何か実感が湧かない。伽してから一月もたってないのに、子供がいますと言われても」 
 イービスは明るく笑う。 
「いや、トゥルボー様はそこまで気にしていたわけではないし、話の流れでそう言っていただけだから気にしなくて良いよ」
「え? …… はい」 
 時々、微妙にリアクションに困る会話を仕掛けてくるのはノービリスの特徴のようだ。イービスと会話するようになり、シワンも慣れては来たものの時々戸惑う。 
「それにしてもあのマレの能力やはり面白い。シルワ様が重宝するのも分かる。マレが携わった伽は失敗ないって。排卵期の読みに外しないからほぼ確実に着床する。お前もその血ひいているんだろ? 分からないのか? そんな身体の気配や変化」
 シワンはブルブルと頭を横に振る。それはマレの医学的技能というかアクアの能力のようで生命のそういった変化を機敏に感じる事が出来るらしい。地脈を読んだり生命の息吹を感じたりする能力が高いと言われるテラを遙かに上回るの鋭さをもつ。
「俺は、単なるテラでしかないから」 
 イービスは面白そうにシワンを見て笑う。 
「でしかない? 最高に面白いテラだよ。他のテラと明らかに匂いが違う。あのマレとも似ているけどまた違う香り。俺は好きだ」
 そして屈み顔をシワンに近づけて動物のようにクンクン香りを嗅ぐ。綺麗な顔を近づけられてシワンはドキリとして身体を引いてしまう。
「まあ、マレ様と血が繋がっているので似ている所はあるのかもしれません。でも肝心な能力とかは残念ながら継ぐこともできなくて」
 顔も地味だし、他のカエルシウスの子供のように活発でもない。能力が高いとはいえ、一番地味なテラという能力の為そこまで派手に活躍させる場もない。ぶっちゃけ地脈読んだり地下水の流れ様子をみたりするのもある程度の能力があれば十分役に立つので、高ければ高い程いいとも言えないのがテラの力。役に立つかどうかはともかく、炎起こしたり、風を操ったりするアグニやベントゥスの能力のほうが派手でスゴイとみられがちである。
「そうかな? 他の子供も見たけど、一番お前が面白いしマレに近い資質を感じる。それにマレよりもとっつきやすい分カワイイ」
 自分がカワイイと言われた事と、マレと並べられて表現してくることにもどうしたものかと思う。ノービリスにとってはマレと自分は同じカテゴリーにいれられているようだ。
「そんなダサイ髪型をして、猫背でいるからだよ。お前は悪くない顔立ちしているよ」
 イービスの長く形のよい指がシワンの前髪を書きあげその顔を晒させる。そして魅惑的な顔でニッコリ笑いかけてきてシワンは恥ずかしくなりその手を払い、下を向く。
「別に俺は男だし ……それに研究に生きていくのに容姿なんて関係ない」
 シワンはかそう言いながら自分はどう生きたいかと望んでいるのか悩む。とはいえ人にあまり深く関わらずそうして生きる方が気楽にも思えた。それにここで何かに没頭している時間も悪くない。
「ま、ここで働くにはその方がいいかもな。シルワ様は可愛い少年という感じのタイプが好みなようだから、喰われない為にも冴えない恰好しておくのも手だな」
 シワンは頬が引きつるのを感じた。
「シルワ様が俺なんかに、そんな興味持つわけないですよ」
 イービスはクスクス笑う。
「なんで俺も興味もったくらいだし、それにマレのファクルタースがソーリス様に完全に封じられて味わえないとなると、一番その能力を濃くもってそうなお前に目をつけるのはありえなくないぞ! それくらいお前は魅力ある」
 手足が長いせいか、アッという間に抱き寄せられそう言われシワンは目を丸くしてされるままになるしかなかった。
「その子に手を出すのは止めて欲しいものですね。マレに手を出して痛い目にあったのに懲りませんか?」
 いつの間にかきていたシルワの声にシワンは慌ててイービスを突き飛ばし離れる。
「シワン、貴方もこういう口説きにもう少し警戒をしなさい。鈍感で初心というマレのそんな性質までも受け継がなくて良いから」
「シルワ様、野暮な事しなくても。友情を深めていただけなのに」
 そう嘯くイービスをシルワは鼻で笑う。
「別に貴方がノービリス相手とどうイチャイチャしてようが構いませんが、アミークスに手を出すって、何を考えているんですか」
 目を細めて見下ろしてくるシルワが怖くてシワンの身体は竦む。誤解を解くために慌てて否定しようと口を開く。別にイービスは男の自分にそんな事をしようとした訳ではない。ただからかっていただけだと。しかし先に言葉を発したのはイービスだった。
「アミークスね、そもそもその区分って何なのですか? アミークス同士から生まれたから? アミークスの定義も彼の場合もう曖昧になっている。それにこの能力の高さはアミークスではないと思いますけど」
 否定すべき場所が微妙に違うイービスにシワンはどうしたものかと思う。シルワは反論してきたイービスを怒るかと思ったが面白がるように笑う。そのまま近づいてくるシルワはイービスを通り越してシワンの前に立つ。そして優しい顔で笑いかけてくるがシワンには怖く見えた。
「確かにその区分はもはや意味もないですがね、でもこの子のファクルタースは、我々にとって貴重なモノ。だから侵すことは許しません。幸いな事に元々の能力も高いから無理に与気して寿命を延ばす必要もない」
 シルワの伸ばされた手が胸を突くとシワンはチリとした微かな痛みを覚える。
「お守りです、貴方のその気を保護するための。貴方の気に干渉しようとしたものを私に代わってぶちのめしてくれるから、これで安心しなさい」
 二コリと笑われ、シワンは引き攣った笑いでお礼を言うことしか出来なかった。イービスがシワンにしかけてきたのは、ファクルタースを楽しみたかっただけなのだと理解して少しホッとする。ノービリスの間では気を交わらせて互いを楽しむというのをコミュニケーションの一つとしている。
「イービスそうそう、貴方には色々動いてもらわなきゃならない事があるのでそのつもりで。ご褒美にこの子を味見するくらいはさせてあげるから」
「なんなりと」
 イービスはニヤリと笑う。よく分からない会話にシワンは戸惑いつつ二人の顔を交互に見る事しか出来なかった。
「まあ別にご褒美なんてなくても、喜んで働きますよ!
 シワン、そんな怯えた顔されると傷つくよ。ただ友達としてお前と楽しく付き合いたいだけで、ああ言ったのも、よりお前と近くで話したかっただけだ」
 ノービリス流の冗談はシワンにはぶっ飛びすぎシルワンは苦笑いをしながら頷く。
「で、シルワ様、お仕事とは?」
 警戒を解いたシワンに安心したのか、イービスはシルワに話しかける。
「先々の事だから、それまでは貴方のその嗅覚で感じるままに動いてくれればいい。今はその資料整理の仕事を手伝って。そういった資料に触れておくのも、二人には良い勉強。今は馬鹿をしないで色々見て世界を学びなさい。未来の為に」
 教師の顔でそんな事を言うシルワに二人は良い子の返事をする。それを満足そうに見つめシルワは去っていった。
 シルワが消えて二人は顔を見合せ思わず笑ってしまう。そして仲良く書類の整理作業をすることにする。カエルレウスの子供達の様々な報告記録、ここだけでなくノービリス全体の最近行われた伽に関する記録。見習いである自分がみて良いのかと思うか踏み込んだ内容の資料をドキドキすシルワンに比べ、イービスは楽しそうである。彼にとってはそういった資料に接するのは普通の立場であるというのもあるだろう。
「お前は、本当に期待されているんだな。もうこんな資料に触れる資格を与えられるなんて」
「いえ、研究に携わるのではなくて、整理だけですから」
 イービスの言葉は嬉しかったが、そう謙遜の言葉を返す。その姿を見てイービスは楽しそうに笑う。血縁関係でもなく、自分がカエルレウスの子とかを抜きにして、シワンをシワンとして見てくれるイービスの存在は、自分の場所を失いつつある彼にとって救いだった。激務に過ごすこの時期も、新しい友人という存在によって楽しいものとなった。だから共にいる時間の少なくなったかつての友人の悩んでいる姿には気付けずにいた。

 仕事をやりきった心地良い疲れを感じ宿舎のある部屋に戻り灯をつけたら、自分の部屋にすでに人がいた事にシワンは悲鳴を上げそうになる。しかしそれが赤い髪の友人であることでなんとか押し留まる。友人はシワンのベッドで本を抱きしめている。それまでは部屋は灯もついてない状態だったこともあり読んでいた訳ではないだろう。
「マギー脅かさないでよ。どうしたの?」
 そう声をかけても何も答えない友人にそっと手をやる。すると小刻みに震えているのが分かった。
「マギー? どうしたの? 何かあった?」
 友人は顔をゆっくりとシワンへと動かす。
「 …って。」
「え? なに?」
 小さすぎる相手の声に聞き返すと、肩を掴まれ揺さぶられる。本は開いた状態でグシャッとベッドに落ちる。
「お願い! この本を書いた人に会わせて!」
 シワンはその言葉とその手から逃げるように身体をよじり下がる。しかしベッドに乗り上げて迫ってくる。壁際に追いやられ身体を抑え込まれ抵抗も出来なくなる。何分相手の方が体格もよく、押し返すことも出来ない。
「で、できないよ! そんな事。それにこの本勝手に出すなんて何考えているの! そんなんだったらもうこの本を貸さないよ!」
 言われた事の内容にシワンはパニックを起こし、そう言いたてる。しかし相手の普通でない必死な様子の緑の瞳に少し冷静になる。
「 ……マギー? 教えて何故そんな事言いだしたの? なぜこの本を書いた人に会いたいっていうの?」
 友人はビクリと身体を震わせる。そして目を逸らした。
「その人は、外の世界を知っているんでしょ? 結界の外の世界。だからその話をもっと聞きたいの! 楽しそうじゃない!」
 コチラを向き直りニッコリと笑顔を作り、明るくそう言ってきたが、それが嘘であるというのをシワンは察する。この友人は四人の中で一番嘘が苦手である。
「そんな、理由ならば、会わせられない」
 どういう理由であれ会わせられないのだが、シワンはあえてそう言う。
「それに今、君はどういう時期なのか分かっている? マギーがオカシナ行動するとどれほどの問題を引き起こす可能性があるか冷静に考えて」
 そう言葉を加えると、コチラを縋るようにしていたのが嘘のように行動を止める。ギラギラした感情は消え、代わりに虚ろな感情がそこに宿る。
「分かった。ゴメン。もう迷惑はかけない。私もう行くね」
 先ほどの異様な熱意が何だったのかと思う程友人はアッサリと帰っていった。その様子にシワンは何とも言えない不安を覚える。
 次の日の夜、友人を訪ねるが、シワンを穏やかに迎えてくれはした。その様子が却って気持ち悪い。こちらにむける笑顔もどこか嘘っぽく他人行儀である。そして一番感じた違和感は部屋が妙に綺麗であることだ。荷物が少なすぎる。その事を口にすると、友人は顔を顰めて笑う。
「どうせすぐにココにあるものは必要なくなるから。家具も洋服も、キーラも全部捨てていった。だから私もそうしようかと思って」
 后になると、豪華な住まいを与えられる。そうなると確かに今までの所持品なんて不必要になるだろう。
「ねえ、シワン。貴方にこれを受け取ってもらいたい」
 渡されたのは、ロマンチストの友人が何よりもお気に入りの詩を自ら書き写してまとめた詩集。それを受け取りながらシワンは上手い言葉を返せなかった。友人がしでかそうとしているとんでもない行動を察したから。別に后になるからってコレを捨てる必要はない。気が付いた事を明かして止めるべきか? シワンは悩む。
 しかしこの相手はとんでもない頑固者。簡単に説得に応じる筈もなく、ここで何かシワンが行動したら、自分を捕え拘束して即実行するだけだ。一人では止められる友人ではない。兄に頼りたいが、今は別の土地にいて頼れない。身ごもっているキーラに余計な心配はかけられないし、あそこで余計な行動すると大人たちにバレる可能性も高い。誰にも気取られないうちに止めなければならない。
「ところで、シワン! いつまで女の部屋にいるつもり? こう見えても、私は年頃の女なのよ!」
 何も言えず固まっていシルワンに友人はそんな冗談めかした言葉を言って追い出しにかかる。部屋を出るときにシワンは彼女の部屋の机に複数の封筒があるのが見えた。やはり彼女は逃げる気なのだ! すべてを捨てて。

 シワンはそのまま宿舎をそっと離れ、詩集を手に南へと走った。
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