蒼き流れの中で

白い黒猫

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十章 ~悔恨の先~ カロルの世界

糸口から繋がるモノ

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 白い宮殿の回廊を大股で堂々と歩く足音が響く。真夜中であるがそんな事を気にする様子もなくその足はまっすぐ奥宮へと向かう。回廊そのものが光を発しているのか灯がないのに明るく、その光が歩く男の黄金の髪をより輝かせている。ソーリスの宮殿においてソーリスの行動を妨げるモノはなく、ソーリスが進むと閉ざされていた扉も自動で開く。
 ソーリスにとって最も私的な空間である寝室の前にくると、前室で控えていた侍従は少し慌てた表情を見せる。その理由を察し苦笑しながら風呂の用意を頼み部屋へと入ると案の定部屋は煌々と明るい。ソーリスはゆっくりと寝室を見渡す。
 この部屋はソーリスの寝室ではあるが、同時にマレの寝室となっていた。ソーリスがマレを何時でも抱けるように私室を与えず無理やり住まわせていたのだが、最近では意味が変わってきている。
 普通真夜中に寝室に帰れば、ベッドで眠る恋人の姿を楽しめるものなのだが、マレの場合先ずその姿を探す所から始まる。一つ言えるのはベッドで一人で寝ている事はない。それはマレの可愛らしいソーリスに対する抵抗。
 どこで寝ているかというと、ソファーをベッド代わりに利用はしているようだ。だがそこで真面目に寝てくれていたなら良いのだが、そうでない事が多い。
 椅子に腰掛け書類や本を手にしたまま、もしくは床に座ったまま寝ていたり、酷いとき床にちらばった書類とともに床に転がっていたりもする。最初床で倒れていたときは流石のソーリスも驚いたが、マレは実はどこでも寝ることができ、それを気にしないところがある。三十年の幽閉生活の弊害か? とも思ったが、シルワによると以前からもマレはそうだったようで、マレの中で自分の衣食住といった要素の重要度が低い。クラーテールがそういうマレの世話を焼いたからまだその悪癖が他人に見えてなかったし、そもそもその当時マレが夜にどこでどのように眠っているかまでソーリスが知るはずもなかった。

 まあ何処で寝ていようがベッドに運び起こしそのまま抱けばよい。その為にわざわざ早めに仕事を切り上げて帰ってきたのだが、部屋に踏み込みこんだものの、ソーリスもその光景にどうしたものかと悩む。
 床一面にちりばめられた書類、その中心でマレがユラリと立っていた。流石のマレも立ったまま寝ることはないだろうから起きてはいるとは思う。実際目は開いており視線を散らばった書類から書類へと走らせ、小さい声で呟何やらいている。かなり存在感のあるソーリスが入って来たことに気が付く様子もない。ソーリスは最も面白くない状態になっているマレに遭遇してしまった事に溜息をつく。マレもまだソーリスが帰還する予定ではないから、思いっきり仕事に没頭しているのだろう。
「マレ、戻ったぞ」
 そう声をかけると、マレはゆっくりと顔を動かしソーリスに視線を向ける。
「お帰りなさいませ」
 ぼんやりとした口調でそう答え、再び書類へと視線を戻してしまう。ソーリスは溜息をつく。侍従の説明によるとここ数日ずっとこの様子なようで、書類もマレなりのルールにも基づいて並べられているようで片づけることもできないようだ。
 この状態のマレは一番口説きにくい。ソーリスをちゃんと意識してくれているのならば、まだ攻めようもありベッドにさえ連れ込んでしまえば、あとはコチラのペースでマレの身体を貪り翻弄して楽しめば良いのだが。没頭状態になると同じ人間かと思う程感度が悪くなり、まるで人形を抱いているかのように反応も薄く面白くないものになってしまう。
 ソーリスはそっと背後から近づきマレを抱きしめる。いつもなら声を上げ身体を強張らせる所だが大人しくされるままになっている。風呂に入った後だからだろう、マレの髪や肌から香油の香りがする。それを楽しむように鼻を寄せ、耳に首にキスを落とす。
「マレ、もう子供は寝る時間だぞ! ベッドにいくぞ」
「私はいいです。お先に寝てください」
 会話は成り立っているようだが、その口調も表情も無感情。ただソーリスの言葉に適当な言葉を返しているのに過ぎない。ブリームムに対してかなり失礼な態度ともいうべきだが、マレの心が研究に憑りつかれているだけで、本人もそんな態度をしていることがよく分かっていないのだろう。
「何をそんなに気にしている? 何がお前の心を悩ませてる?」
 ソーリスはそう耳元でささやきながらその小さく可愛らしい耳を嚙む。マレの顔がゆっくりと動きソーリスをみつめる。キスをするかのような距離にあるのにマレは気にしてないようにソーリスの目をジッとみつめる。
「わかりません
  ……ソーリス様は、コレから何が見えます?」
 珍しくソーリスを認識しているようにも思えるその視線に少し気を良くする。
「お前やシルワが見ても分からないものを、俺が分かると?」
 マレは視線で書類へとソーリスを促す。そしてその書類の大ざっぱな説明をする。三つの種族ぞれぞれの系図をそれぞれ異なった視点で切りとった資料を系統たてて並べているようだ。
「別にどれも同じに見えるが。どれも、より強き能力を求めて配合させていった一族の系図だろ」
 マレの目が見開かれる。そしてフラリとソーリスから離れゆっくりと資料の間を漂うようにうろつく。
「同じ……。どれも……? おな……じ? お……な」
 そう虚ろに呟くマレの腕を引っ張り抱き寄せソーリスは無理やり唇を奪う。息切れを起こすまで深く長くしてやると流石に抵抗し始める。離れて驚いた表情でソーリスを見上げてくるマレの頬を撫で微笑みかける。
「もう寝ろ!! ちゃんとベッドでな! 命令だ」
 侍従によると昼は研究所の仕事をしているのに、夜はこの調子で三日も寝てないらしい。マレの視線がだんだんソーリスに合ってくる。少しずつ心が戻ってきたように見えた。
「それともこの書類の上で抱いてやろうか? そしたら何か見えてくるものもあるかもしれないぞ」
 そう意地悪く笑い、唇を親指で撫でてるやるとマレの顔が赤くなってくる。それは照れというより怒りの感情だろう。
「なっ!」
「嫌なら素直にベッドで眠れ。真面目に寝るなら今日は我慢しといてやる。疲れであっという間に動かなくなるのもつまらないからな」
 そう囁きながら耳タブを舌でねぶると、マレは身を捩り腕から逃げようとする。
「どうする? マレ?」
「……今日は本当に勘弁してください……眠らせてください」
 ソーリスはニヤリと笑い腕を広げ解放してやる。そして視線をベッドにやるとマレは溜息をつきベッドへと向かう。ソーリスの動きを気にしながら。
「真面目に眠れよ! 戻ってきたときにまだ仕事をしているようだったら分かるな。その時はジックリ時間かけて可愛がってやる」
 そう言葉を投げ浴室へと向かう。他の愛人だったらこんな気づかいや世話をしてやることはないのだが、マレはソーリスについついこういうお節介をやかせてしまう所かあった。ソーリスに我慢させるなんてマレかシルワくらいであるが、それはそれで楽しんでいる所もあった。ソーリスは面倒な相手というのは意外と嫌いではないようだ。冷静で完璧主義な人物であるのに、一歩踏み込んでみるとこのように頼りなくズボラで不器用て危うげな所を見せる。そこも面白く愛しくも感じソーリスを楽しませ、柄になく小言とか言わせて面倒みささせていた。
 とはい今夜はマレを抱く気満々でいたソーリスの体は疼いたまま、かけ流しの広い浴槽でソーリスは横たわり、侍従に身体を洗わせていた。身体を清め柔らかくマッサージする侍従の手の感触は心地よいが、今のソーリスにはもどかしくも感じる。健気な様子で一心にソーリスの世話をする侍従にソーリスは視線を向けニヤリと笑みを浮かべる。手を伸ばし侍従の身体に手を回し湯に引きずりこむ。戸惑うもののソーリスの巧みなキスを受けながらすぐにその身体の緊張を解かせていく。ソーリスの名を愛しげに呼び抱きついてくる相手の服をさっさと剥ぎとり、下半身に手を伸ばし後ろの穴を手早くほぐし直ぐに自らの雄を突き入れる。十分とはいえない状態での挿入。快楽と同時にかなりの痛みも伴った行為だっただろうが侍従は悦びの声をあげソーリスを受け入れる。敬愛するソーリスから直接与えらるモノは痛みでも幸せを湧き起こさせるモノらしい。中を擦られるその刺激に侍従は身体を震わせて何度も果て、ソーリスが中に放ったのと同時に意識を飛ばした。侍従を浴室にある籐のソファーに寝かせ上からブランケットをかけてやる。世話させていた侍従がこの状態なので、自分で簡単に身体をタオルで拭きガウンを羽織る。気持ち的に少しサッパリした事で寝室に戻ることにする。寝室の照明は落ちていた。しかしマレはやはり眠れてはいないようでベッドで掛け布団に潜りながらモゾモゾと身体を動かしている。脳が休む状態ではないから目も冴えてしまっているのだろう。ソーリスはガウンを脱いで全裸となりベッドに入るとマレはビクリと身体を震わせる。ソーリスに背中を向けているマレをこちらに向かせてから抱き寄せると腕をつっぱり抵抗しようとする。
「真面目に寝ようとしています。だから邪魔しないでください」
 ソーリスは笑い、優しく抱き寄せ背中を叩いてやる。
「子供を寝かすのには、抱きしめてこうやってやるといいらしいな。あやしてあげるから眠るといい」
 マレはハァと息を吐く。その吐息がソーリスの胸を擽る。抵抗を止めてその体勢のままマレは目を閉じる。
「一度も子供の面倒なんてしたこともない貴方が?」
 少し嫌味っほく言ってくるマレにソーリスは笑う。確かにソーリスは今まで一度も子育てに参加したことはない。それは后の仕事であるし、ソーリスが子供をあやしたりオシメ替えたり食事させたりなんてことは態々することでもないだろう。
 それに言葉も通じない、思い通りにも動いてくれない子供と接するのは面倒なだけ。キチンと受け答えが出来るくらいになってから対面して見所があれば拾うというのがソーリス流の子育てだった。しかしマレにそれを言うべきではないのは流石のソーリスも理解出来た。
「一度カロルが赤ん坊の時に抱っこしてあげた事はあるぞ」
 マレは意外そうに眼を丸くしてソーリスを見上げてくる。
「クラーテールが俺に無理やり持たせたんだ。しかしアイツは泣き喚きだしてどうしようもなくなったから返した。俺には子守の才能はない」
 マレはその姿を想像したのだろう、クスクスと笑いだす。
「まぁ、人の事は言えませんか、私も……そもそも親を語る資格はない……」
 ソーリスはそう呟くマレを優しく抱きしめ髪にキスをする。そしてその背中をあやすように摩る。
「俺よりかは、そういう意味では器用だろお前の方が。少なくとも子供から愛される才能はある。手懐けるのもお手の物だ」 
 ソーリスの胸に抱かれながら、フフと小さくマレが笑う気配を感じる。その体制のままソーリスはその背中を優しく叩きそのぬくもりを楽しんだ。偶にはこう言う穏やかな時間も悪くないのかもしれない。マレが甘えるかのようにソーリスの身体に顔を押し付けるような仕草を見せる。
「マレ?」
 そう声をかけても返事はない。本当に真面目に眠ってしまったようだ。ソーリスはヤレヤレと想いながらもその背中を優しく撫で、安心したように眠るマレの額にキスをする。身体が限界まで疲れていたのもあるのだろうが、腕の中で無防備に寝てしまうマレもマレである。再びムズムズしてくる身体にどうしたものかと思うソーリス。その手で銀色の髪を撫で、指を擽るその滑らかな感触を楽しむ。

「Яорёнг」

 マレが寝言である名前を呼ぶ。ソーリスはその言葉に苦笑する。それがクラーテールの名であったらムカつきもしていただろうが、性的対象からほど遠い家族の名前をここで言われると逆に萎える。
「俺の腕の中で他の男の名前を呼ぶとは。
 今日は勘弁してやろう。ゆっくり眠れ。だが明日は覚悟しろよマレ」
 ソーリスは胸の中でスヤスヤと眠る恋人にそう囁くが返事がある訳もなく、何故か顔をすり寄せてくる。ソーリスは笑い心地よい香りのするマレを抱きながらソーリスも眠る事にした。
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