蒼き流れの中で

白い黒猫

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九章 ~鼓動の先~ キンバリーの世界

接吻が産み出すモノ

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 マグダレンの体調が少し戻った事で、旅は再開された。元々賑やかにおしゃべりしながら道中を過ごしていたわけではなかったが、イサールが加わった事で会話は増えた。とはいえ主にイサールとキンバリーが話しをしているか、イサールとローレンスが話している感じで、四人が同じ話題をする事はなかった。
 四人での旅になりもう一つ大きく変わったのは、女である事で気を遣われるようになった事。テーブルに付くとき椅子を引いてくれたり、人込みを歩いていて人にぶつかりそうになったらさりげなく引き寄せて守ってくれたり、そういった気遣いをみせてくるのがイサールという男。今回も体調崩していたマグダレンの荷物をさっと取り、代わりに運んでいる。
 里では女が多くそして皆逞しかった。だからそんな真似しようものなら女達に『何気取っているの?』『まさか口説いているの?』と笑われるだろう。しかしイサールはそうすることが当然だと言う。
「この世で生命を生み出すという何よりも素晴らしい能力をもつ女性を敬うのは当然でしょう?」
 生命は男女がいて作られるのだからどちらがより偉いというのはないと思うのだが、イサールはそう主張する。
「女性を守る、支えるのが男の喜びでもあるから」
 キンバリーはイマイチ納得出来ず首を傾げてしまう。そんなキンバリーをイサールは笑って見つめてくる。その綺麗な緑の瞳がまたキンバリーを落ち着かなくさせた。そんな二人をマグダレンは睨みつけるように、ローレンスは静かに聞いているだけで会話に参加してこないから、二人からの援軍無しでどうこの『女尊思想』について反論を展開すべかも悩む状況である。別にその思想は悪い訳ではない。しかしキンバリーにはどうしようもなく照れくさくなる行為だったからだ。しかしその擽ぐったい気持ちはイサールには分かってもらえないようだ。
 ローレンスが二人の会話が途切れたところで、足を止め三人に振り返る。
「どうするか? 出た時間が遅かった事もあるが、予定よりも進めてない。次の街ベルザに着くのは深夜になる。このあたりの森で野営するか? それともペースを上げて歩くか?」
 イサールは道の先を見つめ目を細める。
「女性二人が野営というのも可哀想ですから、急」「野営しよう、なるべく野盗が襲いやすい隙ありげな環境作るのもいいかも。巫を襲うような敵ならば例の石をもっているのだろうから情報が入る」
 ニヤリと笑うマグダレンにイサールは呆れた顔をする。
「そうやって無駄に危険を呼び込む行動が良い手と本気で言っています?」
 マグダレンは目を細め挑むような表情をする。
「私達を守る事が喜びなんでしょ? 貴方もそのほうが嬉しいのでは? 活躍も出来るし」
 イサールは溜め息をつく。
「大切に思うからこそ、危険な事や、馬鹿な事をしようとするときは、積極的に阻止させて頂きます。大事なお身体なのですから」
 マグダレンの表情がイサールの言葉で激しく歪む。憤怒の為に頬も赤くなり目も吊り上がり、キッと顔を上げ次の瞬間手が動いていた。しかしイサールを殴ろうとするがその前に振り上げたマグダレンの手はイサールに掴まる。
 マグダレンは視線で刺すように相手を睨みつけるが、イサールは長閑な様子でニコリと笑みを返す。しばらく無言で見つめあった後マグダレンはプイと視線をそらし掴まれていた手を引き離れる。おそらくは何か二人の間で心話が交わされたのだろう。どういった言葉をイサールがかけたのか分からないが、あそこまで怒り狂っていたマグダレンをよくこの短時間で落ち着かせることができたものだと、キンバリーは不思議に思う。
「まあ、少し先の森の奥に最適な泉もある。マグダも本調子ではない。それに日が暮れて歩くよりも野営したほうが良いだろう」
 ローレンスは森をジッと見つめ、静かに言う。
「付近に危ない存在も居なさそうですしね。そうしますか」
 遠くを見るような目でイサールがそれを受ける。それで今夜は野宿する事は決定する。

 野営するとなると、それなりに準備がいる。簡易テントの設置、薪集め。食料は街を出たばかりなので、狩りは不要なようだ。荷物を置き、ローレンスが野営地を整えている間に、残り三人は薪を集めに行くことにする。一晩使うとなるとそれなりに必要になるのと明るい内に探して置きたいから三人で集める事にした。マグダレンが初めてのこういう野宿をするというイサールに指導するといい二人で森に消えていったので、キンバリーは仕方がなく一人で薪集めをする事となった。
 薪は落ちている枝ならば、何でも良いわけではなく。乾いている事は当たり前で、サイズ、適度に燃えやすい木の種類の選択、そして効率よく運ぶ為のまとめ方と多少コツがいる。
 キンバリーは最初に燃やし火種にする為の小枝や松ぼっくり等を先に集め腰に下げた袋に入れ、慣れた様子で枝を拾っていく。気を放ち周囲への警戒も怠ることはない。同時に他の三人の様子も伺う。互いの動きを把握しながら作業する。それはこの旅で作られた三人の習慣だった。ローレンスは木の枝にロープを投げテントを吊り上げ黙々と作業を進めている。
 マグダレンとイサールは……と意識をする箇所を移動させる。二人ではローレンス挟んで反対側にいるようだ。喋りながら歩いているようだが何故かその音がまったく聞こえずどんな会話をしているのかは分からない。マグダレンは何か言いながら枝を拾いそれをイサールにポンポン渡していく。それを戸惑いながらも受け取り抱えているイサール。マグダレンはなんやかんや言ってちゃんと指導はしている様子にキンバリーはフフっと笑う。思ったより仲悪くない事に安心した時、マグダレンは立ち止まりイサールに向き直る。そして目を細め笑いかける。今までキンバリーが見たこともないような雰囲気の笑みにキンバリーはドキリとする。マグダレンの美しさを存分に引き立て、相手を惑わすような妖艶さのある魅惑的な表情。それは巫でも、キンバリーの母親でもなく……何て表現すればよいのか……キンバリーは戸惑う。そんな顔でマグダレンはイサールに抱きつくように手を回す。そして近い位置でマグダレンはイサールに何かを囁く。ドキドキしながらイサールの様子も確認するが、取り乱した様子も、喜んでいる様子もなく、いつものように笑っているだけ。しかし、端正な顔立ちのイサールと艶やかな美貌のマグダレンが顔を寄せ見つめあっている姿は一枚の絵のように美しい光景となっている。もしコレが演劇の舞台の上での事だったら溜息をつき見惚れていればよいが、覗き見をしているキンバリーとしてはどういう顔でコレを見続ければよいのかが分からなかった。気の力を使い遠見をしているキンバリーの視線の中で、二人は言葉を交わして唇が重ねた。キンバリーの思考はその瞬間に固まる。そして二人が唇だけでなく舌を絡めるより深いキスをしているのを眺めているしかできなかった。

バサササァッ

 手にしていた枝を落とした音で我に帰り、意識を実際周囲に見えている景色に戻す。
「な、なに? 今の!!」
 キンバリーはドキドキしながら震える自分の身体を抱きしめる。別に子供ではないから、他人のキスを見たからって動揺するキンバリーではないが、今見てしまった現場は冷静に見る事は出来なかった。自分の母親の女である情景を見てしまった事と、身内として精神的に処理して受け入れていた相手が改めて異性であると認識したから。
 マグダレンがかつて愛したという男性は『誰よりも美しくて、優しくて賢い男性』それって思いっきりイサールにも当てはまるのではないかとも気付く。

 マグダレンが過去から開放されて、新しい愛を手に入れ未来に進む。それは娘として歓迎すべき事ではないかと思うが、胸の奥にそれを嫌がっている自分の感情もキンバリーは意識していた。あんな色っぽい表情をしたマグダレン、そしてそのキスに平然と応えたイサール。なんかその胸の動悸はどんどん不快な怒りの色に染まっていく。その内面に沸き起こったドロドロとした感情の名前をまだキンバリーは知らなかった。
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