蒼き流れの中で

白い黒猫

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九章 ~鼓動の先~ キンバリーの世界

特別な子供

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 キンバリーが二階にある客室に行くとマグダレンはベッドにいるものの眠っていたわけでなく、ベッドの上に座り、紙を手に見つめていた。そしてキンバリーに気付くと表情をやや強ばらせその紙を隠すようにしまう。キンバリーは敢えて気が付いてないように笑顔を作る。
「マグダ、体調はどう? 薬持ってきたよ」
「ありがとう。だいぶマシになったから」
 手にしていた紙袋を渡すと、マグダレンもニコリと笑みを作り受け取る。体調が悪いのに無理しているのか、先程の紙の存在を隠す為の作り笑いなのか悩ましい所。
 薬の包みをあけマグダレンは少し驚いた顔をするが、何故か柔らかく笑う。キンバリーは水差しからコップに水を注ぎ差し出すとその水で薬をのむ。そのときキンバリーは薬を包んであった紙に何か図形のようなものが描かれていることに気が付く。二つの丸の中にそれぞれ何か文字が描かれ、その丸が線で結ばれている。マグダレンはその紙にキスをするかのように嘗め、丁寧にたたみ胸ポケットにしまう。その表情はどこか嬉しげだ。
「ありがとう、お陰で元気になった」
 キンバリーを抱き寄せてそのままベッドに寝転がる。キンバリーを腕のなかに抱いたまま、そのなめらかな頬にキスを何度もして可愛い娘を抱き締める。
 キンバリーはその豊満な胸に抱かれ、柔らかく心地良い感触を身体で感じながら思う。
「私もマグダレンみたいに女らしい身体になれるかな?」
 マグダレンはフフフと笑う。
「このままで良いじゃない。ずっと可愛くて」
「嫌だよ! 早く本当の意味で大人になりたい!」
 そう訴えると、マグダレンは何やら悩んでいる表情になる。
「何故そんなに私が大人になるのを嫌がるの?」
 マグダレンは真っ直ぐ問い掛けてくる娘に困った顔を返す。
「……嫌がっているわけではないの。だだね、身体が女になることで私達巫は色々複雑な事情が出来るからそれが憂鬱なだけ」
「複雑……伽とか?」
 マグダレンの瞳に力がこもり険しいものとなる。
「ソレは本当にふざけた制度よ。人には心も感情もある。子供を作るのって理屈ではない。愛情や優しさで繋がるべき関係を事務的なものにするのって間違えている」
 確かに生殖というのは愛の行為。しかし能力の高い巫は先ず伽をしてその強き能力を最大生きる形で後継者を作る事が義務つけられている。
「だからマグダは伽を拒絶したの?」
 マグダレンはギュウと強くキンバリーを抱きしめる。
「キミー、いい? 私が今から言う事を心にしっかり留めておいて。
 伽はあくまでも両者が納得した上で結ばれる契約。そしてその契約は高い能力をもつ程有利に進められる。更に伽において女性の意志も優位なものとなる。
 つまり貴女は最も契約を望む形で行えるわ。ソレを忘れないで」
 なんと答えて良いか分からない。伽って基本指示されて寺院が選び出した二人で行うものという認識だった。マグダレンは拒絶したのに加え、神が特別の勤めを果したからもう開放してやれという言葉があったから免除されたと聞いている。
「……望む形で……って?」
「相手を貴女が最も求める相手を指名したり、伽後の貴女の待遇の保障とか、要望を求めたり」
 マグダレンは本気で、言っているのだろうか? そんな事をする巫なんていない。皆受け入れて伽という儀式を行いそして自分の人生を生きる。そして多くの友達は先に大人になり伽を済ませ、その後結婚をして家族を作りそして……。
「マグダ、本気で言っているの? 伽によっては何かを求めるなんて聞いたことない!」
「そりゃそうでしょ、平凡な人ならば従うしかない。でも貴女は違う。特別な子供、奇跡の子だから。貴方がそう求めたらヤツらも考慮せざるをえない」
 『特別』『奇跡』その言葉がキンバリーの心に突き刺さる。普通じゃないというのを再認識させられたから。キンバリーの表情にも気付いてないようでマグダレンはお酒に酔っているように少し興奮した様子で言葉を続ける。
「単なる奇跡ではないのよ! 愛の奇跡。私達の何よりも熱く強い絆の相手だからこそもたらした奇跡」
 時折マグダレンの口から語られるキンバリーの父親らしき相手の事。どういう人物かは主観のみの言葉の為、分かり辛いが、マグダレンの相手の男性への強過ぎる愛は感じる事が出来る。それは信仰のように大きく絶対なモノで、キンバリーにはマグダレンがその為に全てを捨てて遠くに行ってしまいそうで怖い。
 マグダレンが顔を近づけてきてキンバリーの頬や瞼へと啄むようにキスをしてくる。マグダレンはキンバリーを並々ならぬ想いで愛してくれるのは理解している。しかしその彼女と言うところの『奇跡の愛』を前に娘がここにいるという事がどの程度の意味をもつのか? 自信がない。
「私達の宝物、私達のキミー」
 マグダレンの言葉を聞きながらキンバリーは母親の身体を抱きしめかえす。
「ねえ、マグダ。人を愛するってどんな気分?」
 マグダレンは少し身体を離しキンバリーをジッと見つめる。その瞳が何故か怯えている。
「私にはそんな人はいない、だけど人を好きになる事は幸せな事なのか、苦しい事なのか、知りたいなと思っただけ」
 マグダレンの表情があからさまにホッとしたものになる。キンバリーは甘えるようにその柔らかい胸に抱きつく。
「人を愛する事は、真摯な感情であるからこそ。全ての感情が鮮やかに感じるモノなの。そう愛する人かいる世界はそれだけで色を持ち輝いているの」
 だとしたら、今キンバリーの世界は褪せて空虚なモノだというべきなのかもしれない。世界から取り残され、周囲との違和感の中で生きるキンバリーの世界が輝く事等あるのか? 人は異物に敏感だ。異質だと感じる相手に恋などするはずもないし、キンバリーも自分と異なる時間を過ごす相手にそういう気持ちを抱けるというのだろうか?
「私も恋をしてみたい、マグダのように」
 それは淡い願望でしかない言葉だったが、思わず口に出していた。マグダレンは何も言わずその背中を優しく撫でてくれたから、キンバリーは気付いていなかった。マグダレンの表情が暗い感情を宿らせその目を細めたのを。
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