蒼き流れの中で

白い黒猫

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八章 ~親の願いと子の想い~ カロルの世界

架空の世界でのハッピーエンド

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 赤毛の少女は本から目を離しハァとため息をつく。そして緑の瞳を閉じ今読み終えたばかりの本の世界に漂う。兄妹と道ならぬ愛に苦悩する二人が、最後全てを捨て、手を取り合って放浪の旅の末、二人の事を何も知らない人しかいない場所で夫婦として過ごすラストにどうしようもなく気分が高揚するのを感じる。何度も何度もそのラストが好きで読んでしまう。そして再び溜息をついて目を開けると、友人の困った顔が視界に入り、少し気分が盛り下がる。
「あの、マギー、そろそろローリーも帰ってくるから本を隠さないと……」
 友人のシワンがおずおずという感じで声をかけてくる。そう言われると本を返すしかない。偶然シワンの部屋で見つけたこの小説。少女は勝手に拝借して読んでから夢中になった。自分の見知らぬ世界で繰り広げられる冒険やロマンスが描かれたそれらの物語は少女を虜にした。面白くてもっと読みたくなりシワンに迫り、何とか六冊全てを出させて読む事に成功したものの、それ以上はないとの一点張り。何処で手に入れて来たか、シワンは絶対に明かさない。他の人には絶対秘密という条件で、読ませてもらっている。以前外で読んでいる所を姉に見られた事もあり、それからはシワンの部屋で篭って読んでいた。シワンを見張りにたて。そして今日もこの本を読み終わった段階でシワンに取り上げられてしまった。
 シワンがベッドの下の床の板を外し袋に入れた本を入れて嵌めなおす。
 そこまでシワンがコソコソする理由は、少女にも分かっていた。これは明らかに禁書である。外の世界の物語なようで、窃盗、騙し、殺し合い、強姦、近親相姦と罪の要素が満載。だからこそ少女をドキドキさせる。そんな世界の中でも主人公達は強く逞しく信念を失う事なく生きていく。そんな彼らが輝いて見えたからだ。この物語を読んでいると勇気が湧いてくる気もした。
 シワンだけでなく、少女にとっても宝物だから他の人にバレるわけにはいかなかった。
「ねえ、シワンはこの物語のどこが好き?」
 少女の質問にシワンは『ウーン』と考える。
「知らない世界の、社会システムとか? 労働でを稼いだり、それで物を買ったり。街があって様々な仕事する人が集って社会を作っている所? あと砂だらけのサバクとか、あと大きな塩の味のするとかどんな風景なんだろうか? って思う」
 その返事に少女はガッカリする。
「え! そんな所? レオニラードとマグダレンの恋愛は? ワクワクドキドキしない?」
 そう、聞くとシワンは困った顔をする。
「でも、二人は兄妹だよ。愛しているならばこそ、それぞれ正しき人生で幸せを見つけられるように見守るべきだったと思う」
 もっともな事言ってくる相手の顔を、少女は軽く睨みつける。
「でも、二人の愛は真剣だし本物よ。人が人を愛する事は悪い事ではない。だから幸せになるべきだとは思えない?」
 そう少女が言うと、シワンは何故か哀しそうな顔をする。
「本当に幸せになれるのかな? 二人は結局、罪から逃げられないと思う。だって二人は自分達が罪を犯した事を知っているから」
 冷静にそんな言葉を続ける友人に少女は何も言えなくなシルワンは他の子供のように知識や意見をひけらかすかのようではなく、穏やかに静かに言葉を紡ぐ。それだけに少女の心にその言葉は、突き刺さった。
「……それはシワンが人を好きになった事ないから言えるんだよ」
 少女はそう言葉をぶつけてドアを激しく開け部屋を後にする。そのまま宿舎も飛び出し森のお気に入りの大木の所まで走る。丁度上が良い感じで枝別れてしているので、昔四人で材料持ち込んでちょっとした小屋を作った場所である。最近はそれぞれ忙しくてここで集まる事もなくなったので、逆に一人になりたい時はここを利用していた。木によじ登り小屋の中を覗くと、そこには既に人がいた。
 その人物と見つめあい少女は固まる。
「マギー?」
 優しい青い瞳に見つめられて少女は心が震える。喜びと哀しみで。
「ローレンスもここにいたんだ」
 双子である少女と姉を、会話もしない段階で見分けがつく人は少ない。親であるフラーメン、そしてずっと共に育ってきたこの前にいるローレンスとシワン、そしてマレだけである。それ以外はその区別をどうでも良いと思っているのだろう、そこまでどちらがどちらかと気にしないで二人をセットで見ている。
 少女は別に、自分が愛している人達以外がどう思っていようかどうでも良いのでその事に悲しいとも辛いとも思わない。逆に今少女が辛いと思っているのは、『何故か自分は姉でなくて、何故姉は自分でなかったのか?』という事。
 同じ日に同じ母親から生まれてきて、同じように育ってきた。同じ容姿をもって。何が違うのか? どうして違いが生まれてきたのか? そう思う。目の前のローレンスは自分をハッキリ『マギー』と認識して微笑みかけてくる。親愛の籠った瞳で。そして姉に対して明らかに違う穏やかな視線で。
「どうしたんだ? なにかあったのか?」
 一歳だけしか違わないのに、ローレンスは少女の頭を撫で笑いかけてくる。そんな子供扱いをされるのが嫌で、少女は唇を尖らせその隣に座る。
「色々、女には悩む事が多いのよ!」
 そう言い返すとローレンスは、少し顔を歪める。
「そうだよな、なんかキリーとお前が俺を置いて大人になっていくみたいで、寂しいな」
 少女は顔を横にふり、ローレンスに甘えるようにその腕に抱きつく。
「大人か、いつまでも子供でいたかったな。ここで、四人で、無邪気で遊んでいたあの時代のまま」
 フッそんな笑い声が聞こえ、ローレンスの腕が少女の肩に回され、ポンポンとなだめるように叩かれる。
「そうだな、ずっと四人で一緒に悩み笑う。あの時代が良かった。
 あの時はお前達もなんでも話してくれた。今何が最高に楽しくて、そして何に怒っているのかとか」
 少女は唇を軽く噛みしめる。自分はその想いは伝えていなかったが、いつでも自分の気持ちはローレンスに伝えてきた。そうして心を隠していったのは姉のキーラの方である。そしてその事をローレンスは悲しんでいるだけなのだ。
「そうだね、キリーはいつも一人で決める。私にも相談しないで。そして今度も改めてソーリス様の后になる事を承諾した」
 ローレンスの表情が、その言葉で曇り傷ついた顔になる事に、少女の心も痛む。そうキーラがハッキリとその意思を表明して、もうその準備の為宮殿での生活を始めていた。姉はなかなか答えを出さない自分に『待ってるから』とも何も言わずに、ただ『貴方が望む未来を選んで』とだけ言葉を伝え抱きしめて宮殿へと入っていった。そして今、ノービリスの子を宿すだけの耐性をつけるために、ソーリスの気与をその身に受けるという儀式を行っているのだろう。双子だからだろう。姉とどこかつながっているのか、少女も次の日から微熱のような怠さに苦しめられるようになった。その事からも后になるのがいかに大変なのかを身をもって感じた。マレが少女の体調不良に気が付きキーラの方の封印を強めたようで改善されたものの、キーラは自分が感じた以上の身体の苦痛を今も感じているんだろう。さらに心配は高まるだけである。
 そしてその封印によっていつになく遠くに姉を感じる事も少女の心を不安定にさせる。
「わかっているのよ、私もどうするべきなのか? 今後のアミークスとノービリスが良き関係を築いて行くためにも。
 それに、キリーを一人にしない為にも私は后になるべきだと。
でも怖いローレンス達と離れるのは」
 少女は身体を少し起こし、そのままローレンスに抱きつく。震える身体を押し付けるように。それはローレンスに甘えたかったのと、キーラには恋慕の視線を向け続けているのに、自分を決してそのように見てくれないその目を見るのが嫌だったから。
「ねえ、ローリー。私に勇気を頂戴! 私が前に進めるように」
 必死で抑えていた気持ちが、もう心の中で暴れていた。姉への愛と嫉妬、そして目の前にいる愛しい男性の体温と、その優しく自分を撫でるその手。全てが少女の心を弾けさせる。

 少女はローレンスの胸に埋めていたその顔をゆっくり上げた。

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