蒼き流れの中で

白い黒猫

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八章 ~親の願いと子の想い~ カロルの世界

禁忌が生み出すもの

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 流石のマレも目の前の光景に呆然として目を丸くして固まった。
 二人の赤毛の娘が全裸で水浴びをしている。胸も膨らみ始め少女から女性への変化の兆しを見せ始めたその身体は瑞々しく美しく輝いている。その若い身体を惜しむ事なく明るい太陽の光の中に晒している。健康的な肌の上を水滴が踊るように滑って落ちるのを見て我にかえる。
「貴方がたは何をやっているのですか!」
 思わずキツい口調で二人を叱ってしまったのは、親として大人として当然の事である。
 二人の赤毛の少女はそんなマレに裸のまま畏まる。マレはため息をつき先ず水から上がり身体を拭き洋服を着るように命じた。
 マレの怒りを察した姉は慌てて上がり簡単に身体を拭き洋服を身に付けるが妹の方は固まり身体を強ばらせる。マレはその様子にため息をつき、岸辺にあった布を手に取り『怒っているわけではないから、コチラに来なさい』と声をかけ水から上がらせて自らの手でその身体を拭いて洋服を身につけさせた。
 二人がちゃんと洋服を着た所で、マレはため息を再びつく。目の前には、戸惑う緑の二組の緑の瞳。なんでマレが怒鳴ったのか、全く分かっていないようだ。恋をし始めて異性を意識してきていたからもう少し、性的な意識や羞恥心も覚えてくる頃だと考えていたが、まだまだ二人は子供だったようだ。
「年頃の女の子が水着も着ずに水浴びとは何を考えているのですか!」
 二人はキョトンとした顔を返す。
「女性はそんなにみだらに肌を人に晒してはダメでしょう。馬鹿な男が見て変な気を起こしたらどうするつもりです」
 二人はあまり納得していないようだが、マレの手前『申し訳ありませんでした。今後気を付けます』と良い子の答えを返す。
 その様子にマレはヤレヤレと思う。そして、まだ濡れている髪を撫でる。
「貴方たちは、もっと自分を理解しなさい。とても綺麗だと。その気はなくても、先程のような無防備な姿が男を惑わせる事もあるのですよ。
 そのルビーのような瞳、愛くるしい唇、磁器のような肌、それが人からどれほど輝いた存在に映るのか? 自分がとても美しくて魅力的だという事を分かっています?」
 マレが真顔の言葉に、二人は目が点になる。『美しい』と言われた事は嬉しいが、それこそ天使とも称されるマレの口から言われると、どう受け取って良いか分からない。しかも男性女性関係なくその美貌で他者を魅了し翻弄しているマレが言うのも変な話である。
 まだまだ子供である二人に、誰が惑うというのどろうか? という思いも強い。
「……マレ様? あの……今日はどうしてコチラに? ……お散歩ですか?」
 姉のキーラがそう聞くとマレは顔を横に振り、少し姿勢を正し二人に向き合う。
「いえ、貴方たちに話があってここにきました」
 キーラの横で妹が身体を竦ませる。マレはそんな二人に怖がる事はないと、笑みを向ける。とは言え二人を絶望させる事を、語らねばならぬ事にマレも緊張する。
「まず部下の不注意な言動によって、まだ子供である貴方たちに苦しい選択を強いてしまった事を謝ります。
その者には厳しく言い聞かせ処分も行いました」
 二人はぎこちなく首を横にふる。ベタムスが、后の事を先に子供に話してしまった事だけでなく、今回の姉妹の言動に殊更大騒ぎして、フラーメンの教育に責任があるとして職務からの退任を迫った事で、逆に降格及び謹慎処分となった。
 子供からしてみたら騒ぎの原因を作ったのは、自分たちも同様なだけに、どう答えて良いか二人には分からない。
 マレはそんな二人に優しく笑い、その事で二人がそんな顔をすることないと示す。そして息を吸い本題に入る事にして、子供の肩に手をのせる。その瞳は怯じえながらも抵抗するようにマレを見上げる。その瞳にマレは眩しさを感じる。
「マギー、私は貴方のローレンスへの気持ちが、一時の気の迷いとか、親愛を勘違いしたものとか言って、誤魔化すようなことは言うつもりはありません」
 真っ直ぐ見つめてそう言われた娘は、はっとしたように目を見開く。恐らくは研究所に呼び出した、大人達は皆そう言って諦めさせようとしたのだろう。マレは視線を妹から姉へと動かす。
「そしてキリー貴方も同じ想いだったのですね。その想いを抱えていたからこその、あの決断だった。そうでしょ?」
 姉も目を見開いてマレを見上げる。妹はともかく、キーラのローレンスへの恋心は妹にしかバレていないと考えていただけに『どうして』とつぶやく。マレは悲しげに笑う。二人の気性は似すぎているのだ。マレとクラーテールに。どこまでも一途に愛を貫こうとする所、愛しているからこそ、苦悩しつつも別に意義のある人生を必死で模索する所。
「改めて一連の流れを見直してそう気付きました。
 二人は今回の件を、真剣な想いで考えてあの結論を出した。だからこそ私もそれにキチンと向き合う為にきました」
 キーラは妹がマレのその言葉に、どこか救いを感じたのか僅かに期待を秘めた目を向けるのを見て顔をしかめる。表だってローレンスの想いを示したのは妹の方。もし兄妹での伽が、許されてしまったらその権利は妹にいく可能性を感じたからだろう。それらの感情を気付いたが、あえてマレはその事に触れる事はしなかった。そして言葉を続ける。
「結論から言うと。私は二人のその想いを応援する事は出来ない。
 貴方たちとローレンスはカエルレウスの子供達の中でも特に血が近い。兄弟であるだけでなく従妹でもある。しかもその二人が双子であることから同腹の兄妹と言っても良い程の近い関係です。なおさら許されない」
 マレはあっさりと二人の期待と動揺をそんな言葉で断ち切る。再び絶望する妹と、安堵する姉を前にマレは言葉を続ける。
「そもそも何故我々が、貴方たちとローレンスの伽を反対するのか分かりますか?」
 キーラは、ローレンスと兄妹であると知った段階で絶望し諦めた。その理由など考えもしなかったので首を横にふる。
「その行為が禁忌だから?」
 そう答えるしかなくキーラはそのまま言葉にする。その隣で妹が隣で頷く気配を感じる。
「何故ここで禁忌とされたか分かりますか?」
 そこまで考えた事はなかった二人は。近親相姦は恥ずべき事とされ、その想いを抱えていると発覚しただけで、その二人は引き離されると聞いている。
「それは、近親相姦の関係で生まれてくる子供が、通常より高い確率で異常児を生み出すからです。異常児と言っても単なる障害児ならば良いのですがとりわけ非人を生み出す確率が高い」
 『非人』あまり聞き慣れない言葉に二人は首を傾げる。
「非人すなわち『人で非ず存在』魔の物の一種です。通常ならば一パーセントも満たない確率でしか起こらない現象が、近親相姦においては二十五パーセントと跳ね上がる。さらに貴方たちがアグニとベントゥスの能力者。その相性だとさらに五十パーセント以上と確率がさらに上がります」
 マレの言葉は、二人の少女に大きすぎる衝撃を与えたのは確かなようだ。何も言えずただマレを呆然といた顔で見上げているだけである。
「そんな危険が想定される行為を私達は許すわけにはいかない。
 しかもその妊娠は胎児が異常になるわけではなく、母胎にも心身共に激しい損傷を与える事になります。その事態になった女性の子宮は破壊尽くされ二度と子供の産めない身体になる。非人は普通に成長しない。胎児の成長に母体がついていけず死に至るもの。体内から母体を突き破って自ら産まれていくもの。まず母体を胎内から喰っていくもの。録な結果しか引き起こさない」
 二人の子供は、マレの言葉を聞きながら顔色を無くしていく。それでもマレは淡々と語り続ける。二人が過ちを犯す気さえ無くす為に。
「ローレンスを愛しているならば、その幸せを望みなさい」
 マレはそう言いながら心がズキリと痛む。自分が偉そうに他者に言える言葉でない事を理解しているからだ。マレが行ったのは利己的な愛をクラーテールに与え自分という存在を刻みつけること。後悔はしていないが、愛する者に苦悩の一生を歩ませてしまうような生き方を子供にもして貰いたくはなかった。
 黙り込んだ二人から視線をずらしマレは森の方へと移動させ目を細める。木の枝に腰かけコチラの会話をじっと聞いていたその人物はマレの視線に気が付き、微笑む気配がした。マレは表情と態度でそのまま立ち去ってくれる事を望んだが、その人物は軽やかに木の枝から飛び降りコチラへと向かってくる。マレはため息をつく。
 二人の子供の目にもその人物の姿が見えてきたようで二人の目が驚いたように丸くなり、背中を伸ばし身体を緊張させる。マレは小さく深呼吸してからその人物へと向き直り礼の姿勢をとる。
「やあ、今日は良い天気で」
 明るい緑の瞳を細め話しかけてきた。マレはその笑顔を非難するように軽く睨む。少しは空気を察して遠慮して欲しかったからだ。
「トゥルボー様、このような場所にいらっしゃるなんて珍しいですね」
 あえてそう言う言葉をかけることで探りをいれる。マレが偶然でなくここにきたように、相手も態々ここに来たのだろう。
「ええ、まあ。お二人のお嬢さんがコチラにいると聞いたので」
 トゥルボーはそう言ってマレの後ろにいる二人の少女に柔らかく笑いかけた。目を細めるマレにフッと軽く笑う。
《そんな怖い目をしないでください。ただお話をしにきただけですから》
 トゥルボーは柔らかくマレに笑いかけた。
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