蒼き流れの中で

白い黒猫

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七章 ~何かの予兆~ キンバリーの世界

原因と結果

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 イサールは牢獄内を一望出来る見張り台の上から、パラディンが腐人を駆除していく様子を静かな表情で見守っていた。不意を付きパラディンを襲おうとする腐人に対して力を放ち弾き飛ばして補助に徹していた。
 しかし唇を少しあげ笑っているかのような顔は、とても激しい戦いを見つめている表情ではない。美しい草原を見つめているかのように穏やかで楽しそうである。

 訓練を真面目に積んできたであろうパラディンらの戦いも、それなりに素晴らしいが、マグダレンの戦いはその中で圧倒的な強さと凄みを出していた。マグダレンの気に圧され逃げの姿勢をとる腐人を、炎をまとう剣でバッサバッサと切り裂き燃やして倒していく姿は不思議と清々しくそして神々しさすらあり美しかった。最初はその圧倒的な強さに唖然としたパラディンも、その姿に魅せられ奮起し、より猛々しく剣を振るって、牢獄内を進んでいく。
(ったく、人には目立つような余計な事をするなと言っているくせに。言っている事とやっている事が本当にバラバラでむちゃくちゃな人だ)
 どこか嬉々とした感じで腐人を倒すマグダレンの姿を見つめ、イサールは呆れながらも笑ってしまう。万が一の事を考えマグダレンに結界をはっておいてあるが、マグダレンはすでにローレンスとキンバリーの結界を纏いイサールが助ける要素もないように見えた。そこで、イサールは触れ合った結界からローレンスとキンバリーの気を感じそれを観察する。ローレンスの風の気は、彼の性質そのもので落ち着いた温かみを帯びている。イサールと同じベントゥスのファクルタースを持つものの、根本的な部分で何か違う香りがする。
(これがカエルレウスの子供の気と言うことか)
 イサールは目を閉じその気をしばらく楽しむ。そして次にキンバリーの気へと意識移し目を細める。面白い事にマグダレンのアグニの気にもローレンスのベントゥスの気にも部分的に溶け合わせ二つの結界その物にも力を与えより強固なものとしている。それでいて結界の補助だけでなく。キンバリーの結界は結界で機能させている。イサールはその器用さに感心する。キンバリーはファクルタースを隠す事せず晒しっ放しの状態なだけにそういった繊細な制御は出来なさそうに考えていただけに、そこまでの複雑な能力の使い方が意外だった。しかしこれだけの事を彼女が意識的にしているのかは怪しい。とは言えこれだけの事を無意識に行ってしまうというのもそれはそれで面白い。
 ふと、その結界に干渉したい欲求に駆られるが、今は戦いの最中、皆が真剣に戦っているところだけに、そこで余計な事をするのは人としてどうだろうか? とも考えてイサールは耐えた。
 制圧が進み結界石による空間が広がるにつれ腐人の活動できる空間が狭まっていく。保護された囚人らは万が一穢れを帯びている事もありえるので即鎖で繋がれ衣類を全て剥がされ、順番に水をふっかけられ洗浄されている。イサールの目から見ても穢れの危険性のあるものはいないようだったが。しかしそういった手順はこのような場面においては重要なのだろう。万が一という事もある。とはいえ今現在結界の中にいるため感染していて腐化したとしても、まともに動く事出来ず悶えるだけとなり処理されるだけ。結界が彼らを守ると同時に縛る鎖ともなっている。
 イサールは牢獄内に視線を戻すともう動く腐人の気配はなく方々で炎が上がり肉と髪の燃える香りで満ちていた。突然イサールは見張り台の手摺をフワリと乗り越える。普通の人ならば落ちたら無事では済まない高さであるが、イサールには重力の呪縛は関係ないように緩やかで優雅に音も立てずに地面に降りたつ。そしてそのまま牢内を何事もなかったかのように、奥へとゆっくりと歩く。聖油と松明をもったバラディンが遺体を浄化していく様子を目に映しながら。マグダレンと神議長の姿を認めイサールは近付いた。
「今日入ってきた男がいきなりバケモノになったんだ!」
 床に這いつくばったように捕らわれている囚人が恐怖に震えながら状況を訴えている。
「昼間入った? どんな男だ?」
 問う神議長に囚人はその男がいたであろう牢をチラリと見る。そこには檻から二本の黒いモノを突き出した黒こげとなった物体がある。
「足を怪我した男だ! 傷が痛むのかずっと呻いていんだが……いきなり仲間に噛みつき、その仲間が直ぐに化物になり別のヤツを襲いだして、あとはもう……」
 男は何かやらかし謹慎中で牢に鍵をかけられていた為に助かったようだ。イサールは気になるものを、この黒こげた遺体に感じ近付く。
「イサール?」
 マグダレンの声が聞こえたがイサールは返事をせず、遺体の下部分に力を放ち破壊する。
 カランという音がして、石が床に落ちる。
「この男は、昼間我々を襲った男ですね」
 マグダレンが、嫌な事思い出したという感じで顔をしかめる。
《マギー、貴方には面白くない事を今から話しますが、余計な事は言わずに今だけは黙ってもらえますか?》
 マグダレンは、怪訝そうに顔をしかめ見つめるのを無視してイサールは口を開く。
「この男はおそらくは、例の石を管理していた男です。まだ憶測ですがあの石は巫でしたら痺れで動けなくなる程度で済みますが、普通の人が持っていると緩やかにその所有者を腐化させていく効果があるのかもしれません」
 天井の排気口からガタンという音がして、そこにいた巫が一斉にそちらを見るが、イサールは首を横に振り、人差し指を唇に当てて皆の行動を止める。マグダレンだけは何故あの男が腐人となったのかという原因を察したのだろう。顔を白くして唇を噛みしめていた。何もここで言うつもりも、行動するつもりもないのを確認してからイサールはさらに口を開くこうとすると足下に跪いていた囚人が叫ぶ。
「あれは、人間には害はないと聞いた! バカな!」
《排気口の囚人はあえて泳がせましょう。そうするとあの石を人間が持つと危ないという事を仲間に速やかに広めて貰えますし、密かに追えば石の出所も分かるかもしれない》 
 神議長やバラディンにそう心話で話かけながら、イサールは足下の囚人に静かな視線を向ける。神議長は視線でパラディンらにイサールに従うように指示する。
「巫にあれほどの異常をもたらすものが、なぜ人に安全だと考えたのですか? まさか貴方はあの石に触ったりしていませんよね?」
 イサールの言葉に囚人はブルブルと首を横に振った。
「貴重なモノだからって、親分は一部のヤツにしか触らせなかった」
 神議長は頷き、部下へと視線を向ける。
「生き残った囚人の中にも、あの石に触れた事のある者がいないか調べ、そうであった者は隔離しろ!」
 イサールは、排気口の中で四人の囚人が恐怖に慌てているのを感じた。一人の囚人は特に動揺が大きく汗を激しく流し震えている。その男から他の三人が音を立てないように距離をとる気配を探る。 
 イサールは別の意味で動揺しているマグダレンに近づきその肩にそっと手をやる。
「シスターマグダレン、貴方も今日はお疲れでしょう、もう我々の仕事も終わりました。神殿に戻り休みましょう」
 マグダレンは肩に触られた事でビクリと震えるが、笑みを作り大人しく頷く。神議長らは二人の今日の援助に対しての礼を言い神殿への馬車の手配を指示した。

 無表情を守っていたマグダレンは馬車に乗り扉が閉められた途端に歪め顔を覆う。
《そんなに後悔するならば余計な事などしなければ良いのに》
 イサールの言葉にマグダレンは顔を上げて睨むが、すぐに目を逸らした。
 昼間の男が腐化したのは、石に接していた訳でなく、石を体内に埋め込まれたまま放置されたからである。マグダレンが男から話を聞き出す為にあの石の槍を男の足に突き刺した。その石は倹兵に捕らえられた時も手当てされ抜き出される事もなく放置され、男は腐化していった。マグダレンは苦しげな表情で頭を横にふる。
《まさかこんな事になるなんて》
 マグダレンの不用意な行動が、大量の腐人を生み出してしまった事に、激しく後悔しているのだろう。その震える身体をイサールは優しく抱きしめ、宥めるように背中をさする。
《まあ、感染が広がったのが牢獄内でよかったな。それに今回の噂が広まればヤツらも石を使うのを躊躇い巫狩りも少し沈静化するかもしれない。それに今まで狩りしてい輩の動きでアレを作製しふりまいている者の正体も見えてくるだろう。良い方に考えよう》
 マグダレンは、明るく楽観的な事を言ってくるイサールの言葉にため息をつき、イサールから身体を離す。
《私がした事を、ローレンスとキンバリーには伏せておいて。頼む》
 イサールはニッコリ笑い《分かっていますよ》と頷いて、マグダレンの額のサークレットの印章にキスをする。 その瞬間マグダレンの身体に痺れに似た何かが走る。
《何をした?》
 何か術をイサールがかけたのを察したから、手を突っぱねて身体をイサールから離す。
《え?!》
 イサールはきょとんとした表情でマグダレンを見つめる。
《何って、念のためルークスで浄化を》
 マグダレンはイサールをにらみつける。
《だったら、普通にやれ! キスすることはないだろ!》
 イサールがクスクス笑い出す。
《ああ、落ち込んでいる子供を慰めるには、これが一番なのかなと。母が昔よくしてくれたので》
 嬉し気にそんな事を言ってくる相手に、マグダレンは別の意味で気持ち悪さを感じて後ろに下がった。その様子にイサールは苦笑する。
《だから、そういう警戒はしないでも大丈夫だ。貴方を襲ったりしない》
《警戒していると言うより、生理的に気持ち悪かっただけだ》
 イサールは余りの言われように、目を丸くしてマグダレンを見つめ返したまま何も言い返せなかった。そのまま本当に無言のまま馬車は夜明け前の街道を走っていった。 
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